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前編

※全員唐芋標準語で喋っています。


 最近、故郷がおかしい。

 九州南部に存在する陸の孤島、鹿児島市。

 終焉前のメトロポリスのように鹿児島県人が寄せ集められたこの町は、車がなければ生活に支障をきたすため、渋滞はしょっちゅうである。

 だが、おかしい。と、鹿児島市在住の少女サチは顎に手を当てて考えながら道路を見つめていた。

 場所は田上。時刻は地獄のラッシュアワー。いつもならばバスを巻き込んで大渋滞している通りだが、今朝は驚くほど車がスイスイと流れていくのだ。


 理由は分からない。だが、車を運転する人々の数が減っている。関連の深そうな不審な出来事に心当たりはあった。

 それらは、今もサチの視界の端々に移り込んでいる。

 ワニだ。いつからだろう。鹿児島市ではワニが出没するようになった。

 下あごの牙が見えるため、クロコダイル科と思われる。しかし、現在知られているクロコダイル科のいかなる種も当てはまらない紫色のワニであり、ムラサキワニだとかサツマワニだとか呼ばれていたが、最近はサツマクロコという呼び方が定着した。


 やはり新種なのではないかと全国、いや世界の爬虫類研究者が駆けつける中、ワニの数はどんどん増え続け、一方で、鹿児島市民の数が明らかに減っていった。

 絶対にこれ市民が食べられているよねと人々が噂するも、サツマクロコの糞などからは人を食べた証拠などは見つからない。サツマクロコはいずれも大人しく、ほのぼのと暮らしているのだ。

 けれど、行方不明になった市民の件は解決の糸口すら見つからない。


 サチはうなりながら首を傾げた。

 増えるワニ。消える市民。食われたのではないとすれば、全く関係のない出来事なのかもしれない。しかし、サチは引っかかった。この二つの現象には、何か無視できない関連性があるのではないかと、どうしても思ってしまう。そう囁くのだ、サチのゴーストが。


 しかし、証拠もなくただ疑うだけでは妄想で片付けられてしまう。

 最近は増え続けるサツマクロコに対して、危なくないワニなら捕まえてサツマワニ革にしてしまおうかなんていう意見もあるらしいが、危険でないなら、新種かもしれないワニでワニ革利用なんて良くないのではという意見が圧倒的多数となり、それなら一か所にサツマクロコを集めてサツマワニ園を開いてはどうだろうなどというテーマパーク計画も持ち上がっていて、そちらが案外高評価らしい。


 けれど、いずれの案もサチはしっくりこなかった。いまも鹿児島市を跋扈するサツマクロコ。この生き物は果たして、地域活性のために利用して良い存在なのかどうか。


 と、考え続けているサチの腕時計型電話の着信音が突如鳴り響いた。時計の画面には「マチ」と表示されている。サチはすぐさま画面を押し、応対した。


「おはよう、マーチン」

『おはよう、サッチン。今ドコにいる?』

「田上だよ。いつものように渋滞状況を眺めようと思ったんだけれど……車が減ってワニが増えているみたいだね」

『そっか、また増えたのかな。でもまあ、田上ならちょうどいいや、そのまま唐湊の研究所に来て欲しいんだけれどいいかな? 詳しい話は研究所で』

「分かった。今すぐ向かう」

『よろしくね。そうそう、ワニに気をつけて。大人しいって言っても、たぶん力は相当強いはずだからさ』

「了解。またあとで」


 画面をタッチして通話を終了すると、サチはさっそく立ち上がった。

 懐に手を伸ばし、特別許可を得て持ち歩いている特製拳銃「BOKKEMON」の位置を確かめると、とぼとぼと歩き出す。田上から唐湊までは少し距離があるが、サチならば常人の半分の時間でたどり着くだろう。

 朝日を受けながらのびのびと過ごすワニを傍目に、サチは研究所を目指した。



 唐湊。それは緑豊かな地域である。

 紫原、田上、上荒田、郡元といった鹿児島市の中でも車の通りが多い栄えた地域に囲まれている住宅地だが、その中でひっそりと存在しているにも関わらず、町の構造は非常に入り組んでおり、一度迷ったら二度と抜け出せなくなるのではないかと噂されており、ストレンジャーたちを恐怖のどん底へと突き落とす。

