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第3話 決戦!小鶴沢川(改0425)

 安達峰治郎、後の外交官・安達峰一郎の幼少期から話は始まります。故郷の山に聳える巨大な一本杉、それを見た少年は、その大杉のように大きく真っ直ぐな大人物になると誓ったのでした。幼少期の峰治郎は、故郷の東村山郡西高楯村で石合戦に興じていました。この日もまた、隣村である大寺村からの挑戦状を受けて子供たちが峰治郎のもとに集まってきました。

 峰治郎たちが小鶴沢川の河原に着くと、川を挟んだ対岸に子供たちがおよそ30人ほど蝟集しています。


「ほほう、おるおる、ようもまあ、かぎ集めだもんだべ。」


 峰治郎は驚くどころか、不敵な笑みを浮かべています。緊張感はあるものの、ワクワクしてしょうがないようです。やる前から、まるで負ける気がしないのでしょう。


 対岸の子供たちは、峰治郎たちの到着を知るや、大声でわめき立てます。


「わりゃあ、怖じげづいで、逃げだど思ったべ。臆病もんが!」


「それっぱりすか、いねなが。高楯もんはへたれがうがいべ!」


「母ちゃんの腰巻ぎさ隠っでブルブル震えっだんだべ。この腰巻ぎかぶりが!」


「うわ~っ!は~っ、はっはっはっはっ!」


 大寺村の子供たちの罵詈雑言と高笑いの声が河原に響きます。


 これに対して、高楯村の子供たちも負けずに応戦します。


「大寺の馬鹿が、懲りずに、まだ、やられに来たんだべ!」


「負げ癖がついっだべがらな、なにしたて、勝だんねんだから、早ぐ帰れ!」


「いぐさは人数じゃねべ、駄馬はなんぼ集めでも駄馬だべ!」


「は~っはっはっはっはっ!」


 野次合戦は、子供たちの石合戦のお定まりの前振り、前座です。少年たちはそうすることで士気を盛り上げ、自らの戦意を高揚させるのです。


**********


 ひとしきり野次合戦が終わると、後ろの大石に腰掛けていた大寺側の大将が立ち上り、掌に握った石を、叫びながら峰治郎を目掛けて投げつけます。


「覚悟すろ!峰治~~~~!」


 緩やかな放物線の軌跡を描いて、石礫は峰治郎に届きますが、峰治郎は身体を少しずらしただけで、石は掠りもしませんでした。しかし、これが「矢合わせ」ならぬ「石合わせ」の開始の合図となりました。たちまち歓声とともに河の両岸から一斉に石礫が投げつけられます。


**********


 大寺勢は、最初の情報では20人となっていましたが、峰治郎が来るまでの間に更なる加勢が加わったのか、目算でおよそ30人以上はいそうです。一方の高楯勢は、新規参加の清十郎を加えても僅かに8人、相手の多さに怖じ気づいてこっそり抜け出した者でもいたらしく、却って目減りしているのが実情です。


 石合戦は投げる石の数量が戦局の推移に如実に出てきます。こちらが10個を投げつける合間に、対岸からは4倍の数の石礫が飛んで来ますから、土台、勝負にもなりません。それでも、高楯勢は数的劣勢をものともせず、かなりの健闘を見せており、時折、数を頼む大寺勢さえもその勢いにひるみがちです。


 しかしながら、時間の経過と共に、いかに腕自慢の高楯村の戦士たちも多勢に無勢、次第に腹や腕に石を当てられた子供たちも出てくると、反撃する投擲スピードも徐々に低下してきます。4倍の差が、5倍、6倍にどんどん開いてきて、戦力差の重圧がのしかかってきます。


 しかし、こんな劣勢に置かれながらも、峰治郎は不敵な笑みを浮かべて、冷静に敵を観察していくさを楽しんでいます。


「おい、見慣れね奴がいっべ。あいづの石は他の奴のどは勢いが違う。山なりでねぐ、ほどんど真っ直ぐ飛んでくっべし、当だっどかなり痛そうだべ。みんな、気ぃつけろ!」


 更に、峰治郎はその男を指差して尋ねます。


「あの紺地に十字絣の着物さ、荒縄で帯結びばしった背の高い奴、あいづは誰や?」


 高楯勢の中のひとりが、対岸のその男を見て答えました。


「あいづは北垣村きたがきむら武田泰助たけだ・たいすけじゃ。大寺の奴ら、隣村の北垣から助っ人ば呼んだんだべ、汚ねぇ奴らだ!」


 峰治郎の問いかけに答えたその少年が、さも憎々しげに対岸を睨みつけて言いました。


「おらださも山野辺村の清十郎が助っ人さ来ったべ、要は勝でばしぇんだ」


 峰治郎は笑って応えました。


 ちなみに、武田泰助が住む北垣村という村名は正式名称ではなく、正式には北目村きためむらと言われます。同じ東村山郡内の天童地区にも同名の村が存在し、人口規模が小さい山野辺地区の北垣村が改名をせざるを得なかったためで、地元では昔通りに北垣村と呼び習わしていました。


 しかも、この北垣村は特殊な村域となっていて、古い寺院を中心とした門前集落で、四囲を大寺村に囲まれており、実質的に大寺村の村内村でしたから、実際の住民感覚では大寺村との一体感があります。そのような成り立ちもあり、子供達の交流においても同じ仲間意識が強かったものと思われます。東西のふたつに分かれていても、高楯村が同じ村意識で結びつきを強くしているのと同じでしょう。


