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第2話 殿、我らはマタギでござる


1568年(永禄11年)9月 近江国滋賀郡比良山中




「む…」

逃走劇から一夜明け、目を覚ました小舟木勘三郎は隠れ家の廃屋から外に出ようとした時に何者かの気配を感じた

そっと外を伺う

一頭の鹿が集落の下草を食んでいた


(廃村となって長いのであろう。鹿の餌場になっておる)

勘三郎は弓を持つと気配を殺して矢をつがえる


ヒュッ


ピィィィィィィィィ!



矢が鹿の左肩の下あたりに吸い込まれた

狙い違わず鹿の急所を直撃した


「お見事です!」

真野が勘三郎の後ろから声を掛ける

「ぅお!?起きておったのか!」

「ええ、『む…』のあたりから」

「驚かすでない!」


ともかく鹿を確保しに外へ出ると、能見山も起きてきた

「相変わらず弓の腕()()は見事ですな」

「………褒めておるのじゃな?」

「ええ、もちろんです」

「…左様か」



能見山は年長だけあって牛の解体のやり方を知っていた

しかし、知っているだけでやったことはなかった


「牛も鹿も似たようなモンだろう」

まあ、確かに似てるのかもしれませんがね…


「確かここに刃を入れて…」

「ああ、骨に当たって刃が止まりましたよ」

「強引に切ればいい。フンッ!」

「見苦しいのぅ…血が沢山出ておるではないか」

「関節に刃を入れねば駄目なのではないですか?」

「うるさい。切れればいいのだ切れれば」

「「…」」



三人は結局一日がかりで鹿を解体し終えた

一日の労働でクタクタになったが、その分夕餉の期待に胸を膨らませた三人はいそいそと囲炉裏前に集まった

「では、頂くとしようか!」

「「いただきます」」

囲炉裏の火で焼いた鹿肉は疲れた体に染み入る美味さだった

例え塩も振らない素焼きであったとしても、まともに食い物を食うのは二日ぶりだ

たちまち鹿肉を一頭の半分ほど平らげた三人は人心地ついた


「殿、どちらへ?」

「喉が渇いた」

勘三郎が鹿のスネ肉片手に出入り口の方へ歩いていく

戸に手を掛けようとしたその瞬間、戸がひとりでに開いた


ガラッ

「きゃぁぁーーーーーーーーー」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

二十歳頃の娘が悲鳴を上げてへたり込む

勘三郎は大きく尻もちをついてひっくり返っていた


能見山と真野が素早く主君の方へ動いた

「殿!なんともったいない!鹿肉を落としてしまったではありませんか!」

能見山がスネ肉を拾う

「娘さん。大丈夫ですか?ここの住民の方ですか?ここがどこかわかりますか?」

真野が娘を介抱する

「お主ら…ちっとは主君の身を心配せんかぁぁぁぁ!」

「「殿は大丈夫でしょう」」



娘がひきつった顔をして見ていたが、はっと気づくと急いで逃げ去った

「ああ…行ってしまいました…」

「元の住人であろうか。しかし若い娘が一人でこんな山奥へのぅ…」

「殿よりは年上に見えましたな…」

「…」




逃げ去った若い娘

武田忍びの鈴は木陰に隠れて様子を伺いながら心の中で舌打ちしていた


(ここの隠れ家に落ち武者が居付くなんて)


巧妙に廃屋に偽装しておいたが、床板をめくれば地下室があり、食料や各種の薬・道具類などが隠してある

京での情報収集の拠点にしている宿だった

ここの拠点は鈴が独自に整備したもので他の仲間は知らないはずだ

つまり応援が来る見込もない


(しばし見張るか…)


できればここで騒ぐのは控えたかった

隠れ家が他の誰かに見つかればまた新たに拠点を作らなければならない

面倒だった


(幸い蓄えているものには気づいていないようだし…)

