第1話 殿、我らは落ち武者でござる
拙稿『近江の轍』に登場させられなかった設定やキャラを活用(再利用?)してアナザーストーリー的に書いていきます
たまに轍にも登場するキャラが居たり居なかったりします
別作品として単体でも楽しんでいただけるようにがんばります
改めて
この作品はフィクションであり、登場する人物・団体等の名称は実在のものとは一切関係ございません
1568年(永禄11年)9月 近江国蒲生郡観音寺城
【織田勢 愛知川対岸に布陣】
報せを受けた小舟木勘三郎能隆は六角氏の召集に応じ、父・玄番能吉と共に蒲生郡小舟木郷より馳せ参じていた
勘三郎十五歳 初陣だった
従えるのは小舟木郷の兵五十
その兵は父が率いて箕作城に籠っていた
勘三郎は側近の二人と共に観音寺城の弓隊の一人として配置されている
勘三郎は近郷では音に聞こえた弓の上手で、槍・刀の扱いも人並み以上だった
(織田はまた明日攻めてくるじゃろう)
そう思いながら勘三郎が観音寺城内に腰を下ろした時、遠くで争う音と鬨の声が聞こえた
「夜襲だ!箕作城に織田勢が夜襲を掛けてきたぞ!」
「こちらも夜襲があるかもしれん!皆夜襲に備えよ!」
俄かに辺りが騒がしくなった
(夜襲などと本気か?今日一日戦ったばかりではないか)
そう思ったが、現に箕作城の方から火の手が上がっていた
織田はよほどに元気者の集まりらしい
慌てて勘三郎も配置に付いた
だが、その夜観音寺城には夜襲はなかった
一晩明けると箕作城は落城
和田山城も開城し、守り切れぬと悟った六角義治は観音寺城を脱出する
勘三郎も義治に従って城を落ちる
…
…
…
はずだった
「ここはどこじゃ?」
「守山宿ですな」
「何故こうなったのじゃ?」
「殿が行先も確認せずに突っ走るからです」
「…六角様は?」
「わかりませぬな」
勘三郎は盛大にため息を付いて腰を下ろした
中山道の守山宿
その近くの土手だった
そう
箕作城に籠る父や小舟木郷の者たちを心配しつつ、六角義治に従って城を脱出した勘三郎主従だが、義治の行先を知らず落ちた方へそのまままっすぐ歩き、翌日に守山宿へ到達していた
従う者は側近の二人
能見山新太郎景幸
真野太兵衛正伸
能見山は十歳上の二十五歳
真野は一歳下の十四歳
二人とも小舟木郷の出身だった
「ともかく、六角様の行先を知らねばどうにもならん。能見山、ちと守山宿の者に行先を知らぬか聞いて参れ」
「嫌ですよ。殿が行かれればいいでしょう」
「はぐれて迷ったなどと恥ずかしくて言えぬではないか。能見山が聞いて参れ」
「い・や・で・す!殿がご自分で聞かれればよろしい」
「…」
「…」
「能見山ぁぁぁぁ!!そこに直れぇぇぇぇぇぇ!!」
「誰が迷ったと思っているのですかぁぁぁぁ!ご自分の尻はご自分で拭かれるのが筋でございましょぉぉぉぉ!」
いつもの事だが口調以外はとても主従と思えない口喧嘩に、真野は顔を手で覆った
「二人ともやめてください。今は争っている場合では…」
言いかけて真野が言葉を失くす
勘三郎と能見山が不審に思って真野の見ている方に顔を向けると、織田の木瓜旗を背に差した足軽たちが次々と中山道を下ってくるところだった
「「「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
三人は織田勢と反対方向に走っていった
「はぁっ はぁっ はぁっ」
三人で呼吸を整える
「ここは…ぜはっ どこ…ぜはっ じゃ…こひゅっ」
「瀬田…ぜはっ 川…ぜぃ を…ぜぃ 越え…こひゅっ た…うぉえ」
「落ち…はぁ つい…はぁ て…はぁ」
ようやく呼吸を整えると三人は状況を確認した
「ここはどこじゃ?」
「瀬田川を越えたところまでは覚えていますが…」
「何故こうなったのじゃ?」
「織田の追手がかかったのです」
「…六角様は?」
「わかるわけないでしょう」
三人が居るのは瀬田川の対岸
現在の大津あたりだった
もちろん、織田の追手などではない
彼らはたまたま織田の上洛ルートに沿って逃げていただけのことだ
そして疲れを抱えて野宿をした翌日
三人は船で琵琶湖を渡る織田軍を目にした
「「「のぉぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
三人は再び全力で走った
今回は北に進路を取ったため、『織田の追撃』に遭わずにすんだ
しかし、山中へ逃れたため完全に方角を見失っていた
「ここはどこじゃ?」
「わかりません」
「何故こうなったのじゃ?」
「わかりません」
「…六角様は?」
「わ・か・り・ま・せ・ん!」
三人が逃げ延びたのは比良山系の山中 現在の南比良の辺りだった
山道をもう少し北へ行けば朽木谷
湖岸に下りて北に向かえば高島郡
そのあたりだった
「あ!二人とも見て下さい!家がありますよ!ここがどこか聞いてみましょう」
山を一つ越えて沢の方へ下ると、途中で少し開けた土地に家があった
マタギか木地師の集落だろうか、家が五軒ほど建っている
少し朽ちていて、板葺きの屋根の上に草が生えているのが気になったが…
「ごめんください」
真野が訪いを入れるが返事がない
開けてみると無人だった
「どうやら打ち捨てられた集落跡のようですな」
「住民はすでにどこぞへ引っ越した後じゃろう」
「まあ、雨露をしのげます。少しの間織田の追撃から身を隠させてもらいましょう」
三人はうちの一軒に入ると腰を落ち着けた
有難いことに囲炉裏があったので、火を起こすことにした
家の周辺の木の下から着火剤となる枯葉と柴木を調達する
火打石を打ち合わせて火を起こした
「ぶほっ ぶほっ ぶほっ 能見山。生木を混ぜおったな」
「げほっ げほっ げほっ そうそう都合よく枯柴があるものですか」
「げほほっ げほほっ まあまあ、とりあえずこれで湯が沸かせます」
木は乾燥させずに燃やすと煙がスゴイのだ
民家の跡なので鍋釜の類はなんとか見つけた
集落跡には生活用の川も流れている
器は竹藪があったので竹を切って洗い、簡易の椀と箸とした
うん。なんとか生きていく設備は整ったようだ
「それぞれ腰兵糧はあと何日分残っておるか?」
「皆同じく残り三日分でしょうよ」
「まあ、一緒に行動してますしねぇ」
「兵糧を食い尽くせば、あとは芋茎くらいだのぅ…」
足軽が腰に巻いている縄は、軍事行動中には縄として使い、いざという時は非常食になった
縄の正体はサトイモやハスイモの茎だ
茎の皮を剥がし、茹でた後水にさらしてアクを抜く
その後味噌や塩などでゆでて味付けをし、十分に出汁を吸ったところで干して乾燥させる
その茎を結って縄にして腰に巻くのだ
必要分だけ切り取って茹でれば、出汁が出てずいきのスープの出来上がり
しかしこのずいき、酢味噌などで味付けしなければそんなに美味いものではない
何はともあれ、まずは食料調達だ!
落ち武者三人の運命やいかに
小舟木一統は生き延びる事ができるのか!?
戦国(?)サバイバルの始まりだ!