表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

空に浮かぶ魂


雲よりも遥か高い青空。


その骨まで凍てつくような冷気の中を、一本の箒が飛んでいた。


箒の後ろに座るチャーリーは、吹き付ける風の寒さに思わず身震いし、風にあおられていた防寒着の裾を、しっかりと体に巻き付けた。


前方に座るクラリスが、くすりと笑った。


2人を乗せているのは、ただの空飛ぶ箒ではない。


戦闘用に改造された、特別仕様の箒。

最高時速は、時速770kmまで出せる。


武装は、機首に30ミリの機関砲と、ロケット弾が12発。

爆弾も、250キロ爆弾2発を搭載している。


(チャーリー、もうすぐ国境だ)


前方の操縦席に座るクラリスが、テレパシーで呼び掛けてきた。


防寒のための分厚い耳当てと、唸りをあげる風のせいで、お互いの声はほとんど聞こえないが、テレパシーがあれば全く問題ない。


(クラリス、だから、今は「国」とは言わないんだって)


チャーリーは、少し咎めるように言った。


(ごめんごめん、今は「国境」はないよな)


クラリスは苦笑いした。


チャーリーとは古い付き合いになるが、本当に、細かいことにうるさくなった。

昔を知っている彼女から見ると、慣れ親しんだ友達が遠くに行ってしまったようで、少し寂しい気持ちになる。


(武装警察か)


自分と一緒になって芋の蔓をかじっていたあの貧農の子が、今や、名前をいうだけで相手を震え上がらせるまでに、登りつめていた。


時は流れる。

世の中も、国も、人も、全て変わっていく。

誰も昔のままではいられない。


クラリスがぼんやりそんなことを思ったそのとき、背後に何かの気配を感じた。


はっとして振り向くと、チャーリーも後ろを見ていた。


クラリスはじっと眼を凝らした。


後方、真っ青な空の彼方やや下方に、染みのような黒い点が見えた。その黒い点がみるみる大きくなり、箒に乗った人の姿になった。


こちらに向かって急上昇してくる。


近くに味方の基地はない。それに、遠目だが、あの箒の型は・・・・・・。


クラリスは心の中で舌打ちした。せっかくの時間を邪魔しやがって。


(チャーリー、「領主」だ。それも2人もいる)


人影がみるみる大きくなり、猛スピードで接近してくる。


機銃が、キラリと陽光に煌めいた。


(20ミリ。不法侵入の礼に、手厚くもてなすそうだ)


(どうする?)


クラリスは考えた。


自分一人だけならいくらでも逃げる方法はある。


だか、今日は後ろにチャーリーを乗せている。

あまり無茶な操縦をすると、箒にあまり慣れていないチャーリーを振り落としてしまうかもしれない。


(仕方ない)


(チャーリー、ちょっと揺れる)


クラリスはぐっと機首を右に向け、旋回を始めた。


(撃ち落としてやる。せっかくの時間を邪魔しやがって)


クラリスは小声で呪文を唱え、左目をそっと手のひらで押さえた。


左目の黒目が消え、代わりに青い十字のガンサイトが目の中に浮かんだ。


機首の機銃の具合を確かめた。


機銃は、当たれば、一撃必殺の30ミリ。


ただ、うまく当てるのは容易ではない。


敵-能力者-は、鋼鉄のような分厚いシールドに守られている。


漫然と撃っても、弾かれる。

不意をつき、防御をさせない工夫が必要である。


機首をたてて急上昇し、雲の中に突っ込んだ。

いったん姿を消してから、背後に回り込む作戦である。

敵は見失ったのか、背後から追ってくる気配はない。


十分に高度を取ると、一転して降下に転じ、再び雲の下に出た。


敵は、見えない。


(見失ったか)


広い大空の下では、箒の一機や二機など、砂粒のように小さい。


クラリスは目を閉じた。


落ち着いている。


練磨のこの少女も、死線を幾たびも潜り抜けてきている。


耳元をすり抜けていく風の流れに、神経を集中させた。


息を潜めるようにして、待った。


風の音と、チャーリーの息遣いだけが聞こえる。


待った。


ほんのわずか、肌を刺すような気の乱れを感じた。


目を開けた。


1時の方向、右下にはっきりと敵の姿を捉えた。


悠然と飛行している。

こちらの存在には、には全く気がついていないようだ。


クラリスは、空気に溶け込んだように密やかな振る舞いで、十分に狙いをつけ、引き金を引いた。


ダッ、と乾いた音がして、敵の背中に、スッと真っ赤な火線が吸い込まれていった。


血飛沫が舞い、身体が箒から離れて落下していくのが見えた。


(もう一匹は)


見失った、と思った時、ヒュッと風を切る音がして、弾丸が頭上を掠めた。


すぐ後ろにいる。


クラリスは素早く反転し、機銃を撃ち込んだ。


しかし、当たったと思った瞬間、火花が散って弾が弾かれた。分厚いシールドを張っているらしい。


さらに連続して機銃を撃ち込んだが、ことごとく弾き返された。

(固い・・・・・・)


らちがあきそうにない。このペースで撃ちまくっていれば、すぐに弾も尽きてしまう。


いつもなら別の方法を考えなければならないが、今日は・・・・・・。

(残念だな。今日はあいにく、()()を積んでるんだ)


クラリスはチャーリーを振り返った。


右手が青く輝いている。それを身体の影で隠していた。


(用意は?)


