魔剣(番外編2)
1.
五番街の外れ、戦勝記念通りとオリンピック通りが交差する付近には、銃砲・刀剣類の店が軒を連ねていた。
その少女が、そのうちの一軒のルイスの店に入ってきたのは、何の変哲もない、ある木曜日の昼下がりのことだった。
見た目にも若い。あるいは10代後半ぐらいか。長い金髪を耳の後ろで纏め、白のシャツに緑色のコートを前開きに羽織り、足元は登山靴のようながっちりしたブーツを履いている。
体つきや髪型から、女らしいことはわかるが、顔は下を向いているせいかよく見えない。
ふらりと、まるで空中からわき出たように現れて、両手をコートのポケットに入れたまま無造作に店に入ってきた。
(何者だ?)
ルイスは不審に思いながら店先に出た。そのとき、少女が片手に抜き身の剣をぶら下げていることに気がついた。
「ご用は」
「これを、打ち直してもらいたい」
外見に似つかわしくない低い声で少女はそれだけを告げ、傍らの台の上に抜き身をがしゃんと放り投げるように置いた。
ルイスはその剣を手に取って見た。
見た瞬間、背筋に寒気がはしった。
長剣で、反りの浅い剣である。その長い刀身全体にべったりと、まるで澱のように白い脂肪がまとわりついていた。
よく見ると、単に曲がっただけでなく、物打ちの辺りがめくれたように捻れ、刃こぼれしている。何か硬いものに何度も打ち付けたに違いなかった。
がっしりした柄をさわると、べっとりと手に吸い付いた。
ルイスもこの道は長い。どういう使い方をしたのか、大体の想像はつく。
(こいつは人間を斬ったな。それも、随分な人数を)
が、
(この子供みたいな奴がやったのか?)
ルイスの不審はそこにある。
少女は石のように身じろぎもしなかったが、ルイスの不審を察したのか、無言でこちらを見つめていた。 顔はやはりよく見えないが、燃えるような二つの眼だけがルイスを睨み付けていた。
凄まじい殺気のこもった眼だった。まるで、獲物に飛びかかる寸前の獣のように見えた。
その眼に見いられるだけで、ルイスの背筋がぐっと伸びた。
「ついでに、砥いでもらいたい」
少女はまた短く要件だけを告げた。
ルイスはようやくそのとき、少女の言葉に、微かに特徴のある訛りがあることに気がついた。
(東部人か)
口には出さなかった。今の時勢には禁句である。
それだけでなく、もしこの少女の前でそれを口に出せば、自分の首は飛ぶ。後で考えればおかしな事だが、彼はそのとき本気でそう考えていた。
「し、承知いたしました」
もはや、一刻も早く、この薄気味悪い客に店から出ていってもらいたいという一心で、ルイスは即座に応じた。
少女は頷くと、この住所に届けてほしいといって、ルイスに紙片と、前金のはいった紙封筒を押し付けるように渡した。
そしてさっさと店を出て、あっという間に雑踏の中に紛れて消えた。
ルイスは手中の紙片をひろげて見た。
そこにはたった2行だけ、
「ホワイト」
●●●-✕✕✕
癖の強い右下がりの字で、名前と住所らしきものだけが書かれていた。
2.
「困ったな」
半月後、紙片に書かれた住所を訪れたルイスは、頭を抱えていた。
その住所の場所には、何もなかった。
いや、何もないわけではない。
建物、いや、かつて建物であった残骸、崩れ落ちた廃墟が、同じように所々崩れ、汚い染みのついた高い塀の向こうに広がっていた。
ルイスは閉まったままの門の、錆び付いた鉄格子格子の隙間から中を覗いた。金属の錆の、嫌な臭いが鼻をついた。
かつては立派な煉瓦造りだったとおぼしき建物は、前半分がほとんど崩れ落ち、その下の地面は伸び放題の草に埋もれている。
左右と奥の壁は原型をとどめていたが、煉瓦は色褪せ、風雨にさらされて端が崩れ始めていた。いずれは左右の壁も崩れ落ち、支えを失った奥の壁も自動的に倒壊するだろう。
崩れた天井から、ぽっかり青空が覗いていた。
どう見ても、人が住んでいるようには見えない。
たとえ住んでいる人間がいたとしても、こんな場所にわざわざ住んでいる人間とは、なるべくかかわり合いにはなりたくない。
とはいえ、客の物を預かり、金ももらっている。返さない訳にはいかない。
(どうしたものか)
ルイスが鉄格子の隙間から首を曲げたり伸ばしたりしなから中をうかがっていると、突然、
「どなたですか」
背後から、誰かに突然声をかけられた。
ルイスは慌てて鉄格子にくっつけていた顔を離して振り向いた。
少女が立っていた。
小柄な少女だった。頭がルイスの胸の辺りまでしかない。
ぱっちりした二重瞼、陶器のように白く滑らかな肌、肉厚だが色のうすい唇。
美少女というよりも、むしろ子犬や子猫のそれに近いかわいらしさがあった。それが小首を傾げるようにしながら、こちらの様子を伺っている。
顔はぼやけて良く見えない。眼のせいかも知れない。あまり良くはない。
(今まで、どこにいたんだろう?)
