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淑女の塔①


昔、戦場で聞いた、笑い話(?)を一つ。


戦場では、


勇敢な奴が真っ先に死に、

次にまじめな奴が死に、

運が悪い奴が三番目に死に、

四番目に臆病者が死に、

卑怯な奴は・・・最後まで生き残った。



チャーリー・テイラー


【目次】


1.淑女の塔

2.熱夏


1.淑女の塔


「淑女の塔」ーと呼ばれている廃墟ーがあった。


正式な名前ではない。


本当の名前はあるのかも知れないが、誰も知らない。


街はずれの海岸の、岸壁にへばりつくようにして立っていた。


巨大な建造物である。


東西南北は少なくとも100メートル以上、高さは有に30メートル以上はある。相当遠くからでも、目視することができた。


「淑女」と俗に呼ばれているのは、塔全体が破瓜のときを想像させる、血のような真っ赤な色で塗りたくられているからであった。


かように、一見悪趣味とも思える塔を、誰が、いつ、何のために建てたのかははっきりしない。


もとは教会であったとか、灯台を造りかけて止めたなどと諸説あったが、いずれの説も、憶測の域を出ないものだった。


ただ、その辺りに昔から住んでいる老人たちが口をそろえて言うことには、


「ずっと大昔からあそこに建っていた」

というのである。


「わしが子供の頃には、もうあの場所にありました。祖父母からも、幼い頃には、あの塔についての昔話を、色々と聞かされたものです」


と、地元に何世代にも渡って暮らしている、デイビッド某という老人は語っている。


もう一つ、この塔については、奇妙な噂があった。


「天窓に灯りがつくところを見てはならない」


というのである。


どういう訳か、無人になって久しいはずのこの塔の、天辺に最も近い窓だけに、極稀に灯りが灯るという。


「それを見た者は、とてつもない不幸に見舞われる」


と、誠しやかに噂されていた。


そういう訳で、地元では夜になると、誰も近づくものはいなかった。


2.熱夏


その日ー1950年6月25日ー金日成率いる北朝鮮は、突如、無数の戦車と大量の火砲、兵士10万人を擁する大軍を以て、事実上の国境線と化していた38度線を突破し、韓国に軍事侵攻を開始した。


朝鮮戦争の始まりであった。


北朝鮮軍は、装備・練度共に劣る韓国軍を瞬く間に蹴散らし、開戦からわずか3日後の6月28日には、首都ソウルが陥落した。

韓国軍は壊走し、早くも崩壊の瀬戸際にあった。


韓国は滅亡するのではないか、北朝鮮が朝鮮半島を統一するのではないかー


隊全体、いや国全体が、熱病のような騒然とした空気に包まれていた。


もちろん、全員がそのような空気に染まっているわけではなく、中には、騒ぎを冷ややかな眼で見ている者もいた。


ケリー・マクレーンも、その一人であった。


齢は18歳。


古参の隊員の一人で、この隊が出来た頃から隊にいる。


所属は、機動部の4課に所属していた。


実戦部隊である「機動部」には、1課から4課までがあったが、このうち1課と2課が精鋭部隊で、それより一段実力の劣る者が3課、という序列になっていた。


それよりも下の4課はというと、実戦部隊とは言うものの、実態としては、年少者や新入隊員、療養中の負傷者などが大半を占めていた。


要するに、戦力として見なされていない者の集団であった。


したがって、ケリーのように、特に事情もないのに、長年そこに所属している者などは、隊にとって、ただのお荷物であるとしか見做されていなかった。


当然ながら、隊内での地位も一段と低く、俸給の額も、古参にもかかわらず、新入隊員と大差ない有様であった。


地位が低いだけであればまだしも、このケリーという人物は、実力もないのに、古参であることを鼻にかけて、事あるごとに尊大な態度を取るので、隊内での評判がよくなかった。


