迷子の座敷わらし
雷家に到着した時には、雨は本降りになっていた。広い駐車場に車を停め、傘が無い聖海と九井は離れたところにある屋敷まで走ることにした。雨に打たれながら水溜まりを駆け抜けていく最中、聖海は大きな杉の木の下に座っている女の子が視界に入った。どんよりとした天気のせいで、いつもより暗い夕暮れ時。友達と遊んでいたのだろうか?
だが、それにしては変だ。ここは雷家の敷地内。勝手に入れば、使用人が飛んでくるだろう。おまけに、女の子の見た目は5・6歳ほどで菊の花が散りばめられた真っ赤な着物を着ている。七五三にしては、着物に華やかさが足りない。普段着で着物を着ている子供は現代社会にそういないだろう。ましてや、雨の日に着物を着せる親も。髪型も、ざく切りにしたおかっぱヘア。右と左で長さが少し異なっている。まるで、時代劇の世界から飛び出してきたような女の子だ。
聖海は迷うことなく、女の子の元へ向かい、声をかけた。
「どうしたの? 迷子?」
女の子は声を発する代わりに大きく頷いた。聖海の後ろから顔を出した九井は女の子と知り合いだったようで、「よっ!」と片手を挙げ、女の子に挨拶をした。
「座敷わらし、こんなところで何してんだ?」
「……座敷わらし!? 幸運を呼ぶ、あの座敷わらしですか!?」
座敷わらしは雨が打ち付ける地面に視線を移し、「帰るお家が無くなっちゃったの」と悲しい声で呟いた。聖海は座敷わらしに手を差し伸べた。
「でも、ずっとここにいたら風邪ひいちゃうよ? 部長の家で雨宿りさせてもらおう」
「おい、立花!」
「だって、このまま置き去りになんてできませんよ!」
「妖怪は滅多に風邪なんか──」
「はっくしょん!」言い合いを始めた聖海と九井の間に座敷わらしのくしゃみと鼻を啜る音が聞こえてきた。
「ほら!」
「……好きにしろ。俺は、どうなっても知らないからな!」
「いいですよ。行こう、座敷わらしちゃん」
聖海は座敷わらしを抱っこし、雷家の屋敷まで雨の中を駆け抜けた。
「おや、これはこれは……」
出迎えてくれた烏が座敷わらしを見るなり、「おいで。お風呂に入って体を温めよう。九井様、立花様。ここから真っ直ぐ行った突き当りのお部屋で皆様お待ちになっています。ご案内できず、申し訳ありません」聖海から座敷わらしを預かると奥へと姿を消した。聖海と九井は言われた通り、玄関で靴を脱いでから真っ直ぐ行った先の部屋を目指した。
「皆さん、すみません! 遅くなりました!」
広い和室に汗だくで立っている部長と畳に伏せている風見。その傍で副部長の渚が妖術を使い、風見の手当てをしていた。影助は何事もないように壁に凭れ、本を読んでいる。
「……立花、遅かったな。ん? 九井も一緒だったのか」
「はい。あの、風見さんはどうしたんですか? 怪我をしているようですけど……」
「気にするな。俺との稽古後は、いつもこうだ」
大の字で寝ている風見に「……風見さん、ご愁傷様です」と聖海が手を合わせると、上半身を風見は少し浮かせた。
「おい、立花! 俺はまだ死んでな──ぐはっ!」
「風見くん、安静にしててください! あーぁ、間違えて違うところに気を流しちゃったじゃないですか」
「副部長、それ絶対わざとでしょ? でも、静かになったし。これでゆっくり読書が楽しめる」
もう一度、「ご愁傷様」と聖海は風見に手を合わせた。
九井の言った通り、部長の回復力は尋常ではない。数日前に深手を負ったとは思えないほど、完全回復していた。「部長、体調はもう大丈夫なんですか?」と尋ねた聖海に「おかげ様で」と皮肉たっぷりに部長は返した。
「ところで、九井。烏はどうした?」
「ここに来る途中、木の下に座ってる座敷わらしを立花が見つけて、ここに連れて来た」
「座敷わらしが!? なぜ、こんな雨の中……」
「座敷わらしちゃん、【帰るお家が無くなった】って言ってました」
「まさか──!?」部長は一人何かを悟ったように口元を手で覆った。