第23話 小鶴沢川騒動始末(改1120)
関山新道開削工事が県の予定通りにいよいよ始動し始めます。一方、東村山郡役所の郡書記一行に対して安達峰一郎ら村の少年たちがはたらいた狼藉事件で、高楯村総代の安達久右衛門を始めとする村の大人たちはその後始末に苦労しました。しかし、久右衛門と、分家の安達久左衛門との尽力によって、郡庁使者である渡辺吉雄郡書記との和解がようやく成立しました。かくして、子供たちが引き起こした郡書記に対する狼藉事件そのものが、最初からなかったものとされて不問にされたのでした。
郡書記・渡辺吉雄の一行は、高楯村で一泊し、翌日には山野辺村、根際村、要害村を回り、無事に任務を果たして天童村の東村山郡役所に帰りました。
吉雄は、北村山郡の楯岡村で行われた村山四郡連合会が住民総意として県に建議した共同採択の概要を各村戸長に内示し、正式な布告への各村からの参集と工事への協力の根回しを行ったのでした。
一方、子供たちには、安達久右衛門や安達久左衛門の尽力のお陰で、郡書記一行にはたらいた非礼については、最初からそのようなことはなかったものとして、公的にはお咎めなしとなりました。しかし、それとは別に子供への罰は罰でやっておかなければ、大人として示しはつきません。
少年たちは、親父たちからそれぞれ強力な何発かの鉄拳を改めてくらったもののようです。そして、翌日、村の男の子全員で川の掃除をさせられ、更に、勝手に持ち出した諸道具類もすべて綺麗に掃除して、一軒一軒に謝りながら返却して歩いたのでした。
少年たちへの罰は、とりあえずそれだけで終わりました。戸長宅での一件は、他の村人たちには内密にされましたが、村中の少なくない男の子が参加した大事件とて、当たり前に村中に知れ渡ってしまいました。
高楯村戸長も兼任している山野辺村の渡辺庄右衛門をはばかり、表立って言う者はおりませんが、村中の人々が少年たちの壮挙を好意的に受け止めてくれたもののようです。
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少年たちは、いつものように東子明塾で東海林寿庵先生からの教えを受けていました。
「峰一郎、確治、定之助、太郎吉、……今回のことで、お前たちはいったい何を学んだか?」
寿庵は4人の子供たちの顔を1人1人、ゆっくりと見回しながら語りかけます。
「先生、……俺だは、総代さんさ、迷惑ば、かげだだけなんだが?」
自分たちは、結局、高楯村総代の安達久右衛門に迷惑をかけただけではなかったのかと、三浦定之助が遠慮がちに寿庵先生に聞き返しました。
「ほう、定之助はそう思ったのか?どうしてかな?」
寿庵は、定之助が少年の強い感受性で、大人たちの対応と久右衛門の姿をどのように捉えたのか、興味を持って聞き返しました。
「いやぁ、親父からしこたまぶ殴らっで、ごしゃがれんのは別にしぇえんだげんど、俺だのために、総代さん、あだい謝ってだっけがら、総代さんさ悪くて悪くて。」
寿庵は、久右衛門の姿を目に焼き付けることで、自分たちの行為に対する子供たち自身の反省を感じるとともに、他人を思いやる優しさをも感じ、定之助の問いかけを好意をもって受け止めました。
「確かに、総代さんにも親父さんたちにも、それに、郡役所の役人たちにも、……お前たちは、多くの大人たちに迷惑をかけた。……だが、それがすべて悪いことだとは限らない、お前たちのお陰で、大人たちも教えられたことがたくさんあるからな。」
その言葉に対して、石川確治が言いました。
「んだて、俺だが何しても結果は変わらねんだべ。」
寿庵は苦笑してしまいましたが、しかし、最初のひとことだけはピシャリと言い切ります。
「思い上がるんじゃない。大人たちが一生懸命に考えてやっていることを、お前たちがそう簡単に変えられるものか。」
師の強い叱責に、一瞬、子供たちは首をすくめました。
「……しかし、だからと言ってお前たちのやったことが全部無駄かというと、……そうではないかもしれんぞ。」
打って変わって優しい声音になった師の言葉に、子供たちは一様にほっとしたようになります。
「お前たちのお陰で、吉雄さんは今まで以上に村のために頑張ってくれるだろう。それに、何よりも、お前たちのお陰で大人たちに気付かさせてくれたことが、ひとつある。」
「……え?……なにを?」
少年たちは不思議そうに寿庵の次の言葉を待っています。
