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第21話 少年たちの戦後処理(改1119)

 三島通庸県令が企図する関山新道開削工事はいよいよ始動します。一方、高楯村に向かう渡辺吉雄郡書記一行を、安達峰一郎ら村の少年たちの罠が迎え撃ち、散々に一行を翻弄します。堤防を転げ落ちた清十郎が、一時、郡書記側に捕らえられるという思わぬアクシデントもありましたが、想定外のかつてのライバル、北垣村の武田泰助からの助けを受けて、その危機を乗り越えて遂に勝利を飾ったのでした。少年たちは、新たな友情を嬉しく感じつつ、勝利の凱歌を挙げたのでした。


 そこは、高楯村の地主、安達久右衛門の邸宅です。


 久右衛門は村の戸長ではありません。先代の14代久右衛門・権治郎は、山野辺村の大地主である渡辺家から安達家の娘・志ゑと婚姻して聟入りしました。その子供である当代の15代・久右衛門・林助は、明治8年から約5年間、高楯村の戸長をしていました(明治11年の大区小区制下では区長)が、明治13年1月からは祖父の子供である叔父、山野辺村戸長である当代の渡辺庄右衛門が高楯村の戸長を兼務していました。


 渡辺庄右衛門は、当時、発足したばかりの山形県会への出馬を視野に、地元である東村山郡山野辺地区への運動に尽力しつつ地盤固めをしていたこともあって、山野辺・高楯の兼任戸長を勤めることにもなりました。しかし、高楯村を代表する実質的な顔役が久右衛門であることに変わりはなく、高楯村の村人たちもそのように認識していました。


 以上のような事情もあって、東村山郡役所の郡書記も、戸長ではないものの、高楯村の総代的立場にある久右衛門宅を目指していたのです。どのみち、山野辺村に向かう道筋の途上にあるのが高楯村でもありました。


 安達峰一郎、石川確治、三浦定之助、垂石太郎吉……4人の少年が、正座して部屋の敷居を越えた板の間にたたずんでいます。しかし、なぜか少年たちはむっつりと押し黙ったままでした。


 そして、その少年たちの前、敷居の内側になる畳の端には、少年たちと同じように安達久、石川理右衛門、三浦浅吉の3人の親が、殊勝な面持ちで並んでいます。


 この日の少年たちの大活躍、そして大勝利……それなのに、なぜか少年たちの顔に笑顔はありません。いえ、笑顔どころか、その頬を大きく腫らしているかのようでした。


「お前だ、このおどし前ば、どうつけんだ!ああん!」


 大声で吠えたてているのは、奥の上座にでんと座っている浴衣姿のでっぷりとした中年男です。なんとその人物は、つい先ほどまで、糞尿にまみれていたあの郡書記、渡辺吉雄でした。


 その隣には、これまた浴衣姿のふたりの従者が正座して控えています。


 大勢の人々がいるにもかかわらず、しんと静まりかえった広間の中には不思議な緊張感がみなぎっていました。なぜ、このような状況になっているのか……。


 それはつい少し前、自ら囮になって巡査を引き付ける役目を買って出ていた三浦定之助の顛末から始まります……。


**********


 定之助を始めとする数人の少年が、大寺から高楯に続く細道を駆けていきます。その後方をかなり離れて、ふたりの巡査が少年たちを追いかけて行きます


「よぉし!引っ掛がっだぞ!うまぐいったべ!」


「までぇ~!こんの、イダズラわらす(童子)ども~!」


 少年たちは地元の巡査たちに悪気はありません。むしろ、巡査たちとは争いたくはないのです。


 そのため、定之助ら、第一の罠を担当した少年たちには、巡査のおっちゃんたちを引っ張り出すという、もうひとつの役目もありました。


「よし、りょうごんつぁま(了広寺様)まで来た!あの塀の角ば曲がたら、寺さ入いて墓石の影さ隠れっぞ!」


 ここまでは計画通りにうまくいった少年たちでした。しかし、……。


(どすっ!)(どしん!)


