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夜には気をつけろ④(完)


【目次】


1.攻防戦

2.必死

3.後日談

4.暗躍者

1.攻防戦


女は、一直線に、正確にエリカに攻撃を仕掛けてきた。


剣が、ブンと唸りを上げてエリカの肩口に降り下ろされた。


「離れろ!」


クリスはエリカの体を突き飛ばし、同時に右肘にシールドを展開して女の攻撃を受け止め、追撃を阻止しようとした。


魔力で作られたシールドが青白く光るのとほぼ同時に、女の剣がクリスを捉え、シールドの上から肘を強打した。


腕全体にズンと重い衝撃があり、骨がミシッと鳴る音がした。


「ぐっ…」


戦車砲も弾き返すシールドの上からの攻撃で、これほど衝撃があるとは、信じ難い程の怪力だった。とても普通の人間の力とは思えない。


「があああ!」


獣のような唸り声を上げながら、女の追撃が襲い、シールドの上から左肩を強打した。


打撃の重さと衝撃で、クリスの体がぐらつくや否や、目にも止まらぬ素早さで女の剣が水平に返り、今度は胴を凪ぎ払おうとしてきた。


クリスは必死にシールドで防御した。


剣がシールドを打つと、女はすぐに剣を翻して今度は右肩、さらに左の膝、左の腰と連続して攻撃を仕掛けてきた。


クリスはその度、シールドで防御した。しかし防御する度、女の攻撃はさらに加速し、止まらない。


「ゴッ!、ガキッ!、ガン!、ガツッ!」


左肩、右膝、右肩、さらに左胴と、女が左右に高速で繰り出す連打が、シールドの上からクリスの体を打った。


技も何もなく、ただ滅茶苦茶に振り回しているだけだが、振りの速さと並外れた怪力でぐいぐい押し込んでくる。一撃でもまともに喰らえば、致命傷になることを十分予感させた。


狭く、埃っぽい室内に、2人の吐く荒い息と汗の臭いが充満し、ひたすら攻撃を続ける女と、体勢を崩されながら必死に女の攻撃を受け止めるクリスの影が、窓から射し込む月明かりに明滅した。


防戦一方のクリスはびっしょり汗をかき、いつの間にか壁際に追い詰められていた。


女の打撃が重く、威力があるせいで、シールドで防御すると、体勢が崩れてしまう。しかも攻撃が速く、隙がないのでなかなか反撃に移れない。


シールドの上から繰り返し強打を受けている肩や膝が痺れて、感覚が薄れて来ていた。


魔力にも限界がある。いつまでもシールドで防御することはできない。


どこかで攻勢に転じなければ、いずれ力尽きてしまう。


2.必死


女の剣がまた左肩を襲ってきた。


クリスは左肩にシールドを展開して防御しようとした。


しかし、今度は女の剣は肩には伸びて来なかった。代わりに、肩に向かって降り下ろした剣を、途中でいきなり肘を畳んで斜めに返し、そのまま斜め下から掬い上げるように、右の胴を払いにきた。


