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武装特別警察部隊の少女達  作者: 仮名
第3話 1949年 初夏
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夜には気をつけろ③


【目次】


1.集会

2.待つより他はなく

3.潜入戦

1.集会


 ダウンタウンに佇む超高級ホテル。煌びやかな街の中でも一際目を引くその建物の最上階の一室では今、故人を悼むための集会が、しめやかに執り行われていた。


  優に100人は入れるであろう、広大な部屋の中央にわずか5、6人程の参加者は固まり、今まさに、故人の為に誓いを新たにせんとしているところであった。


  純金とクリスタルガラス,虹のように七色に輝く宝石を散りばめたシャンデリアが、彼らの顔に柔らかな光を投げ掛け、机上の磨き上げられた食器と、その下に敷かれた純白のテーブルクロスが、厳かで清謐な輝きを放っていた。


  椅子の音を立てるのも憚られる程の、張り詰めた緊張感が、参加者達の間に満ち溢れていた。


  コの字型に着席した参加者達の中央から、1人の男が立ち上がり、口を開いた。

「本日は、ご多用中、お集まり頂き、真に感謝申し上げる」


 男はさらに続けた。


「勇敢なる戦士デイビット。その勇敢な犠牲によって、此度の作戦は完遂された。その鋼鉄の意思と、断固たる行動は、まさに我々の模範であり、語り継がれるべき偉大な功績である」


 男はそこで一度言葉をくぎり、参加者達を見渡した。


「今宵は母上殿も参られている」


 テーブルの一番端から、瀟洒な周囲の参加者とは不釣合いな、汚い茶色のドレスにボサボサ髪の痩せこけた女が立ち上がり、口を開いた。


「今日はこのような会を開いていただきまして、ありがとうございます。立派に戦士としての役割を果たすことができて、デイビットも満足していることでしょう」


 母上、と紹介された女は、土気色の顔を上気させて言った。


「弱虫でのろまで、皆様の足を引っ張ってばかりいたデイビットが、このような形で、皆様の今までの恩義に報いることができるなんて、本当に夢にも思わなかったことで・・・」


 目に涙が溢れた。


「本当に、・・と申し上げてよいのやら・・・とても・・・ばに・・ず」


 泣き崩れ、言葉が続かなくなってしまった女を見かねたのか、その隣に座っていた別の女がすっと立ち上がり、肩を抱いて何事か囁いた。


「すみません」


 女が泣き止み,次の言葉を発せるようになるまで,1分ほどかかった。


「娘のクレアです」


 クレアと紹介された若い女は、母親の手に掛けていた手を離し、如才なく参加者たちに挨拶した。


 母親そっくりの生気のない顔だが、こちらのほうが大分上背がある。


 小顔にもかかわらず鰓の張った顎,妙に細長い手足が蜘蛛を思わせた。


「乾杯としよう。申し訳ないが、どなたか、手伝いを。今日は,部外者は遠慮していただいているのでね」


「クレア聞こえないの?早くしなさいよ。あいかわらずぐずなんだから」


 先ほどの母親と呼ばれた女が、別人のような口調でぴしゃりと言った。


 クレアはゆらりと立ち上がると、滑るように参加者たちの間を回り、ワインを注いでいった。


「それでは」


 男が立ち上がり、グラスを掲げた。


「デイビットに」


「デイビットに」


 参加者達が唱和した。


 たった今デイビットの体内から採取した血液のように、赤黒く、粘つくワインが、彼らの内臓に染み渡っていった。


2.待つより他はなく


 クリス・ハーディングが病院を退院し、通常訓練に復帰したのは、チャーリー・テイラーが彼女の病室を訪れてから、さらに2週間ほど経った後だった。


 本人曰く,能力者には驚異的な回復力があり,リハビリすら経ることなく既に日常生活にはほとんど支障のない程度まで回復したから、とのことだった。


 事実は,医者はもう少し入院して、きちんとリハビリをした方がいいと強く勧めたが、体が鈍るのを嫌った彼女が、動かしているうちに良くなるからと言い張り、最後は医者をも根負けさせ、強引に予定を繰り上げて退院してきたのだった。


