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第4話 小鶴沢川の勝利(改0425)

 故郷の一本杉、安達峰治郎少年はその大杉のように大きく真っ直ぐな大人物になると誓ったのでした。幼少期の峰治郎は、故郷でしばしば隣村の少年たちとの石合戦に興じていました。この日も小鶴沢川を挟んで大寺村の少年たちを相手に石合戦を繰り広げる峰治郎たちでした。しかし、時間とともに多勢に無勢の戦力差はいかんともしがたく、戦局はどんどん不利になって大寺勢から圧倒されつつありました。そして、遂に峰治郎はやむなく退却を指示したのでした。

「いげ~~~~~!」


「ぎだぎだにすてやれ~~~~~~!」


「うわ~~~~~~~!!!!」


 大寺勢の士気はいやが上にも増して、嵩にかかって高楯勢を押しにかかります。いつも峰治郎にやられていた大寺勢としては、宿願の敵である峰治郎を遂に打ち負かせるというこの時この瞬間に、気持ちが高ぶり、勝ちに逸っていました。


 今、大寺勢の目の前には、ぶざまに逃げつつある高楯勢が見えています。とりわけ、後退を続ける峰治郎の姿に大寺勢は喜び勇んで、てんでばらばら、我先にと川を渡渉しようとしていました。


**********


 しかし、一方の南岸の高楯勢では、退却しながらも、対岸の様子を冷静に眺めている峰治郎がいました。大寺勢は騎虎の勢いで、続々と川を渡ってきます。明らかに勝負はついたかのように誰の目にも見えました。そして、一番後ろで戦況を眺めていた大寺勢の大将も勝ちに勇んで前進し、川にザブザブと飛び込み、勝利を確信した大寺勢の全員が川に入ってきたのでした。


 その大寺勢の様子を見た峰治郎は、退却を強いられている明らかな劣勢にもかかわらず、ニヤリと不適な笑みを浮かべました。まさに、ここぞとばかりに檄を飛ばし命じたのです。


「今だべ!指笛だ!みんな、吹げ~~!思いっきり吹げ~~~~~~~!」


その途端、峰治郎の廻りの高楯勢が、一斉に指笛を鳴らします。


「ぴ~~~~~~!」

「び~~~~~~!」

「ぴゅ~~~~~!」


 峰治郎の隣にいた清十郎は、一体何が起きたのかも分からず、その様子にあっけにとられてしまいました。


 一方、追撃に夢中で、川の水をばしゃばしゃと音を立てて走る大寺勢には、その指笛が耳に入りませんでした。いえ、何人かはそれを耳にした者もいたようですが、その笛の音の意味するものがわかりません。


 もっとも、その意味が分かった時には、もう遅かったのです。


**********


「うわ~~~~~~!」


「おお~~~~~~!」


「カンカンカンカンカン!」


「ドンドンドンドンドン!」


 その指笛が始まるや、時ならぬ歓声と鉦や太鼓の音のような大音響が、大寺勢の背後、小鶴沢川の北岸から聞こえてきます。大寺勢はたった今まで自分たちがいた陣地からの大騒ぎに、何がどうなっているのかわけも分からぬままに驚き、思わず足を止めて背後を振り返りました。


 その瞬間です。


(ビュン!)


「ぎゃっ!」


(ビュン!ビュン!)


「ぐわっ!」


「うわっ!」


 振り向いた大寺勢を狙い澄ましたかのような石礫が、大寺勢の頭に降り注ぎます。しかも、その命中率が馬鹿になりません。あっという間に、次々と大寺勢にケガ人が増えていきます。


「な、なんだ!なした(どうした)!」


「後ろからだべ!何が来た!」


 大寺勢が振り返って見たその視線の先、そこにいたのは、高楯勢の別動隊でした。峰治郎より年長の三浦定之助と石川確治の石合戦に手慣れた石投げの名手二人が、別動隊を率いて下流から川を渡り、川沿いの茂みに潜んでいたのです。


 別働隊と言っても、総勢わずかに4人だけでしたが、他にも定之助や確治の妹を始めとする女の子が数人、草むらの中で太鼓や鉦を鳴らして、より多くの人数がいるように見せかけて、より大寺勢の不安を煽っていました。


 つまり、峰治郎は自らを囮にして、大寺勢を川の中という「死地」に誘い込んだのでした。


「うわぁ!敵の新手だべ!」


「後ろから挟まらっだ!」


 ただでさえ草鞋履きで、水の流れと川の中の地形により、足場が思うように安定しない上に、武器となる投擲しやすい手頃な石を、いちいち川の中から拾い上げるのは、意外に手間がかかりました。


 それに加えて、勝利目前の勝ちにはやっていた大寺勢は、突如、背後から襲いかかられた恐怖で、後ろに現れた敵がたった4人とは分からないまま、パニック状態に陥ってしまいました。


「挟み撃ぢさっだ!」


「駄目だぁ!逃げろ~!」


 浮き足だった大寺勢は、それまでが勝利目前であっただけに、完全な混乱の渦中に叩き込まれてしまいました。


「いまだ~~!押す返せ~~~~~~!」


 すかさず、川の南岸から、峰治郎の高楯勢本隊が後退を止めて反撃に転じます。わずか8人の本隊ですが、峰治郎の存在感と潮目の変わった勢いが、その勢力の倍する以上の心理的な圧迫を大寺勢に加えていきます。


