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夜には気をつけろ①


・1945年6月 内務省警備局内に「治安警備隊」が秘密裏に発足。


・1945年8月 治安警備隊、内務省より分離し、警察庁に編入。「治安警察隊」に改称。


・1945年10月12日 治安警察隊と同じく警察内の特別高等捜査局、特別憲兵隊の3者が統合し、「特別警察部隊」に改称。同日をもって、正式に部隊として発足。


・1946年1月 特別警察部隊に国防軍と同程度の通常装備を許可。武器使用規定の大幅緩和。


【目次】


1.クリスの予感

2.故郷について

3.ギミック


【前回までのあらすじ】


クリスは、旧知の仲のチャーリーとパトロールの途中、突然の襲撃を受けた。チャーリーは重傷を負い、クリスは窮地に立たされたが、何とか敵を退けた。それから、1月半程が経過した。







1.クリスの予感


その日の夕方、クリス・ハーディングは、延びに延びた午後の訓練を終え、疲れた足を引きずりながら、宿舎の自室に戻って来た。


 酷く疲労していた。その上、酷く苛立っていた。


いつまで経っても使えない奴らだ、という気持ちを押し殺しながら、泥にまみれたブーツを脱ぎ捨て、汗で変色した上着と靴下を、床に投げ捨てた。


直ぐにでも 横になりたかったが、シャワーを浴びなければ、汗まみれのままではベッドに横になることもできない。


休日だと言っていた同室者は、どこかへ出かけたのか、まだ戻って来ていなかった。


他人がいればもちろんためらわれるところだが、これ幸いと、その場で素早く残りの衣服を脱ぎ捨て、浴室へと歩いていった。


シャワーのコックを捻り、頭から湯を浴びると、始めは真っ黒で、直ぐに白濁した色に変わった水が頭から顎を伝って、立ったままの足元に流れた。


汗と共に、疲労そのものも、頭の先から溶けて流れ落ちていくようで、目を閉じたまま、頭を打つ湯の心地よさに任せた。


暫くして、顔の水滴を拭おうと手をあげた時、ふと、左肩と左肘の傷跡に目が止まった。


1月半程前、パトロール中に敵に襲われた。その時に付けられたものだった。


 傷は、骨の近くまで抉られていて、だいぶ出血していたようだが、敵の返り血にまみれていたので分からなかった。


あの時は痛みなど全く感じなかった。誰かが指摘してくれなければ、ずっと気がつかなかったかもしれない。


正直、怪我をしていた事を知らされた時も、特に何の感情も湧かず,手が飛ばされず残っていたからそれでいい、という程度だった。


 傷跡なら、それこそ体の至るところにあるので、今更、1つや2つ増えたぐらいで、特に何も思う事はなかった。


 兵隊というものは、戦うために生きているような節がある。


 戦うために己を鍛え、食べ、そして睡眠をとる。日常のおよそ全ての営みが、戦闘でいかに効率よく力を発揮するかという、そのための方法論であったり、思想に基づいて執り行われている。


 暫く実戦から時間が空くと、むしろそちらの方が不安だった。


先日のように、いつ急に戦闘に巻き込まれるか分からない。


 (その時、自分の身体は大丈夫なのか、思ったとおりに動いてくれるのか)


 時間が経てば経つほど、そのことだけが不安になった。


余り認めたくはないが、戦っている瞬間の、あの緊張感、あの高揚、あのアドレナリンが全身を駆け巡り、頭の先から爪先まで痺れるような刺激的な興奮が恋しくなる衝動がたまに湧いてくる。


その衝動は、戦闘から時間が経つほど、より激しく、頻繁な発作のように襲って来るのだった。


クリスは、そんなことをぼんやり考えているうちに、ふと、いつの間にかだいぶ時間が経っていることに気がつき、慌ててシャワーを止めた。


湯を使いすぎると、再度、時間を掛けて沸かし治さなければならなくなり、後で戻ってきた同室の者に怒られる事になる。前も同じ失敗をした事があった。二度目はまずい。


石鹸で頭と体を洗い、浴室を出ると、既に日が傾いていて、窓から眩しいオレンジ色の夕日が差し込んでいた。


 窓枠の影が、床に黒々と十字架の形の影を作っていた。


(これからどうしたものか)と思った。


 横になって本でも読みたかったが、食事をしない訳にはいかない。


宿舎の食堂は開いているであろう時間だったが、あまり気乗りしなかった。


 食堂の不味さは、 食糧がない戦場で、虫や雑草を食べていた兵士達ですら敬遠するほどで、隊内では知れ渡っている。


そうなると、自分一人でも基地の外へ外出するしかないが、それは不味い食堂にわざわざ出掛ける事以上に気乗りしないことだった。

 

 どうしたものか、としばらく考えていると、ふいに、ドアがコンコンとノックされた。


 (誰だろう)と思いながら、ドアに近づいていった。


同室のものが戻って来たのだろうか。それにしては、不自然な気配がした。


 (まさか、敵?)


