謎のお兄ちゃんに会いました
今日はこの魔王城に人界からお客さんが来るというので、わたしは謁見の間には立ち入り禁止なのです。
なのでわたしはモフ丸と一緒にお庭にきました。畑のお手入れをするのです。
前に畑のお手入れをおサボりしたら野菜たちが枯れかけたことがあったので、それから定期的なお手入れは欠かしてない。
わたし専用のジョウロで畑の野菜に水やりをする。その間、モフ丸は土の上でゴロゴロしている。かわわわわ。ついモフモフなお腹に顔を埋めたくなる。
モフ丸とちょっと戯れた後、わたしはみかんの種を取り出した。大好物なので自分で育てることにしたのだ。
土に穴を開けてそこに種を埋める。
そして地面に両手を当て、大きくな~れと念じる。すると、地面からぴょこんと芽が出た。
地面から出た芽はどんどん大きくなっていき、立派な木に育った。そして花が咲き、あっという間に実が成る。
「すごいねぇモフ丸」
「キュウ!!」
モフ丸は嬉しそうにみかんに木の周りを駆け回り始めた。きゃんわいいのです。
ジョウロを片付けようと後ろを振り返ると、そこには驚いたように目を見開いた人間がいた。
その人間の外見は少年と青年の間くらいの男の子だ。
「今のは君がやったの?」
喋った。
今の、とはみかんの木を育てたことかな……? それなら多分イエスだ。
わたしは無言でコクリと頷いた。どうしよう、家族の立ち合いなしで知らない人に会ったことなんてないよ。
わたしは若干の人見知りを発動してモフ丸の後ろにしゃがんで隠れた。
すると、お兄さんもしゃがんでわたしと視線を合わせてくる。そして柔らかい微笑みを浮かべた。あれだ、この人はきっと子どもに好かれる系の人だ。
「君の名前は?」
お兄さんは優しい口調で尋ねてきたので、わたしもモフ丸にしがみつきながらだけど答える。
「……ミィです」
するとお兄さんは驚いたようにちょっと目を見開いたけど、すぐに元に戻った。
「かわいい名前だね。僕はオズだよ。よろしくね」
「……あぃ」
お兄さんが握手を求めるように片手を差し出してきたので、わたしもモフ丸を盾にしつつ手を出し握手した。
「よろしくねミィ」
お兄さんはそう言って微笑んだ。
「ところでミィ、謁見の間の場所を知ってるかな」
「知ってますけど、なんでです?」
「魔王陛下に謁見する予定だったんだけど連れとはぐれて迷っちゃって……」
お兄さんは頭をかいて微笑んだ。
「ミィがよければ案内してくれないかな?」
「……いいですよ」
案内を承諾すると、流れるように手を取られて繋がれた。あまりのスムーズさに抵抗もできなかった。このお兄さんやりおるのです……。
そしてお兄さんはわたしと手を繋いだまま歩き始めた。
後ろを見ると、ちゃんとモフ丸もついてきてる。よかった。
「ここが謁見の間なのです」
「ありがとうミィ」
お兄さんを謁見の間まで案内すると、頭を撫でられてお礼を言われた。
そしてなぜかお兄さんはわたしを手を繋いだまま謁見の間に入った。
「? ……?」
扉の前の衛兵もわたしが魔王の娘のためか止めてくれない。
そしてわたしはあっさりと謁見の間に足を踏み入れてしまった。怒られるかな。
その瞬間、お客さんとなにやら言い合っていた父さまと目が合った。父さまの横には兄さま達も揃っている。だけどお客さん達は入り口に背を向けているから入ってきたわたし達に気付かず話し続けてる。
「やはり貴国に神獣様がいるとしか考えられない!」
「神獣様の捜索を要請する!!」
神獣? なんだそれ?