「いつまでも子供だ子供だと思っていたお前たちが、自分たちの村のことを、真剣によく考えてくれているということだ。お前たちも、もう立派な村の一員だということが、久右衛門さんにも親父さんにも、よく分かってくれた筈だ。」
少年たちはちょっと照れくさそうに、下を向き両隣を向きながらニヤニヤしてしまいました。しかし、次の寿庵の言葉は、少年たちを更に驚かせ、また、喜ばせるものでした。
「それが証拠に、これからは、お前たちも村の話し合いに参加させるということだ。」
「ええ!」「ほんてんだが!」「俺だも!」
「村の子供たちみんなというわけにはいかんだろうが、特にお前たち4人は、ほっといたら何をしでかすか分からんからな。……とりあえず、目に届くところに置いておくということだろうて。山野辺村の太郎吉の親父さんも同じ思いじゃ。」
垂石太郎吉も恥ずかしそうにしつつも、でも、本音では喜んでいました。しかし、寿庵はそこで締めることも忘れてはいません。
「だが、子供であればこそ今までは大目に見てきたが、これから一人前として扱う以上、大人としての責任も果たさねばなるまい。今度は、川の掃除くらいで済ませてはくれんからな。……よいか、これは簡単なことではないぞ!」
「はい!」「はい!」「はい!」
子供たちは、本当に分かっているのやら、どうやら……。しかし、元気に大きな明るい声で寿庵に応えたのでした。その素直な少年たちの笑顔を、寿庵もまた嬉しそうに眺めているのでした。
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一方、久右衛門の家では、日暮れと共に畑仕事を終えた子供の親たちが集まります。もちろん、自分の子供たちが久右衛門に迷惑をお掛けしたことのお詫びもありますが、やはり気になるのは今後のことです。
久右衛門とともに炉端の四辺を陣取った四人が、彼らにとってもっとも気になることを話しあっていました。
「久よ。おらだ代表が、せっかく出した建議書だっけげんと、全然取り上げでけねっけどごろが、なしてだが、見でもけねっけみだいだな。吉雄だば、その建議書なんかが、ある事もしゃねっけみだいだ。」
せっかくの苦心の建議書でしたが、郡庁では取り上げるどころか見てもくれないし、使者である渡辺吉雄もその存在さえ知らないようだと、久右衛門が安達久に話しかけましたが、その内容に、みな、驚きを隠せない様子でした。
「しゃみ、こいっだんでねぇがや?」
三味線を弾いてる、つまり、知らないふりをして我々を騙そうとしているんじゃないかと、三浦浅吉が、当然にそう聞き返しますが、久右衛門が即答します。
「いんや、あれは、ほんてん、しゃねみだいだ。吉雄は単純で、ほだな腹芸のでぎる奴でね。あれで、結構、根は素直などごがあっからよ。」
四人が、つい、額を突き合わせて顔をほころばせて笑います。
しかし、そうなると、間違いなく提出したはずの建議書の行方が気になるのは当然の成り行きです。連合会の代表委員のひとりとして、当の建議書提出に関わった責任を感じている久が尋ねます。
「んだば、建議書は、どさ行ったなや?」
久右衛門は、久の苦衷を知るだけに、残念そうに肩を落として答えます。
「はなっから、ほだなのは、ないって事で、捨てらっだんだべ。」
つまり、最初からないものとして闇に葬られたとしか考えられません。
「ほだな馬鹿臭い事あっか!久が、直接、議長と副議長に手渡したんだべ!郡の委員もみんな見っだ前で出したんだべ!な、なして、ないって事さ出来んなや!」
親友の久の落胆を慮って、石川理右衛門が憤りをあらわしますが、久右衛門の返事はもはや嘆息しかありません。
「シラば切らっで終わりだべずな。……しても、議長と副議長さ責任取らせで、郡も県も傷付かねべし、役所は関係ねぇ……ってごどで終わりっだな。」
「ほっだな……。」
理右衛門の絶息のような声の後、しばらく、4人の男たちが炉の中の火を見つめながら沈黙してしまいました。あまりにも人もなげな郡の対応に、呆れ過ぎて声も出ません。
最初に沈黙を破ったのは理右衛門でした。
「んだば、いっそ、一揆ば起ごすが!」
「んだんだ、一揆だ!みなして、郡庁さ押す掛げっべ!」
理右衛門の提案に対して三浦浅吉も同調して声を挙げました。が、すぐに久右衛門からその粗忽をたしなめられます。