少し考えた後鈴は闇の中に身を潜めた




-翌日-



勘三郎たち三人は、この廃村が鹿の縄張りになっていると当たりをつけ、周辺の痕跡を探した

首尾よく足跡と糞の跡を見つけて追跡し、鹿の水飲み場になっているであろう地点を探し当てた


「ぬふふふふ ここで待てば鹿がやって来るじゃろう」

「あ、どんぐり」

真野がしゃがみ込んで拾った

「回して遊ぶか?童の頃はよく遊んだものよのぅ」

「どんぐりは食べられるのですよ?私は童の頃によく食べました」

「真か?」

「ええ、米ほどおいしくはないですが」

「この際贅沢は言えん。六角様が再び起たれる時まで我らはここで雌伏せねばならんのだ。真野はどんぐりを拾い集めよ」

「はいな」

真野が離れて拠点に向かって歩き出す


「拙者も拾い集めましょうか?」

「仕留めた鹿を一人で運べと言うのか?」

「…」



しかし、その日鹿は現れなかった…



「今日の収穫はどんぐりが一抱えか…まあ食べてみるか」

「一回茹でてアクを抜けば食べられますよ」

「どれどれ(モグモグ)………ふむ………」

「まずいですな」

「能見山!滅多なことを申すでない!食べられるだけ有難いと思おうではないか」

「まあ、こんなものです。鹿肉の残りも焼きましょう」


今日は狩れなかったので鹿肉は四分の一頭残した

今更ながら食料は貴重だ

勘三郎たちは知らないが、床下には一石ほどの米が埋まっているのだが…



(まだ出ていかない…)

鈴は隣の廃屋で見張りながら焼いた鹿肉を頬張っていた

昼のうちに失敬しておいたのか


三人と一人の奇妙な共同生活が始まっていた



-その翌日-



勘三郎と能見山は夜明け前から鹿を狙いに行った

真野はどんぐりと食べられる野草を採集していた

真野の家は貧しく、食べるものが少なかった

そのせいで『食べられる物』に関する知識は三人の中で一番豊富だった


勘三郎と能見山はなんと今日は2頭の鹿を仕留めて帰ってきた

「数日は食料に困りませんね」

真野は上機嫌だった

正直、小舟木郷に居る時より食糧事情が豊かだったからだ



「もうすぐ冬が来る。明日は狩りに出ず肉を干して保存用にするかの」

「(殿にしては珍しく)良き御思案ですな」

「そうじゃろうそうじゃろう。わっはっはっはっは」



(まだ出ていかない…ていうか居付く気?)

鈴は炒ったどんぐりをつまみながら鹿の薄切り肉を堪能していた



-さらにその翌日-



勘三郎は鹿の解体

真野は採集

そして能見山は矢を作っていた

今のところは観音寺城を落ちる時に持っていた矢が残っているが、折れたりすれば補充が効かない

矢竹を切り出して陰干しし、乾燥させてから矢じりを付けていく

羽根は再利用できた

戦場と違い、逸れた矢を回収する暇は十分にあった



狩猟担当…勘三郎

採集担当…真野

工作担当…能見山


奇跡のバランスで狩猟採集生活を成り立たせていた



(……………モグモグ)

つまみ食い担当…鈴



-さらにさらにその翌日-



(今日で五日目…もう我慢も限界…)


「ちょっとあんたたち!」

「「!?」」

勘三郎と能見山が突然の声に驚いて振り返った


能見山は解体した鹿皮をなめして床具を作り

勘三郎は薄切りにした鹿肉を莚を出して干していた


「何奴!?…この前の娘ではないか」

()()はあたしん()なの!いつまで居付く気!?」

「そ…そうなのか…しかし我らは織田に追われておる身。もうしばしここに逗留させてはもらえまいか?」

「まあ、いいけど…(害はなさそうだし)」


「ところであなたは何やってるの?」

鈴が勘三郎を指さして訪ねる

「鹿肉を干しておるのだが…?」

「そうね、切った()()の鹿肉を()()干してる()()に見えるけど?」

「…違うのか?(ほしいい)はそれで出来るであろう」

「ああ、もう…」

鈴は指を眉間にあててうつむいた


「ちょっと待ってなさい!」

「?」



しばらくして鈴が塩水を持ってきた

「これに半刻(一時間)ほど漬け込んでから干すのよ!そうしないと腐るの!」

「なんと!よく知っておるな!」

「逆になんで知らないことをやろうと思ったのよ」

「為せば成るという言葉を知らんのか」

勘三郎が胸を張った

「………はぁ」

深くため息をついた鈴は、勘三郎と一緒に干し肉作りに取り掛かった

囲炉裏の上に肉を干し、続いて燻製も作った

冬ごもりの準備が着々とすすんでいくのだった



つまみ食い担当改め保存食担当…鈴



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― 新着の感想 ―
[良い点] >為せば成るという言葉を知らんのか  ぷふー。そりゃないや。思わず笑ってしまいました。アメリカの爆撃機に竹槍投げるとか言い出す日本人ここにありとか思ってしまいました。  いままでこのお…
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