第3話 殿、我らは盗賊でござる
1570年(元亀元年) 6月 近江国滋賀郡比良山中
「かかっておるか?」
能見山が設置した罠をしゃがみ込んで確認する
「いいえ、巧妙にかわされたようです」
「ぬぅ……鹿もさるものよ…」
新たに鈴を加えた小舟木一統4名は、連日食料確保のため狩りと採集に追われていた
もはや下界の情報を仕入れる考えは勘三郎の頭になかった
今や完全なマタギである
鈴の発案で鹿の腸を乾燥させてより合わせ、頑丈な紐を作っていた
鹿の通り道に輪っかにした紐を仕掛け、鹿が足を引っかければ次の跳躍で輪が締まり、抜け出せなくなるというものだ
だがこの罠、あくまで『運良くひっかかれば』という条件つきのもので、仮に罠にかかっても鹿が強引に進もうとしなければ締め上げることはない
最初のうちは何頭か捕獲することができたが、最近では鹿も知恵をつけてきたのか、足を入れても慎重に外して罠をかわすということをやっていた
「やむを得ぬ。ちと辺りを探って1頭でも持って帰るとしよう」
狩猟採集生活は、コツさえつかめば割と長続きするらしい
沢山の人間を食わせるのは難しいが、食べる口は4人だけなので数日に1頭という成果でも十分に成り立っていた
もう丸1年以上この山に籠っている
勘三郎と能見山はたくましい髭面となり、髭の薄い真野も日焼けして精悍な顔つきに変わっていた
鈴は二か月に一度ふらりとどこかへ出かけ、一月くらいするとまた戻ってくるという生活をしていた
そのせいか、4人の中では唯一きれいな身なりをしていた
- 数日後 -
ドォォォォォォォォォ!
早朝よりぜんまい狩りに余念がなかった3人に山中に響き渡るような馬蹄の音がこだました
「敵襲か!?」
「六角様の援軍かもしれませぬぞ?」
「我らがここに落ちていることをご存じなのでしょうか?」
「…」
およそ半日ほど馬蹄の音にキョロキョロしていた3人だが、敵の姿も見えないので村に戻ることにした
馬蹄の音は金ヶ崎から撤退する織田軍の足音だったのだが、朽木谷から京へ続く鯖街道は比良山から山2つほど奥にある
音はすれども姿は見えずで不思議と勘三郎たちは誰にも会うことはなかった
まあ、ギャグ小説ですし…
- 翌日 -
山菜取りの翌日は鹿を狩る
もはや手慣れたルーティーンだ
「おおおおおおおおおおおお!!!」
「これは素晴らしい!」
「昨日のあの音は山の神様からのお恵みだったのでしょうか」
設置した5つの罠全てに鹿がかかって鳴き声を上げていた
織田軍に驚いて逃げようとしたんだろうか
勘三郎たちはホクホク顔で鹿を1頭づつ仕留めてから持ち帰った
- 一月後 -
「…米が食いたい」
「はぁ!?アンタ状況わかってんの!?」
「うるさい!こう毎日毎日肉と山菜ばかりでは辟易するわ!わしは米が食いたいのじゃ!」
「あきれた…」
鈴が勘三郎のわがままに眉間を押さえる
結局鈴がため込んだ米も勘三郎たちにバレてしまい、昨年一年間は米を節約しつつもストレスが溜まりきらないくらいには米を食っていた
しかし、この春に最後の米を食い尽くし、今は三か月も米のない生活を送っていた
「保存用の塩も品薄になっているし…困ったなぁ…」
「ほらほら殿、栃餅あげますから」
「モグモグ……うまい…」
「鹿ばかりじゃなく、遠出をしてウサギやタヌキも狙ってみますか。殿も味が変われば多少は落ち着くでしょう」
「そうじゃのう…」
- 翌日 -
鯖街道を一人の商人が牛の背に荷を乗せて京へ向かっていた
ドスッ
突然商人の足元に矢がつき立つ
「能見山!お主が背に当たるから矢が逸れていってしまったではないか!」
「羽根は貴重なので回収していただきたいですなぁ」
「え~と確かこの辺に飛んで行ったかと思うのですが」
ガサガサと葉をかき分けて、商人の目に飛び込んできた3人のいでたちは
動きにくいので鎧を脱ぎ、竹の脛当てと鹿皮の帷子を着込み、鹿の皮の羽織を着て麻布で額に鉢巻をしている
2人は髭面で、3人とも日焼けと垢で真っ黒な顔だ
そう、どこからどう見ても立派な山賊から矢を放たれたのだ
「ひっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
商人は命一つだけ持って一目散に逃げ出した
「あ、これ、牛を忘れておるぞぉ~~~~」
「行ってしまいましたな」
「なかなかに粗忽者よのぅ。届けてやるにもどこに持ってゆけば良いのか…」
「荷は何ですかねぇ?」
「こ…これは!」
牛の背には一俵(約四斗)の米と塩漬けの鯖がこれも俵に入って括り付けられていた
「米じゃ!米じゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「盗んだらどろぼうですよ、殿」
「ぬぅ…しかし、ここに打ち捨てていっても鳥のエサになるだけじゃろう…」
「まあ、それはそうでしょうが」
「なに、無駄になる食べ物を有効に使ってやるのじゃ。御仏にも通ずる尊い行いと思えば良い」
「久々にお米が食べられますねぇ」
言葉とは裏腹にホクホク顔の3人は牛を連れて村へ戻った
夕食は米と焼いた塩サバとゼンマイの汁と鹿肉の串焼きだ
「ほぉうひえばひはにふははまるほはらは…」
「…ちゃんと食ってから話さんか」
串焼き肉を飲み込んでから鈴が口を開く
「そういえば鹿肉が余るのならさ、市に持って行って米と交換すればいいんじゃない?」
「む…しかし我らは織田に追われておる身。人里に下りては里の衆にも迷惑を掛けることになろう」
「……私が行ってこようか?」
「米を!米を!」
「酒!酒が必要だ!」
「味噌と瓜や大根の種なんかもあればうれしいですねぇ」
「わかったわかった。あとでひとつづつ聞くから」
かくして小舟木一統は『交易』を覚えた