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第20話 凱歌(改1019)

 関山新道開削工事はいよいよ始動し始めます。一方、高楯村に行く渡辺吉雄郡書記一行を少年たちの罠が迎え撃ち、散々に一行を翻弄します。しかし、順調に進んでいた峰一郎の作戦でしたが、清十郎の転落という思わぬアクシデントで、少年たちは一転窮地に追い込まれます。郡書記の人質となった清十郎を助けるため、峰一郎と石川確治のふたりは、仲間の少年たちのことを垂石太郎吉に託し、郡書記の前に投降することを決意しました。

 安達峰一郎と石川確治はいよいよ観念して土手の上に並んで立ち上がります。


「わがった!今、おりっから、清十郎ば叩ぐのば、やめろ!」


 吉雄がニヤリとしながら凄みを効かせて答えます。


「やめろだど。……まぁだ、お前だ、自分の立場が分がてねみだいだな。お前だが降りでくるまで、このクソガギの頭ばボゴボゴにしてやっぞ。助けっだいごんたら早ぐおっで来い!」


 立場が完全に逆転した糞尿まみれの渡辺吉雄郡書記は、土手の上の峰一郎と確治に命令をします。


(他のガギだばは逃がしたな。……俺ば、こだい糞まみれにしやがって、これで済むど思うな。お前だばギダギダにした後で、村の連中だば思いっきり締め上げでやっからな。お楽しみはこれがらだべ。ぐふっ、ぐふふっ!)


 他にどうしようもない峰一郎と確治は、くやしさに顔をしかめながら、ゆっくりと土手を越えて行きます。


**********


……と、その時でした。


「げぇ!」「ぐはっ!」


 清十郎を取り抑えていた従者のふたりが、突然、腹や背中を押さえてうずくまります。


 そして、ふたりがうずくまった、まさにその直後でした。どこからともなく、叫ぶ声が聞こえます。


「今だ!逃げろ!」


 しばし、わけが分からず辺りをキョロキョロしていた清十郎ですが、何はともあれ、急いで立ち上り、ここを好機と駆け出します。


「ま、待てぇ、こんクソガギ……、ぐぇ!」


「な、なんだ……、ぐはっ!」


 清十郎を逃がすまいと押さえようと手を伸ばした従者の腕に、見事に石つぶてが命中しました。どうやら、石つぶてが従者の腹や背中、そして腕という狙ってもなかなか当てられない部位にまで、ピンポイントで、凄い勢いでぶち当たっているようです。


 従者は必死に清十郎をまた捕まえようとしますが、続けざまに、みたび、石つぶてが命中し、清十郎を取り逃がしてしまいました。しかし、いったい、どこから……。石投げの名手である三浦定之助は、巡査をおびき出して逃げ去っていましたから、こんなに早く戻ってこれるはずがありません。では、いったい、誰が……。


「峰、あ、あそこ……。」


 一瞬、自分たちも状況がつかめなかった峰一郎と確治のふたりでしたが、「逃げろ」と叫ぶ声の方角を見て、まず先に見つけた確治が川の対岸を指差します。


「誰だ、あいづ?……ん?……でも、見覚えあるみだいな……?」


「すげえ命中しった……、真っ直ぐだ、ありゃ痛いべ!」


「あだい正確に当でるいのは定ちゃんでも無理だ、ほだな奴、この村さは他にいねんねが?」


「……いや、そういや、昔、ほだな奴が、どっかさいだっけみだいな……?」


 峰一郎と確治の視線の先、大寺側の対岸、川っ縁ギリギリで、見知らぬ少年が石投げをしています。


 それまでは、手前真下の清十郎の様子に気を取られ、対岸の少年の存在にまったく気付きませんでしたが、その少年を見つけて様子を見ていると、その見事なコントロールにふたりとも呆気にとられて見つめてしまうのでした。


 すると、峰一郎たちの視線に気付いたのか、その少年は、ニヤッといたずらな笑みを浮かべ、拳を高く突き上げました。そして、その姿を見た瞬間、峰一郎と確治の頭の中に、まったく同じ、ある昔の情景が思い起こされました。


「あ!」「ああっ!」


 ふたりは顔を見合せます。


「北垣村の武田泰助だ!」


**********


 思わぬ助っ人の登場に、再び、形勢は逆転しました。


 背後から石つぶてを投げてきた少年の存在に気付いた吉雄は激怒して振り返ります。しかし、後ろなんかに構ってる暇はありません。すぐに従者をけしかけます。


「逃がすな!早ぐ、しぇめろ(捕まえろ)!……いまいますい、汚ねぇガギどもが!」


「は、はい!」


 しかし、その間も泰助の的確な狙い済ました石つぶてが従者の身体を貫きます。もはや従者にだけ任せておけぬと、怒り心頭の吉雄が、その従者に追い付かんばかりに追いかけます。


 すると、峰一郎の背後から、小躍りして垂石太郎吉が手を叩きながらやって来ました。


「やったやった!やっと俺の出番だべ!」


 そう言って太郎吉が土手に現れ、峰一郎と確治の二人に並び立ちます。


「なんだぁ、お前、まだ、こさ居だっけなが?」


 確治が何しに来たと言わんばかりに言葉を投げつけます。


「ば~が、ふたりしてカッコつけで、ほんでざ俺だげ、おもしゃぐないべ。最後は俺が決めでやっべ。お前だは清十郎ば助けで、すっこんでろ。」


 口を尖らせたその物言いに峰一郎も思わず苦笑してしまいました。


「……お~い、みんな、準備すろ~!」


「お~う!」


 太郎吉の掛声で、待ってましたとばかりに、少年たちが肥え桶を四つ土手の上に準備しました。


「よし、やっぞ!」


 太郎吉ともう一人が肥え柄杓を構えます。その頃には、土手を駆け上がってきた清十郎を、峰一郎と確治が手を伸ばして助け上げました。


「ようし、いぐぞ!」


 太郎吉は柄杓でどろどろにほどよくこなれている糞尿を汲み取ると……。


「くらえ~!」


 その柄杓を振りまいて、土手を駆け登ってくる従者にぶちまけます。


(びっちゃぁ~~~~~!)


