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sun3人

作者: 清水野 凪

 窓に貼られる求人を眺めた。

 陽射しを永く浴びたのだろうか、紙は黄色く褪せ、風化の形跡が時の経過を教えていた。

 年季の入った求人に書かれる字は薄く滲んでいたが、辛うじて読むことができた。

 「求人 深夜に自転車を漕いで下さい。気になる方は当ビル1階にどうぞ。固定給20万」

 そう書いてあった。

 この求人が張り出されている建物はコンクリートの3階建で、緑のツタが壁を悠々と這っていた。

 私はこの求人が無性に気になった。人の気配が全く無いコンクリートの塊の中に、求人通りの仕事があるとは思えなかった。そもそも、仕事内容も馬鹿げている。しかし、それでも好奇心が抑えられなかった。

 窓の隣には、古ぼけたドアがあった。ドアは赤い。

 ドアの前に私は立った。吸い込まれるような魅力があった。少しの間踏み出すのをあぐねたが、心を決めて、ゆっくり赤いドアを引いた。

 ぎぎぎいと、軋んだ音を立ててドアは開いた。私は中を覗いた。

 室内は明るく、電気が通っていた。部屋の真ん中には自転車が2台置いてあった。自転車には線が繋がっていて、何やら得体の知れない大きな機械に繋がっていた。そして、部屋の隅にには人がいた。その人は自転車を弄っているようだった。

 「あの、すいません求人見て来ました」

 その人は顔を上げた。男性だ。私と目が合った彼は無邪気な笑顔になった。

 「人が足りなくて困ってたんです」

 彼の声は男にしては少し高かった。身体も華奢に見える。

 「本当に自転車を漕ぐんですか」と、私は尋ねると、彼は「モチロン」ときっぱり言い切った。

 「そうだ、もう面接しちゃいましょう。面接といっても簡単な説明だけなので」と言って、私が返答する間も無く、彼は二階から椅子を二つ持って来て、私の前とその正面に椅子を置いた。

 彼は、ハヤマと名乗った。ハヤマさんは仕事内容、給料について諸々の説明をしたが、聞いた内容は窓に貼られた求人と、さほど違わなかった。

 「よし、君は採用だ」

 いつの間にか、私は採用されていた。

 その後、ハヤマさんに2階と3階を案内された。両階とも、どこも本棚と書類で埋まっていた。

 「明日の深夜3時からよろしく。ちゃんと寝とくんだよ」

 私はこの建物を後にした。その後で、なぜ自転車を漕ぐのか聞くのを忘れていたことに気づいた。発電でもしているのだろうか?


 闇が辺りに溶け出していた。星の淡い光が、無闇に夜を深めるように感じられた。

 闇の中に、赤いドアが克明に浮かんでいた。いよいよ、明日の深夜3時になっていた。私は、前にもやったように、ゆっくりとドアを開けた。ドアの隙間から光の筋が漏れた。あの部屋から逃げていった光は、遠くにいくに従って拡散し、光量を失い、とうとう闇に沈んでいっていた。

 私は部屋に入ってドアを閉めた。光を閉じ込めた。入り口と対角の窓にだけカーテンが掛かっていなかった。中にはハヤマさんと、一人見知らぬ女性がいた。

 「初めまして、テラシマです。よろしく」長い黒髪が特徴的な、色白の女性だった。私と同じ女性がいて少し安心した。

 私も挨拶をして、少しお話しをしていると、ハヤマさんが「もうそろそろ漕ぎ始めるよ」と、言うと、ハヤマさんとテラシマさんは自転車に跨った。

 私も自転車に跨った。そして漕ぐ前に、隣のテラシマさんになぜ自転車を漕ぐ必要があるのか尋ねたが、テラシマさんは「漕げばわかるよ」と、溌剌に言った。

 「さあ、朝を引き寄せよう」

そう言ってハヤマさんは漕ぎ始めた。それを見てテラシマさんも漕ぎ始めた。私も急いでペダルを踏んだ。

 チェーンとギアが擦れ合う音と、三人の呼吸の音だけが1階で響いていた。

 どれくらい経っただろうか、少し疲労を感じる頃、私はそっと窓を眺めた。窓は薄明の空を映しつつあった。ゆっくりと陽が昇って、橙色が夜を押し上げていた。

 外の風景に見入っていた私に「何をしているか、もう分かっただろう」と、ハヤマさんは快活に言った。額には薄っすら汗が滲んでいた。

 「いや、全く分かりません」私は申し訳なさそうに言った。

 「そっか。じゃあ一回漕ぐのをやめてみて」

 ハヤマさんとテラシマさんと私は、自転車を漕ぐのをやめた。ハヤマさんとテラシマさんは、にやにやして私を見ていた。

 「外、しばらく見ててよ」ハヤマさんは言った。

 私は窓に映る風景をしばらく眺めていた。すると、少し違和感を感じた。

 頭を傾げた私を見て、見透かしたかのように「そう、陽が動くのが止まったのよ」と、テラシマさんが優しく言った。

 「まだ見てて」と、ハヤマさんが言って、ハヤマさんとテラシマさんは自転車にひょいっと跨って、また漕ぎ始めた。すると、陽はゆっくりと昇り始めた。辺りに朝が迫って来た。

 私は驚いて声を上げた。この自転車は太陽に繋がっているのか?

 「やっと分かったかい?自転車を漕いで太陽を昇らせていたんだよ」

 「そんなこと、本当にあるんですか」

 「目の前で見ただろう」

 私は知らぬ間に朝を引き寄せたらしかった。

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