(いつでも)


エンジンの回転数を落とし、スピードを緩めた。敵がぐんぐん接近してくる。


(よし・・・・・・今だ!)


チャーリはさっと右手を体の陰から引き抜いた。


魔力砲が青い尾を引いて飛んでいった。


すぐ近くまで接近していた敵は、慌てて旋回して回避動作を取ったが、その逃げていく尾部に魔力砲が直撃した。


爆発音がして、オレンジ色の火球が宙に広がり、白い煙が拡散した。


箒のエンジンは、被弾に弱い。


この至近距離では、たとえ人間は防御できても、エンジンの方は耐えられない。


最初から、それを見越して狙っていた。


うっすらと薄れ始めた白い煙の下方に、黒い煙を吹いて落下していく物体が見えた。


(やったか?)


(墜ちてく)


2人の間に、安堵の空気が流れた。


チャーリーはクラリスの背中をぽんぽんと叩いた。


「チャーリー、滑走路が見えた。あと10分で降りる。」


クラリスがエンジンの回転数を落とし、滑空体制に入った。エンジンの音が小さくなると、急に辺りが静かになった。


2人を乗せた箒は、空中を滑るように滑空した。


やがて、灰色の滑走路が目前に迫ってきた。


「背中、気をつけて」


チャーリーの後ろで、パラシュートがばっと開いた。


箒は緩やかに滑走路の上空に進入し、滑走路の上空1メートルほどの空中にピタリと停止した。


チャーリーは、ぽんと箒から飛び降りた。


「どうもありがとう」


「いいさ、チャーリーの頼みなら何でもしてやるって」


「それ、どういう意味」


(今の変だったかな)とクラリスが思うのと同時に、チャーリーは微妙な含みのある言い回しに、すばやく反応した。


「どうもなにもない、何もないよ」


(本当に勘が良くなったよな)とクラリスは心の中で苦笑いした。


チャーリーは納得のいかない顔をしていたが、わかった、といった。


「また何かあったらお願い」


「いつでも」


後ろめたい気持ちが自然に言葉に出てしまったのかもしれない。しかし、


(チャーリー、ごめん。でも、「あの事」は、まだおまえに言うわけにいかないよな)


クラリスは心の中で呟いた。


去っていくチャーリーの背中を見つめた。その背中が、一瞬だけ、自分の全く知らない人のように見えた。


(わかってくれ。これはお前の、いや、私達みんなのためなんだ)


その夜、爆撃機が一機、昼間2人が降り立ったのと同じ滑走路から、滑るように飛び立った。


最新鋭の、B36戦略爆撃機だった。


空に浮かぶ巨大な棺のようなそれは、夜の冷気を裂いてぐんぐん高度を上げていく。


やがて高度が十分に高くなった頃、胴体下の弾倉が開き、中から箒に乗った人影が一つ現れた。


それは、昼間チャーリーを乗せたものよりも二回り以上大きなものだった。


これだけ大型になると、操縦も相当困難なはずだが、乗り手は巨大な箒を巧みに操り、左にバンクしながら緩やかに降下していく。



月明かりにクラリスの横顔が照らし出された。凍るような夜風が頬をなぶり、クラリスは思わず身震いした。


指示機( マザー)から訓練機へ。高度3万5000フィートを維持せよ。ウェイポイント「able」通過後に降下に転じ、予定コースに侵入せよ」


「マザー、了解」


クラリスは応答した。昼間のテレパシーではなく、無線だった。


やがて、降下に転じた。


さらに高度を下げていくと、眼下に、星のように煌めく無数の家々の明かりが見えた。


暖かく、幸せに満ちた光だった。


(私の居場所ではない)


瞼にチャーリーの顔が浮かんだ。


この計画のことを知ったら、チャーリーは驚くだろうか。

それとも、激しく憤るだろうか。

もしかして、悲しむかもしれない。


けれど、「その時」はいつか訪れる。それは、止めようがない、時代のうねりなのだ。


そして、全てが終わった暁には、自分の存在は、この世から抹消されるであろう。


一介の軍人として、その覚悟はできている。


ただ、もし望めるのであれば、


(死ぬときは、雲の上がいい。誰の目にも触れないまま、空の彼方で、永遠に行方知れずになりたい)


クラリスは、心の底からそう願った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