死命⑤
【目次】
1.秘密の会合
2.勇者再び
3.血路
1.秘密の会合
街の中心部にそびえる、超高級ホテルの一室。
豪奢な部屋の中央で、ロックハートはゆったりと椅子に腰かけ、目の前の男に相対していた。
男の名前はトーマス・プレヴォー。陸軍大将である。
本来であれば、彼の立場はロックハートよりもかなり上であるはずなのだが、ロックハートの落ち着き払った態度と、彼の余裕のない態度が、両者の今の関係を現わしていた。
「あの女のせいで、我々はとんだ迷惑だ」
トーマスは吐き捨てるように言って、グラスのウィスキーを傾けた。
(害にしかならないものを、よく飲むことだ)
ロックハートは心の中で冷笑しながら、グラスの水を傾けた。
酒は飲めないわけではないが、一切飲まないことに決めている。
「何が、生物兵器だ。軍事用にも使えるだ。全くいうことを聞かない。おまけに脱走して、こんな事件を巻き起こす」
トーマスはため息をついた。
「あの女の持ってきたデータに踊らされて、自由にやらせるといった我々が愚かだった。まさかこんな無茶苦茶をするとは」
「データとは、例の、放射能についてのデータですか」
「そうだ」
「非常に重要なものであることに間違いはなかった。もちろん、我々にも利益があったことはそうだが・・・しかし」
「しかし不思議ですね、あの女はどうしてそんなデータをもっていたのでしょう」
「あいつの出身地の国で集めたそうだ」
「どこでしょうか」
概ねの想像はついている。
「日本だそうだ」
「なるほど」
ロックハートは大きく首肯した。
「合点がいきました」
「しかし、合衆国も、それ以上の事は我々に教えて下さらない」
「まあ、心配なさらなくても、連中が動いている。そのうち、彼らが何とかしてくれますよ。今回ばかりは、彼らに感謝しなければですね」
「気に入らん。なぜあんな奴らの手を借りねばならんのか」
トーマスはまた吐き捨てるように言った。
「とはいえ、あなた方ご自身が何かをされるおつもりはない」
「私、いや我々にも立場がある」
トーマスは、苛立ちを隠そうともしない。
「「あれ」を撃破して、今の事態を収拾してもらえればそれでいいのだ。我々は一切かかわるつもりはないが、邪魔建てするつもりもない」
「彼らも苦戦しているようですよ。それなら、何か助け舟を出してあげたらいいものを」
「まだ公にしていないことがたくさんある」
トーマスの表情が怒りで歪んだ。
「もし、我々が手出しをしたら、よもや、下手に大事な情報を提供したりなどしたら、奴らは我々の関与を疑うだろう」
「そうかもしれませんね」
(まず長官が疑うだろうな)、とロックハートは思った。
「そうなったら、奴らのことだ。ハイエナよりしつこくまとわりついて、全てを暴き立てて、白日のもとにさらすだろう」
「連中には、政治の類の話は一切通用しないですから」
「そうなったら、我々はおしまいだ。だから、我々は何もするわけにはいかん」
「杞憂ではないかと私は思いますがね」
それは時間の問題だろうとロックハートは言いたかったのだが、どうやら伝わらなかったようだ。
「その話はわかりました。それで、私に何を?わざわざこんなところにまで呼び出しておいて」
「奴らの動きで、あー、その、気になること、つまり、我々にとって重要そうなことがあったら、知らせてもらいたい。」
「つまり、私にスパイになれということでしょうか」
「そこまで言ってはおらんではないか。頼んでいるだけではないか。つまりだ、彼らの動きで何か我々に有益そうなものがあったら、知らせてもらいたい」
「同じことを何回も申し訳ありませんが、連中には政治はわからない、というより、上から下まで、興味がない連中ばかりですよ」
「だからこうして頼んでおるのだ!」
トーマスは一層苛立っているようだった。会話が自分のペースで進まないことが、よほどストレスらしい
「軍と武装警察の両方にパイプがあるのはあなたぐらいしかいない。あなたも御父上のことを見ておられるはず。我々のこともよくわかっていただけるはずだ」
「善処はいたします。ただ、私にも私の立場というものがありますので。そのあたりはどうぞご理解ください」
