淑女の塔②
「いい事」が起こりそうな予感よりも、「良くない事」が起こりそうな予感の方が、当たったりするものだ。
チャーリー・テイラー
【目次】
1.潜入
2.待ち伏せ
3.奇襲戦
4.再合
【前回までのあらすじ】
長年隊内でうだつが上がらず、腕も人望もなくくすぶっているケリーは、一旗揚げるべく、最近跋扈し始めた盗賊一味の討伐を目論む。
一方で、彼女の旧知の知り合いのサーシャは、偶然彼女に弱味を握られたことから、半ば強引に彼女の計画に参加させられることになった。
1.潜入
2人を乗せた車が、暗闇の中を走っていた。
ハンドルを握っているのはサーシャだった。ケリーはその隣で、大きな鼾をかいて眠っていた。
車は、米軍の払い下げ品のMKジープだった。
サーシャは免許を取る金など持っていなかったが、彼女は家計を助けるため、幼いころから電気工事士の助手をしたり、トラックの整備工場で下働きをしていた。
工場では、時折、整備が終わったトラックの試験運転に付き合ったりすることもあった。運転も、その時に、見よう見まねで覚えたものだった。
今運転している車は、その時分のサーシャの兄貴分を、ケリーが金で説き伏せて手に入れたものであった。
「初めての共同作業だ」
と、ケリーは笑った。
「やはり私たちは、馬が合うな」
(それにしても、「淑女の塔」とは、また気味の悪い場所に住んでるな)
最初に聞かされた時は、(そんな遠いところまで行くのか)と絶句したものである。
ぼんやり思考の海を漂っているサーシャの意識を現実に引き戻すように、車体が不意に大きくバウンドし、また地面に落ちて大きな音を立てた。
本来であれば、目立たぬよう隠密に行動すべきであるが、闇夜と酷い悪路のせいで、それどころではない。
転覆しないよう、運転することが精いっぱいであった。
ライトを灯さずに済むのは、多少魔力持ちであるゆえんであるが、できることはそれぐらいである。
じっとりとした夜の湿気の中に、徐々に生臭い潮の臭いが混じっていき、やがて、目の前に黒々とした塔が現れた。
車は、塔から少し離れた場所の、岩陰に停まった。
ケリーは、まだ眠っていたので、サーシャは、その肩を揺すって彼女を起こした。
「んあ・・・」
ケリーは生あくびをした。
「ついたか」
「つきましたよ」
「よし、行くぞ」
ケリーは、寝ぼけまなこのまま、銃弾の跡が残ったままのドアを乱暴に開けると、一目散に塔を目指した。剣を座席に置き忘れていた。つまり今の彼女は、全く丸腰である。
その後ろから、サーシャは、2人分の剣を抱えて、慌ててついて言った。
(こういう人だからな)
と、彼女は自分を納得させた。
塔の正面玄関は、鎖といくつもの錠前で厳重に封鎖されていた。
突破するには、相当の時間がかかりそうだった。
「こっちだ」
ケリーはそういうと、塔の横に回り込み、壁のある個所を手で押した。すると、壁の一部がくるりと裏返り、人が一人通れるだけの穴が現れた。
サーシャは、思わず呆れてしまった。
(何の仕事してる人だよ)
2人、埃まみれになりながら体の幅ぎりぎりの狭い穴を潜ると、そこは玄関ホールのような場所だった。
「広いな」
ケリーが呟いた。
想像以上に広い。
正面には、奥の方にずっと続く廊下があった。廊下の先は、暗くてよく見えない。
右手には、上の階へと続く階段。
左右の壁には、部屋につながっているのか、いくつかのドアが見えた。
「これだけ広いと、2人同じところで動いても埒があかん。私は上の方を調べるから、君は別の場所を調べてくれ」
そういい残すと、ケリーはさっさと階段を上り始めた。
待ってください、と言ったが、ケリーには聞こえないようだった。
直ぐにその背中が階段の上の方で小さくなり、サーシャは、あっというまにその場に取り残されてしまった。
文句を言いかけたその時、サーシャは、不意に、背中にそくりとした視線を感じた。
慌てて周りを見渡してみたが、もちろん誰もいなかった。
サーシャは泣きたくなる気持ちで、ここに来たことを改めて深く後悔した。
とにかくそれ以上その場所にいたくなかった。
その場から離れたかったので、慌てて、廊下の奥の方に駆けていった。
2.待ち伏せ
時をしばらく戻して、二人が塔に接近しているとき、塔の上の方から、その様子を見はっている者があった。
ケリーの見立てどおり、この不気味な塔を根城にしている強盗団の一味、その見張りの者だった。
見張りは、二人の様子を見咎めると、慌てて首領の元に報告にいった。
首領は、「レイン」と呼ばれている女だった。
本名ではない。
本当の名前どころか、どういう出自なのかも、一味の誰も知らない。
やせ形で、頬のえらが張り、目が吊り上がっていた。
性格は、冷徹極まりなかった。その上、剣の腕が、すさまじく立った。その剛腕で、先代の首領を謀殺し、ならず物集団の上に君臨したのが、半年ほど前である。
