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後編


 恐竜公園。そこは展望台のある長閑な場所である。

 桜島の雄大な自然を見渡せる高台に作られたその場所には、何故か数体の恐竜たちが待ち受けている。多くの人が訪れている時間だと、なかなか楽しいスポットなのだが、早朝や夕暮れ時にたった一人で赴くと恐竜たちの無機質な雰囲気が異様に不気味に思え、ぞくぞくした気分を味わえるところでもある。


 そんな恐竜公園に黒幕がいるなんて誰が信じよう。いやしかし、自然の多く残るその場所ならば、誰も知らない世界が隠されていてもおかしくない……のかもしれない。

 桜島をまじまじと眺め、大きなローラー滑り台で遊び、恐竜たちと写真を撮る以外にやることはないだろうとばかり思っていたその場所に、まさか「BOKKEMON」を所持して殴り込む日がくるなんてサチもマチも思いもしなかった。


 腹ごしらえはばっちりだ。フェリーで過ごすたった15分の間に食べきったうどんの味が身体に沁み渡っている。これならば、戦闘中に食切れで倒れることもないだろう。

 サチとマチは張り切って恐竜公園まで登っていった。終わったら温泉にでも入ろう。そう励まし合いながら、ゆるやかな登山をここぞとばかりに楽しんだ。


 そしてようやく公園にたどり着いてみると、思わぬ者たちが待ち受けていた。

 ワニ……そして、ワニを従える女であった。


 年齢はおそらく二十代後半。

 雰囲気だけならば十代後半でも通りそうだが、サチとマチを見つめる世捨て人のようなその表情の渋さは十代にはまだ出せないだろう。しかし、三十代というには少し若く幼さも感じる、そんな雰囲気の女だった。


「ようこそ、我が王城へ」


 開口一番、その女はそう言った。

 ものの数秒でやべー奴だと分かる状況に、サチもマチも戸惑いつつ身構えた。いつでも「BOKKEMON」を抜けるように懐に手を伸ばす。しかし、女はそれより早く拳銃らしきものを取り出すと、サチとマチの間に向けた。


「会えて嬉しいよ、オースミの使い走りどもめ」

「オースミを知っているの?」


 マチの問いに、女は大きく息を吐いた。


「研究生時代のライバルだったからね。いや、私が一方的にライバル視していただけか。私のことはアマメとでも呼べ。所詮、取るに足らぬものさ。ただちょっとオースミと同じく不思議な力のある薬品を生み出す才能があるだけさ」


 自分の事をアマメだなんて、と思うサチと、アマメってなんだっけ?と思うマチだったが、そんなことはともあれ、ベラベラ喋っている今がチャンスだ。二人はそっと「BOKKEMON」に手を伸ばし、取り出そうとした。

 しかし、アマメはそれを見逃さず、拳銃を構えなおした。


「私を見縊らない方がいい。全て見えているぞ」


 アマメは静かに述べた。


「私が引き金を引けば、弾薬は君たちの間ではじける。そうなれば、君たちはワニかサメになるだろう」

「ワニか……サメに……?」


 純粋に驚くサチを前に女はにやりと笑った。


「新薬さ。君たちがこの薬と良くなじむならば、ワニではなくサメになるだろう。この薬でサメになれば、最強だ。水の中でなくとも空中を泳ぎ、町を破壊する。そうなれば、鹿児島はさらに混乱するだろうよ。さあ、君たちはサメになれるかな」

「やめてよ! どうしてそんな事をするのさ!」


 マチが鋭く問いかけると、女は乾いた笑みを漏らした。


「いいじゃないか。こんな世界、滅んだって。ワニになった市民たちは幸せに暮らしている。人間だった頃のストレスともおさらばだ。全員がワニかサメになってしまえば、争いのない素敵な王国をつくることが出来る。手始めに市民からだ。そして、離島、九州、沖縄と制圧していき、ゆくゆくは本州も、だ。いや、日本だけじゃない、世界をワニかサメにしてやるのさ」