(腹立たしい奴め。なぜわしがこんな小娘ごときに頭を下げねばならん)
言葉とは裏腹に、心の中の本音がそうであるのを、ロックハートは見透かしている。
いや、本音云々以前に、思っていることがあまりにもあからさまに表情に出過ぎである。
(ものの頼み方を知らん奴だ)とロックハートは心の中で冷笑した。
叩き上げ、といえば聞こえはいいが、要は何か面倒ごとがあると、全て力(権力、暴力)で解決してきたにすぎない男である。
だから交渉事も下手なのであろう、とロックハートは思った。
「それでは、くれぐれも。御父上にもよろしく」
しばらく後、トーマスは片手でドアを開けながら、こちらに背を向けていった。
トーマスが言ってしまってから、ロックハートは呟いた。
「軍人というのは、本当にものを知らない。たまには本の1冊でもめくってみればいいものを」
2.勇者再び
エリカは再びトンネルを進んでいた。
不滅光が、胸の上で輝いている。
先日とは違い、あたりは真昼のように明るい。
今回は、前回と違い、武器も用意してきていた。
戦闘に使えそうなしっかりしたナイフ。それと、回転式拳銃。
拳銃は、隊の倉庫に転がっていたのを、拾ってきた。
一応、きちんと動作することは確認したが、ほとんど練習したこともないので、頼りになるかどうかはわからない。
そして、ポケットの中には…
例の奇妙な穴を超え、鉄格子も超え、前回敵に襲われた地点もずっと前に超えた。
(例の研究所とやらの文字も気になったが、今回はとりあえずトンネルの端まで行ってみることにした。)
再び敵の襲撃がないかびくびくしていたが、何も起こっていない。
2.3度、背後に気配を感じて振り返ったが、何もなかった。
相当な時間を歩き、いい加減膝の痛みを覚えてきたころ、トンネルの出口、ではなく、反対側の端にたどり着いた。
そこに出口はなく、ただのコンクリートの壁が広がっていた。
もちろん、排水用の水路ならば、そんなことは考えられない。
壁の脇に梯子が取り付けられ、その上に鉄の蓋が見えた。
エリカはしばし躊躇したが、梯子を上り、蓋を押し上げてみた。
鍵などはかかっていないようだった。
蓋を押し上げ、穴から顔を出してみると、穴の向こうに部屋が広がっていた。
エリカは穴の淵に手をかけ、穴から這いずりだした。
しばらく使っていないのか、地面についた手にべっとりと埃がついた。
どこかの倉庫のような場所だった。
地面は冷たいコンクリートの地面で、カビと、薬品のようなにおいがした。
不意に、背後から声がした。
「来たか」
3.血路
かなり先、10メートル以上は先に、一人の人間が立っていた。
背格好からして、どうやら女のように見えるが、顔は確かに光が当たっているにもかかわらず、なぜか陰がかかったように暗く、よく見えない。
既に抜刀し、抜身の剣を片手にぶら下げている。
「あなたは誰ですか」
「口をきくな」
女は吐き捨てた。
「貴様の汚らわしい息を吹きかけられると反吐が出る。今その首を刎ねてやる。そこを動くな」
言い終わるが早いか、切先が闇を破り、電光のような速さで首筋に伸びてきた。
既に目の前まで来ている。
少なくとも10メートルはあった間合いを、瞬きする間もなく詰めてきていた。
エリカはとっさに横っ飛びで交わした。
間一髪首筋を逸れた切先が、左の肩をかすめ、肉をえぐり取った。
激痛が走った。
しかし、呻いている暇はなかった。
すぐに追撃の攻撃が、今度は頭上から振り下ろされてきた。
すさまじい速度で振り下ろされてくる剣を、なんとか横に転がって避けた。
切先が体の横をかすめたと同時に、今度は背中に激しい衝撃を感じた。
女の足が、エリカの背中をがっちりと踏みつけている。
「見苦しい真似をするな」
背中越しに見ると、目の端で、女が背筋を後傾させ、大きく剣を振りかぶるのが見えた。
(斃られる)
エリカは、目を閉じ、ポケットの中の物を握りしめた。
同時に、不滅光が目映く、一層輝きを増した。
剣がその光を切り裂いて、まっすぐにエリカの頭上に振り下ろされてきた。
べしゃりと、濡れた布を地面に叩きつけたような音がした。




