ミィ、はじめてのおつかい
「ねぇミィお勉強と……」
「後者がいいです!!」
「……ほんとにミィはお勉強が嫌いだねぇ」
もちのろんです。
「じゃあミィ、はじめてのおつかいをしよっか」
「おー、です」
リーフェ兄さまに片手をとられて頭上に上げられたのでおー、と言っておいた。
はじめてのおつかい?
「いいかいミィ、水のダンジョンのボスの水龍にお手紙を渡して、そしてそのお返事をもらってきてほしいんだ」
「りょーかいです!」
お手紙が入った狐の顔の形のショルダーバッグを肩に掛けられた。
「ちゃんとモフ丸も連れて行ってね。ダンジョンのモンスターは魔族は襲ってこないけど万が一があると困っちゃうからね」
「はい」
傍らにモフ丸を準備。そしてその反対側には段ボールよりも頑丈そうな木箱を準備。いつ必要になるか分からないですからね。
「……ミィ、今日は箱を持っていくのは止めようか」
「……!!」
しょっく。
「そんな顔しないでミィ……」
「ミィの顔立ちに文句があるなら父さまに言ってください」
「そういうことじゃなくてね……」
「分かってるのです。ちょっとからかっただけです」
出来心です。
こんな会話をしている間に、モフ丸はオルフェ兄さまによって首輪をはめられていた。なんかきれいな石が付いてる。
今、わたしのお家―――魔王城の玄関にはわたしの家族が勢揃いしている。みんな一様にハンカチを手にしてるのはなんでだろ。
ぎゅっ、ぎゅむっ、ぎゅむむむっと家族から順番にハグを受ける。
……ミィは死地に送り出されるんですかね?
みんなが涙ぐんでるとミィも不安になっちゃうのです。
「いいかいミィ、知らない人にはついて行っちゃいけないよ」
「知らない人から何か物を受け取ってもいけない」
「不審者に会ったら全力で逃げるんだ」
「知らない食べ物を口にしてはいけないぞ」
家族全員から一つずつ注意事項を言われた。
「危なそうなものには触っちゃいけないよミィ」
「え、もう一周するのですか?」
もう一周注意喚起が始まりそうだったので慌てて割り込んだ。
「やっぱり誰か同伴で……」
「我がついて行くのだから心配するでない」
父さまが家族同伴にしようとしたところにモフ丸が割って入った。
「まったく、過保護者共め。魔族にとってダンジョンはそれほど危険ではないだろう。ミィを怯えさせるでない」
モフ丸の言葉に兄さま達がちょっとシュンとしちゃった。
「安心してください! ミィははじめてのおつかいをちゃんとやり遂げるのです!!」
「「「「ミィ……」」」」
何に感動したのかみんなハンカチで涙を拭いだした。
「では、いってくるのです!!」
末っ子、出動です!!