 坂も多く、どの道がどこに繋がっているのかも予測しづらいため、徒歩で冒険したい場合は唐湊の民を味方につけるか、文明の利器たる方位磁石を装備して進まねばならないだろう。しかし、サチはそのどちらもいらなかった。


 サチは唐湊の民ではない。けれど、唐湊には通い慣れていた。ここ十年近く、唐湊の民にも知られずに存在する研究所に通っているからだ。

 研究所は唐湊と紫原、田上の境目当たりにある山林の中に存在する。研究所といっても見た目はただの洋館で、たまに心霊スポットと勘違いされるらしい。

 それはいいとして、研究所の中ではマチと共にオースミという名の白衣の女性が待ち構えていた。この研究所の所長であり、サチとマチに特製拳銃「BOKKEMON」を託した人物でもある。


 鹿児島市の影の治安を守るために市民の気づかない悪事や異変をいち早く調査し、原因を突き止めて、サチとマチを派遣する役目を担っている。いわば、サチにとってのボスでもあった。

 インスタントコーヒーを飲みながら、オースミはサチとマチに資料を配り、とある映像データを見せ、解説を行っていた。


「この写真の人は加治屋町在住のSさん。今月の初めに行方知れずとなった。資料の次のページ目にある画像は、Sさんの歯型のレントゲン写真だ。Sさんが行方不明になった同日、Sさんの住んでいた家の中で大きなサツマクロコが保護された。とても大人しい性分で、人の言うことが判っているかのように振る舞ったため、サツマクロコは傷一つつけずに保護し、現在は平川に特設されたサツマクロコ保護施設で飼育されている。

 ……次のページにあるのがそのサツマクロコの健康チェックのために撮った写真で、口の中の写真もあるのだが……見ての通り、Sさんの銀歯の位置と一致する形でサツマクロコに銀の牙が生えていた。さらにサツマクロコの血液を調べたところ、ヒトの血液と一致し、わずかながら興奮剤の成分が検出された。以上を踏まえ、信じがたい事だが行方不明になったSさんがそのサツマクロコになってしまった可能性が高い事が分かった。姿の変わった原因はきっとその興奮剤だろう。

 奇しくもその結果が報告された際、与次郎で怪しい人物が他人に拳銃らしきものを向けている姿が目撃され、現在、警察が調べている。残念ながらその人物は取り逃がしてしまったらしいが、周辺では新しいサツマクロコが五頭発見され、映画を観るために出かけていたという五人の少年が行方不明になっている。ちなみにこの五頭もすみやかに保護され、やはり血液から興奮剤の成分が検出されているらしい。

 というわけで、サチ、マチ、影のエージェント『オゴジョ』の二人に我々が求めていることは……分かるな?」


 サチとマチは、互いに顔を見合わせた。

 ニヒルな笑みを浮かべて頷き合うと、サチはオースミに堂々と告げた。


「ごめん、オースミ。資料も話も長すぎて頭に入んなかった。三行でまとめて」

「おいこら! 徹夜で作ったんだぞ、その資料」


 案の定、不平不満を述べるオースミに対し、マチもまたビシっと指摘した。


「あたしらの脳みそを過信するオースミが悪い」


 実を言うと、このやり取りは毎回の事であった。

 初めて会ってしばらくならばまだしも、サチとマチがオースミの元で「BOKKEMON」を唸らせるようになってから10年近く経つ。決して短くない年月、同じようなことを繰り返しているのだ。どうやらオースミは優秀な研究者であるが、勉強も出来て頭が良すぎるためなのか勉強が苦手な者の気持ちが全く分からないらしい。

 しかし、そろそろ分かって欲しいとサチもマチも常々思っていたし、オースミはオースミで少しは読書などをしながら資料を読み解く訓練をしてほしいと思っていたのだが、今はその議論をしている場合ではない。