 嫌な予感がした。


 こういう場合の、理屈では決して説明できない「嫌な直観」というものを、クリスは意外と大事にしていた。


敵のはずがない、と思ったが、念のため、壁に背中をつけ、半身になりながら、片方の手でドアを、ゆっくりと、少しだけ開けた。


 次の瞬間、ドアの外から伸びてきた手が,ドアの淵を掴み、一気に引き開けた。


 反射的に,手が腰の剣を掴もうとして、そのまま空を切った。さっき服を脱いだ時,ベッドの脇に立て掛けたままだったことを思い出した。


 やられる、と思った次の瞬間、聞きなれた声がした。


「何をしてるんですか」


 目の前に、黒髪の少女が立っていた。


 安堵で全身の力が抜けていった。


 「チャーリー。何の用だ」


 「あなたこそ、何をそんなに慌ててるんですか?」


 心臓はまだ肋骨の下で激しく脈打っていた。


 「何でもない。風呂に入ってただけだ。」


 「嘘はダメですよ。今、叫ぼうとしましたよね?」


 「要件を聞こうとしただけだ」


「相手が誰か確かめもせずに?」


 馬鹿にしているのか、それとも本気で疑問に思っているのか。


「もういい。それで、結局何なんだ」


「暇なら久しぶりに食事でもどうですかね、と思ってですね」


チャーリーはえへへ、と笑いながら言った。


 自分に向かってはともかく、一般的には目上の人物に向かって、「暇なら」という言い方はよくない、と思わず言いそうになった。


が、我慢した。それを言ってしまうと、また長い話になりそうだった。


チャーリーはこちらの顔色を窺うように、どうですかね、とまた繰り返し尋ねてきた。


「まあいいだろう。ちょうど私も出掛けようとしていたのだし」


きっかけができてよかった、とは、素直に認めたくなかった。


「それじゃあ、行きましょう、行きましょう」。


チャーリーは,嬉々とした声で言った。


「ちゃんと剣は持って出てくださいね。いざというときなくて慌てたりしたらカッコ悪いですから」


チャーリーはドアを出ながら言った。


(予感はしょせん予感だったか)と、クリスは後ろ手でドアを閉めながら思った、


2.故郷について


それから2人は、川沿いにある屋台街に向かった。


ちゃんとしたレストランなどに行くほど、金はない。


外で食事をするときは大抵いつも屋台だった。


清潔とは決して言えないが、安くて、種類が豊富で、しかもうまい。


特に、この屋台街から川を挟んでちょうど反対側は金融街もある商業地区で、薄暗くなり始めた空に高層ビルの明かりが煌いて美しかった。


川から吹く風も涼しく、特に夏の間は、二人でよく来た。


この場所が好きな理由は、実は他にもあるのだが、それは・・・。


「どうです。故郷の味ですよ。久しぶりでしょう。」


買ってきた料理をつまみながら、チャーリーは言った。


「東部の料理が、他所で食べられる場所は、多くないからな」


クリスは、チャーリーが立て替えた分の代金を渡しながら、蟹の煮込みをフォークで刺し、口に入れた。


やはりうまい、と思った。世の中がどれだけ変わっても、子供の頃に身に着けた味覚は変えられないのだ。


蟹の煮込みは、2人の故郷の、家庭料理のようなものである。


独特な香りのする香草が使用されていて、出身地である東部の料理では当たり前なのだが、2人が今生活している西部の人間には酷く嫌われている(排泄物の臭い、と面と向かって言われたこともある)。


クリスが知る限り、これだけ味を忠実に再現していて、これだけの料理のバリエーションがあるのは、この屋台以外になかった。


「訓練はどうだったんです」


クリスが料理の味に浸っていると、チャーリーが話しかけてきた。


「ずいぶん長くやってたでしょう。夕方に見たら、まだやっていた」


「どうしたもこうしたもない。いつもの新米達のせいで長引いた。それだけだ」


「新兵たちですか」チャーリーは困ったものですね、という風に顔を顰めた。


「何人かでも、実戦には出られそうなんですか?」


「まさか」


とても使い物にならない、というのが率直な感想だった。


「実戦での出来の良しあしは、素質が8、9割方で、努力しさえすればどうにかなるものじゃない、とは思うんだが。しかし、だからといって何もしないというわけにはいかないし」