一方、ケリーと同じ4課に、サーシャ・ミランという人物がいた。


年齢は、ケリーより2つ下の16歳だった。


痩せて背が高く、ややそばかすがあり、目が大きかった。


腕は、ケリーよりさらに低く、新入隊員並み、あるいは、それにすら劣るかもしれなかった。


だが、こちらはケリーとは真逆で、物腰が丁寧で、誰に対しても謙虚に接するので、人望があった。


いわば、サーシャという人物は、人柄のみによって隊内で生きながらえていると言っても過言ではなかった。


それはそれで、命知らずの集団の中では、異色の存在であった。


そのサーシャに、どういう訳か、ケリーの方から、親しげに接してきた。

サーシャ方も、内心訝しく思いながらも、悪しざまに悪く言うことはなかった。


彼女の悪評を知らないのではない。


同郷、西部人なのである。


隊には、西部人が少ない。いないとまで言うと言いすぎであるが、少数派である。


東部出身者が幅を利かせている隊内では、発言力も乏しく、存在感が薄れがちであった。


臆病な羊が群れを作るように、自然と、同じ西部人同士、好きも嫌いも、かたまりあって行動することが多くなった。


ケリーとサーシャも、そういった腐れ縁のような関係であった。


そうでもなければ、実家が代々商家で裕福な家の出のケリーと、下町生まれで貧を極めたような軍人崩れの子女のサーシャは、お互い知り合うことすらなかったかもしれない。


ある昼下がり、2人は、廊下でばったりと出会った。


サーシャは、思わずまごついた。

日頃「仲が良い」で通っていても、実は、いつも話しかけるのはケリーの側で、彼女から何かを話しかけたことがはなかった。


「しばらくだな。様子はどうだ」

ケリーの方は屈託がない。


「ええ、まあ」


我々の会社などでも、仕事の話であれば複雑な内容であっても滞りなくこなせるのに、こういった何でもない雑談は酷く苦手にする人種がいる。


サーシャもそういった一人であった。

もっとも、そういう一見不愛想・世渡り下手という足を引っ張りそうな性格が、かえって彼女の実直さを際立たせ、評価を高めている面もあるのだから、世の中とは不思議なものである。


「最近は、国中、なにかと騒がしいからな」


ケリーは顔をしかめた。


この尊大な女は、自分には興味がないことで周囲が盛り上がっているという状況が、面白くないらしかった。


「ところで、君は、最近、市中で強盗が流行っているのを知っているか」


「ああ」

聞き覚えがあった。


凶悪な強盗である。

集団で押し入っては、容赦なく家人を殺害し、財産を奪って逃げる。


万事一切の滞りがなく、冷徹であると聞いていた。


「君は、隊に入ってどれぐらいになる」


「4年、いや5年になります」


「長いな」


ケリーは首肯した。


「どうだ。その長さに見合った待遇を受けられているか」


「それは」


俸給は、確かに安い。命のやり取りをする事がないという事を考えても、格安である。


「隊の幹部連中は、我々の長い隊への貢献を、正当に評価する気がないようだ」


ケリーは、不満げに口元を歪めた。


「とはいえ、このまま隊でぐずぐすしていても、私も君も、いつまでも幹部連中の覚えがめでたくなりそうにはない。そこでだ、一つ私と、その強盗とやらの一味を打ち取って、武功を立ててやらないか。幸いにして、私はその連中の住処らしき場所の噂を聞いている」


「ご冗談を」


(この人は何を言っているのだろう?)とサーシャは思った。


強盗の捜査などは、武装警察の仕事ではない。


領分外の仕事に手を出すなど、勝手な真似をすれば、強盗どころか自分たちが処罰されかねないではないか。


(1人で勝手にやってくれ)