 ここは年長者――そして賢いものが折れるしかないのだ。オースミは速やかにそう判断し、すぐに切り替えた。


「仕方ないな。三行でまとめてやる。サツマクロコの正体は消えた市民だ。与次郎で人をワニに変えた犯人と思しき人物が目撃された。サチとマチにはそいつを探し出してもらいたい」


 なるほど、サチとマチは今度こそ理解して頷いた。

 とにかくその怪しい人物を捜してとっつかまえればいいわけだ。そうと分かればサチもマチも体がうずうずしていた。懐に隠した「BOKKEMON」が唸る。


「って、ちょっと待って」


 と、そこへマチが待ったをかけた。


「単純に探すっていったって、与次郎の辺りにそいつがずっといるわけじゃないでしょう? 行方不明もワニ発見も市内各地であるわけだし、どーやって探すのさ」


 オースミは不敵に笑う。目の隈のせいで不気味さもひとしおだった。


「そこで『BOKKEMON』の出番ってわけさ。今すぐ平川のサツマクロコ保護施設に向かい、ワニたちに向かって撃て。その後は、携帯でこっちに報告してほしい」


 それは実に堂々とした指令だった。だが、サチの戸惑いは全く解消されなかった。


「え、そんなことしていいの?」


 戸惑いを素直に口にするサチの横で、マチが唇を尖らせながらオースミを見つめる。


「動物虐待じゃね?」


 マチが言うのも一理あった。


 二人の持つ「BOKKEMON」はただの拳銃ではない。込められている弾薬は「ボンタンまる」というオースミの開発したどことなく文旦の香りのする特殊な弾薬で、当ててもターゲットの命は奪わない。その代わりに不思議な力が作用し、真実を自白させたり、身体の力を奪ったりする、ある意味で危険な代物なのだ。

 そんなものを何の罪もないワニ……それも、元はヒトだったかもしれないサツマクロコに放つなんてどういうつもりだろうとサチもマチも困惑した。しかし、オースミは全く動じずに二人に強く命じるのだった。


「いいから、今すぐ平川へ行くんだ!」


 睡眠不足が、精神的疲労が、彼女の心を荒ませていた。



 平川。そこは山である。唐湊から歩いて行ける距離ではなく、車の運転が出来ない場合は電車やバスを乗り継いで向かうしかない。そんな地域である。

 動物園などもあるところだが、山を舐めてはいけない。クマが生息しているわけではないのだが、それでも道に迷って行き倒れたら大変だ。近隣の住民以外の者が平川に遊びに行くときは必ず車で行くか、バスの時刻や各ルートをよく調べてから行くようにしよう。

 ちなみに、平川駅という駅もあるが、そこからだと動物園は遠いので気をつけて欲しい。よく分からなくて不安な場合は、天文館などもっと賑やかな街中から動物園行きのバスに乗った方が安全だと思います。 


 サチとマチはどうかといえば、彼女たちは「BOKKEMON」を託されている特殊な少女たちであるため、五位野駅から動物園行きのバスには乗らず、徒歩で目的地を目指していた。

 平川の山をてくてく歩き、サツマクロコ保護施設へと向かう。常人ならば休憩込みで1、2時間はかかりそうな距離をたったの30分で進み、汗だくだくでサツマクロコ保護施設を訪ねた。歩き始めた時はたくさん入っていたスポーツドリンクも、空になりかけていた。


 応対した職員はすでにオースミの連絡を受けており、すみやかに二人を案内し、社会科見学のごとく施設の一日を解説した。無論、ふたりとも長い話が得意でないうえに、来るまでの疲れもあったため、職員の熱心な説明は右耳から左耳へと通り抜けていった。

 しかし、担当職員のサツマクロコへの情熱は留まることを知らず、解説はどんどん続いていく。見かねた別の職員が間に入るまで、サチとマチは延々と話を聞く羽目になった。きっと涙目になっているサチとマチの表情に気づいてくれたのだろう。

