猫だけに寝込んだミィ
あれからミィは熱を出してしっかり寝込みました。
箱入りお姫さまのミィには精神的にも身体的にも負担が大きかったのか結構な高熱が出た。
看病のためにいつもの棺桶ベッドじゃなくて父さまのベッドに移されている。ちょっと開放的で落ち着かないけどモフ丸が枕の代わりになってくれてるので、一緒にいられるのが嬉しい。モフ丸は棺桶ベッドが嫌らしくていつも夜は別々だからね。
「にょ、にょ、にょ、にょどがいたい♪……ごほっ、ごほっ……」
「喉が痛いなら歌わなければよいだろうに」
耳元でモフ丸が呆れた声を出す。
「もふまる、さむい……」
「追加で毛布を持ってこさせよう」
ベッドの横に座っている父さまに手のひらで熱を測られる。おでこに当てられた父さまの手が冷たくて気持ちい。
父さまは熱を出したミィのためにわざわざお仕事を休んでくれた。兄さま達も休もうとしてくれたけど騒がしくなるからって父さまが仕事にいかせた。
「あたまもいたい……」
「頭も痛いのか……それはどうすればいいのだ……?」
父さまはちょっとオロオロした後、おそるおそる頭を撫でてきた。大きい手がゆっくりとわたしの頭の上を往復する。
風邪ひいたりすると父さまとか兄さまが優しくなるから風邪の日はちょっとだけ好き。まあ、みんないつもやさしいけどね。
「ミィ、眠れそうなら寝た方がいい」
「ん……」
そう言ってモフ丸の尻尾がわたしのほっぺを撫でる。
「そうだな。その前に水を飲んでおけ」
「あい」
父さまに背中を抱えられて起き上がり、コップに入った水を飲む。
水分補給をしたらまたゆっくりとベッドに寝かされた。そしておでこにひんやりとしたタオルを当てられる。
「もうお眠り」
父さまにほっぺにちゅっとキスされると眠気がやってきた。
ミィはちょっと寝ます。
おやすみなさい。
***
(side魔王)
ふぅ、やっとミィが寝た。
ようやっとだ。寝てくれるまでに喉が痛いのに歌ってみたり、自分の棺桶ベッドに戻ろうとしたり色々あったのだ。普段は全然活動的じゃないのだがなぁ。
しかし、看病は中々慣れぬな。ミィが生まれてから初めてしたからだろうが。まあ使用人に世話を任せる選択肢はないがな。ミィが我を差し置いて他人に懐いたら我は泣くぞ。
オルフェの時は我自ら看病するなんてことなかったからな……。オルフェも我にとっては可愛い息子だが、奴はめったに体調も崩さなかったし風邪をひいても数時間後には治っていた。一度風邪をひいた冷たい濡れタオルを持っていったらケロリとした顔で水風呂に入っていたことがあって、その時に「あ、こやつは大丈夫だ」と察したものだ。
オルフェは小さいうちからいつの間にか我の執務を手伝っていた天才だからな。きっと天才は体も強いのだろう。オルフェは冷静で頭もいいので次期魔王に相応しい。
だが我は知っている。オルフェが我に憧れて口調を似せていることに。
小さいオルフェが「しょうらいはちちうえのようなまおうになるのだ!」と言っていたのを影からコッソリ聞いた時は正直感極まって泣いた。
オルフェのことを振り返ってきたが、あとの二人は気付いたら増えてた。というかミィが拾ってきた。
まだミィが物心つく前は猫だった前世の本能に従って生きていたのだろうな。
『とーちゃま』
ミィがテトテトと歩いてきた。
『ん? どうしたミィ』
『みてくだちゃい。これひろいました』
ミィが引きずってきたのは体中から血を流した死にかけの人間だった。え、いらない。
『ほめてくだちゃい』
キラキラした目でミィが我の目を見てくるので褒めざるを得なかった。
『……よくやったな?』
よく分からぬが褒めてみた。猫の飼育書を買ったのはこの日だ。
『えへへへ』
両頬に手を当てて笑う我の娘が可愛い。小さな娘を抱き上げ片腕に座らせる。
『……えっと、父様が元いた場所に戻してきてもよいか?』
『だめ!』
『ダメなのか……。コレはどうするのだ?』
『ぺっちょにするんでしゅ!』
『ぺっちょ……』
ぺっちょってもしかしてペットのことか……? いやまさかな……。
『かうんでちゅ!』
ペットかぁ……。
『ダメだぞ。人間は飼えません』
『……』
うっ……そんな泣きそうな顔してもダメなものはダメだ。
