ミィ、出張にいくのです
みなさん、お忘れではないですか?
ミィは一応お姫さまなのです。一国のお姫さまなのです。
そう、ミィにも一応ちゃんとしたお仕事はあるのです。
とはいえ、ミィはまだ立派な子ども。健やかに育つことが一番のお仕事なので兄さまや父さまみたいに書類仕事はしません。リーフェ兄さまのお仕事はたまに手伝いますがそれもごく簡単なものです。
ミィの主な仕事は慰問なのです。それも本当に深刻なものとかは父さま達がするんですけどね。ミィがするのは慰問という名の顔出しです。
「ミィ、準備はできたか?」
「はいです。ハンカチもティッシュもモフ丸も持ちました!」
「そうか。モフ丸だけは手放すなよ」
「はいです!」
「おい、我は持ち物ではない」
クワッと眉間にシワを寄せるモフ丸にはジャーキーを与えておきます。
今日はセイレーンのところに慰問という名の顔出しにいくのです。つまり海に向かうので、水着もばっちりリュックの中に入ってます。
セイレーンとは、上半身が人間の女の人で、下半身が魚の姿をしている種族なのです。いろんな意味でピッチピチです。
あとセイレーンのみんなはとってもお歌が上手なのです。
今日の同伴者はイルフェ兄さまです。
「じゃあいってきますなのです!」
「ああ。いってらっしゃい」
父さま達に見送られて、わたし達はセイレーンの里に転移で飛んだ。
「まぁ、いらっしゃいませイルフェ様、ミィ様!おひさしぶりですわねぇ」
「おひさしぶりなのですセリシーさん!」
わたし達を出迎えてくれたのはセイレーンの族長、セリシーさんなのです。青くてサラサラの長い髪を持った美人さんです。もちろん下半身は髪と同じ青い鱗をした魚の姿になっている。
興奮したセリシーさんにムギュッと抱きしめられました。お胸の間にミィの顔が埋まってるのです。
そして、セリシーさんの視線がモフ丸に向いた。
「あら?そちらのお狐様はどなたです?」
「モフ丸なのです!モフ丸はミィのおじいちゃんみたいなペットですよ!」
「かわいらしいお狐様ですわねぇ」
「はいなのです!」
褒められましたよ!と、モフ丸の方を見ると、美人さんに褒められて嬉しかったのかデレデレしてる毛玉がいました。
モフ丸もオスですね。
「セイレーンのみんなはお元気です?」
ミィがそう聞くと、セリシーさんはちょっと暗い表情になりました。
「……どうしたんです?」
「ん~、ちょっとみんな元気ではないんですの」
セリシーさんは困ったように片手を頬に当てて言った。
***
わたし達は海のすぐ近くにあるセイレーンの洞窟にやってきました。セイレーンの洞窟はアリの巣みたいになっていて全容は分からないのですが、入り口から入ってすぐの広い空間の中心には海水が流れ込んでいて湖みたいになってます。
「ど、どうしたんですか……これ」
ミィの目の前には、怪我をした十数人程のセイレーンが病人用の白いベッドに寝かされている。
ちなみに、セイレーンは魔法で浮くことができるので陸でも普通に生活できるのです。そして下半身の魚部分には保護魔法をかけてるのでベッドにも寝られます。
「うふふ、ここにいるのはみんな吸血鬼の乗っている船にちょっかいかけようとしたらそのまま轢かれた者達ですのぉ」
セリシーさんがおっとりと言いました。船に轢かれたって、やばやばじゃないんです?
「最近の船は頑丈なんですのねぇ。一昔前の船なら轢かれても掠り傷一つなかったのですが」
「ほんとに頑丈ですね」
セイレーンが。
吸血鬼族とセイレーン族の仲が悪いのは、魔界では有名な話なのです。
「あら?ミィ様!」
ベッドに寝ていたセイレーンの一人がミィに気付いた。すると、そこにいたみんなの目が一斉にミィに集まる。
「きゃ~!ミィ様!」
「ミィ様大きくなりました?……いえ、変わりませんわね」
「ミィ様抱っこさせてくださいな!」
ミィ、大人気なのです。ちょっと照れちゃいます。
「ほらミィ、ヘマした女どもに可愛がってもらってこい」
イルフェ兄さまはわたしをヒョイっと抱き上げると、一番近くにいたセイレーンのお姉さんに渡した。そのお姉さんはイルフェ兄さまの言葉にちょっと不服そうな顔をする。
「ヘマしたのは事実ですけれど、イルフェ様ってば意地が悪いですわ」
「あぁ?お前らの傷を治すために最愛の妹を貸してやるんだ。この上なく優しいだろ。文句があんなら妹返せ」
「イルフェ様ってばとってもお優しい」
お姉さんはコロリと意見を変えて微笑んだ。
「ほれ、モフ丸もいってこい」
「む」
イルフェ兄さまはモフ丸も同じように抱き上げると、近くにいた他のお姉さんに手渡した。
「まあモフモフ!海の生物のツルツル感もいいですけど、毛のある生物もいいですわね」
モフ丸はお気に召したようなのです。
セイレーンのお姉さんのお膝に座らされ、後ろから両手を繋がれるとミィの癒しの手の力でお姉さんの傷が治っていきます。
数十秒程でお姉さんの傷は完治しました。
「さすがミィ様、もうどこも痛くないですわ」
「ではミィ様、次はこちらにいらしてくださいな」
ミィはひょいっと隣のお姉さんに抱き上げられて膝の上にのせられた。華奢なのに意外と力持ちですよね。
「―――全く、わたくし達の美しい顔を傷つけるなんて吸血鬼族はなんて馬鹿な種族なんでしょう」
暫くすると、吸血鬼族に対する愚痴大会が始まった。ほんとに嫌いなんですね。
「ほんとよね。あいつらも多少顔はいいけど、中身はかなり醜悪ですわよね」
「おいこら、かわいいかわいいミィにンな話聞かせんじゃねぇよ。もう全員傷は治ってんだろ」
「あ」
イルフェ兄さまはセイレーンのお姉さんの腕からわたしを奪い取りました。
「ミィ、この後セイレーンの族長と食事したら帰るぞ」
「はいです」
セイレーンのごはんはおいしいので楽しみです!
その後は、セリシーさんと新鮮な魚介料理を楽しんで帰りました。
久々にちゃんとお仕事した気分です。