「ぐわっ!」「ぎゃっ!」「いでっ!」


 定之助が角を曲がった瞬間、定之助や確治の父親である、三浦浅吉、石川理右衛門のふたりと鉢合わせして、もろに身体ごと体当たりしてしまったのでした。


「いでででで、……なんだぁ!定之助でねぇが!お前、何しったのや!」


「いだだだだ……、げげっ!お、おっとぉ!……やべぇ!」


 まさかの父親との衝突でしたが、咄嗟にまずいと思った定之助が、四つん這いになって逃げようとします。しかし、その襟首を確治の親爺が捕まえます。


「なあに、慌てっだのや、お前だ?」


 そして、そこへ息を切らしながら、ふたりの巡査が走り込んできました。


「はぁ、はぁ、はぁ……、いやぁ、ご協力……、はぁ、はぁ、はぁ……感謝……はぁ……いたします、……ふぅ~~~!」


 よほど走ったのか、ふたりの巡査はその場にへたりこんでしまいました。ふたりともそこそこいい歳ですから、さすがに子供の足にはかなわなかったようです。


「いったい、何したなやぁ……!」


 と、言った浅吉でしたが、その瞬間、浅吉と理右衛門の頭の中に不吉な思いがよぎります。


「!」


 思わずふたりは顔を見あわせました。


 そして、次の瞬間、定之助やへたりこんでいる巡査のことはそのままに捨て置いて、ふたりの親父たちは、脱兎のごとく小鶴沢川の方へと駆け出していったのでした。


 嗚呼……。


**********


 恐らくは湯上がりでしょう、浴衣の胸をはだけて、上座にあぐらをかいてデンと座った渡辺吉雄がいます。


 そして、その前には、裃に袴といった正装姿の安達久右衛門が端座し、渡辺吉雄に向かって両手を付いて平伏しています。その斜め後ろに控えて、久右衛門と同じように両手をついて平伏しているのは、久右衛門の息子である貞蔵さだぞうでした。貞蔵は、当時、山野辺学校に勤めている23歳の青年教師です。


 その壁際、久右衛門の左手には、郡役所の従者二人と警護にあたる地元の巡査二人が所在なげに困ったような顔をしながら控えていました。


 反対側の壁際、久右衛門の右手後方には、安達家の女子衆が神妙に正座をして控えています。林助の母である志ゑ・67歳、久右衛門の妻、よね・37歳、そして、まだあどけない少女の面影を残す貞蔵の若妻、琴・17歳の三人です。


 そして、久右衛門の後には、高楯村に住む少年たち三人とその親が控えているのでした。


 大勢の人間がそこには蝟集していましたが、緊張感がピンと張りつめたように、その空間はしんと静まり返っています。


「吉雄さん、此度のことは子供のした事ですから、どうか、こらえてください。子供らには、よくよく言い聞かせて置きますので。」


 久右衛門は、郡役人を前にして、言葉を改め、礼を尽くして話をしています。


「いいや、許さんね。このガギべらだ、俺が役人なのば分がてで、あだなごどした、こいづはれっきどした、お上さの反逆だべ。」


「子供たちにはそのような大それた考えはありません。ついつい親や戸長にイタズラしたくなる、そんなどこにでもある話しです。」


 この押し問答を、言葉を変えながら、ふたりはずっとやりあっていました。吉雄よりも年長でありながら、久右衛門は飽くまでも礼を尽くした言葉と態度で陳謝を続けます。


「しぇえが!お上さ楯突いだら、昔だば、磔だぞ。分がてんだが!子供だがらて、やってしぇえごどど、われごどざある!子供でも容赦さんねべ!」


 役所という公的な機関に楯突くということは、十数年前のかつての幕藩体制では、有無を言わせずに磔の刑罰に処せられても当たり前でした。たとえ子供であっても、やって良いことと悪いことは実際にあり、場合によっては子供のしでかしたことでも容赦できないことは厳然としてあるものです。当然、保護責任として親も罪に問われても仕方がありません。


