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託された思い出


1.


1950年の冬も過ぎ、春になりつつあった。


風にも、わずかに初春の気配がしつつある。


クリスは相変わらず基地内で、多忙な毎日を送っている。


このところ目立った事件もなく、それはそれで不気味ながらも、平穏な日々が続いている。


例の一件は,その後、進展はないままだった。


ルビーの足取りも、生前の行動も、日記とやらの行方も、いっさい何も分からないままである。


わからないことが気にならない訳ではなかったが、一方ではクリスの気持ちは、次第にこの件から離れつつあった。


手遅れ、という気がしないでもなかったが、一方で、今更でも、これ以上この件に深入りせず後戻りできるのであればそうしたい、という心の奥底にある気持ちがそうさせるのかもしれなかった。


それとは別に、最近、彼女の中に、それまでになかった新たな願望が生まれてきていた。


「政治家になりたい。自分の力で、世の中を動かしてみたい」


という淡い願望である。


もちろん、政治家になるには、彼女はあまりにも若すぎる。なにしろまだ10代なのである。

政治家になるために、隊を抜けるということも容易ではないことも知っている。


しかしいつの日かは、と彼女は思うのだった。


(来る日のために、未来のために、武装警察(ここ)で成り上がってやる)


クリスは野望を抱くのだった。


2.


一方そのころ,


「だめだ・・・」


チャーリーは日記のわきの机に顔を伏せた。


あの先生に習った呪文を何度試してみても,ある部分からは急に古い映画のようなノイズだらけの映像が一瞬見えるだけで,すぐに消えてしまう。


主にはっきりと見えるのは、チャーリー自身やクリスが日記を読んでいる姿だが、もちろん,それが見たいわけではない。


いろいろ工夫したりしているが、もう何か月も立っているのに、一向に進歩が見られない。


ちなみに、自分の部屋にある物でも試したりしてみたが、やはりある時期以降からは、昔に遡れなくなった。


(物の記憶はもろく、すぐに失われてしまう。時間が経った物の記憶を読み取ることは簡単ではないかもしれない)


先生に言われたとおり,やはり時間が経ちすぎたのか。それとも単に自分自身に才能がないだけのか・・・。


(クリスにも聞いてみるか)

チャーリーは部屋を後にした。


「何か進展はありましたか」


クリスの部屋でチャーリーは尋ねた。


「いや、ない。全くゼロだ。新しく分かったことは何もない」


「そうですか・・・」

チャーリーは肩を落とした。


「例のやつはどうした。ほら、例の先生のところで教えてもらったやつは」


「あれですか。だめですね。全く役に立ちません」


「そうか」


「そうかって」

彼女にはチャーリーは、クリスの他人事のような態度が不満だった。


「ほったらかしですか。何もしてくれないんですね。そうですか。聞いて損した」


「何だ、イライラするなよな」


険悪な空気になりそうになった。


それを察してか、クリスは言った。


「ほかに心当たりはないのか」


「じゃあ、ロックハート中尉にでも聞いてみますか?」


チャーリーは何気なく言ったつもりだったが、クリスの顔色がさっと変わった。


まるで、誰かに突然、顔を力いっぱい張り手されたような顔だった。


「ロックハート?」


「ええ」


クリスは明らかに動揺している。


「どうかしたんですか?」


「いや、なんでもない。どうしてあいつ、いやあの人の名前が出てくるんだ?」


「ソニアの日記に、時々名前が出てくるんですよ」


チャーリーに預けたきりのクリスと違い、チャーリーは日記を隅々まで読み込んでいるのだった。


3.


クリスはその夜、自室でチャーリーから借りたソニアの日記をめくっていた。


ロックハートの名前は、ソニアが亡くなる2月ほど前から、日記に現れるようだった。



●月×日 「今日も訓練で失敗した。落ち込んで泣いていたら、なんとロックハート中尉に声をかけられた。私なんかがあんな偉い人に話しかけられるなんて初めてなので、とても緊張した」


●月×日「ロックハート中尉は偉い人なのに、誰にでも親切でやさしい。それに背が高くてすらっとしていてかっこいい。私もあんな風になりたい」


●月×日 「ロックハート中尉とお呼びしたら、笑って、中尉はいいよ、と言ってくれた。優しい」


●月×日 「お姉ちゃんに怒られた。本当に厳しくて怖い人だ。今日もロックハートさんが声をかけてくれて、お菓子までくれた。いい人だ。なんだか元気が出た気がする」


●月×日 「ハーディング軍曹は笑ったところを一度も見たことがなくて怖い。狼のよう、と言う人がいるけど、体は小さいのに手足が太くて怖い顔なので、私には昔絵本で見たゴブリンに見える」


