月影
離れに着いたころ、再び雨脚は強くなり、建物に打ち付ける雨の音は大きくなっていた。ツルの家で起きたことを部長が話し終えると、副部長から ため息がこぼれた。
「風見くんや黒波くんが先に帰った理由は分かりました。私もその場にいたら、帰っていたかもしれません。……ですが、今回は初めてのケースですね。今までの鬼とは違う。私利私欲のために動いているのかもしれませんが、どこか感情のようなものを感じます。一体、ツルさんは何を探していたのでしょう?」
「それは分からない。必死で探していて、とても大切なものなのかもしれない」
「お前らなー……」黙って話を聞いていた九井が頭を掻きむしりながら、会話に参加した。その動作から、苛立っているようにも見える。
「いいか? 妖研は鬼を野放しにしないために、作られた組織だ。で、その頭はお前だろ? 雷。鬼を消滅させるための組織の頭が鬼を野放しにして、どうすんだよ!?」
「そんなことは分かっている。分かっているが……俺があの時見たツルさんは──人の心を持った【人間】だった。これまで、いくつもの鬼を見てきたが、あんなに理性を保っている鬼は初めてだ。俺が呼んだ自分の名にも反応していた。……俺には、人にしか見えなかった」
「雷くん……」
「本当、甘いんだよ。これだから、ボンボンは。今後、そういった鬼が増える可能性もある。実際、そのピアスが現場に落ちてたんだ。──【月影】の連中も、今回の件に絡んでるってことだろ?」
「あぁ。……颯志に言われた通り、俺はこの一件から──」
「失礼します!」重い空気を切り裂くように烏の鋭い声が割って入ってきた。
「大変なことになりました。玄関先で立花様が何者かに襲われたようで、気を失って倒れていました」
「立花が!?」
「ご安心ください。今は、部屋にお連れし、布団の中で休まれています」
「おいおい、ちょっと待て! どうやって、この屋敷内に入ったっていうんだ!? 厳重な結界が張り巡らされてる上に、妖力センサーで俗が来たら雷が気づくだろ!?」
九井の言う通り、雷家は厳重な結界が張り巡らされており、外部からの侵入者を遮断する。その上、妖力オバケの部長がいる。妖の気配がしたら、すぐに彼のレーダーに引っかかるはずだ。だが、烏がこの部屋に入ってくるまで、部長は何も察知していなかった。副部長が一つの可能性を口にした。
「もしも……俗が【妖】ではなく、妖力のない【人間】だったら?」
「いえ、それはあり得ません」
烏が副部長の考えを打ち消した。「これが倒れていた立花さんの傍らに」差し出したのは、折りたたまれた一枚の紙。「どれどれ」と九井は烏から紙を取り上げ、広げ終わると、声に出して読み始めた。
「【妖研の諸君へ。座敷わらしは預からせてもらったよ。ちゃんと帰る場所に帰してあげないとね。君たちに会えるのを楽しみにしているよ。 月影】──くそっ。座敷わらしを誘拐して、立花を襲ったのは、【月影】の連中か。この厳重な結界を難なく入ってくるとは、相当な手練れだぞ! どうすんだ!?」
「……【月影】。あいつらは何を考えてるんだ……?」
「謎だらけの組織ですからね。今の段階で分かっているのは私たちと同じ妖術師であること、私たち妖研を良く思っていないということだけ。どんな能力を持った妖術師がどれだけいるのかも分からない。……雷くん、風見くんと黒波くんを招集しましょう。私から連絡しておきます」
「すまない。よろしく頼む。颯志とえーすけと合流したら、ツルさんの家に向かってくれ。おそらく、座敷わらしはそこにいる。九井、水守に同行してくれ。俺は烏と立花のところへ行ってから、ツルさんの家に向かう」
二手に分かれて、部長と副部長は動き出す。聖海と座敷わらしを襲った、妖術師が集う謎の組織【月影】。何人がこの屋敷に来たのか。聖海に話を聞けば、全容が分かるだろう。九井も言っていたが、相当な手練れなのは間違いない。厳重な屋敷の結界を抜け、屋敷内に侵入しただけでも、実力は計り知れない。雨で音が掻き消されていたとしても、妖力センサーに天気など関係ない。離れにいたとはいえ、部長のセンサーが無反応だったことが見えない相手の実力を物語っている。
「もしも……俗が【妖】ではなく、妖力のない【人間】だったら?」
副部長が発した一言が部長の閉ざした思い出の箱を開けた。刺さった小さなトゲのように、なかなか抜けてはくれない。思い出したときにチクチクと痛んで、まだ刺さったままだと存在をアピールしてくる。
【月影】について、ツルの家に行けば何か分かるだろうか。部長は降りしきる雨を横目に母屋へと続く通路を急いだ。