 今日も復帰初日ではあったが、気合十分で、他の隊員と全く同じ内容の訓練をこなし、その上成績では他の隊員を圧倒した。


 早朝から続いた午前中の訓練がようやく終わると,チャーリーは練兵場の端に座って休憩していた彼女に話かけた。


「元気そうですね」


「悪くない感触だ」


 おや、とチャーリーは思った。珍しい返事のしかただ。てっきりうるさそうにすると思ったのに。


 よほど機嫌がいいのかもしれない。


 汗で額にへばりつく髪をかき上げながら,水筒の水を飲む横顔も,どこか満足そうだ。


 チャーリーは彼女の横に並んで座った。

 広い練兵場には,もう彼女たち2人以外には誰の姿も見えない。


 真っ白な日差しと,ゆらめく陽炎を見つめていると,まるで時間が止まった世界に2人きりでいるように感じられた。


 チャーリーの気持ちは穏やかだった。


 いつまでもこの時間が続いてほしいとさえ思った。


「それで,何か情報は」


「何もないですね」


 件の子供の1件から既に1か月近くが経過しているが,彼女達のもとには何の情報もない。

 もともと,事実がどうであっても,末端に過ぎない彼女たちは誰かの決定に従うしかない立場にはあるのだが,それでも何の知らせもないのは不安になる。


 不安というよりも,むしろ焦りというべきか。


 口に出して言いこそしないが,あの時,あの場であの子供を取り押さえていれば,という後悔がお互いの中にあることを2人は知っている。


 見え透いた罠にかかりさえしなければ,今頃,あの子供を逮捕し,尋問して,それを足掛かりにもっと大物の黒幕にまでたどりつけたかもしれない。


 油断したために、チャンスを、みすみす手放した。


 誰も言わないだけで,おそらく周囲の人々もそう思っていることだろう。

 

 明らかに2人のミスであり,失態なのである。


 だから自分が怪我をしたことなど,全く同情されるようなことではないとクリスは思う。


 勝手にしくじり,勝手に怪我をしただけ。


 重度の火傷を負った左手は,まだかなり痺れが残っており,完全に治っていないことを知っていても強引に退院してきた理由の一つもそこにあった。


 とはいえ,現状の彼女達にはどうする術もない。


「待つしかないです」


 クリスは何も答えなかった。そんなことはわかりきっていることだった。


 ただ,胸にこみ上げる焦りは消しようがない。


「待つしか・・・」


 チャーリーは繰り返した。


 うだるような気温の中での午後の訓練もあいまって,その日も長い1日が過ぎていった。


3.潜入戦


 その日から1週間程した日の夜遅く,私用を終えたチャーリーが宿舎の自室に戻ろうとすると,廊下の向こうからエリカ・スズキがゆっくりと歩いてくるのが見えた。


 特になにか用事があって外出していたようには見えない。本当に,ただ出歩いているだけのように見えた。

 チャーリーはため息をついた。


 彼女の主な仕事は敵が使った術式の解読や魔術的装置の分析だから,何か事件が起こらないと仕事がないのかもしれないが,それでもやたら暇そうにしている。


 (そもそもあれだけいろいろ起きて,それなりに仕事あるはずだよね?技官の仕事ってそんなに簡単に終わるものなの?)


 とチャーリーは最近,素朴に疑問に思う。


 チャーリーが考え込んでいる間に,エリカは這うようなゆっくりとした歩き方で,いつの間にか彼女の目の前まで来ていた。


「こんな時間に用事?」


「…別に」


 チャーリーとしては精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、エリカはあっさりとそう答えると、チャーリーの方を一瞥もせず、滑る様に横をすり抜けて行った。


