死命⑦
【目次】
1.アイデンティティ
2.決着
1.アイデンティティ
女の手から放たれた火炎が、槍のように一直線に伸びてきた。
避ける暇もない。
エリカはとっさにシールドで防御した。
火炎はそのシールドの上から、ぐいぐいと押し込んでくる。
眼球が蒸発しそうな凄まじい熱気に、目を開けていられなかった。
服から、まだ乾いていなかった血が湯気を上げた。
(まずい)
完全に捕まってしまった。
正面を防ぐのに精いっぱいで、逃げることも、後ろに下がることもできない。
エリカの拙い魔力では、シールドを維持するためにはほとんど全力を投じなければならない。
いわば、全力疾走をし続けるようなものである。
長時間、持つはずがない。
もし、このシールドが破られれば、その瞬間、全ては終わる。
暫くは、そのまま耐えた。
耐えながらも、顔に当たる熱気は、刻一刻と強まっていく。
炎の威力が増しているのではない。
シールドの強度が、時間と共に、次第に下がっていくのである。
現に、さっきまで青みがかかった色彩だったのが、次第に色あせ、水色に変化しつつあった。
厚みが、低下しているのである。
今まではシールド越しにぼんやりとしか見えていなかった炎が、くっきりと鮮やかに見えるようになった。
シールドを支えている両腕が、突然、極端に重くなった。痺れたようになって、上げているのも困難になった。
だが、いくら困難でも、腕を下げれば、終わりである。
エリカは必死に持ちこたえようとした。
熱気がさらに強まり、息が詰まりそうになった。
呼吸するたび、胸の中まで焼け付くようだ。
(苦しい・・・)
熱気と、余りの息苦しさに、思わず、全部を諦めたくなった。
仮に諦めなくても、このままでは、永くもたないに違いない。
(いよいよ終わりか)
エリカは、ポケットの中の拳銃のことを思い出した。
(もし、まだ意識があって、体が動くようであれば、使おう)
シールドの厚みが、目に見えてはっきりと薄くなった。
持って、あと数十秒というところだろう。
(だめだ、もうシールドが持たない)
エリカは、そこで、はたと気がついた
(シールド?)
余りにも当たり前過ぎて、当然の事を、今まで忘れていた
(私は)
炎がうねり、シールドを突き破ろうと圧してきた。
(私は)
シールドから、ぴしりと軋むような音がした。
(能力者だ)
エリカは、女に気付かれないよう、ポケットの中の拳銃に念を込めた。
拳銃が浮き、エリカのポケットから出た。
2.決着
ほんの一瞬、集中力が途切れたせいだろうか。
ついに、炎がシールドの一番薄い端の部分を、突き破った。
それとほとんど同時に、エリカは蝶に姿を変え、宙に舞って炎を回避した。
が、女の手から放たれた炎は、曲がりくねりながら宙に浮かんで追撃してきた。
速度では圧倒的に負けている。
何とか懸命に体をひねって回避しようとしたが、炎の先端が羽をかすめ、たちまち、羽に火がついた。
全身火だるまになる寸前で、なんとか人間の姿に戻り、腕や、足や、体の至るところから煙を上げながら、どさりと地面に落下した。
立ち上がって逃げようとしたが、足に上手く力が入らない。まるで芋虫のように、のたうち回ることしかできなかった。
血が、頭から、顔から、手足から、体の至るところから流れ出ていた。
エリカはうめき声を上げた。
女は、その声に似た声を聞いたことがあった。
罪人が、生きたまま焼かれるときに出す声にそっくりだった。
(見るに堪えん)
女は、いったん鞘に納めていた刀を、すらりと抜いた。
(最期ぐらい、慈悲をくれてやる)
「うああああああ!」
それを見て、エリカが叫んだ。
叫ぶのと同時に、炎と煙に紛れ、女の後ろに回り込んでいた拳銃が、火を吹いた。
女が振り向いた。
3つの出来事が、一瞬の間に起こった。
一発、二発、三発。
スローモーションのように、三発の弾丸が一列になって、まっすぐ女の方に向かっていった。
(やった)
至近距離から3発。避けられるはずがない。
が,女は、常軌を逸して俊敏な動きを見せた。
「喝っ」
と叫ぶや否や、稲妻のような俊敏さで、たちまち弾丸の内の2つを叩き落とした。
さらに、最後の一発は、なんと、真正面から迎え撃ち、真っ二つに斬り割って見せた。
全てが終わるまでに、瞬きする時間もかからなかった。
女は肩で息をしながら、エリカの方に向き直った。
「小癪な」
女は、刀を上段に構え直しながら、エリカに歩み寄った。
「今のは、確かに不意を突かれた。だが、残念ながら、お前の策は尽きた。これで最期だ」
(だが、エリカの策は、まだ尽きていなかった)
咄嗟に、弾き飛ばされた弾に術をかけて、そのまま空中に留めさせていたのである。
その弾が今、ぐるりと弧を描くように空中で旋回して、女の後ろに回り込んでいた。
女は、エリカにとどめを刺すことに気を取られているのか、まだそれに気が付いていない。
これを外せば、もう勝機はない。
(来い!早く、もっと早く!)