 大寺勢の先陣を切って対岸に足をかけていた数人が、勢いづいて反撃に転じた高楯勢の勢いに、自分ひとりが敵中に孤立するのではないかという恐怖で、全体はもちろん、前後の状況も確認しないまま、慌てふためいて逃げ回り、後続の仲間とぶつかり、転倒します。その先陣の混乱が、ますます大寺勢全体の無秩序な崩壊を加速させていきます。


 そのような状況に加えて、高楯勢の命中率の向上が、大寺勢を更なる混乱に導きます。川を挟んで対陣していた戦闘開始時点でのお互いの距離よりも、川の両岸から川の中に向けて石を投擲する距離は格段に短くなっており、命中する確率も確実に上がってきていたのです。


 更に、相手の位置的条件の不利な態勢もあって、大寺勢がほとんどまともな反撃も来ないため、高楯勢は余裕を持って大寺勢を冷静に狙い撃ちできます。高楯勢の石礫は、まるで鴨撃ちのように投げれば当たり、面白いように圧倒的な攻撃ができるのです。結果的にそのすべてが大寺勢に命中し、加速度的に大寺勢の戦力と戦意がもぎ取られていきます。


「うぁ~!」


「いでぇ~!」


「やらっだぁ!」


 そこらじゅうで大寺勢の悲鳴が上がります。しかし、そこで踏ん張って奮戦している者たちもいました。


「逃げんな!高楯の人数はたいしたごだぁね。落ぢ着げ、落ぢ着ぐんだ!」


 北垣村の武田泰助は、大寺勢の大将とともに、声を枯らして味方を叱咤激励します。しかし、一度、逃げ腰になった味方を、もう一度立て直すのは、歴戦の勇将でもなかなかできるものではありません。


「逃げんな!まだ終わってね!」


 しかし、大将の檄も潰走し始めた配下の者たちには届きません。大寺勢はみるみる戦意を失って、上流に逃れるもの、下流に逃げるもの、30人以上の手勢を誇った大寺勢はたちまち雲散霧消してしまいました。


**********


「えい、えい、お~~~~!」


「えい、えい、お~~~~!」


 高楯勢の勝鬨が小鶴沢川河畔に誇らしげに挙がる中、峰治郎が大寺勢をよく観察していると、川の上流へと逃げる大寺勢の中で振り返った武田泰助と、一瞬、目が合ったように感じました。


 相手もまた峰治郎の視線に気付いたと見えて振り返り、その瞬間、ふたりの視線が交錯しました。しかも、その少年は峰治郎に応えるように右手を拳にして高く上げました。


 峰治郎もまた、この好敵手の不敵な態度に大いに興をそそられ、同じように右手を拳にして高く上げたのでした。


 そして、峰治郎のその答礼を見た武田泰助はニヤリと笑い、背を向けて走り去ったのでした。


 この小鶴沢川は、最上川水系に属し、現代にも残っている一級河川です。なお、現在の河川は山辺町の天神地区住宅街の脇で、高い堤防に囲われ、石合戦をしたような広々とした空間の面影はまったくありません。


**********


「峰治、やったな。あいづらも、もう懲りたべ。」


「これで当分は、おどなしぐなるんでねが。」


 別働隊の4人がザブザブと川を渡って仲間に合流してきました。


「にいちゃ~ん!」


「峰ちゃ~ん!」


 川向こうから、妹たちも嬉しそうに手を振っています。


「定ちゃん、みんな、ありがどなぁ。おがげで助かたず。」


 峰治郎は、川向こうにいる妹たちに笑顔で手を振りました。そして、対岸からやってきた仲間を、満面の笑みで喜んで出迎えました、


「いやぁ、やっぱり、峰治の軍略はてえしたもんだ。3倍の相手でも簡単にやっづげですまうなんて、すげぇべ」


「甲州武田流の軍学だべ。峰ちゃんがいだら百人力だ。もう、大寺衆にでけぇツラはさせねぇべ。」


「兄ちゃん、すげえなぁ。全部、兄ちゃんが考えでだんだが。おらぁ、ぶったまげだべ。」


 少年たちの賛嘆は止みません。清十郎も、峰治郎に憧れの眼差しを向けています。


 一方の峰治郎の方も、けっこう満更でもない様子で、頭をかきながらも鼻高々な感じです。


「んだ!おれはあの大杉みでに、でっかくなってやんだがらな。こだなで負げでらんねんだ!」


 峰治郎は天空を見上げて言いました。他の少年たちも同じように空を見上げます。


 青く澄みきった大空はどこまでも高く、少年たちの夢を乗せて果てなく青々としていました。

 退却すると見せかけた安達峰治郎の率いる高楯勢でしたが、実は峰治郎は対岸へ密かに伏兵をひそませていました。高楯勢の退却を見るや喜び勇んで統制のないバラバラな追撃戦に入った大寺勢は、突然、背後に出現した三浦定之助や石川確治たちの高楯勢別動隊によって、川中で挟み撃ちを受けることとなりました。峰治郎の策は見事に当たり、結果的に三倍以上にも及ぶ相手を見事に打ち負かしたのでした。

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