「ぐわあ~~~~~!」「くせぇ~~~~~!」


 清十郎を追いかけて来て、目の前まで来ていた従者のふたりは、まともに糞尿をぶちまけられ、あまりの臭さに悶絶しています。


「何しった、この馬鹿やろ!あいづだば捕まえで締めあげでやれ!」


 後ろから駆け上がってきた吉雄が、従者を叱咤しつつ自らも坂を駆けのぼります。


「おぉ!まだまだ元気だんねが!これでも喰らえ~~~~!」


 太郎吉が柄杓で糞尿を再度ぶちまけます。


(びっちゃ~~~~~!)


「がぁ~~!目さ!目さ入いた!めね(見えない)!前、めね!」


「ぐぉ~!くっせ~!」


「バガやろ!行げ!行げ!」


(びっちゃあん!)(びっしゃぁ~!)(ぐっちゃぁん!)


 太郎吉は、それまでのうっぷんを晴らすかのように、次々と糞尿を役人たちに浴びせかけます。


「いいぞ!やれやれ!」「もっと行け~!」「わぁ~!いげいげ!」


 峰一郎たちも太郎吉を囃し立て、手を叩いて喜んでいます。


 一方の吉雄たちの方は、もはや土手を駆けあがる気力も体力もなくなり、土手の中腹で糞尿まみれのまま、のたうちまわっていました。


「最後の仕上げだ!みんな、桶ごと、流してやれ!」


 太郎吉の号令のもと、よっつある桶にはまだまだ半分以上の糞尿がタプタプと残っています。それを少年たちは土手の上に引きずりあげます。


「よ~し、いくぞ。せ~の、流せ~~~~~!」


 太郎吉の号令一下、桶を横倒しさせて、中の糞尿を一気に土手に流し落とします。


 一斉に流れ落ちる糞尿の流れに乗って、吉雄以下の三人が土手の下まで一気に滑り落ちて行きました。しかし、三人とも、もう起き上がる気力もないようです。滑り落ちた土手の先の河原でぐったりとしています。


「やった~!」「やったやった!」「勝ったぞ!」「おらだの勝ちだ~!」


 少年たちはみんな手を挙げて小躍りし、少年たちの勇ましい勝利の凱歌が小鶴沢川に響き渡りました。


**********


「泰助~~!ありがどなぁ~~~~!」


 対岸の土手に上がって、そのまま立ち去ろうとする泰助に、峰一郎は大声で声を掛けます。対岸の泰助も笑顔で手を振ります。


「俺だも、こいづださ、頭さ来ったんだ~!俺もお前ださお礼さんなね~!よぐやってけだ~!大寺のみんなも、北垣のみんなも、お前ださ、きっと喜んでだ~!」


 恐らく、吉雄のことですので、昼餉を大寺の戸長宅で取った時にでも散々に威張り散らして、大寺の村人を恫喝萎縮させてもいたであろうことは察しがつきます。


 そんな想像までは及ばない峰一郎たちでしたが、しかし、自分たちの思いは、決して自分たちだけのことではなく、他の村々の人たちもきっと同じ思いでいたのであろうということが分かり、心から嬉しくなったのです。


 峰一郎も確治も太郎吉も、そして他の少年たちも、みんな顔を合わせて、心から嬉しそうに笑顔になりました。そして、この突然の強力な頼もしい援軍に、手もちぎれんばかりに大きく手を振りました。


「泰助~!まだな~!まだ会って、一緒に遊ぶべ~!」


 そう言った確治の言葉に、泰助は本当に嬉しそうに破顔して、顔いっぱいの笑顔になり、両手を挙げて応えました。


「おう!まだな~!今度は高楯ど山野辺さは負けねぞ~!」


「俺だも負げねがらな~!」


 ふたりは、思ってもみなかった古い友人?好敵手?からの突然の助け舟で、胸の内から溢れる心からの嬉しさに、どうしようもなく体中があたたかくなりました。


 そして、峰一郎たちの見守るなか、泰助は土手の反対側へと降りて姿が見えなくなりました。しかし、峰一郎たちはこの新しい友人が見えなくなっても手を大きく振るのをやめずにいたのでした。


 この日も、小鳥海山に聳える大杉は、少年たちの健闘と新たな友情を見守りたたえるかのように、天に向かい雄々しく屹立しているのでした。

 窮地に陥った少年たちを救ったのは、かつて大寺村を相手にしての石合戦で峰一郎を苦しめた好敵手でもある武田泰助でした。泰助の投石による援護で捕らわれていた清十郎は逃げ出すことに成功しました。これを好機と、垂石太郎吉が最後の締めとなる罠を発動します。それはなみなみと肥桶に用意された屎尿です。少年たちは肥柄杓で郡書記に肥をぶちまけ、最後は肥桶まるごと郡書記に流し掛けました。峰一郎たちは思いがけない新たな友情を感じつつ、勝利の凱歌を挙げたのでした。

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