 吉雄は、そのような時代錯誤な脅しをかけて久右衛門に対して臨みます。しかし、久右衛門はそのような脅しにも屈することなく、端然とした態度で誠実に陳謝の言葉を並べます。


「おっしゃる事はすべてごもっともです。ですので、こうしてお願いしております。御役人様は、現在の高楯の戸長をされておられる庄右衛門殿の弟御でもございます。ことが大きくなれば、戸長の立場にある兄上様のお立場にも傷が付きまする。同じ村、同じ地域に一緒に住まう者として、どうか、この村の者たちの気持ちを汲んでいただき、お怒りをお鎮めください。」


「ああん、兄様の名前ば持ち出せば、俺が許すど思たが!俺は公務で来ったんだべ、兄様は関係ね!」


 兄の名前を持ち出された吉雄はますます逆上してしまいます。彼は、親子以上に歳の離れた庄右衛門の末弟でもありました。ですので、戸籍上は久右衛門が甥ということになります。しかし、老境に出来た子供を先代は可愛がり、長兄である庄右衛門も、まるで自分の子供のようなこの弟を不憫に思って、つい甘やかして育ててきました。そして、出来れば不自由のない暮らしを願って、跡取りのいなかった旗本高力家の御用人の婿養子としたのでした。


 当時、手元不如意な武家が地元の有力地主や富裕商人と縁組や養子、または娘を側室に迎えるなどして結びつきを強め、経済的な支援を求めることは良くありました。


 この渡辺吉雄も同じような経緯で、農民の出自にも関わらず士族の身分を得て、更には郡役所の末端に連なる役人身分を得たものでした。


 この渡辺吉雄にとり、いつもけむたいばかりで小賢しく感じる久右衛門が、自分に向かい平身低頭している様子は、自尊心をくすぐられ、非常に気分の良いものでありました。


 しかし、慇懃に平身する久右衛門の姿は逆に堂々としているようにも見えて、吉雄としてはまだまだ面白くありません。いっそ、もっと困らせて苦しみにのたうち呻吟する様を見てやりたいと思うのでした。


 一方で、そんな久右衛門の姿を見せつけられている4人の少年は、いつも優しく接してくれる久右衛門に申し訳ないという思いと同時に、再び、渡辺吉雄に対する怒りが込み上げてきました。


(あんの野郎、あっだまさ来た!)


(俺、もう、我慢でぎね!)


 子供たちの険悪な雰囲気を、それと察した3人の親がたしなめます。


(ばがやろ、おどなすぐしてろ!)


(これ以上、総代さんさ迷惑かげんな!)


 親たちが睨みをきかせたことにより、膝を立たせ腰を浮きかけさせた子供たちは、再び、シュンとして座り直します。


 座敷の末席でのそんなやり取りにはまったく気づきもせず、渡辺吉雄の増長慢はいよいよその度を増していきます。


「こばくさい、許してけろて頼むなら、頼みようざあっべ。」


 馬鹿馬鹿しい、許して欲しいなら、それ相応の頼み方というものがあるだろう……と、吉雄は僅かにニヤリとして、何かを匂わせるような言葉を投げかけます。


「ごもっともでございます。ですので、かようにお詫び申し上げております。」


 久右衛門は上体をかがめ、広げた両手を畳に付けて、面を伏せたまま、慇懃に答えます。


 それを見た吉雄は舌打ちをして、声を落として久右衛門に話しかけました。


「俺ど久右衛門さぁの仲だべ、頼み方によってだば、郡庁さは、やねでけでもいいげんとな。…俺だて自分の村で、揉ますだぐなんかねえべした。」


 魚心あらば水心…、頼み方によっては、郡庁には報告しなくても良いのだが…、なんの事はない、吉雄は金品もしくは饗応を要求しているのでした。しかし、久右衛門もそれとは察しながらも、飽くまでもそれについては無視を決め込んでいます。