辺りは一本道で、他に隠れる場所はない。
が、
(おれの眼も、最近はすっかりいかれてきたからな)
ルイスは無理やり自分を納得させて、聞いた。
「い、いや。剣を修理に預かっててね」
ルイスは脇に抱えていた木の箱を掲げて見せた。
「ホワイトさんて言うんだけども」
「ホワイト・・・・・・。もしかして、私のお姉ちゃんかも」
少女は少し間延びした、「あどけない」という言葉そのものの声で言った。
「君のお姉さん?」
(似てない)
そう口をついて出るのをやっと我慢した。
「じゃあ、これは君のお姉さんの物かな?」
「そういえば、最近は、いつも使っている剣を持っていなかったかも」
少女は何かを考えるときの癖なのか、しきりと首をかしげながらいった。
「じ、じゃあこれをお姉さんに渡してくれるかな」
ルイスは、箱を少女の手に押しつけようとした。
「お金は後で店に持ってきてくれればいいから」
一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
店に来たあの少女も、この剣も、今目の前にいる少女も、得体が知れない。これ以上、この件に関わりたくなかった。
「でも、今、お姉ちゃんはパトロールに出てて、いなくて」
「いいからいいから」
ルイスは無理やり少女に箱を押し付けようとする。
「嫌、嫌です」
少女は両腕を抱え込むようにして、必死に拒否する。もみ合いになった。
ルイスはそれでも大人の男である。力では勝っている。
両腕を掴んで、無理やりこじ開けようとした。
「誰か、た、助けて!!」
押しきられそうになった少女が叫び声をあげた。その時、
「おい、何やってる」
背後から誰かの声がした。
ルイスが振り向くと、背後に、黒髪の、これまた小柄な少女が立っていた。
怒気を含んだ緑の目が、こちらを睨みつけている。
「その子から離れろ、変態」
ルイスは少女の片手が、着ている上着の胸元に差し込まれていることに気がついた。
(まずい)
「い、いや違うんです。お客さんから修理を頼まれた剣を返しに来て。そうしたらこの子が、お姉さんのものだって言うから」
ルイスは必死に弁解した。そうしないと、胸に風穴が空くかも知れない。
「ルビーの?」
少女は胸元から手を抜き取った。
「そういえばそんな話をしてたような」
「お姉ちゃんは、今いなくて。それで・・・・・・」
少女の声は、もう半泣きのようだ
「わかったわかった。忙しいのに、怒られたくないもんな。私が届けておくよ」
「いいんですか」
「構わないよ。部屋に置いておけばいいんだろう」
「じ、じゃあお願いしますよ」
ルイスは少女に箱を渡した。
「確かに」
少女は受けとると、ルイスの要求する半金を立て替えて渡し、箱を持ったまま駆け出していき、あっという間に路地を曲がって姿を消した。
(やれやれ、これでいい)
ルイスは少女が姿を消したのを見ると、店に戻ろうとした。その時、
「あ、あのう」
間延びした声が聞こえた。振り向くと、さっきの少女が立っていた。
「なんだい」
なぜかこの少女のしゃべるのを聞いていると、自分の口調も柔らかくなるような気がした。
さっきの剣ですけど、と少女は前置きして話した。
「あの剣、お姉ちゃんの剣は、魔剣だって噂があるんです。よく斬れるって意味もあるけど、それだけじゃないらしくて、かかわった人がみんな命を取られてるって。曰く付きっていうか」
「曰く付きか・・・・・・」
「だから、気をつけてください」
古い剣にはよくある手合いの話だろうが、事実、あの剣は今までに大層な人数を斬っているらしい。なるほど、業が深いのは間違いないだろう。
星の数ほど剣を見てきているルイスでも、やはりあの剣は他のものと違って、どこか薄気味悪いと思う。
あれを見つめていると、不意に、人を斬りたいという衝動に駈られそうな気がするのだ。
だから、気がかりなものをようやく手放せたことに、内心ほっとしていた。
「そういえば、君はさっきどこから・・・・・・」
ルイスが言いながら足元に落としていた目線をあげると、少女の姿は既になかった。
3.
