死命⑥
【目次】
1.乱刀
2.炎の女
1.乱刃
刀が、水を切るようにエリカの脳骨に吸い込まれた。
が,奇妙なことに、ぱん!と紙風船がはじけるような音がして、血飛沫の代わりに、ぱっと白い紙片のようなものが舞い散った。
次の瞬間、銃声が空間を切り裂いた。それとほとんど同時に、キーン!と刀が銃弾をはじく音がした。
(拠わされた・・・)
女がエリカの方に向き直った。
エリカは片手に拳銃を下げたまま、猛然と入ってきた穴の方に走っていった。
「形代」
女は、その背中を見つめながら静かに言った
「身代わりを使うとは。見くびり過ぎたか」
(後僅か、穴まで5メートル程)
その時、背後に気配を感じた。
とっさに、側転するように横に転がって逃れた。その頭上を刃がかすめて行った。
肩から地面に落ち、下敷きになった手首が妙な角度に曲がったが、それを気にする間もなく次の攻撃が襲ってきた。
エリカは床に倒れたまま、蜘蛛のように這いつくばって逃れた。
刃が体のすぐ横に落ち、鼓膜が破れそうなほどの激突音がした。
コンクリートの床の破片が、ばらばらと巻き上がった。
距離をとろうと手をついたとき、手首に鋭い痛みが走った。
徐々に、体にダメージが蓄積されている。
(姿を変えて逃げようか)と思った。
(いや、それはまずい)
蝶の姿では、一切無防備な上に(もちろん、武器は持てない)、移動速度もあくまで蝶のそれでしかない。
捕まって握り潰されでもしたら、それで一貫の終わりである。
再び刃が襲ってきた。
今後も間一髪で逃れた。
が、エリカの挙動を予想していた女は、今度は刀による攻撃に続いて、回し蹴りを見舞ってきた。
体勢が崩れていたエリカは、予想外の攻撃に全く対応できなかった。
砲弾のように高速で重い蹴りが、まともに胸に命中し、エリカの身体が空中で半回転して、顔面から地面に叩きつけられた。
元々痛めていた手首から、ぼきりと不気味な音がした。
口の中に違和感があり、ぺっと唾を吐くと、真っ赤な唾液と一緒に折れた歯が飛び出した。
「うぁ・・・。うぅ」
もはやまともに声を出すこともできない。
(だめだ・・・。とても逃げ切れない)
このままでは時間の問題で、そのうち死ぬ。
生き残る途があるとすれば、この女を倒す他に道はない。
ポケットの中の拳銃を思い出した。
壊れていないことを祈るしかないが、これを撃ち込めば勝てるかもしれない。
(けど、どうやって?)
正面からの攻撃では、さっきのように防御される可能性が高いが、それ以前に、今の状況では、反撃する隙すら与えてもらえない。
2.炎の女
一方の女の方も訝しがっている。
(何故だ。刀が当たらぬ)
完全に捉えたはずの間合いにも関わらず、なぜか刀がそれてしまうのである。
まるで刀の方が、エリカの体を避けているかのようだった。
先程の蹴りもそうだ。
確かに心臓を打ち砕いたはずだったが、何故か、まだ生きている。
(考えられぬ)
女はふとエリカの胸元に目をやった。
(待て。あの光っているものは?ただの明かりではないのか?)
女はそこではっとした
「もしや、不滅光・・・。守護の力・・・。なるほど・・・」
(さあれば、このままでは埒が明かぬ)
女は刀を鞘に戻した。
(早々に片をつけてやる)
女は右手の人差し指を立てて唇に当て、シューッと息を吹きかけると、小声で呪文を唱えた。
「団選弾火炉射打楚和 手雲矢捕苅 脳播散漫 堕馬佐良 寥他干洸」
言うが早いか、女の右腕に、ぼっと炎が灯った。
いや、「灯った」というどころではない。
右手の半分、手の先から肘のあたりまでが、丸ごと炎に包まれている。
すさまじい温度を放っている。
距離があるにも関わらず、エリカの頬にヒリヒリとした炎の感触があった。
女が一歩踏み出すと、ただそれだけで、強烈な熱風が顔を襲ってきた。
似たような術に、チャーリーが明かりがわりによく使う、指先に火を灯す術があるが、それとは規模も威力も、まるで違う。
逃げようとした瞬間、エリカの目の前にぼっと、炎の壁が現れた。
向きを変えようとすると、そちらにも炎の壁が現れた。
(囲まれた)
女の手から放たれた炎が、左右の逃げ道を塞いでいた。
エリカは、熱と煙で、気が遠くなるのを感じた。
女が、真正面、煙の向こうから、ゆっくり近づいて来るのが見えた。
(死ね)
女の声は聞こえなかったが、唇が、確かにそう動いたように見えた。