 ようやく解放された後は、非常にスムーズな流れとなった。


「こちらが、Sさん宅で保護されたサツマクロコです」


 先ほどとは別の職員に案内され、サチとマチはようやく目標のサツマクロコと会うことが出来た。


「やっと会えたよぉ」


 どっと疲れを言葉にするマチの隣で、サチはさっそく「BOKKEMON」を抜いた。


「さてやろうか」


 その言葉にマチも頷き、二人同時に銃口を向ける。

 オースミの指示に従っているだけなのだが、サチもマチも躊躇いを感じた。しかし、その躊躇いの隙に、Sさんと思しきそのサツマクロコに異変が起こった。「BOKKEMON」から漂う文旦の香りが刺激となったのか、突如としてサツマクロコが暴れ出したのだ。職員たちも目を見開き、誰もが慌てふためいた。

 サツマクロコが暴れるなど、初めての事態だったのだ。


「まずい! 暴れ出したぞ!」

「マーチン、一緒に!」


 サチの声掛けにマチは頷き、二人でタイミングを合わせた。


「ときどき!」

「ずっと!」

「「ボンタン丸!」」


 共に「BOKKEMON」より放った「ボンタン丸」は、暴れ出したサツマクロコにしっかりと当たり、弾けると同時に強烈な文旦の香りが周囲に広がった。


 と、その時、不思議なことが起こった。


 サツマクロコが立ち上がったかと思うと、その全身が光り輝き、徐々に輪郭を歪めていったのだ。

 立派なワニの身体はどんどん縮んでいく。やがて、縮んだワニはどさりと地面に横たわり、光は失われていった。落ち着いてみれば、そこに転がっていたのはワニではなくヒトとなっていた。

 その顔を見て、サチもマチも確信した。


「間違いない、オースミの資料にあった顔だよ」

「うん、Sさんだ。本当にSさんがワニになっていたんだ」


 信じがたい事だが、実際に起こったのだから信じるしかない。


 保護施設は大騒動になり、片っ端からサチとマチの「ボンタン丸」が投与されることとなった。いずれのワニも「BOKKEMON」を向けられた途端に暴れ出したが、当たれば大人しくなり、すぐさまヒトの姿に戻っていき、皆が眠りについた。

 きっと町で放置されているワニたちも同じくヒトに戻るに違いない。


 だが、問題は残ったままだ。誰が人々をワニにしてしまったのか。その原因が分からなければ、市民にはいつまで経ってもワニ化の恐怖が付きまとうだろう。

 そのまま放置すれば、確実に国内外の観光客は減り、市民――いや県民すらもワニの楽園と化していく鹿児島を去り、熊本や福岡といったさらなる都会に行ってしまうかもしれない。ただでさえ人手の流出に頭を抱えているというのに、これではさらなる痛手となってしまう。

 愛する地元のため、すぐにでも原因を突き止めないと。


 サチはいつになく深刻に考えながら、オースミに事の全てを報告した。

 オースミはその報告を聞くと冷静に構え、二人の奮闘を労い、まずは一度、研究所に戻って来るようにと二人に伝えた。


『そして喜べ、今夜は与次郎のな〇しまで焼肉パーティーだ』

「え、いったいどうしたの? オースミの奢りだなんて」

『ってちょっと待て。まだ何も言っていないだろう? ……いやまあ、確かに奢りであっているんだけれどな』

「え、まじで? まじでオースミの奢りなの?」

「オースミどうしちゃったんだろ。いつもあんなにケチなのに。研究のし過ぎでおかしくなっちゃったのかな?」

『聞こえているぞ、マチ。あまりとやかく言うようなら、サチと二人だけで行くからな』

「わーわーわー、冗談だって! オースミ太っ腹! オースミ大好き!」


 かくして、二人は研究所に戻って汗を流すと、焼く肉食べ放題という戦場へ繰り出した。

 この間にもサツマクロコは増え続けている。きっと今日も何処かで家族がワニになった者の悲鳴があがっているだろう。しかし、今だけはそのおぞましい現実も忘れ、サチとマチ、そしてオースミは牛肉を堪能したのだった。