エリカは心の中で必死に呼びかけた。
が、力が足りないのか、それとも距離が遠すぎるのか、思ったよりスピードが出ない。
のろのろのろのろ、空中を飛んでくる。
エリカは焦った。
(間に合わない)
このままでは弾が女に当たる前に、自分の命が絶たれてしまう。
はっと見ると、女の刀が頭上で光り、今まさに逆さに垂れてこようとしていた。
(翔べ!)
エリカは、全魔力を頭に集中させた。
「限界を超える」とは、この時のエリカのような場合を指すのだろうか。
その瞬間、エリカの中で、何かの箍が外れた。
真に危機的な状況で、エリカの肉体は、奇跡的な集中力を発揮した。
全身の血液が頭に集まるような、異様な感覚に襲われた。
頭が割れるように痛み、目の前が真っ赤になった。
弾丸は、見えない力に弾かれたように、急加速した。
そして、刀がエリカの頭に振り下ろされるより僅かに早く、急加速した弾丸が、女の腰のあたりに命中した。
「ぐっ」
女は背中を弓なりに反らせてうめき声を上げ、地面に膝を着いた。
腕が力を失い、刀が音を立てて地面に落ちた。
さらに、膝を着いた女の背中越しに、遅れて来たもう一発の弾丸が、左胸を貫いた。
血渋が飛び、女はそのまま、顔から地面に崩れ落ちて動かなくなった。
(帰らなきゃ)
生き延びたことを安堵する間もなく、エリカは思った。
そこではっとした。
(出口は・・・)
既にあたり一面、炎と煙に覆われていた。
自分が今どこにいるのか、どの方向から来たのか、右を向いているのか左を向いているのか、それすらも判らない。
エリカは焦った。その時、ふと、自分の胸元を見ると、一筋の光の筋が伸びていることに気が付いた。
光線が、煙の中を突っ切って、ずっと彼方まで伸びている。
(あっちが、きっと出口だ)
根拠はないが、なぜだかそう確信した。
エリカは、よろめきながら立ち上がろうとした。
その瞬間、
突然、何かに足を掬われ、仰向けにひっくり返った。
顔を上げて見ると、女が、エリカの片足を掴んでいた。
血まみれの顔の間から、殺気の籠った両目が、エリカを睨みつけていた。。
痛みを堪えているのか、ぎゅっと食いしばった歯の間からは、血がぽたぽたと零れ落ちていた。
燃え盛る炎に照らし出されたその顔は、まるで幽鬼のようであり、常人であれば見るだけで気を失うのではないかと思うほど、恐ろしい形相だった。
「うわっ」
エリカは叫んで逃げようとしたが、女の力の方が遥かに強かった。
なすすべもなく、ずるずると後ろに引きずられていった。
とんでもない怪力だった。掴まれている足首の骨が、今にも砕けそうだった。
非力なエリカの抵抗も虚しく、女は、エリカの腰のあたりにのしかかって来ると、そのまま両手で首を絞めに来た。
鬼のような顔の女が、今まさに、両手で力一杯、絞め殺そうとしていた。
(うぅ・・・)
不思議にも、苦しいという感覚はあまりなかったが、意識が急激に遠退くのが分かった。
(ここまで・・・せっかく、ここまで来たのに・・・)
間も無く訪れるであろう最期の時を予告するかのように、頸の骨が、ゴキッと、不気味な音を立てた。
その時、予想もしなかったことが起こった。
胸に提げていた不滅光から、まっすぐな光の帯、いや、光の柱とも言うべき、太い光の帯が噴出した。
その光の帯は、勢いのまま、女の顔を直撃した。
爆発音がして、白煙が上がり、恐ろしい悲鳴が辺りに響き、女は顔を押さえてうずくまった。
指の間から、だらりと垂れ下がった顔の皮膚が見えた。
何が起きたかはよく分からなかった。
だが、チャンスは、今しかないことはわかった。
エリカは、拳銃を手元に引き寄せた。
女はまだ、顔を押さえ、呻き声をあげている。
這いつくばった姿勢のまま、頭に狙いをつけた。
さすがにこの距離ならば、外すことはないだろう。
引き金を引いた。
血渋が飛んだ。
さらに、もう1発。
女は、短く痙攣した後、完全に動かなくなった。
(出口・・・)
だが、辺り一面、炎と煙で、もはや、何も分からない。
煙が、突然、ぶわっと眼前に迫ってきた。
余りに急だったので、思わず、その煙を、胸一杯に吸い込んでしまった。
胸に刺すような痛みがして、頭痛のような、眩暈のような、吐き気のような、何だか分からない感覚がした。
顔がコンクリートの床にぶつかったような感触がしたのを最後に、エリカの意識は、そこで途絶えた。




