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第24話 海舟語録(改1120)

 関山新道開削工事がいよいよ始動する中、郡役所からの渡辺吉雄郡書記一行に対する安達峰一郎ら少年たちの狼藉事件については、安達久右衛門と安達久左衛門の尽力によって、渡辺郡書記との和解が成立したのでした。少年たちは川掃除をさせられただけで、いつものように東子明塾で東海林寿庵先生からの教えを受けています。一方、大人たちも子供たちから何かを学び、これからの郡役所に対する運動を始めるにあたっての決意を新たにするのでした。

 東子明塾での勉強が終わり、子供たちが帰る中、東海林寿庵が峰一郎を呼び止めました。


「峰、お前に、もうひとつ話しがある。」


 峰一郎が足を止める中、他の子供たちは足早に寿庵の私塾の土間から出ていきます。定之助や確治、太郎吉も、早くも吉祥天の宮様に駆けて行きました。


 寿庵は上がり框の板の間に座り、怪訝そうにして土間に立っている峰一郎に話しかけました。


「お前は、学校に上がる前に、石川尚伯先生から、宿題を出されておったの?……力ではなく、もっと強いものがあると……。」


 一瞬、何の事か分からない様子の峰一郎でしたが、すぐにそれと気づいて応えます。


「んだ、敵も味方も誰も傷つけねで、戦わねで恨みもすねで、みんなが分がて言う事きぐ凄い強いものがある……って、尚伯先生が言ったっけ。」


「今回はどうだった?峰一郎には、それがまだ何か分からんかったようだの?」


 寿庵は優しそうな目で峰一郎を見つめます。峰一郎は困ったように首をひねります。


「まだ、俺、わがらねがらねっけがら、んだがらて、あだなごとしたんだっけべなぁ。……寿庵先生、知ってだら、ほいづ、おしぇでけろ。」


 峰一郎の素直な問いかけに、寿庵は大きく頷いて答えます。


「いや、今回の事で、お前にもそれが何か、分かるようになるかもしれん。それに、答えはひとつだけではないかもしれん。しかし、お前は自分の目と耳でそれを確かめ、自分の頭でようく考えることだ。恐らく、そろそろお前にもそれが分かるだろう。」


 そして、寿庵は自分の話しを語り始めます。


「わたしが江戸の林洞海先生の下で修業をしていたまだ若い時分のことだが、江戸で知り合った中に貧乏旗本の蘭学者がおってな。わたしがそいつの治療をしたのがきっかけで、同じ蘭学修業をしている仲間でもあり、意気投合しての。何度か一緒に酒を酌み交わしたことがあった。」


 峰一郎は、寿庵が何を言いたいのか意味が分からない風で首をかしげながらも聞いています。寿庵は昔を懐かしむように宙を見て話しを続けます。


「ずうずうしい奴じゃったが面白いやつでな、そいつがよく言っていた。『行蔵は我に存し、毀誉は他の言』……これが分かるか?」


「こうぞう?……は、われに存し……きよ?……きよは……他の言?……こうぞう?……きよ?……分がらねっす。」


 分からぬながらも、聞いたばかりの言葉を素直に間違えずにそらんじている峰一郎の資質に、寿庵も感心しつつ、この話しが決して早くはなかったとの確信を抱き、安心して話しを続けました。


「行うのは我、誉める貶すは他人……行うかどうか決めるのは自分、やったことの責任も自分にある。それを誉めたり、けなしたり、批判するのは他人の自由、……自分は自分の決めたことをやる、批判するのはどうぞご勝手に、ということだよ。」


 この言葉は勝海舟の言葉として今に伝えられます。東海林寿庵は江戸での遊学中、幕臣の勝海舟と親交を重ねました。山辺町西高楯の吉祥天宮、現在は天満神社がある高楯城跡の北西に東子明塾の記念碑が建立されていますが、その刻字は勝海舟が揮毫したものと伝わります。