***
水のダンジョンの入り口までは父さまに転移で飛ばしてもらった。帰りもここまで来れば父さまが迎えに来てくれるらしい。
「よしモフ丸、行きますよ」
「うむ」
わたし達はダンジョンに足を踏み入れた。
こことは別のダンジョンに家族とちょっとだけ入ったことはあるけど、一人でのダンジョンはおろか一人でのお出かけも初めてだからなんか緊張してきた……。正確にはモフ丸と一緒だけどね。
ダンジョンの中は光を発している水色の水晶がそこかしこに生えているので結構明るい。
「きれいだねぇモフ丸」
「ああ、このダンジョンはダンジョンの中でも美しいと評判だからな」
「そうなんですか」
確かに前に行ったダンジョンよりもきれい。
「水龍はボスさんだからここの最下層にいるんですよね」
「うむ、ダンジョンモンスターは魔族を襲わないから楽に最下層までいけるであろう」
「わかりました」
モフ丸の言葉にコクリと頷き、わたし達は歩き始めた。
まるで道案内をするかのように水路があるのでわたし達はその水路に沿って歩いている。そして水のダンジョンと言うだけあって、水路の他にもそこかしこから水が流れている。きれい。
だけどダンジョンというだけあってあまり足場のよくない所もあり、運動不足の身としては結構つらいものがあった。
「モフ丸は楽しそうね」
「我は散歩が好きだからのう」
かわいいお狐さんはゆらゆらと尻尾を揺らしてご機嫌な様子だ。モフ丸が嬉しいならよかった。
「ぴきゅ」
「ん? モフ丸?」
「我ではないぞ」
なんかかわいい鳴き声がしたのでモフ丸かと思ったけど違ったみたいです。
じゃあどこから鳴き声がしたんです? と、辺りを見回すとあっさり鳴き声の正体が見つかった。
「ぴっきゅ!」
「……リス?」
かんわいい鳴き声の主は薄い水色の体毛をしたリスだった。ちっちゃいおててで顔をくしくししてます。
「かわわわわわ!」
「ミィ、浮気か? 我というものがありながら……」
「うぅっ、モフ丸が一番です!!」
「うむ」
わたしの答えにモフ丸がむふんと頷く。
「でもちょっとだけ触りたいです!」
わたしはゴソゴソとカバンをあさった後、てててっとリスに近付いていった。
「クッキー食べますか~?」
普通のリスならクッキーはダメだろうけど、ダンジョンモンスターのこの子なら食べるかな?
チョコチップクッキーを差し出すとリスは両手でクッキーを持ち、サクサクと食べ始めた。かわわわわ。
「……ミィ……」
「ハッ!」
ついリスをガン見してしまった。
浮気したわけじゃないよ、とモフ丸に抱き着いてちゅっちゅする。
「ぴきゅっ!!」
「ん? あらま、もう食べ終わったんですか」
「ぴきゅぴきゅ!」
「なんですか?」
口元に食べカスを付けたリスが何かを訴えてる気がするけどミィにリス語は分からないのです。
「最深部までの近道を教えてやるからついてこいだと」
「おお、モフ丸この子の言葉分かるんですか」
「うむ。我は神獣だからのう」
「モフ丸すごいです! イケ狐!!」
「うむ、もっと褒めよ」
誇らしげにするモフ丸。
うちのお狐さんきゃんわいいのです。
リスについて行くこと約30分、大きな湖の前に着いた。
水面が水晶から発される光を反射してキラキラ輝いてる。
「きれいだねぇモフ丸」
「そうだのう」
クールな返答とは裏腹にモフ丸は前脚で水面をパシャパシャしてる。分かります、きれいな水ってついつい触りたくなっちゃうんですよね。
わたしもさっそく裸足になって水に足を浸けた。冷たくてきもち~いです。
「ぴきゅ!」
ここまで案内してくれたリスが一鳴きする。
あ、そうだ。本題を忘れるところだった。
「水龍さーん」
湖に向けて呼びかけた。
すると、湖の水面が微かに震え始める。
バッシャアアアン!!