 チャーリーはため息をついて、再び自室に戻ろうとした。


「…あ!」


 突然、エリカが叫び、チャーリーの方を振り返った。


「…何?」


「…さっき長官が呼んでた」


 チャーリーはかくっと膝の力が抜けるような感覚に襲われた。


「何ですぐに言ってくれないの」

「…」


「私がそのまま部屋に帰ってたらどうする気?」


「…」


「いいけどさ」


「…まだ続きが…」


「だから何なの」


「…今すぐ来い。クリスと一緒に」


「もー!」


 チャーリーはたった今来た廊下を引き返して、走って行った。

 エリカは、束の間、その背中を見つめていたが、すぐにすっと暗闇に溶け込むように姿を消した。


 十数分後、クリスとチャーリーは、ランプが寂しげに揺れるオフィスにいた。


 デスクの前に直立した2人に向かって、長官は、子供の写真1枚がクリップで留められた、報告書らしき3、4枚綴りの紙を放り投げるようによこした。


「そいつの名前はデイビット・カーター。住所は事件現場からは大分離れてはいるが、事件の直後から行方不明になっている。」


 2人はその写真をじっと見た。


 似ているような気もするが、あの子供かどうかははっきりしない。そもそもあいつの顔を、そんなにきちんと記憶していないことに気がついた。


「そいつの母親が容疑者として浮上した。逮捕しろ。お前たちで行け」


 有無を言わせない口調だった。


 どこからとか、どうやってとか、様々腑に落ちない点はあったが、彼女たちの立場でそれを言っても仕方がなかった。


 それよりも何よりも、これで漸く、事態が打開できるかもしれない。それも、自分たちの手で、だ。


 不安や疑問よりも、期待感の方が大きかった。


「行きます!」


 2人は二つ返事で答えた。


「1時間で用意しろ」


 その日の深夜、町外れの古びたアパートの前に、1台のトラックに偽装した軍用車が、音もなく停車した。中から、5、6人の人間が、ばらばらと降りてきた。


「いいか。私とエリカが中に入る。お前らは建物の周りを固めろ。逃がしたりしないようにな」


 チャーリーは頷いて、駆け出して行った。そのあとを、出遅れた残りの連中が、大して俊敏でもない動きで慌てて追っていく。


 クリスは、ため息をついた。


 (あれじゃ、いざというときに役に立ちそうもないな)と思った。

 あれでもまだましな方だと思うと、心底がっかりだったが、仕方がない。今いる人間だけで何とかするしかない。


「行くぞ」


 気持ちを切り替えて、建物の入り口に向かった。

 

 報告書によると、容疑者の名前はアリシアと言い、家はその建物の5階にあるらしかった。


 父親はおらず、母親と息子、成人の娘の3人暮らしで、息子だけでなく娘も、事件の少し後から行方不明になっているらしい。


 魔力を遮断する呪布を被り、ゆっくりと、汚い染みだらけの階段を上っていった。


 どこにトラップが仕掛けてあるか分からない階段を、先を行くエリカが、這いつくばる様にして一段一段探索している。


 正直に言って、エリカのことはあまり好きではない。素性のよくわからない、不気味な奴だと思っている。


 だが、こういう場面では、彼女がいてくれて、本当に幸運だとクリスは思う。今被っている呪布も、エリカが用意してくれたものだ。


 ほとんど無限とも言われる魔術的トラップを逐一発見し、解除することは、自分にはとても不可能だからだ。


 緊張感と呪布の蒸し暑さでびっしょり汗をかいたが、幸いトラップに遭遇することはなく、2時間近くかけてようやく目的の部屋の前にたどりついた。


 エリカが赤錆だらけの部屋のドアを調べ、安全を確認した上で、ゆっくりと銀のドアノブを回した。


 鍵はかかっていなかったようで、静まりかえった、消えかけの蛍光灯だけの薄暗い廊下にかちゃりと微かな音が響き、ドアがゆっくりと開いた。


 クリスは、あらかじめ剣を抜いておけないのが歯がゆかった。もし、何かトラップがあり、それに引っかかりでもしたら大変だからである。


(だが、準備をしておくぐらいは良いのではないか)


 そっと、剣の柄に手だけを置いた、その瞬間、


「まだ抜かないでね」


 エリカが背中を向けたまま、唐突に言った。


「分かってる」


 たまたまだとは思うが、絶妙なタイミングだった。

 

 こういう妙に察しのいいところも、まるで心の中を読まれているようで、クリスが、エリカを薄気味悪いと思ってしまう原因のひとつだった。


 エリカはゆっくりと部屋の中に入ろうとして、ふと、持ち上げた片足をそのまま空中で静止させた。

 

 ドアと玄関の境目辺りの床をじっと見つめている。


「どうした」


「…」


「何かあるのか?」


 エリカは頷いて、視線の先の床を指差した。

 クリスの目には何も見えない。


「何も見えないぞ」


 エリカはその場にしゃがみ込み、何やら聞き慣れない呪文を小声で唱え、それから、ポケットから小瓶を取り出し、中の液体を2、3滴垂らした。


 その瞬間、床が青白く光り、今まではなかった水色を帯びた半透明の糸のようなものがそこに出現した。その糸のようなものは、壁の中から出て、玄関の入り口を横切り、また壁の中に消えていた。


 クリスは背筋がぞっとした。


「すごく上手に隠してあった」


 エリカが説明する。


「たぶんだけど、この糸みたいなのは、特別な魔術で作られたもので、普通の物質は通りぬけてしまうように出来ている。だから、魔力のない普通の人が引っ掛かることはない。だけど、魔力を帯びたものは通り抜けられないから、私たちが引っ掛かると、この糸は切れる。そうすると…」