今までの攻撃より、さらに迅かった。


剣の軌道が、うねるように変則的な軌道を描きながら向かってきた。


その時クリスは、左肩への真上からの攻撃に対応しようとして、目線が完全に上方向にあった。


胴が伸びきった状態で、突然の軌道修正による下方からの攻撃を追いきれなかった。


ほんの一瞬、対応が遅れた。


次の瞬間、女の剣がついにクリスの体を捉え、刀身が脇腹を直撃した。体が後ろに吹っ飛び、壁に激突して止まった。


「がっ……」


血の霧が口から吹き出した。


強度が不十分とはいえ、ほとんど無意識のうちにシールドを展開して防御できたのは、彼女のセンスと戦闘経験の賜物だった。


それすらもなかったら、恐らく、胴体を真っ二つにされていただろう。


「ぐわがあああああああ!」


女が唸り声を上げて突進してきた。


「ガンガンガンガンガンガンガンガン!!」


何とか致命傷は免れたが、踞ったまま動けないクリスの頭を、肩を、背中を、女の剣が乱打した。


クリスは雨のような乱打に耐えながら、薄れかけてきた意識の中で必死にシールドの強度を維持し、何とか反撃を試みようと考えていた。


何とか剣を、武器を奪い返えさなければならない。このまま打たれているだけでは、決して勝機はないだろう。


左手が万全でない今では勝算は低いかもしれないが、賭けに出るしかない。


意を決した。


女が再び攻撃しようと、剣を振り上げた瞬間、シールドを解除し、女の手に飛び付き、そのまま右手で手首を捻り上げ、剣を払い落とそうとした。


しかし、女は、逆に、クリスの手首を肘ごと強く顔の方に押し返し、剣を手首ごと顔面に衝突させようとしてきた。


クリスは顔面すれすれに迫った剣を、必死で女の方に押し戻した。


揉み合いになった。


攻勢に出ているのは女の方だった。


クリスの方は、相手の攻撃を押し返すので精一杯の上に、左手が十分使えないせいで、なかなか次の攻撃が続かない。


隙を見て足を掛け、バランスを崩そうかと考えていたその時、女の方が先に動いて反撃に転じた。


手首がロックされたままの状態で、空いていた左手でクリスの右手を抱え込み、左足を踏み込んで体を半身に開き、そのまま思い切り右に捻って投げ飛ばした。


「ボキッ!」と骨の折れる音がして、クリスの体が床に転倒した。


「うおおおおおおおお!」


絶叫が漏れた。それでも、感覚のなくなった右手は、執念で女の手首を掴んで放さなかった。


女がまた動いた。


斬りかかって来るのかと思いきや、左足を持ち上げ、クリスの体を力一杯踏みつけた。

女の足がシールドを突き破り、胸を一気に押し潰した。


ボキボキッと骨が砕ける音がして、喉の奥に生暖かい液体が込み上げてきた。


急速に意識が薄れていく。


女が勝ち誇ったように咆哮した。


終わったかな…と、クリスは思った。


女が右手を振りほどき、折れた右腕が床に叩きつけられたが、もはや痛みすら感じなかった。


クリスは覚悟を決めた。

女がまた咆哮した。


さあ…


剣を振り上げるのが見えた。


上手にやってくれよ…


その時、窓ガラスを突き破って、レーザー光線のような、一筋の青く光る光線が飛び込み、そのまま女の右の大腿を撃ち抜いた。


女の悲鳴が上がった。


さらに、2発目の光線が飛び込み、今度は左の膝を撃ち砕いた。


女はよろめき、音を立てて、剣が床に落ちた。


クリスは床に落ちた剣に向かって、必死に這いずった。ほんの数メートルの距離が、異様に遠く感じた。


ようやく剣まで辿り着くと、体ごと覆い被さるようにして拾い上げ、左の脇に挟み込んだ。


両足を撃ち抜かれた女は、なおも肘だけで這いずって来ようとしていた。


クリスは姿勢を仰向けに変え、剣を真上に突き立てた。

女の手に光るものが見えた。


ナイフか?いや、


爪だった。


あいつの爪、さっきまではあんなのだったかな?

とクリスは思った。


女は肘だけでズルズルと這い寄り、クリスに覆い被さる様にして、爪を喉元に突き刺そうとしてきた。


だが、クリスは、女の喉元ががら空きになった瞬間を見逃さなかった。


素早く剣を挟んだ左肘を持ち上げ、切っ先を女の喉元に突き立てた。


しかし、喉元に剣を突き立てられても、女の動きは止まらない。なおも咆哮しながら爪を高速で振り回し、首を切り裂こうとする。クリスは必死に剣で女の体を押し返し、爪を遠ざけようとする。


鋭い爪が額を、頬を、瞼を、深く切り裂いた。


次第に、剣が女の喉元に深く突き刺さるにつれて、女の咆哮は、断末魔の悲鳴に変わっていった。


切っ先が、首の骨に当たったような感触がした。


「ぐおおおおおおおおお!」


女が一際大きく絶叫し、爪を一気に喉元に伸ばしてきた。


「うおおおおおおお!」クリスも残力の全てを振り絞って剣を押し込み、絶叫に絶叫が重なった。


その時、体勢は、クリスの手が女の首の真下にあり、女の爪はクリスの頭の上にあって、首からはやや遠かった。


僅かな距離の差が、勝敗を分けた。


ブシュッ、ザクッ、グチャッ!


女の爪がクリスの首に食い込むのとほぼ同時に、剣が女の首の骨を切断し、首の後ろまで貫通して止まった。


血が滝のように流れ落ち、クリスの顔や上半身を真っ赤に染めた。


女の爪は、クリスの首筋に突き刺さっていた。あともう一押しあれば、頸動脈を切断されていただろう。


クリスは剣から手を放した。


女の体が、どさりと床の上に崩れ落ちた。怒りの籠った獣の目は、死んでなお殺気を保ち、クリスの方を睨み続けていた。


息を吐いた。


全ての力を使い果たした。


じわじわと、出血は増していた。


急に吐き気がして、吐こうとすると、口から真っ赤な血が、どっと吐き出された。


もはや、自分の姿勢すらも分からない。背中は床についているはずなのに、全く感覚がなかった。


天井が、周囲の景色が、ゆっくりと回転していた。


エリカ・スズキが、真上から自分のことを覗き込んでいることに気がついた。


いったい、いつから彼女はそこにいたのか。


「…今までどこにいたんだよ…」


エリカの大きな目が、じっとクリスを見つめている。


「はは…さすがに……少々………薄情…過…よ……お嬢さん(ヂェヴィーシカ)


そう言うのが精一杯だった。ゆっくりと、クリスの意識を、暗闇が飲み込んでいった。



3.後日談


 チャーリーの元に、意識不明だったクリスが意識を取り戻したとの知らせが届いたのは、それから5日後のことだった。


 さらにそれから10日後、チャーリーは、こういうのをデジャヴと言うのだろうか、と思いながら、彼女の病室を訪れた。


 右腕、肋骨、骨盤を骨折、さらに脾臓損傷の重傷を負い、出血多量で瀕死の状態から生還したばかりの彼女は、さすがに今回は元気がなく、切り傷だらけの顔を包帯でぐるぐる巻きにしてベッドに横たわっていた。