(おい・・・)


●月×日「ロックハートさんはまた今日も声をかけてくれて、この前と同じお菓子をくれた。あの方は本当にいい人だ」


●月×日 「今日もロックハートさんを見かけた。最近私の行く先でよく会う気がする。私のことを気にしてくれているのだろうか」



(何だこれは・・・)


クリスはため息をついた。


どんな有益なことが書いてあるのかと期待したのに,肩透かしを食らった気分だった。


それにしても,よく知らなかっただけと言われてしまえばそれまでかもしれないが,


(あいつは菓子をあげたり,そんなに気さくな奴だったのか。全く聞いたことがなかったが)


クリスの中では、高飛車なエリート、というイメージしかなかったが、末端も末端の一隊員に対してそこまでするとは,感動というより,むしろ驚きだった。


普通であれば,名前すら認識していなくても不思議ではない。


いい奴,というよりむしろ,


(変わった奴)


というのがクリスの感想だった。


(菓子・・・か。どこの菓子なんだろうな)


クリスは,その手の情報には疎かった。


「お菓子ですか」

チャーリーはちょっと首を傾げた。


「ロックハート中尉のようなお金持ちが行く場所と言えば・・・」


4.


「Palmers」は、街の中心部からはやや外れた場所に店を構える、老舗の高級菓子店だ。


クリスにも声をかけたが、忙しいからと断られた。どうも彼女は、この件にあまり乗り気でなくなりつつあるようだ。


チャーリーが警察の人間であることを告げ,店長に面会を求めると,若い店員はやや緊張した面持ちで店の後ろに向かった。


「何か?」

禿頭にアシカのような口ひげを生やし、でっぷり太った店主が,店の奥からのっそり現れた。


「ロックハートさんですか。確かに、少し前までちょくちょくお見えになられてましたよ。最近はお見かけしておりませんが」


店主は癖なのか、鼻のあたりを触りながら言った。


「あの方には昔々からひいきにしていただいてましてね。小さい頃はお父様と一緒によくお越しになられたもんです」


この店の菓子ひとつで、チャーリーの1週間分の生活費と同じぐらいの値段がする。


(さすが、金持ちは違うな)


チャーリーはふと気になって,くだんの日記のことを店主に尋ねてみた。


「誰かがソニアに渡したらしいんですが,誰かが分からないんです」


ふんふんと聞いていた店主はこともなげに言った。


「私ですよ」


「えっ⁈」


「ソニアさんに渡したのは私です。生前ホワイトさんに頼まれたんですよ。もし自分に何かあったら、妹に渡してもらいたいと。亡くなられた暫く後で、基地にもっていって渡しました」


真実は、思いがけない場所に転がっているものである。


「中を見たんですか?何が書いてあったんです?」


「いや、そこまでは。個人的なものだと思いましたんでね。ホワイトさんからも中は見るなとさんざん言われました。それに・・・」

(他人には見せられないもの、どう見ても曰くありげな日記に、あまり関わりたくない、と言いたそうな顔だった)


「・・・分かりました。ありがとうございます」


「それとですね」


店主は一度店の奥に引っ込み、それから、白くて四角い封筒を一つもって戻ってきた。


「これを」

とその封筒をチャーリーに渡した。


「何ですか?」


「いえね、これもホワイトさんに頼まれたんですよ。誰か警察の人でこの店に日記のことを訪ねてくる人がいたら,これを渡してもらいたいと。絶対に中を見るなと言われましたが、本当に訪ねてくる人がいるとは思いませんでした」


店主の顔は安堵しているように見えた。何か分からない不気味な預かり物を手放せてほっとしたのかもしれない。


チャーリーは基地に帰るまで待ちきれず、帰り道すがら、封筒を開けてみた。


白黒の写真が1枚だけ入っていた。


どこかの倉庫のような建物を背景に、4人の人間がこちらを向いて写っている。


7~8歳ぐらいの知らない少女が真ん中に立ち、その両脇には両親だろうか、スーツの男とブラウスの女。

さらに、写真の一番左側に、帽子をかぶり、半袖シャツにズボン姿の50代ぐらいの男が映っていた。


(どこで撮った写真だろう。この女の子はいったい誰だろう)


写真の裏を返すと,片隅にペンでメモがあった。


「LAにて 1948年6月」


(1948年というと、2年前か)


「LAにて」

(LA・・・)


チャーリーは再び写真を表に返した。

一番左の男に目が行った。


(この男、前にどこかで見たような・・・)


だが、どこかは思い出せない。


(クリスにも聞いてみよう)


チャーリーは、帰り道を急いだ。



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