 その言葉の意味を教えられた峰一郎は、しばらくそらんじるような顔をした後、難解な数式が解けたように、パッと嬉しそうな顔をしました。


「ああ!『こうぞう』は『行蔵』、『きよ』は『毀誉褒貶』だべ!……『行蔵は我に存し、毀誉は他の言』……『行蔵は我に存し、毀誉は他の言』……。」


 文字と意味を理解した峰一郎は、嬉しそうに何度も大声で暗唱しています。その峰一郎の利発さを愛おしみつつ、寿庵が言葉をつなぎます。


「他人がどう言うかなんて気にするな、じっくり考えて自分が良いと思ったことを堂々とやれ、どんなにつらい時も自分で決めて自分の信じた道を行け、そういうことだよ。」


「行蔵は我に存し……はい、ありがどごぜます。」


 峰一郎は嬉しそうに、何度も同じ言葉を繰り返し暗唱しています。この調子であれば、吉祥天宮で仲間と遊んだ後でも、家に帰るまで忘れてしまうようなことにはならないでしょう。


 寿庵は更にもうひとつ、話を付け加えます。


「それと、そいつはこうも言っていた。その行いを決めるにあたり『情に流されず筋を通せ』と、これは分かるか?」


 数瞬の間を置いて、峰一郎が答えます。


「はい、……可哀想だべどが、申し訳ねどが、ほいづが『情』。一時の感情に惑わさっでだば駄目だ、て事だべす。」


「そうだ、それが分かれば、尚伯先生の宿題は解けるぞ。今回の事もそれをよくよく考えてみるんだ」


 尚伯先生にもらった宿題の、世の中でもっとも強いもの、その答えの鍵があると言われた峰一郎は驚いて問い返します。


「え?今回の事?郡の役人ば追っ払ったことだべが?」


 それには答えず、寿庵は笑って立ちあがり、「ではな、気をつけて帰るんだぞ」と、ひと言だけ声をかけて、静かに襖を閉めていきました。


 残った峰一郎は、玄関に向かい駆け出すかと見えるや、ふと、立ち止まります。


(役人は悪いことを言いに来た、村の人たちを困らせることを言いに来た、……だから俺たちはそいつを追っ払おうとした……。)


 それは峰一郎にとっては筋が通っているものと思いました。峰一郎は、東子明塾の玄関を開けて外にでます。


(あの憎たらしかった役人も、総代さんとじっちゃんが言って改心したんだ、だから、無駄じゃなかったんだ。)


 峰一郎は自分たちの行動が確かな筋が通っているものとの自信をもって吉祥天宮に駆け出そうとします。


 しかし……、ふと、心の中に疑念をよぎらせた峰一郎が、足を止めます。


(……まてよ、その嫌なことを決めたのはだれだ?……村の人を困らせるようなことを決めたのはだれだ?……あの役人が決めたのか?……多分、違う、あいつは言いに来ただけ、……じゃあ、誰が悪いんだ?)


「お~い!峰一郎~!」


 お宮様の上から、定之助たちが手を振って呼んでいました。唐突に思考を中断させられた峰一郎でしたが、友人たちに手を振って応えると駆け足で吉祥天の宮様に向かう峰一郎でした。


**********


 明治13年7月2日、東村山郡役所では、7月9日に開催が予定されている戸長会議の準備が粛々と進められていました。


 戸長会議とは、明治12年3月20日から数度にわたって出された県達に基づいて設置されたもので、県の意向を各村に浸透させて円滑な行政運営を目指すものです。実際には、郡長が毎月1回、郡役所に戸長を参集して行われます。しかし、会議とは言いながら、陳情の形式のみは許されますが、実質的には上意下達のみの行政末端組織です。


 尚、東村山郡は東西に長い上に、郡役所を東側の天童村に設置したため、山野辺村からは遠すぎて郡役所との往来に不便なことは早期から指摘されていました。そのため、維持運営費を民間負担とする現在の公民館のような戸長会所を山野辺村に設置し、郡役所の出張所の役目を果たさせていました。


