死命③
【目次】
1.停滞
2.最初の犠牲者
3.トンネル
4.潜入者
5.デッド・バイ・デイライト
1.停滞
それからさらに数週間が経過したが、依然として進展はなかった。
大量の人員を投入しての人海戦術で、昼夜分かたぬパトロールを行っているせいか、事件の発生頻度は下がりつつあった。
しかし、下がりつつあるというだけで、依然として散発的に発生している。
「今被害者はどれぐらいの人数がいるんだ?」
ある日、疲れた顔のクリスは、同じように疲れ切った顔の隊員に尋ねた。
「ほとんど軽傷ですが、少なくとも40数人はいるようです」
「大変な数だ」
(さすがに何かがおかしい)と薄々クリスも思い始めている。
が、特にいい考えがあるわけでもない。
「いったい、何なんだろうな」
これだけ人員を投入し、その目と鼻の先で立て続けに事件が起こっているのに、魔力の波長一つキャッチできないものなのだろうか
「何か魔術で、人形みたいなものを遠隔操作しているのでは?」
隊員の一人が言った。
「その可能性は、真っ先に考えたさ」
(だが、ここに至って、それは間違っていた可能性が高いのではないか)とクリスは思う。
きっとそんなところで、すぐにでも犯人に行き当たるだろう、と高を括っていたのがまずかったのかもしれない。
当てが外れた、と思わざるを得ない。
(隊の雰囲気が悪い)
とクリスは感じている。
士気が下がっている。
原因は薄々はわかっている。
初動の遅れが、過失であるならまだしも、
「敵にまんまと一杯食わされたのではないか」
という不安が、嫌な空気にさせるのである。
その時,クリスの耳に何かの音が飛び込んできた。
クリスはしばらくその声に耳を傾けていたが、やがでぽつりと呟いた。
「悪い知らせだ・・・」
2.最初の犠牲者
クリスは、道路のわきで、毛布に包まれた遺体のそばに立っていた。
(とうとう死人か)
隊員たちは一様に落胆した。
やはり同じ手口で、背中から一撃。
この被害者の場合は、それで慌てて歩いていた歩道橋から下に飛び降りて逃げようとしたらしい。
下の道路まではかなりの高さがあるが、よほど慌てていたのだろう。
下もよく見ないまま、とっさに飛び降りてしまった。
運悪く、飛び降りたちょうどその先に、自動車が走ってきた。
急に目の前に人が飛び降りてきたのだから、避けられるはずもない。
直接的な原因は事故だが、この件がなければ間違いなく存在しなかったはずの犠牲者である。
(まずいことになった)
この一件については今のところ、噂話程度にしか広まっておらず、被害者にすら緘口令をしいて秘匿しているが、とうとう死人まで出たとなれば、いずれ限界を迎えるかもしれない。
(そうなったら、パニックが起きる)
その日の夜、クリスは隊員達を集め、この一週間の成果を報告させた。
どの隊員の顔色も冴えない。
実際に、どの報告にも目新しいものはなかった。
「何かこれというものはないのか」
クリスの声も、苛立ちを通り越して、もはや懇願に近い。
「あ、あのう」
隊員の一人が口を開いた。入ったばかりの新米の隊員だ。
「何だ」
「今日、気になる話を聞いたんですが」
「話せ」
「街のいくつかの病院で、子供が何人か行方不明になっているという情報がありました」
「子供?」
「ええ」
その隊員は、手帳をめくりながら言った。
「生まれたばかりの子供、赤ん坊と言った方がいいでしょうか。それが何人か立て続けに行方不明になっているとか」
(子供か)
クリスは子供には嫌な思い出がある。
(それが何か関係があるのか)
という言葉が喉まで出かかったのを我慢した。
「わかった。ありがとう」
これでも、せっかく頑張って集めてきてもらった情報なのである。
「とにかく探せ。なんでもいい、気になることがあったら知らせてくれ。明日も日が昇る前に出る。いいな」
3.トンネル
エリカはその日、珍しく街を出歩いていた。
隊の中のピリピリした空気についに耐えられなくなったからである。
もちろん、事件の捜査などは彼女の仕事ではないが、それでも、焦る仲間を横目に何もしないでいるほど鈍感ではいられない。
適当に街を歩き回って時間を潰し(他の仲間は、街のあちこちに散らばって捜査しているので、どこかの店でくつろいだりなどしていると、偶然出くわしたりして、気まずい思いをするかもしれない)、日が暮れたら基地に戻ろう、と考えた。
特に行く当てもなく街をそぞろ歩いていると、偶然ある通りに行き当たった。
エリカは最初はその通りのことが分からなかったが、番地を不意にみて思い出した。
(ここは)
一番最初の事件が起こった通りである。
エリカの左手に植え込みの茂みがある。
(確か、あの茂みから何かが飛び出してきたのだったか)
エリカは茂みをまたいでみた。
茂みの向こうは、数メートル四方の芝生の空き地になっていて、そのさらに向こうに水路が流れている。
空き地の左右には木の生い茂った茂み。正面には水路。