 翌日、ハッピー焼肉タイムの夢も冷めやらぬ早朝、サチとマチはオースミの呼び出しをくらい、眠い目をこすって唐湊の研究所へと向かった。

 たどり着いたら文句の一つでも言ってやろう、そう意気込むマチと一緒に向かったサチであったが、研究所で待ち構えていたオースミはサチとマチ以上に目のくまを深くしており、髪もぼさぼさだったため、サチはもちろんいつもひと言多いマチもまたぐっと不平不満を飲み込みつつ、訊ねた。


「で、何があったの?」


 すると、オースミは無言でぽちっとリモコンのボタンを押し、壁一面のスクリーンの画面を切り替えた。

 映し出されたのは鹿児島市の地図である。サツマクロコ保護施設のあった平川のほか、加治屋町や与次郎などサツマクロコが見つかった場所に▼のマークが記されていた。無数の▼マークに怯えるサチであったが、桜島のある位置に特別感漂う虹色の▼マークがある事に気づき、さっそく訊ねた。


「この地図は?」


 すると、オースミはくまの目立つ目を細め、顔色の悪い口元に微笑みを浮かべ、やけに高めのテンションで説明した。


「聞いて驚くなよ。黒幕がもう判ったのだ」

「え、マジで?」


 素直に驚くサチの横で、マチは欠伸を堪えながら笑った。


「超早いじゃん。やったね、スピード解決だね。これでもうあたしらの出番もなしってわけだ。おつかれー」

「ざーんねん! 仕事は山ほど残っていまーす」


 オースミは意地悪く笑い、さっそく二人に資料を配った。

 渋々受け取りながらサチとマチはそれを眺める。書かれていたのは桜島港フェリーターミナルから桜島自然恐竜公園までの詳細な地図だった。


「え、恐竜公園?」


 思わずサチが訊ね返す横で、さっそく資料を投げ出しそうなマチが食い気味に訊ねた。


「ここに何があるっていうのさ」

「黒幕だよ」


 ぶっきら棒にオースミは答えた。心なしかふらふらしている。もしかしてまた徹夜だったのだろうか。だとしたら彼女に残された活動時間はあと僅かかもしれない。


「今回の指令はいたってシンプル。地図に示された場所に向かい、そこに待ち受けている人物に容赦なくボンタン丸を浴びせてやるんだ。敵はヒトをワニに変える劇薬を持っているだろう。だが、怯まず行けい!」


 いつになく力強く、かつ大雑把に指令をだすオースミに対し、サチは少々控えめになりながら確認してみた。


「あの、港から恐竜公園までだいぶある気がするんだけどさ、車とかって」

「ない。私はもう限界だ。連絡を受けたのが昨夜の22時頃、それから、報告をもとに資料にまとめ、スクショをまとめ、地図を調べ、ボンタン丸を補充し、あれやこれやとしているうちに寝る機会を失った。そして完徹だ。私はもう限界だ。こんな状態で車なんて運転できぬ」

「オースミ……そういえば顔色すっごい悪い。10歳くらい老けたように見える。早く寝た方がいいよ」

「やめろ。めちゃくちゃ気にしちゃうだろ! ……だが、そうだな。お前たちを送り出したらすぐに休もうと思う。だから、車は出せない。何、無理な話ではない。五位野から平川の山を歩いた君たちだ。およそ10分の山道なんてなんてことはないだろうさ」

「しょうがないな。焼肉も奢ってもらったことだし、今日のところはオースミの力を借りずに山登りと行くよ」


 マチの言葉にサチもまた強く頷いた。とはいえ、片道10分の道のりも山道だと訳が違う。それに研究所からフェリー乗り場までの移動時間や、おそらく戦うはずだからその分の疲労なども考えれば考えるほどやはり不安になるものだ。

 サチは淡い期待を胸に、一応、確認してみた。


「じゃあ、全部終わった後なら迎えに来てくれるかな?」


 すると、オースミは顔色の悪い仲、異様なまでに爽やかな笑みを浮かべ、はっきりと答えたのだった。


「無理かも」

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