『じゃあおにいちゃんにするのでしゅ!!』
ミィはコロッとさらにダメな方向に舵を切った。
『もっとダメだ。大体兄はオルフェがいればよいだろう』
『おにいちゃんはおおいほうがいいのでしゅ! だいはしょうをかにぇるのでしゅ!!』
やだうちの子賢い。そんな言葉いつ覚えたのだろう。
そしてなんだかんだで我が折れ、イルフェが息子に加わった。
イルフェという名前は「俺も今日から魔王ファミリーの一員ってことで名前変えるわ。オルフェ兄上に似せてイルフェにすっか」という軽いノリで付けたものだ。
そしてある日。
『とうちゃま』
『……またか』
ミィがリーフェをズリズリ引きずってきた。
リーフェもミィが拾ってきて、大体イルフェと同じ流れで息子に加わり、大体同じノリで名前を決めた。
リーフェの正体が神だと知った時は驚いたが、ミィの視線に負けて血の契約を交わした。
今ではイルフェもリーフェも立派なシスコンになっている。オルフェは言わずもがな元々シスコンだ。
「……さむい」
「!」
ミィのか細い声にハッと我に返った。もう起きたのかと思ったが寝言らしいな。熱が上がってきているから寒いのだろう。
追加で持ってこさせた毛布を被せたが、それでもまだ寒いみたいだ。
「どうすればよいのだ……」
「お主が一緒に寝て温めてやればよかろう」
ミィの枕になっているモフ丸がそう言うので我は靴を脱いでベッドに入った。そう言えばモフ丸もミィが拾ってきたのだったな。モフ丸はペットというよりはお目付け役みたいになっているがな。
ミィの隣に横たわるとその熱が伝わってくる。
……温かいな。
すやすや上下している腹に手をのせると、ミィが体ごと我の方へ向き抱き着いてきた。
「にゃふ……」
人肌に触れて安心したのかミィは安らかな表情に変わる。よかった。
ミィの小さな額に自分のを合わせていたら、気付けば我も眠りに落ちていた。
「……」
すっかり寝てしまったな。ミィの癒しの手がずっと我に触れていたからか気分も体調も頗るいい。
枕になっていたモフ丸とミィはまだ寝ているようだ。
『『『ち~ち~う~え~』』』
ん?
念話が飛んできたと思えば、扉の前には息子たちが三人そろって並んでいた。皆一様に我を睨んでいる。念話なのは寝ているミィとついでにモフ丸を気遣ってのことだろう。
『父上ずるい。俺らは仕事で自分はミィの看病するとか言っといてミィの隣でスヤスヤ寝てるんだもん』
『そうだ。俺らだってミィの看病したかったのに』
『……』
あとの二人と違ってオルフェは無言で抗議をしてくる。三人とも怒ってるのではなく、拗ねた様子だ。そうだな、お前達も可愛い妹の看病して一緒に寝たかったよな。
我は息子達も可愛い。
「んにゅみぃ……?」
ミィが薄っすらと目を開けた。
「とうちゃま……」
「ミィ、もう頭は痛くないか?」
「あい」
そっとミィの頭を撫でると、気持ちよさそうに我の手に擦り寄ってきた。猫か。なんて可愛いんだ。
オルフェがミィの顔を覗き込む。
「ミィ」
「みー」
「ミィ?」
「みー?」
寝たまま首を傾げるミィ。どうした、ほんの十秒前までは通じる言葉を喋ってただろう。
なぜか誰の問い掛けにも猫の鳴き声のようにみーみーとしか答えなくなったミィ。この様子だとまだ熱は下がってなさそうだな。
「ミィ~? お兄ちゃんだよ~」
「みぃ~?」
「ミィお熱はどうだ?」
「みー!!」
「「「……かわいい」」」
兄弟達の声がそろった。
ミィは熱でテンションが上がってるのかキャッキャと楽しそうに笑っている。まあ、つらそうにしているよりはいいな。
「み!」
我の腹の上にミィが登ってきた。突然のことで一瞬動きと思考が止まった。
体がだるいのか、子猫のようにぎこちない動きでミィは我の腹の上に納まった。そしてそのまま眠りに入る。
……まずいな。見なくても三兄弟の嫉妬の視線を感じる。三人のいる方へ顔を向けるのが恐ろしいぞ。
そう思っていたらすぐに念話が飛んできた。
『『『父上ぇ!!!』』』
『……すまぬ』
我だけいい思いをしてしまった。
許せ息子達。
そして結局危機感の足りない行動をしたミィへの説教は忘れてしまったのだった。