「元気そう……ではないですよね」


 まだ喋ることの許可が出ないクリスは、包帯の隙間から、チャーリーを睨み付けた。


チャーリーは苦笑した。


「怒らないでください。いくつか面白い話を持ってきましたから」


 クリスは、チャーリーを見た。目で、「早く話せ」と言っている。


「ええと、まずは一つめですけどね…」


「あの女は、アリシア・カーターで間違いないです。近所の人間に写真を見せて確認を取りました」


 クリスの目が続きを促した。


「部屋からリストも押収しました。間違いなく、解放戦線のメンバーだと思われます。彼女の部屋に、それらしき男が出入りしていたとの情報も掴みました。動機はやはり、父親の復讐のようですね」


 やっぱりな、とクリスが目だけで言った。


「それと、娘のクレアの死体も見つかったそうです。何でも、生きたまま脳を抉られて死んだんじゃないかとかで、かなり凄惨な死体だったらしいです。で、ここからが面白いんですけども」


チャーリーは話したくて仕方がないようだ。


「検死によると、クレアの死体は、死んでから1か月以上は経っているらしいんですけども、近所の人間の中にね、私達が踏み込む2、3日前に、あの建物にクレアが入っていくのを見たって人間がいて。それで、幽霊じゃないかってちょっとした騒ぎになってるらしいんですよ」


クリスは、心底下らないという目でチャーリーを見た。


「あれ、そうですか。面白いと思うんだけどなぁ。それじゃ、次で最後にしますね」

チャーリーは、急に真面目な顔になると、クリスの耳元に口を近づけて言った。


「まだ口外はするなと言われてるんですが……死体が消えました」


「消えた?」話すのは禁止されているにも関わらずクリスは思わず声を漏らしてしまった。


「死体に、いろいろ気になる所があるとかで、解剖するために統科研(統合科学研究所)の連中が来て、確かに私の目の前で運ばれたんですが、その後、そんな死体は運び込まれていないという話になって…」


「運び込まれていないって……」


「それだけじゃないんです。そもそもその日、死体の回収のために統科研の職員が出動した記録はないと」


「そんなバカな……じゃあ、回収しに来た連中は、一体誰なんだ?」


「確かに統科研の制服に、統科研の車両だったんですが、正直、何がどうなってるのか…」


2人は顔を見合わせた。


声に出さなくても、互いの考えは一致していた。


何かが、自分たちの知らない所で企てられ、そして、密かに進行しているのではないか。

でも、何が?誰によって?


「……とりあえず、また何か分かったら、報告に来ます……今日の面会は、10分しか許されてないので……」


 それではと言って、チャーリーはクリスに背を向け、帰ろうとしたが、突然振り向いて言った。


「あ、私の狙撃、どうでした?やったのは久々だったんですけどね。エリカが足なら大丈夫だからやれって言って来たんで」


 (見事な腕だったよ)とクリスは思った。


 あれがなかったら、間違いなく助からなかっただろう。だが、なぜかそれを素直に言いたくなかった。


「まあ、たまには役に立ってもらわないとな…」


 チャーリーはそれを聞いて、笑いを堪えるのに必死だった。


 エリカ・スズキは、病室のドア脇の壁にぴったり背中をつけ、二人の会話を聞いていたが、チャーリーが病室から出てくる気配を感じると、さっと上着の裾を翻し、くるりと一回転して姿を消した。


4.暗躍者


 その日の真夜中、ゴミの散乱するスラム街の路地裏を、一人の女が歩いていた。


 女の名は、サマンサ・ロックハート。


 その辺りは、スラム街の中でも指折りの治安の悪い地域で、怪しげな連中の中でも好き好んで近づく者は少ない。


 だが、彼女はまるで周囲を気にする様子もなく、のんびりと歩いていた。


 突如、突風が舞い上がり、真っ黒な影が彼女の背後に現れた。


 人の形はしているが、顔も、体もー月明かりに照らされているにも関わらずー真っ黒で何も判別できない。

 その真っ黒な影は、低い声で彼女に話しかけた。


「アリシアはしくじったらしいな」


「試作品ではあの程度でしょう。善戦した方かと」


「だが、ハーディングを仕留め損ねた」


「内容では圧倒していました。途中で邪魔が入らなければ確実に勝っていた。むしろ、彼女をあそこまで追い詰めたのは、十分な成果かと」


ロックハートは、後ろを振り返りもせず話した。


「次はどうする」


「もちろん、用意してあります。今度は、本物の能力者がベースです。アリシアとは訳が違う」


「期待しないでおこう」


「ありがたきお言葉」


「忘れるな、我々の目的は」


「もちろん、自由のために」


 また突風が吹き抜け、影は掻き消す様に消えた。


 ロックハートは満足げな微笑を浮かべた。


 順調順調。


 今夜はよく眠れそうだと思った。


 いつの間にか空の端からじわじわと湧き出た黒雲が、徐々に月を覆い隠し、歩く彼女の行く先も、その背中も、何もかもを真っ黒に染め上げていった。






















































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