 壮大な計画を語るアマメを前に、サチもマチも震えた。

 目がマジだ。つまり、本気でこの世界をワニかサメにするつもりなのだ。

 どうして、ワニだけじゃなくてサメまで欲張っているのかはさっぱり分からないのだが、とにかく、やべー奴なのは間違いなかった。


「サッチン、何だか知らないけれど、さっさとやっつけちゃおう。やばいよこいつ」

「そうだね。なんかオースミのこと知っているみたいだけど、友達ってわけじゃないみたいだし、遠慮なくやっちゃおうか」


 頷き合って、サチとマチはためらいもなく「BOKKEMON」を取り出した。

 面倒臭くなったら発砲。それがサチとマチである。二人の前に繊細な駆け引きなど通用しないのだ。


「馬鹿め。焦りおったな。人間生活と別れを告げるがいい」


 案の定、アマメは容赦なく拳銃を放った。

 紫色の煙と共に弾丸が飛び、サチとマチの間で弾けようとする。だが、二人はその前に左右へと跳んでいた。


「なに?」


 動体視力ととっさの瞬発力ならば同世代の女子はもちろん、平均的な男子にも負けない。それがサチとマチであった。

 しかし、アマメもまた只者ではなかった。


「ときどき!」「ずっと!」

「させるか!」


 サチとマチが息を合わせて「BOKKEMON」の引き金を引こうとしたその時、アマメは笑って銃弾を空に放った。

 すると、空を飛んでいた数羽の鳥がワニになって落ちてきた。

 突然降ってきたワニにサチもマチも集中が途切れてしまった。その隙に、アマメの銃がマチへと向けられ、放たれた。


「マーチンっ!」


 サチが気づいた時にはもう遅く、マチは銃弾に倒れていた。

 成す術もなくマチの姿が変わっていく。薬の効果はあっという間だった。焦っている間にサチの相棒はヒトではなくなっていった。そして、紫色の立派なワニになると、その場にばったりと倒れてしまったのだった。


「ふん、期待したのだが、サメにはならんかったな。残念だ」


 つまらなさそうにアマメはそう言うと、銃口を今度はサチへと向けた。


「次は君の番だ。別に君たちにゃ恨みはないが、オースミに一泡吹かせられるならば逃すわけにはいかん。奴の秘蔵っ子となったことを恨むんだな」


 ふはははははと笑ながら銃を向けられ、サチは動揺した。

 ワニになったマチはひっくり返ったまま動かない。傍には彼女の「BOKKEMON」が落ちており、その手ではもう引き金を引くことも出来ないだろう。

 オースミが聞いたら少しは悲しんでくれるだろうか。彼女はきっとサチとマチの勝利を信じて送り出したはずだ。きっと驚くだろうし、悔しがってくれるだろう。


「わたしをワニにする前に、ひとつ聞かせて」


 サチは「BOKKEMON」を持ったまま、アマメに対して訊ねた。


「どうしてそんなにオースミを恨んでいるの?」


 するとアマメは空虚な笑みを浮かべ、素直に答えた。


「理由なんてない。ただの嫉妬さ」


 そして疲れのこもったため息を吐きながら、アマメは付け加える。


「あとはまあ、愛憎だろうか。いつも澄ましているあいつも好きだったが、困った顔はもっと好きだった。その顔をまた見てみたくてね」


 やっぱり、やべー奴じゃないか。

 サチは「BOKKEMON」の感触を確かめた。相棒はワニにされてしまったが、まだ戦いは終わっていない。アマメも周囲にいるワニたちは見た目が怖いだけだ。優しい性分であることは変わらないらしく、サチに襲い掛かる様子はない。

 まだ、諦める時間ではない。


「さあ、そろそろ時間切れだ。覚悟はいいな。これからはお友達共々私が可愛がってやるから安心しな」


 そして発砲される。そのタイミングで、サチもまた素早く引き金を引いた。


「お願い、ボンタン丸!」


 ほぼ同時に放たれた弾丸は、高速でぶつかり合う。

 ぶつかった瞬間に互いにはじけ、薬品が飛び散った。どことなく芋菓子の香りのする紫色の薬を覆いつくさんとボンタン丸の文旦の香りがまき散らされる。最終的に勝ったのは、文旦の方だった。


「バカな!」


 紫色の煙を飲み込んだせいか、ボンタン丸の煙はいつも以上に広がり、恐竜公園の広範囲を包み込んでいった。

 アマメはもちろん、サチも周囲も文旦の香りと黄色い煙で覆われてしまっている。


 ボンタン丸の効果はまちまちだ。人の悪意を吸い取ってしまうこともあれば、気を失わせてしまうこともある。とにかくサチやマチの抱える問題を解決するために働くのがボンタン丸であり、何か困ったら一発放っておけばいいという安心の一撃だった。