「申し訳ありませんが、私は他用がありますので」


サーシャは細長い背中を返し、立ち去ろうとした。


「いいのか」

その背中に向かって、ケリーが呼びかけた。


「?」


「私の頼みを断ったりして、よいのかと言っておるのだ」


言いたいことがよくわからない。


ケリーはつかつかと歩み寄ってきて、サーシャの耳元で囁いた。


「君は、隊の金をくすねたことがあるだろう」


サーシャはぎょっとした。

その顔を見て、ケリーはにやりと笑った。


「死人に口なしとはいうが、悪さをしてはいかんな」


(なぜこの人が知っているのだろう)と、サーシャは思った。


「なぜ知っているのかと言いたそうだな」

サーシャの心のうちを見透かしたように、ケリーは言った。


「私のように長く隊にいるとな、だんだん耳が良くなる。ごく小さな噂話も聞こえてくるようになるのだ」


遡ること、もう1年余りも前の事である。


その頃、サーシャは、あまりに暇を持て余していたので、隊の知りあいの経理担当者の頼みで、一時期.経理の仕事を手伝っていたことがあった。


許可などは一切取っておらず、自分が私用で休みたいがための、担当者の独断であった。

経理は、隊の機密に触れることもある。

部外者の関与は、本来厳禁のはずであった。


ある時、サーシャが、経理の古い帳簿をめくっていたところ、シャーロット某という隊員が、功績を立てたため、報奨金が支給されることになったが、手続が終わっているにも関わらず、どういう訳か、支給された形跡がないまま、1年近くも放置されていることに気が付いた。


(なぜ、本人から異議がないのだろうか)


不審に思ったサーシャが調べてみたところ、何のことはない。その人物は、手続がなされたそのすぐ直後に、路上で闇討ちに遭って死んでいた。


珍しい出来事ではない。


他に身寄りもない上、友人も少なかったのか、ごたごたのうちに、そのままになっていたようである。


ところで、同じ頃、サーシャの父親が、よせばよいのに、怪しげな投機話に手を出して大失敗し、損失の補填のために大金を必要としていた。

この損失が補填できなければ、家も追い出され、一家は路頭に迷うかもしれなかった。


サーシャの元にも、窮状を訴える手紙が連日のように届いていた。とはいえ、彼女の薄給では、とても大金を援助する余裕はない。


数日、散々思い悩んだあげくに、


(いけないこと)


と思いつつも、記録を書き換え、既に支給されたことにし、その金額を金庫から引きだした。


最初は、いつばれないか、不安で夜も眠れないような日々が続いたが、幸いにして、何事もなく、日々は過ぎていった。


元々、1年近くも、誰も気が付かなかった、その程度の事である。サーシャ本人も、そのうち忘れかけていた。


実は、露ほども知らなかった事であるが、サーシャが金を引き出したらしいことは、とっくに担当者には発覚していた。

しかし、勝手に部外者を関与させたことの責任を問われるのを恐れた担当者が、告発せず、そのまま握り潰していたのである。


そのことを、この女は、どこからか嗅ぎつけたらしい。


(告発するつもりか)


サーシャは戦慄した。


命を取られる。


武装警察は、規律を乱す者は、例え微罪たりとも冷徹に処断する性格である。


前例は数えきれないほど存在した。


仮に命拾いしたとしても、間違いなく隊にはいられなくなる。


そうなれば、一族が皆路頭に迷うことになる。


元々裕福な家の出であるケリーと違って、サーシャの場合は、彼女の父母兄弟はおろか、親族までも、彼女の俸給を当てにして生活しているのだった。


「それは」


(困る)

と思った。


「それで」

とサーシャは聞いた。


「私は何をすればいいんですか」


ケリーは、にやりと笑いながら頷いた。


「話が早くて助かる」


サーシャは、何をさせられるのかまだ不安を隠せないでいた。その肩を、ケリーはぽんぽんと叩いて言った。


「何、心配することはない。差配は、全て私が良いようにする。君は黙って私の後ろに付いてくれば、それでいいんだ」


サーシャは、黙って頷く以外になかった。
















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