お兄さんが父さま達の方へと足を進めると、お客さんもやっとわたし達が入ってきたことに気付いた。
「オズ様」
「やあ君達、僕を置いていくなんて酷いじゃないか」
先にいた人間のお客さんにお兄さんは片手を上げて応えた。まだ成人もしてなさそうなのに、お兄さんの方が立場が上なのかな。
お兄さんがお仲間さんと合流できたのでわたしは繋いでいた手を放した。大した抵抗もなくスルリと手が抜ける。
今のうちにモフ丸と部屋を出ちゃお。
わたしは小声でモフ丸に話しかけた。
「モフ丸、今のうちにお部屋に帰っちゃうのです」
「キュウ」
「神獣様!!!」
お客さんの一人が急に叫んだ。その声を合図にみんなわたしの方を向く。
「?」
なんでこっち向くの?
「神獣様!!」
お客さん達はこちらに寄ってきてモフ丸の前で跪いた。
「神獣様、なぜこんな所にいらっしゃるのですか? ともかく、お迎えに上がりましたので共に帰りましょう」
モフ丸が神獣?
というかそんなことより―――。
「モフ丸、どっか行っちゃうんですか?」
わたしはモフ丸に抱き着く。
「いっちゃやです」
モフ丸の毛に顔を埋めていやいやする。
「神獣様は元々人界にいらっしゃった方です。なので連れて帰らせていただきます」
お客さんは無情にもそんなことを言ってくる。
「うっ……」
じんわりと視界が滲んだ。
視界の端で兄さま達が耳を塞ぐのが見える。
「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!! もふまりゅ、いっちゃやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
あっという間にわたしの涙腺は決壊し、涙がボロボロと溢れた。号泣だ。
至近距離で急に大声を出しちゃったのでモフ丸がビックリしてる。
「ヒック、もふ……ヒック、まりゅ……」
「これこれ、そんなに泣くでない」
「ぴいいいいいいいいい!!」
……ん? 今の誰の声?
モフ丸の尻尾で涙を拭い、わたしはパチッと目を見開いた。
「我はどこにも行かぬから泣き止め」
そう言ってモフ丸はわたしの体を九本の尻尾で包んだ。
「……もふまりゅが、ちゃべったのでしゅ……」
「ミィ」
「にーちゃま」
駆けつけてきたリーフェ兄さまに抱き上げられた。
「ははっ、ミィ、鼻水チーンしようか」
「あい」
兄さまが鼻にティッシュを当ててくれたので、それで鼻をかんだ。
「落ち着いたかミィよ」
「もふまる……」
兄さまに抱っこされているわたしを下からモフ丸が見上げてくる。
「落ち着いたようだな」
「もふまるどこにもいかない……?」
「ああ、今の我はミィのペットだからのう」
そう言ってモフ丸は九本の尻尾をゆらりと動かす。そしてモフ丸はお客さんの方に向き直った。
「我は好きでここにいるのでな。人界には帰らぬぞ」
「なぜですか!!」
「なぜだと? そもそも我は人界の所有物ではない」
「ですが!」
「それに、私利私欲に走った神官共に襲撃されて弱った我を助けてくれたのはここにいるミィぞ? 命の恩人の元にいたいと思うのは当たり前だろう。まったく、ミィを泣かせおって……」
「ほんとだよ」
「全くだ」
「幼女を泣かせるなど男の風上にも置けぬ」
「最低だな」
「ありえないねぇ」
「って、最後オズ様!?」
どさくさに紛れてお兄さんも仲間である筈のお客さんを非難してた。
お兄さんの手がポンッと頭に置かれる。
「安心してミィ。君のお友達をとったりしないよ」
……なんか、お兄さんの微笑みを見ると、どこか懐かしい感じがして安心する。
「神獣様、それはどこの神官だったか教えていただけますか?」
「ああ、よいだろう」
そうしてお兄さんとモフ丸、そして父さま達はなにやら真面目な話し合いに入る。
真面目なお話合いが始まっちゃったので、わたしはリーフェ兄さまに抱かれたまま退室した。
部屋を出る直前、優しく微笑むお兄さんと目が合った気がした。
兄さまの体温と歩く揺れでウトウトする。
「ミィ、泣いて疲れちゃっただろ。もう寝てな」
「ぅ……」
わたしはあっさりと睡魔に負けた。
そうだ、結局あのお兄さんは誰だったんだろう。聞くの忘れちゃったのです―――。