 2人は、糸が伸びている先の壁をじっと見つめた。


「壊すのは危険だし、とても時間がかかる。クリスは私の後ろにぴったりくっついて、はみ出さないで。何も、私が良いと言うまで、絶対に触らないで


 エリカはそう言うと、そっと糸を跨ぎ、真っ暗な部屋の中に吸い込まれるように入って行った。


 文字どおりの魔窟だな、と思いながら、クリスも後に続いた。


 2人は薄暗い廊下を一歩一歩進んで行った。


 玄関からは10メートルおきぐらいに、色々な高さで同じトラップが仕掛けてあり、その度に、跨いだり、潜ったりして回避した。


 かなり時間がかかって、ようやく玄関の突き当たりのリビングにたどりついた。


 家具や小物が、雑然と置かれていた。いくつかの家具にはうっすら埃がつもり、暫く人の手が触れていないようだった。


 リビングは月明かりが差し込み、廊下よりは明るかった。


 エリカが床や家具、置物をチェックし、OKが出たものは、クリスが後で証拠として押収するための印をつけていく。


 小一時間程した時、ふとあるものに目が止まった。


 それは、写真立てにたてられた、1枚の写真だった。


 自宅前らしき家の玄関をバックに、軍服を着た青年と、少年と手を繋いだ女、10代半ばぐらいの少女が写っていた。


 一見、平凡な家族写真に見えたが、興味深かったのは、その青年が着ている軍服だった。


 その軍服には見覚えがあった。


 (やっぱりそうなのか、これは当たりかもしれないな)


 そう思った時、突然、部屋の奥の方で、「カタン」と、小さな音がした。


 クリスはびくっとして、思わず写真立てを床に落としそうになった。


 背筋に冷や汗が流れた。


 エリカは作業に夢中で聞こえなかったのか、せっせと床や家具を調べ続けている。


「何か聞こえなかったか」と、クリスは聞いてみたが、エリカは無言で首を振った。


 部屋の中は、シーンと静まり帰り、自分の心臓の音さえ聞こえて来そうだった。


 クリスは音のした方を見た。

 そちらには、リビングのさらに奥に続く木のドアがあり、音はその奥から聞こえて来たように思った。


 クリスは、とりあえずエリカの側に寄ろうと、彼女の方に移動しようとした、その時、


 さっきと同じ方向から、「ゴットン」と、今度は重い物が床に落ちるような音がした。


 今度は聞こえたのか、エリカがはっと顔を上げた。


 剣を抜いてもいいのか、クリスは一瞬躊躇した。


 結果的に見れば、ここで躊躇したことは、間違いだった。


 次の瞬間、リビング奥のドアがバシャーン!と轟音と共に吹き飛ぶように開き、髪を振り乱した女が、昔映画の中で見た日本刀のような、細長い剣を振りかざしながら飛び出してきた。


 運悪く、エリカはその時、ドアのすぐ近くにいた上に、まだ床に這いつくばるような姿勢のままだったので、反応が遅れた。


 あっと思った時には、既に女の剣はエリカの頭部を正確に捉え、電光のような速度で降り下ろされていた。


 抜く暇もなく、クリスは超人的な反射神経で、剣を抜かないまま鞘ごと女に投げつけた。


 鞘がブーメランのように飛び、頭に振り下ろされる寸前で、女の鼻先を直撃した。


 血飛沫が飛び散り、女は剣を振り下ろした姿勢のまま、後頭部から床に転倒した。剣が手から離れて、部屋の隅に飛んで行った。


「早く来い!」


 エリカを呼び寄せ、自分の体の後ろに入れてガードした。


 戦闘力がまるでない彼女の護衛も、任務の一つであると言い含められている。たとえ命を捨てることになっても、任務に従って、彼女だけは生きて帰さなければならない。


 女は後頭部を床に強打したにも関わらず、全くダメージがない様子で、あっという間に手足をがさごそと気味悪く動かして立ち上がった。


 裏返しにされた虫が起き上がろうと、手足をばたつかせているような醜悪さだった。


 女の前には、クリスが投げつけた剣が、鞘ごと転がっていた。女はそれを拾い上げると、ゆっくりと鞘から引き抜いた。


 魔力の詰まった刀身が、青白い光を放った。


 (何だセーフじゃないか)とクリスは自嘲気味に笑った。


 参ったな。


こちらは丸腰になってしまった。


 予備の剣も持って来ればよかったなと思った。今まで一度も必要になった事などなかったが。


 女は剣を手に持ったまま、一瞬焦点の合っていない目でこちらを見て、それから、


「がああああああああああああああ」


 奇声を上げ、床板を軋ませながら、獣のような俊敏さで、猛然と2人に斬りかかってきた。

 




















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