(このスペースに隠れていて、通りかかったところを襲ったのだろうか)
エリカは水路を見た。
水路の端はトンネルになっていて、水はそこに流れ込んでいる。その先は、地理的には確か運河があったはずだから、地面の下の土管を通して、水を運河に排水する仕組みだろう。
エリカは水路に降りてみた。
巨大なトンネルは、ちょうどエリカが立って歩けるぐらいの高さがあるようだった。
ぽっかりと口を開けて、その奥には暗闇がどこまでも続いていた。
その暗闇を覗いていると、逆に、誰かが暗闇の中から覗き返しているような気分になる。
エリカの足がゆっくりと動いた。
後から考えると、なぜ後先考えずにそんなことをしたのか分からない。
よけいなことをして事故に遭う場合がたいていそうであるように、特に深い考えはなく、ただの好奇心だったかもしれない。
あるいは、既にその時、目に見えない何かに呼ばれていたのかもしれない。
とにかく、エリカはゆっくりとトンネルの中に入っていた。
4.潜入者
エリカはトンネルの中を進んでいった。
足元で水がぴしゃしやと音を立てて、トンネルの壁に反響した。
しばらく進むと、入り口からの明かりが途切れて真っ暗になったが、魔力が多少あるエリカには、周りの様子がぼんやりと見えていた。
しばらく進んで、不意に、エリカは足を止めた。
足元に巨大な穴が空いていたからだ。
水路からの水が、その底が見えないほど深い穴の中に流れ込んでいた。
ただでさえ暗いことに加えて、水路の途中からいきなり穴の淵が現れたので、直前まで全く気が付かなかった。
あと一歩踏みだしていたら、確実に転落していただろう。
エリカは冷や汗をぬぐった。
蝶に姿を変えると、かなりの幅がある穴を飛び越えた。
水流は、穴の手前で途切れていて、その向こうにはさらにトンネルが続いていた。
しばらく進むと、今度は、頑丈な鉄格子に行き当たった。
壁の中に端を埋め込まれている、太い鉄柱を組み合わせたもので、頑丈な錠前が2つついている。
隙間から除くと、少し奥にさらに同じものが見えた。
二重にして、徹底的に侵入者を排除する目的のようだ。
エリカはまた蝶に姿を変えると、格子の間をすり抜けた。
トンネルはさらに奥に続いている。
エリカはさらに奥に向かって進み続けた。
5.デッド・バイ・デイライト
しばらく歩き続けたが、一向に出口に着く気配がない。
腕時計を見ると、既に1時間近く歩き続けていた。
(長いな)
いや、
(長すぎる)
後から思えば、疑問に思うのは遅すぎたのかもしれない。
水路とおそらくその水の排出口であろう運河の位置関係からして、こんなに長い距離のトンネルが必要なはずがない。
もう、運河どころかそれをとっくに突き抜けてしまう距離になっている。
その時、足元に何かがあることに気が付いた。
触ってみると、錆びついた細いT字型の金属が指に触れた。
直観的にだが、線路のレールの跡のように感じた。
(ここは)
とエリカは思った。
(ただの水路なんかじゃない)
考えてみれば、あの鉄格子は、明らかに侵入者を想定したものである。ただの安全対策なら、あんなに厳重なものが必要なはずがない。
あの奇妙な穴も、明らかに意図的に侵入者を排除しようと配置されていたとしか思えない。
ふと、壁の方を向くと、何かの文字が書いてあるのが見えた。
「↖・・防軍・・・研究・・・第・・号棟・・・」
かすれて剝げかかった赤い文字だった。
矢印の方に目をやると、錆びついた梯子のようなものが見えた。
(軍の施設か)
そうだとすると、こんな場所があることを、今まで知らなかったことも納得がいった。
軍と警察、特に武装警察は、何かと折り合いが良くない。
聞くところでは、前の戦争に関わることに原因があるようだが、その戦争の後しばらく経ってからこの国にやってきたエリカには、詳しいことは分からない、というより、聞けない。
今現在では、前の戦争のことを公の場で口にすること自体がタブー視されている。
クリスも、しゃべり好きのチャーリーでさえ、自分の過去のことについては極端に話したがらない。
二人とも話題が過去の話に及びそうになると、露骨に話をそらそうとするのである。
だからエリカが知っていることと言えば、この国が元々は二つの国に分かれていたこと、チャーリーやクリスが元々は警察ではなく軍隊にいたこと、彼女たちの生まれ故郷とされる国が、今はもう存在していないこと、ぐらいである。
どうしようか、とエリカは思った。
知らなかったとはいえ、このまま進むと、ただでさえ折り合いが良くない軍との間で揉め事になるかもしれない。
(引き返した方がいいのだろうか)
ぼんやりと考えているとき、不意に、背後に何かの気配を感じた。
エリカは、慌てて振り向いた。
ぱっと振り向くのとほとんど同時に、黒い影が飛び上がるのと、まるでスローモーションのように、刃物の刃先が顔面に向かってゆっくりと、しかし迷いなく一直線に伸びてくるのが見えた。