 憤りを隠せない久右衛門の息子の貞蔵も、さすがに頬を震わせてしまいました。しかし、目を上げた先の微動だにせぬ父の背中を見て、畳につけた拳を握りしめつつ、再び平伏しました。


「なにとぞ、なにとぞ、……。」


 吉雄は鼻の穴に人差し指を突っ込み、取り出した鼻くそを人差し指と親指でクルクルと丸く巻くと、ピンっと弾きました。それが、久右衛門の目の前にポトリと落ちます。


「やってらんねぇな、……まんずのど乾いだべ。酒、持ってこいや。こだな、飲まねどやってらんねべ。」


(あっ……。)


 それと察した、貞蔵の嫁である17歳の若妻のお琴が、舅の危難を助けるべく、酒杯の用意をしようと思ったか、腰を浮かそうとします。既にお勝手にはその用意も出来ていましたから、それを持ってさえ来れば、舅の立場を助けられるのではないかと、素直に思った幼い少女のような嫁でした。


 しかし、その嫁の挙動を察した林助の妻・よねが、それを目で制し、すぐにそれと気づいたお琴は再び居住まいを糺します。そして、おばば様の志ゑは端然と微動だにせず構えていました。


 女子衆のそのようなやりとりとは関係なく、久右衛門が面を伏せたままの姿勢で、酒を要求する吉雄に対して堂々と申し上げました。


「畏れながら、吉雄殿、まだ、郡役所の御使者の口上も済まぬ内からの酒席はかないません。まずは、先にお役目を済ませるが肝要かと存じますが……。」


 その返事に、再び吉雄は目を剥いて大声で答えました。


「んあああ!……久右衛門さぁよ、お前だば、ほんてん、バガかっだいずね(バカみたいに堅い)。総代がほだいに融通きがねがら、バガなガギべらがしぇえ気さなて勝手なごどすんだべや!」


 そして、一転、声を落として続けます。


「久右衛門さんよ、人どの付ぎ合い方ばは、うま~ぐやらんなね、てな。そいう風に総代がしたら、ガギだもワガママ勝手すねで、大人の言う事ば聞ぐようになんのねが?……ああ!どうだ?んだべ、久右衛門さぁよ!」


 顔を斜め下に伏せ気味の久右衛門の顔を覗きこむように、吉雄が顔を下げて、ねめつけるように久右衛門の顔を見上げます。


 久右衛門は端然と微動だにしません。しかし、それを感じた久右衛門の脇に控える息子の貞蔵は、憤りに堪えかねて、畳についた手のひらをブルブルと震わせずにはおれませんでしたが、父の厳然と構える姿を目の前にして、かろうじて自制しているのでした。


 一方、その様子に、今度は大人たちの方が辛抱できなくなりました。


(俺、もうだめだ、あんの野郎~!ぶ殴てけらんなね!)


(こっちがおどなしぐしてっど思て、調子こぎやぁがって!)


我慢の限界で腰を浮かそうとした浅吉と理兵衛でしたが、その着物の背中を子供たちがつまんで押さえます。


(総代さんが頑張ってだべ!おどうが短気して暴っで何すんなや!)


(俺だば押さえだのに、おどうが我慢さんねくてざ駄目だべ!)


 子供からたしなめられた格好になってしまった浅吉も理右衛門も、苦虫と亀虫をまとめて十匹も噛み潰したような苦々しい顔をして、再び腰を落とします。


 嗚呼……、やはり、親子の血は争えません。

 安達峰一郎ら高楯村の少年たちによる渡辺吉雄郡書記一行に対する狼藉事件は、結局、親たちの知るところとなりました。高楯村の総代としての安達久右衛門は、東村山郡役所の使者である渡辺吉雄郡書記に対して、どこまでも礼を尽くし、子供たちの不始末を詫びて許しを請います。しかし、忿懣やる方ない吉雄はなかなか首を縦には振りませんでした。その尊大な態度には、久右衛門の息子である貞蔵をはじめ、少年達はもちろんのこと、その保護者である父親たちも憤りを隠せないものでした。

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