 とはいえ、いつだって万能なわけではない。

 ボンタン丸が効かなかった時は、物理で解決するしかないのだ。


 黄色い煙の間から、再びアマメの弾丸がやってこないかと気を配っていると、次第に煙は晴れていった。

 そしてすっかり視界が戻ってみれば、周囲にはワニはなく、鳥やヒト、狸やノラ猫などが転がっていた。きっと全員がワニにされていたのだろう。

 マチも気を失ったまま転がっていた。無事にヒトに戻れたようだ。


 では、アマメはどうだろう。サチは周囲を見渡した。しかし、アマメの姿は見当たらなかった。


「どうやら、分が悪いらしい」


 何処からともなく声だけが聞こえてくる。サチは見渡し続けた。だが、アマメの姿は何処にもいなかった。


「ここはひとまず退散しよう。どうせワニにしても、ボンタン丸で戻されてしまうならば意味がない。だが、いつか必ずボンタン丸でも元に戻せぬ変化薬を完成させてやる。その日まで震えて待つがいい」


 どうあがいても悪役。そんな声で笑いながらアマメの気配は去っていった。


 ――取り逃してしまった。


 サチは奥歯を噛みしめながら、周囲で倒れたまま動かない元ワニの生き物たちを前に途方に暮れていた。マチは叩き起こすとして、他の人々はどうしようか。そんなことを考えながら、オースミの代理として警察に通報した。

 オースミはというと、たぶんぐっすり眠っているのだろう。全く通じない。潔く諦め、警察が駆けつけてくれるまでの間、サチは今一度、頭の中で状況を整理した。


 どうやらこの町、ヤベー奴がいるらしい。


 自分を困らせたいとかいう知人らしき異常性格者の存在を知った時、オースミはいったいどんな反応を見せるのだろう。ただでさえくそ忙しくてまともに休暇も楽しめない彼女を不憫に思いつつ、サチはほっと一息ついた。

 アマメはそのまま行方をくらまし、警察が駆けつけるまでの間、サチを脅かすものは何もなかった。

 サチはホッと一息ついて、「BOKKEMON」を懐にしまった。

 マチが目を覚ましたら、まずは温泉に行って汗を流そう。そして疲労を溜め込んだ心身をリフレッシュしてからゆっくり帰ろう。

 そんな事を考えながら、サチは警察を待ち続けた。



 他人の感情というものは時に恐ろしい。

 清く正しく生きていたとしても、あらぬところから誤解や嫉妬を招き、悪意はなくとも恨みを買う事なんてざらにある。

 知らず知らずのうちに失礼な態度をとってしまうこともあれば、たとえ喧嘩を売るつもりなんてなくとも、勝手に買って突っかかってくる者だっているものだ。


 研究所に戻り、どうにか起きてきたオースミに桜島でのことをサチとマチはすぐに報告した。すでに別方面からの報告メッセージも入っているらしく、オースミはその報告メッセージとサチとマチの証言とを照らし合わせながら状況を整理した。

 サチとマチとは別に恐竜公園周辺を調査していた者達によれば、アマメのアジトらしきものはついに見つからなかったらしい。それどころか、彼女自身も何処にいるかが分からない。

 その人物に関して掴めそうな情報は何一つ見つからなかったそうだ。


 オースミは椅子に深々と座ると、茫然としながら呟いた。


「アマメ……誰なんだいったい」


 ため息と共に彼女は語る。


「いやね、研究生時代は忘れたいことしかなかったから、必要な知識以外の記憶はほとんど研究所に置いて来ちゃったんだよね。さすがにどんな人がいたかくらいは覚えているけれど……あれ、私、何かとんでもない事やってしまったのかな。少なくともアマメって人はいなかったと思うのだが」

「偽名じゃね? 自暴自棄っぽかったし。それに、オースミがどうっていうより、そいつがただ単にヤベー奴って感じだった」


 マチが肩を揺らしながらそう言った。その動作はワニが前進する動きにとても似ていたため、サチは非常に気になった。とりあえず、今ここでワニに戻ってしまう兆しはないと自分に言い聞かせ、サチは心を落ち着けた。