「侵入者だと」
レインは、剛腕であると同時に、肝も太い。
落ち着き払っている。
「何奴だ」
「微かですが、魔力を感じます。武装警察ではないでしょうか」
一味は、一斉にざわめき立った。
レインはそれを手で制した。
(武装警察。なるほど。「あれ」のことを嗅ぎつけたか)
「落ち着け。それで、相手は何人だ」
「二人のようです」
「二人?」
レインは首をかしげた。
「たった二人だけか」
「はい」
「それは妙だ。さては別動隊が控えていると見える。その二人は、おそらく物見だろう」
「どうしましょうか」
「尻尾を巻いて逃げるのか」
(それに、「あれ」を置いていくわけにはいかない)
レインは剣を抜いて見せた。刀身がぎらりと光を反射した。
「やることは一つよ」
3.奇襲戦
その後、レインは、素早く指示を出して、階上に積み上げられた空き樽や、箱の陰に手下を潜ませた。
同時に、残りの手下に指示して、別の階段からいったん下に降り、背後に回り込ませるようにした。
一方のケリーは、待ち伏せが居るとは想像もしていない。
ずんずんと階段を上ってくる。その挙動が、レインの所から、手に取るように見えた。
呆れるほどの無防備振りで、剣を鞘から抜くことすらしていなかった。
「馬鹿な奴だ」
レインはその姿を鼻で嗤った。
「お前ら、見えるか。魚が自分から網にかかるぞ」
階上まであと少し、というところまで、十分に引き付けたところで、待ち伏せていた3、4人が、ぱっと物陰から飛び出した。
各自、既に抜刀している。
完全に不意を突かれたケリーは驚いて、慌てて階段を引き返そうとした。
が、今来た階下の方向からも、抜身を振りかざした人影が3つ4つ、階段を踏み鳴らしながら駆け上ってくるところだった。
(囲まれた)
階段の真ん中で上下から挟まれては、逃げ場がない。
罠に嵌った、とそこでようやく理解したが、もはやどうしようもない。
応戦しようにも、敵は少なくとも7、8人はいる。一度に、しかも足場の悪い階段の上で相手にできる人数ではない。
ケリーは手摺に目を遣った。
(あそこから飛ぶしかない)
手摺の向こうは、下も見えない暗闇が広がっている。
目も眩みそうな高さなのは、想像に難くない。
その時、敵の一人が、何事か奇声を上げて突進してくるや否や、猛然とケリーの頭に打ちおろしてきた。
それを寸余、切先の先で躱すのとほとんど同時に、ケリーの身体は、手摺を乗り越えていた。
身体が完全に落ちきる直前、ちらりとさっきの敵を見ると、こちらに向かって片手を振り上げ、何かを投げつけるような動作をした。
ケリーは、とっさに魔力砲を発射した。
日頃鍛錬しているわけでもなかったが、とにかく無我夢中であった。しかし、もともと拙い腕の上に、ろくに訓練もしていないので、当たるはずもない。
発射された魔力砲は、まったく明後日の方角に飛んでいって、天井にでもあたったのか、遠くで地響きのような音がして、埃がケリーの顔に降りかかってきた。
攻撃としては的外れであったが、至近距離で発射された分、怯ませる効果はあったのか、敵はそれ以上何もしれこなかった。
彼女はそのまま、どこまでも無限に続いているかのような暗黒の中を、まっすぐ落下していった。
4.再合
サーシャは、暗闇の中で目を覚ました。
どこかの部屋の中にいるようだった。
(自分はなぜこんな場所に?)と一瞬思ったが、徐々に記憶を取り戻すと同時に、今までの経緯と、自分が廊下の一番奥のこの部屋(鍵はかかっていなかった)に入った直後、物音がして振り返った時、何かに足を取られて転んだらしいことを思いだした。
足元を見ると、割れた古い酒か何かの瓶があった。これに足を取られ、頭を打って今まで意識を失っていたらしい。
(どれぐらい時間がたった?)
サーシャは耳を澄ませた。
部屋の中も外も、しんと静まり返っている。
しばらく逡巡したが、そっと廊下に出てみた。
やはり物音ひとつしない。
薄暗い廊下が左右に伸びているだけである。
彼女が廊下の先、元来た玄関ホールの方に戻ろうと歩きかけたとき、暗がりから誰かの腕がにゅっと伸びて来た。
あっと思うまもなく、サーシャの身体は後ろ向きに引き倒された。
が、体は地面に倒れることなく、誰かに抱き留められた感触がした。
後ろを見ると、ケリーの顔が見えた。
(静かにしろ)
ケリーは、声を出さずに行った。
(無事だったんですか)
(無事なものか。これを見ろ)
片足を引き摺っている。
落ちた時に、酷く捻った、とケリーは言った。
その時、遠くの方で何か物音がした。
「何だ⁉」
サーシャはとっさに声を上げた。ケリーは、その口を、さっと手でふさいだ。
(声を出すな。あれに見つかるだろ)
(あれとは、なんです)
ケリーは、サーシャの顔をまじまじと見た。
(君は、あれを見ていないのか)
(だから、あれとは何なんです)
「化け物だよ」




