我が名はモフ丸
人界で我が邪魔になった神官共に襲撃され、我は深手を負った。完全に油断しておったわ。
そしてなんとかやつらから逃げて辿り着いた魔界で、我はミィと出会った。
我は魔界に来たのは初めてで、神獣である我に危害を加えるやもしれぬから残った力で結界を張り続けていた。どうやってかは分からぬが、その結界をあっさりとすり抜けてきたのがミィだ。
ミィの癒しの手によって我の傷はみるみるうちに治っていった。そして、ミィの手は少しずつではあるが我の失った力も回復してくれた。
おかげで話せはしないものの、すぐ普通に動くくらいはできるようになったのだ。
「モフ丸」というバカげた名前を付けられたことには多少の腹は立ったが、我の命の恩人ミィに飼われてやることにした。その理由はミィが癒しの手を持っていることもそうだが、最大の理由はミィが可愛らしいことだ。
この幼女は本当に可愛らしい。
最初は変わった幼女だと警戒してたが、暫く一緒にいるとその可愛さが癖になった。今やミィと箱の中で一緒に寝ることは我の楽しみになりつつある。
ただミィの寝床の棺桶は遠慮しているがな。あれはなかなか趣味が悪いと思う。あれの中で寝ることは我のポリシーに反する。
ミィの力で育った野菜を食べているうちに、我の力はみるみるうちに全回復した。我のためにミィが畑を作ると言い出した時は柄にもなく涙が出そうになったのう。
癒しの手といいミイは特別な子なのだろうな。本人は全く自覚してないが。厄介事に巻き込まれるやもしれぬから我が守ってやらねば。
最近ではミィの面倒をみることが我の使命なのではないかと思い始めている。自慢の尻尾で顔を拭かれても、鼻水を拭かれても慈愛に満ちた眼差しで見守れるぞ。今やミィのことは孫のように思っている。
モフ、モフ、と呟きながら我の後を追ってくるミィは地面に横たわって悶えたくなる程可愛い。事あるごとに我の尻尾に埋もれにくるのも庇護欲を刺激する。
ミィと過ごすうちに、だんだんこのモフ丸という名前に愛着も湧いてきた。
「モフ丸」
「なんだ?」
「モフ丸、喋り方はかわいくないのです」
ミィは木箱の中で我の胴体を背もたれに寛いでいる。九本ある尻尾のうち、一本は抱き枕にされた。残りはミィの腹の上に掛布団のように載せている。お腹を冷やすといけないからな。
「んにゃあ~」
これ、尻尾を咥えようとするでない。我の尻尾はおいしくないぞ。
尻尾を振ってミィの手から逃れる。
「モフ丸は神獣だから人界では偉いモフモフだったんです?」
「うむ、一部では信仰の対象になってたからの」
「すごいのです。ミィも教祖様になりたいのです」
「お主の家族が喜んで信者になるだろうな」
「モフ丸も?」
「?」
「モフ丸もミィの家族なのですよ?」
そう言ってミィはコテンと首を傾げる。
なんだこの可愛い生物は。ミィの頭に三角耳が見えてきたぞ。
愛おしくてつい頬ずりしてしまった。ミィも進んで頬を押し付けてくるのでその柔らかい頬がもちもちと形を変える。愛いやつよのう。
「教祖になるのは色々大変だから止めておけ」
「モフ丸がそう言うならやめておきます。箱を愛でるボックス教を作ろうかと思ったんですけど……」
「それは止めておいた方が賢明だのう」
大体ミィは箱を愛でたいのではなくて箱に入るのが好きなだけだろう。それにミィは愛でられる側だ。
話しに飽きたのかくださミィは我の尻尾を振って遊び始めた。
「ぶんぶんぶん~」
「これ、止めぬか」
ブンブンというかフリフリといった感じだが尻尾を弄ばれたので止めさせる。
「あ、モフ丸、今度家族でピクニック行くことになったのです」
家族で、ということは先程の言葉から考えて我も入ってるのだろうな。なんだか少しこそばゆいのう。
「分かった。だがお主の兄達は全員休みが合うのか? 皆重要なポストにいるだろう」
「休みは合わせるものだってイルフェ兄さまが言ってた」
「そうか……。まあミィのためだったら奴らは意地でも休むだろうな」
ミィの家族は皆重度のシスコンに親バカだ。
どこかでミィが寝ていると必ず誰かしらが飛んでくる。位置を把握できる魔道具か監視できる魔道具でも仕込んでいるんじゃなかろうか。
そしてお前達、仕事はどうしたと言いたくなる。
初めてミィと昼寝をしていた時、ワラワラとミィの家族が寄ってきたので驚いた。そしてミィのかわいい寝顔を観賞するだけ観賞して仕事に戻っていくのだ。思わず不審者を見る目で見てしまった我を責められる者はいないだろう。
おそらく今もどこかで我の尻尾で遊ぶミィを見て悶えてるのだろう。まあ最近ではそんな兄達の行動もミィが可愛いから仕方ないと思ってしまう自分がいるのだが……。
「モフ丸ぅ~かあいいねぇ」
かわいいのはお前だ。
ミィが我の首に抱き着いてくる。
こやつ、さては前世は家猫だな? こんな人懐っこいのが野生で生きていけるとは到底思えん。すぐに自然淘汰されそうだ。
今でも家族が過保護になり過ぎたのか、警戒心ゼロの無防備っ子に育っている。
「モフ丸すき~」
「うむ。我もミィが好きだぞ」
仕方ない。ミィが立派な大人になるまでは我がお守りをしてやろう。