 しかし、いつまでも安心してはいられない。いつかまた鹿児島市がワニになっていく日が来るかもしれないのだから。

 ドキドキしながらサチはオースミに訊ねた。


「ねえ、オースミ。本当に覚えていない? 研究生時代にこいつヤベーって思った女の人とか、女の人っぽい人とか」

「こいつヤベーって奴か。むしろ、こいつヤバくないなっ思った人を上げていった方が早いかもしれんな」


 マジか、とサチが絶望する横で、マチは悪戯っぽく笑った。


「案外、こいつヤバくないなって方の人だったりしてね」

「たしかに、それはありそう」


 まだ眠たいのか目をこすりながらそう言って、オースミは珈琲を飲んだ。

 心底面倒臭そうだが、果たしてこの先、大丈夫なのだろうか。サチはとても心配になった。


「だいたい、なんでオースミが困らされなきゃなんないんだろう。ああもう、取り逃がしたのが悔やまれる!」


 憤慨を露わにしつつサチが腕を組むと、コーヒーカップをことりと置いてから、オースミはサチとマチに生気があまり戻っていないその眼差しを向けたのだった。


「いいのさ。とりあえず、君たちがそのアマメとかいうヤベー奴にボンタン丸の方が上だと見せつけたことで、ワニ化も止まるだろう。いまサツマクロコになってしまっている人々は、地道に元に戻してやればいいだけのこと。あとは、現場に残された変化薬とやらの成分を分析しつつ、ボンタン丸をぼちぼちと改良していくだけさ。静かに抵抗しながら機会を待つのだ」


 欠伸を堪えながら語るオースミは悪意を向けられているとは思えないほど暢気だった。

 紛れもなく自分に向けられた悪意のはずなのに、まるで他人事のよう。

 そこがまた心配になるっちゃなるのだが、しかしまあ、オースミならばアマメの作る怪しい薬品など軽々と対抗できるだろうという謎の安心感もサチにはあった。

 特製拳銃の「BOKKEMON」に相棒のマチ、そこにオースミの頭脳と底力が加わればどんなヤベー奴でも敵ではない。そんな自信にも繋がった。


「さて、君たちには明日よりしばらくサツマクロコの救助に向かってもらう。すでに同志たちがサツマクロコを探し、保護している。また、目撃情報をもとにサツマクロコマップを作っているところらしい。ボンタン丸の大量生産は可能だが、使用するには『BOKKEMON』が不可欠だ。その使用が出来るのは、今は君たちオゴジョの二人しかいない」

「オゴジョ人員増やそうぜ。それか、オースミのオゴジョ復帰とか」

「いや、今すぐに増員は無理だ。オゴジョは誰もがなれるわけじゃないからな。君たちは特別だったのさ。それに、私の復帰も無理だ。もう君たちのように動けないし、このポジションにつける研究者がいなくてねえ」


 力なく笑うオースミを前に、サチもマチもしゅんとした。


「オースミの代わりはいないもんね」

「いい助手が来るといいよね」


 なんせ、自分たちは考えるよりも身体を動かすタイプだ。頭を動かすことは出来ず、オースミの助手らしき仕事は出来ない。それに、「BOKKEMON」を手に走り回る時は忙しいが、それ以外の時になれば動いているのはオースミの頭だけという時がある。

 せめて手伝えることがあればいいのだが、と思いながらサチとマチは家事をする。だが、それでは日常生活は助かってもオースミ自身の仕事量がなかなか減らなかったのだ。

 オースミの過労死レベルがあがってしまう前に解決したい問題だった。


「んじゃ、せめて、オースミの悩みの種を一つ一つ確実に潰していこうっと! ワニのことはわたしらに任せて!」

「サッチン、優しー。一緒にがんばっちゃおっと」


 それぞれの個性を出しながらやる気を露わにするオゴジョ二人を前に、オースミは目元を潤ませた。


「サチ、それにマチ。頼りにしているよ。くれぐれも悪人には気をつけるんだぞ」

「分かっているって!」

「オースミは心配しないで!」


 サチとマチは気合を入れて、ちぇすとーと共に「BOKKEMON」を掲げた。


 残されたサツマクロコの数は多い。そして全てを元の姿に戻したとしても、アマメとやらが新薬を作れば再び犠牲者は生まれるだろう。

 しかし、絶望することはない。不思議な拳銃「BOKKEMON」と「ボンタン丸」を託されたオゴジョ、サチとマチ、そして彼女らをサポートするオースミがいれば、きっと事件は解決する。


 サチマチオゴジョ、キバレ!

 サチマチオゴジョ、チェスト!

 鹿児島市の平和は君たちの勇気にかかっている。

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