「ぅおう」
「キュッ」
湖の奥底から大量の水を巻き上げて水龍が飛び上がってきた。
わたしたちの方にも水が降りかかってくるので、顔に当たらないように腕でガードする。
数秒すると振ってくる水が止んだ。
水龍は青色をベースにしたとても綺麗な龍だった。
「リーフェ兄さまからお手紙を預かってきました」
『では貴女がミィ様でしょうか』
「ですです」
コクコクと二回頷く。
「どうぞ」
わたしは兄さまから預かってきた手紙を水龍に手渡した。
『ありがとうございます』
水龍は尖った指を駆使して手紙を開く。
水龍がお手紙を読んでるのでミィは休憩がてら大人しく待ちます。つかれました。
「大丈夫かミィ」
「ねむいのです……」
「おねむなのか……ってちょっと待てミィ! 今寝るのは止めるのだ!」
もふんっとモフ丸に寄り掛かる。
だいじょうぶ。まだ寝てないのです。
「ふむふむ」
水龍はお手紙を読み終わった後、どこからか取り出した紙とペンでお返事を書き始めた。それをわたしはボーっと見つめる。
『―――姫様、返事が書けましたので……って狐殿、姫様はおねむなのでしょうか』
「うむ。疲れたようだのう」
『待たせ過ぎましたかね』
「いや、日ごろの運動不足が祟ったのだろう。これミィ、ゆっくり目を閉じるでない」
「んにゅ……」
ねむねむ。
「ミィ、起きよ」
モフ丸が尻尾でポフポフ叩いてくる。そんなことされたらさらに眠くなっちゃう。逆効果ですよう……。
「ミィ」
「んん~! ねむいぃぃぃ!!」
モフ丸の上に頭をのせたままゴロゴロ転がる。
「ぐずってるな」
『ぐずってますね』
「んにゃ~!!」
ぐずってるわたしは手足をバタバタさせる。
「おや? ミィ……?」
「にゃ? ……あ、お兄さん」
呼ばれた気がして振り向いたらオズお兄さんがいた。
「こんな所で会うなんて奇遇だね」
『こんな所……?』
「おっと失礼」
お兄さんのこんな所発言に水龍が眉を寄せ、すぐにお兄さんが謝る。
「よいしょ、っと」
わたしは歩いてきたお兄さんにひょいっと抱き上げられた。
「ミィは眠くなっちゃったのかな?」
「はい……」
「ふふっ、ミィはまだ子どもだから仕方ないね」
頑張って目を覚まそうと目を擦るけど、眠気は一向に飛んでいってくれない。
「ミィはこれからどこかに行くの?」
「おてがみをもってかえります……」
「ふむ……じゃあ僕が出口まで運んであげるよ。神獣様、いいですか?」
「うむ、むしろこちらから頼みたいくらいだのう」
どうやらお兄さんがミィを運んでくれるらしい。感謝。
お兄さんが手紙を受け取ってわたしのバッグの中に仕舞ってくれた。
「かわいいバッグだねぇ」
「ほれミィ、バイバイしろ」
「にゅ……すいりゅうさんまたね……」
『ええ、またお会いしましょう。姫様は本当に可愛らしい』
「だろう」
水龍の言葉になぜかモフ丸が胸を張ってドヤ顔してる。
「じゃあ帰ろうかミィ。動くから僕の首に腕回しておいてくれる?」
「あい」
重たい腕を持ち上げてお兄さんの首に掴まる体勢になった。
「ピッキュ!」
この最深部の出口まで戻ってくると、ここまで案内してくれたリスが待機していた。
「また出口までの近道を案内してくれると言っているぞ」
モフ丸が通訳してくれる。
「ああ、それは助かるな」
「ピキュ!!」
リスは着いてこい! と言わんばかりに小さいおててでこいこいしてる。かわわっ!
お兄さんがわたしを抱っこしたまま歩き、その後ろをモフ丸がついてくる。
なんだか悪いなぁと思いつつもお兄さんが歩く揺れを感じつつわたしは意識を手放した。
***
頭を撫でられる感覚でわたしの意識はゆっくりと浮上した。
「……とうさま」
「起きたかミィ」
ここはどこだろうと頭をキョロキョロさせる。どうやらお家に戻っきてたようだ。
わたしが寝ている間、父さまがずっと抱っこしてくれてたみたい。
「とうさま、おにいさんは?」
「彼はミィを我に預けて帰ったぞ」
「お礼を言い損ねちゃいました」
「……きっとまた会う機会はあるだろう。その時に言えばいい」
「ですね」
バンッ!
「ミィィィイ!!」
「あ、リーフェ兄さま」
涙ぐんだリーフェ兄さまが勢いよく部屋に入ってきた。
「ミィィィィィイ!! 頑張ったねぇ。兄さまは感動したよ」
「半分は自分で歩いてないですよ?」
「そんなの些末なことだよ!!」
些末なことなんですか。
あ、そうだ。
わたしは水龍にもらったお手紙を取り出した。
「どうぞ兄さま」
「ありがとうミィ」
よし、一応はじめてのおつかいは完遂です!
さて、もう一寝入りしましょうか。