「逆に素質がありさえすれば、一人前に育てるのにそれほど時間はかからないはずですよね」


「それでも、例え素質がある奴の中でも、優秀な者とそうでない者との間の差は開いて行くと思うがな」


話し込んでいるうちに、器はいつの間にか空になっていた。


「そろそろ行きましょうか」


夕方だったのが、既に日が落ちて暫く経っていた。


2人で席を立って歩き出した。


3.ギミック


夜のこの時間になると、バスは激しく混雑する。


既に乗り場には長い列が出来ていた。


並んで待つのは面倒だった。それに、チャーリーが今日は歩きましょうよ、などと言うから、クリスはそれについ流されてしまって、結局基地まで歩いて帰る事になった。


昼間の疲れは、満腹の心地よさに変わっていた。


鉄道の高架をくぐり,スラム街にほど近いエリアまで来ると、人どおりはほとんどなくなった。


2人は平気で歩いているが、この街でも指折りの治安の悪い地区、として有名である。


このあたりには看板もなく、なんの店なのかわからない店も多い。明かりがない穴から地下へと延びる階段も、やたらと目立つ。


落書きだらけの壁に沿って歩いていると,道端に誰かが立っているのが目に入った。


背格好からすると,どうやら子供のように見えた。


クリスは(関わりたくない)と思ったが、もう目が合ってしまっていた。


しまったと思ったが、もう遅かった。


子供?は、ぱっと走り寄ってきて、2人の前に立ち塞がった。


やはり子供のようだった。


肩まで伸びたボサボサの髪に,黄ばんだしわしわのTシャツで,全身から異様な臭いが漂っている。


クリスは渋々尋ねた。


「何だ。何か用か」


その子供は何も答えなかった。


「黙っていると斬るぞ」


半分脅し、半分本気だった。


もしも相手が少しでも怪しい素振りを見せたら、一切容赦しないつもりだった。


そういう覚悟でなければ、この国では、命がいくつあっても足りない。


「油断」よりも「躊躇い」の方がずっと命取りになる。気の毒な気はするが、背に腹は変えられないというやつだ。


クリスはじっと身構えた。


不意に、その子供は、汚れたズボンのポケットから、鎖の付いたガラス片のような物を取りだし、2人の目の前に突きだして来た。


ただのガラス片だと思ったのは、よく見ると、アクセサリー風の小物だった。


歪な形のガラス片の真ん中に、片方は鳥、もう片方は花の図形が掘ってあった。


「器用だなあ」


チャーリーが、感心した声をあげた。


確かに、シンプルな構図だが、鳥の羽や花びらの一つ一つの細部に至るまで、緻密に彫刻されていた。


親指の先程の大きさしかない図形だから、余程器用でないと、ここまで彫れないだろう。


「買ってください」


子供が下を向いたまま、か細い声で言った。


微かな東部訛りがあった。


クリスは少し迷ったが、まあいいか、と思った。


今夜は少し、気が大きくなっているのかもしれなかった。


それに、さっき子供が手を出した時、手に火傷のような痣があるのがちらっと目に入った。よく見ると、顔にも痣のようなものがあった。


ここで買う奴がいないと、家に帰りにくいのかもしれない。


「いくらだ」とクリスは尋ねた。


「一つ5クロームです」子供が答えた。


クリスは硬貨を1枚、子供の手に乗せてやった。


「他にも色々ありますよ。色々。色々どうですか」


子供は急に元気になって、ポケットから別の小物を取り出してきた。


今度は四角ではなく球体で、土星か木星を型取った物なのか、回りに輪のようなものが追加されていた。


中には、星を模しているのか、金粉のようなものがちりばめられていて、それが街灯の明かりにあたって、きらきらと輝いていた。

どういう仕組みなのかはわからないが、見る角度を変えて見ると、光の色が赤や青、金色など、色々な色に変わって見えるようだった。


「きれいだ」


思わず声に出ていた。


「どうぞ、手に取って見てくれませんか」


クリスは言われるがままに手を差し出し、子供はクリスの広げた手のひらに、その小物を落とした。


次の瞬間、その小物が掌に触れるや否や、全身の毛が逆立った。


内蔵が全て裏返しになるような異様な感覚がして、クリスは慌ててそれを振り払おうとした。


しかし、手遅れだった。


それは、クリスの掌の上で瞬時にバスケットボール程の大きさに膨らみ、そして大爆発した。


目も眩むような真っ白な光に包まれたかと思うと、両側の鼓膜に激しい衝撃を受け、それから体が浮き上がる感覚がして、クリスの意識は途絶えた。























   


 

  













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