 しかし、今回は民政に大きな影響を及ぼす事案であるとして、山野辺村周辺の村々の戸長も全員が天童の郡役所本庁へ参集されることとなっています。


 今回の戸長会議では、四郡連合会で共同採択された決議書と、それに基づく郡長布告を郡下全村に通達することになっています。郡書記たちは、渡辺吉雄も含め、みながその準備に掛かっていました。


「和田君、取り敢えず、現時点での郡下全村は静謐ということだね。」


 そこは郡役所の中、簡素な長机に椅子が何脚も置いてある会議室のような部屋でした。椅子に座っているのは郡書記筆頭の留守永秀、その傍らに次席郡書記の和田徹が立って、留守の問いかけに答えます。


「正確には様子見というところです。住民内部での反発はかなりあるものと思われます。しかも、山野辺地区においても潜在的な反発が確認されたのは予想外でした。」


 留守は黙って和田の話を聞いています。和田は更に続けます。


「また、天童地区、山野辺地区の双方の複数の戸長より、別段建議書についての疑議が申し越されています。もちろん、そのような物については郡では預り知らぬこととしております。」


 それに対して留守は感情を表に出さず、事務的に答えます。


「はなから、ないものはない。それで良い。……なお、天童だけでなく、今後は山野辺への監視も強化してくれたまえ。」


「はっ、かしこまりました……それと……。」


 和田がやや言い淀みます。


「ん?どうかしたかね?」


 留守が右側に立つ和田を見上げて尋ねました。


「あの……渡辺書記の一件はいかがいたしますか?」


 小鶴沢川での騒動については、渡辺からはなんの報告もありませんでしたが、従者からの報告で和田と留守の耳には入っていました。


 すると、急にどうしたのか、留守が椅子に座ったまま上体を傾け、「く」の字に体を折り曲げて……


「ぶふっ!……はっはっはっはっ……ははっ……あ、ああ、すまん、すまん……。」


 留守の唐突なその反応は、和田にとっては新鮮な驚きでした。和田は、留守が堪えきれずに噴き出す程に笑ってしまうそんな姿を、この時、初めて目にしました。


「……んんっ!んんっ!……あぁ……渡辺君からの復命には、その件については何も触れられてはいないのだろう?」


 何度か咳払いをした留守は、平静な態度を取り戻して和田に答え、和田も何事もなかったかのように返事をします。


「はい。」


「ならば良かろう。……子供からやられたなぞ、表立ったら郡としては恥の上塗りだ。一揆ならともかく、子供相手に郡がしゃしゃり出て逮捕なぞしたら、それこそいい笑いものだ。渡辺もそれくらいの判断がついたから報告せんのだろう。」


「では……。」


「何もなかった、それで良かろう。……但し、穏便に済ませる以上、何かの機会に、ある程度は村側へ恩に着せておけば良かろう、それに……。」


「それに……?」


 再び、留守が笑いを押さえかねるようにします。


「くっくっくっ……あ、すまん、すまん。……よっぽど鼻っ柱をへし折られたんだろう。それとも、臭すぎて鼻が曲がってしまったかな?……くっくっ!」


 押さえかねた留守は口元を手で塞ぎます。


「あの渡辺が、随分と殊勝にしおらしく働いておる。住民への態度もすこしはましになるだろう。ガキどもには礼を言わんとな……、くっくっくっ……。」


 和田はこの日、ふたつめとなる初体験をしました。留守の忍び笑いです。

 安達峰一郎は東海林寿庵先生からの教えを受けて、今回の自分たちの行為を振り返ります。それはかつて幕臣として活躍し、今も明治政府で重きをなす勝海舟の言葉でありました。一方、郡役所においても、郡書記筆頭の留守永秀の判断で、峰一郎たち少年の行為についてはなかったものとみなされました。しかし、今回の事前告知の実施により、住民達の潜在的な反発の匂いを嗅ぎつけた郡役所では一層の警戒感を高めることとなるのでした。

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