「ばがもん、お前だ、ほんでざ子供だど一緒だべ。子供だば、ごしゃいでおぎながら、俺だが一揆ば起ごしたら、せっがぐ子供だが体張って俺ださおしぇでけだ事ば無駄にすっか!」
子供たちが身体を張って自分たちに教えてくれた、……久右衛門はそう言いました。
「ん?……確治だが俺ださ、何、おしぇだなや?」
理右衛門が首をひねって久右衛門に聞き返します。
「子供だば、俺だの分まで、いっくど働いでけだ。ずぶん(自分)だなりに村のごどば心配して、立ち上がったんだべ。お前だがらごしゃがっで、勘当されっかもすんねのさ、ほんでも、かまねでやったんだ。」
親からしかられて勘当されるかもしれないのを承知で、村のためにやった、そのやった行為の方法としては誉められたものではありませんでしたが、久右衛門は少年たちの純粋に村を思う気持ちを十二分に受け止めてくれていたのでした。
「次は俺だ大人が、親どして、子供だの手本となるどごば見せねど、今度は俺だが子供だがら笑われっぞ!……理右衛門、お前がそだなだど、確治の方から親子の縁ば切られっぞ。」
やや口を尖がらせて不満そうな理右衛門に、久右衛門が笑ってさとします。
「理右衛門、お前だが、昔、御公儀の代官様が無理難題ば出しだ時、困ってだ親だば心配して、代官所さ、ダラぶぢまげで来たのど同ずだべ。ほのごどば、誰も子供さ、おしぇでねげど、しゃねくても子供はちゃんと親ど同ずごどばする」
親たちが子供の頃に起こした騒ぎを、誰も子供達に教えたわけでもないのに、知らなくとも子供達は親と同じ事をする、蛙の子は蛙なのです。思わず3人の親たちは苦笑いをしながら頭をかいてしまいました。
「『息子』って字だば『自ぶんの心の子』って書ぐべ、子供だがやったのだば、お前だのやってきたごどの『合わせ鏡』だ。……俺もな、今回だば、ほんてん、感心して笑うだぐなったっけ。」
久右衛門は心から愉快そうに笑っています。
「んだらば、俺だ、何ば、すっどしぇえのや?」
理右衛門に代わって、浅吉が久右衛門に聞き返します。
「県が、どこまでも、俺ださ力づぐで来るんだば、俺だは正々堂々ど、ほれば受げで立だんなね。力で来たがらて一揆で返しったら昔ど何も変わらね。」
しかし、浅吉がどうしていいか分かりかねるように尋ね返します。
「ほだごど言ったたて、『泣ぐ子ど地頭さは叶わね』て言うべ、まどもにしたたて、役人さな叶わねべした。」
しかし、久右衛門は自信をもって強い言葉で続けます。
「子供だは俺だのやりようば見っだ。おかないのは、巡査のサーベルでね、俺だの背中ば見っだ子供だの目だ。俺だはどごまでも、ほいづば忘んねで、正々堂々と県さ物申さんなね。」
久右衛門は、親として、村の大人としての自分たちの行いを、子供たちがじっと見ていることを言いました。
巡査のサーベルのような凶器で威圧されることより、本当に怖いのは子供たちの純粋な目が、常に我々の背中を見ていることの方なのだと、久右衛門は言うのでした。
たとえ県が暴力や威圧をもって自分たちに臨んできたとしても、自分たちは県に対しても国に対しても堂々と言うべきことを言い、子孫に対して恥ずかしくない行いをしなければならない、それが大人の努めであると言ったのです。
「んだてよ……。」
まだ不安が拭えなさそうな3人に、久右衛門がニヤリと笑って答えます。
「県がそう来るんだば、俺だも県と国の決まりば使てやればしぇえ!あいづらの土俵でやる分には、俺ださ文句つけらんねべがらな。」
久右衛門には、まだ何か考えがあるようです。
しかし、県との戦いはまだまだ始まったばかりです。しかもそれは簡単な道ではないでしょう。辛く長い闘いになるかもしれません。しかし、この場にいる4人はその覚悟を新たに誓い合ったのでした。
将来の子供たちの未来のためにも、自分たちの果たすべき道を堂々と歩いて行かねばなりません。それを決意して胸に秘める親たちでした。
小鶴沢川で騒動を起こして村を騒がせた罰として、安達峰一郎ら村の少年たちは一軒一軒の家に盗んだ諸道具を返却して小鶴沢川の川掃除をさせられただけで、その後、首謀者の少年4人組はいつものように東子明塾にいました。塾の東海林寿庵先生からの教えを受けて、今回の顛末を反省する一方、村の大人たちからもある意味で一人前と認められた誇りに胸を膨らませます。一方で、大人たちも子供たちの行動から確かに何かを学びだし、これからの活動に対しての決意を新たにするのでした。