 峰治郎から武田泰助と同格の助っ人として遇されている従弟の清十郎は、峰治郎のその期待に応えるかのように、その隣で健気に反撃をしていました。それに小さい身体が幸いして、まだ、一発も石礫を受けずに、元気に健在ぶりを発揮しています。


 しかし、大寺勢もこの小さな小蝿が次第に鬱陶しくなったと見えて、次第にその小癪な清十郎の周辺に飛んでくる石礫が多くなってきました。


「あのめちゃっごいチビ、うるせぇべ。あいづばやっつけろ!」


 そうして次第に清十郎の周りにも石礫が集まりだし、清十郎も、時折、石にかすられて痣や血がにじんできました。


「いで!」


 清十郎の身体に、石礫がまともに命中し、たまらず清十郎が声をあげました。


「大丈夫が!清十郎!」


 峰治郎も思わず声を掛けたところへ、更に第二撃の石礫が清十郎の腹部をえぐります。


「うわっ!」


「清十郎!」


 投げたのは、二投とも、あの北垣村の助っ人の武田泰助でした。あの武田泰助が投げる都度、石が高楯勢の誰かに命中して、確実に高楯勢のダメージが蓄積されていきます。


 峰治郎が対岸を睨み返すと、あの武田泰助が、右手に持った石を、ぽんぽんともてあそびながら、峰治郎の視線にきづいて不敵に笑っています。


「あのやろ~!」


 峰治郎は、可愛い清十郎を攻撃した武田泰助を睨み返しました。


「大丈夫だ、兄ちゃん、まだまだやるいべ!」


 清十郎の勇ましい声が峰治郎の耳にも届き、峰治郎を安堵させるとともに、そのいじらしい健気さに峰治郎は微笑ましささえ感じていました。


 しかし、戦力の差はさすがにいかんとも仕方ありません。峰治郎は全体の戦況を見て、清十郎の負傷もあって、退却の頃合いを見計らっていました。


 空はどこまでも青く、少年戦士たちの喧騒とは無関係に、暖かいうららかな陽気をたたえています。そんなのどかさを表すように、鳥のさえずりの声までも対岸の草むらから聞こえてきました。


 その時、わずかに峰治郎の口の端が上がったように見えます。


 すると、その鳥のさえずりを聞いたからというわけでもないでしょうが、遂に劣勢挽回をあきらめたか、峰治郎が仲間に退却の下知をくだします。


「んだば、そろそろ潮時だべ。みんな、ゆっくり下がれ、投げで下がれ! 投げながらさがれ! せなが(背中)ば見せねで下がれ!」


 しかし、傷付きながらも、気持ちだけはまだまだ負けていない清十郎が、峰治郎に向かって叫びます。


「にいちゃん、逃げるだが!」


 それに対し、峰治郎はいつもとは違って、珍しく清十郎を睨みつけます。


「ええがら、ゆうどおりすろ(言われた通りにしろ)!」


 清十郎は口を尖がらせ、不承不承の態でゆっくりと下がりながら、でも、やるかたない憤懣を石にぶつけるかのように大寺勢に向けて石を投げつけています。その様子を見ながら、峰治郎は苦笑しつつも、清十郎の健気な稚戯溢れる清々しさをいとおしく感じるのでした。


**********


 対岸の高楯勢の退却する様子を見た北岸にいる大寺勢は小躍りします。


「高楯の臆病ども、逃げはずめだぞ、追い討づすっべ!」


「川さ入れ、追っがげで蹴散らすてやれ!」


「わぁ~~~!」


「いげ~~~!」


 喚声を挙げて大寺勢が川の中にザブザブと入ってきました。浅い川で、深いところでも膝より高いところのない小鶴沢川でしたから、徒歩での徒渉にはまったく問題はありません。


 多勢に無勢の高楯勢は反撃しながらも、ゆっくり後退していきます。


「慌でんな!ゆっくり下がれ!」


 峰治郎の下知に従い、高楯勢は壊走することもなく、整然と横に広がった横隊を保ちつつ、士気の低下もなく、よく反撃を継続していました。


 川の中での足場の悪さのためか、大寺勢から飛んでくる石礫の正確度は格段に低下して、命中率も悪くなってきました。そのためか、高楯勢で石を当てられる者もにわかに少なくなりました。それでも飛んでくる石礫の数には変わりありませんから、高楯勢の劣勢はなかなか覆りようもありません。


「やれ!やれ!二度とおらださ逆らわんねぐ、いぎすま(思い切り、徹底的に)、やっづげでやれ!生意気な峰治郎ばひっつがまえで、土下座させでやれ!」


 一番後方にいた大寺勢の大将も、喜び勇んで、いよいよ川の中に入り追撃にかかります。高楯勢はまだゆっくりと後退を続け、もはや大寺勢の大勝利に間違いはありません。


 そして、歓声を挙げて大寺勢の最先鋒のひとりが遂に対岸に足を掛けました。いよいよ、小鶴沢川の決戦・最終幕、敗走する高楯勢へ、大寺勢の追撃戦の開始です。

 小鶴沢川を挟んで大寺村の子供たちと石合戦を繰り広げる峰治郎たちでした。しかし、十分に準備をして頭数をそろえて挑戦状を出した大寺勢との戦力差は、時間と共に大きく影響を増してきます。多勢に無勢、遂に峰治郎は仲間たちにやむなく退却を指示します。これを奇禍とした大寺勢は、勝利の予感に歓声を上げて川の中へと入りこみ追撃戦を開始しました。

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