それからまた半月ほどして、ルイスは馴染みの客先からの帰路を急いでいた。
もうだいぶ夜も遅い時間である。
ついつい話し込むうち、すっかり遅い時間になってしまった。
この辺りは治安が悪い。
分離独立派とか言う、タチの悪い連中が跋扈している場所である。
本来であればこんなに遅い時間に 通りたくはなかったが、家に帰るためにはこの道を通らなくてはいけない。
(ついてない)
ルイスは舌打ちした。
路地の一つを曲がった時、少し先に人が立っているのが見えた。
一人ではない。
少なくとも、四、五人の影が揺らめいているのが見えた。
ルイスは慌てて物陰に隠れた。星明かりに白刃が煌めくのが見えたからである。
物陰から首だけを出して様子を伺った。
剣を上段に構えているらしい。切っ先が月明かりを浴びて光っている。その対面にもまた影が見える。
(誰かと対峙しているのか)
不意に、手前の影が揺らめき、剣がキラリと光り、血が遠目にも分かるほど、ばっと四方に飛び散った。
断末魔のうめき声が聞こえた。
(人が、斬られている)
ルイスもその現場を直に見るのは初めてだった。
目の前で起きていることは明らかな現実なのに、それが信じられなかった。
いや、必死に信じまいとしていた。自分の生きてきた世界とかけ離れた光景を。
息が止まりそうになり、じっとりと背中に汗をかいていた。夜風に乗って、かすかに生臭い血の匂いがした
一人また一人、使い手は鮮やかな剣さばきで次々と撃ちかかる敵をなぎ倒して行く。
流麗な剣戟だった。
水の上をすべるように滑らかで、全く無駄がなかった。
凄惨な現場のはずなのに、なぜか、まるで華麗な舞踊を見ているように、見るものを引き付ける美しさがあった。
(俺は、いま、起きながら夢を見ているのだろうか?)
ルイスは目の前の光景に見いった。
恐怖も、逃げ出すことも忘れ、夢中で見とれていたその時、ルイスが隠れている物陰の、左の方から、ざっという微かな足音がした。
一人の影がぱっと振り返った。
ルイスは慌てて物陰から出していた顔を引っ込めた。
離れたくない。声だけをなおも聞いている。
「ルビー、東からも来る」
「何人だ」
「わからない。かなりの人数かも」
「持ち場を捨てろ。斬り込め」
「散開、散開」
吠えるような声がして、だっと足音が聞こえた。
路地の向こうから、白刃の触れあう音が二、三度、微かに聞こえたが、やがて静かになった。
人が集まってくる気配がして、逃げられました、という声が聞こえた。
ルイスはようやく我に返って、その場から離れようとした。背中を向けたその瞬間、誰かに背中を思い切り突き飛ばされた。
顔が勢いよく地面にぶつかり、口の中に砂と血の味がした。うめき声が口から漏れた。
背中に重みと固い靴底の感触を感じた。誰かがうつ伏せに倒れたルイスの背中を踏みつけているようだ。息が止まりそうな強い力だった。
「こいつ、見てましたよ」
誰かの声がした。
いつのまにか、何人もの影がルイスを取り巻いていた。
「やむをえんな」
眼の端に、白く輝く切先が見えた。
(あれに斬られてみたい)
そう思った。いずれ、もはや命は望むべくもないのである。
「顔を上げさせろ」
誰かがルイスの後ろ髪をぐっと掴み、頭を持ち上げた。
顔が眼に入った。
若い。少女といってもいい年齢の女だ。
驚いた顔をしている。
「お前は・・・・・・」
少女は一度抜いた剣をまた鞘に納めた。
傍らの少女が不審げな顔をした。
「ルビー、そいつを斬らないのか?」
声に不満が含まれている。
「ああ、斬るには及ばん」
ルビーと呼ばれた少女は、事も無げに答えた。
「こいつには剣の借りが多少ある。命は助けてやりたい。だがな」
少女は片手を耳に当てて、誰かの名前を呼んだ。仕事だ、と言うのが聞こえた。
ヒュッと風を切る音がして、目の前に小柄な少女が現れた。
ルイスは、今度は自分の見たものを疑いようがなかった。その人間は、たった今まで何もなかった空中から、突然現れた。
「何」
少女は眠たそうな声で言った。
「こいつに顔を見られた。記憶を消してほしい」
「斬れば済むのに。わざわざ開心して記憶を消すの?」
斬れば済むのに。
その声にはなんの感情の起伏もこもっていなかった。
ルイスは自分の運命を予感して、背筋がぞっとした。
(やめてくれ、いっそ一思いに斬り捨ててくれ)
いつの間にか、顎から地面に滴るほど脂汗をかいていた。
その場から逃げ出そうとしても、体が金縛りにあったように動かなかった。
ただ2つの目玉を左右に動かして、少女の姿が眼に入らないようにするという、虚しい抵抗をするだけだった。
「借りがあってな」
ルビーは剣の柄をぽんぽんと叩いて見せた。
「じゃあ仕方ない」
少女が嘆息した。
「ごめんね。今日で人間はおしまいだけど、仕方ないね」
少女はそういって、片手をあげた。指先が、ルイスの額にゆっくりと伸びてくる。
ほんの刹那の一時のはずなのに、ルイスにはまるでスローモーションの映画を見ているように長く長く感じられた。
(おやすみ)
意識が途切れる瞬間、ルイスは耳の奥底で、誰かがそう呟くのを聞いた気がした。
その後、その剣は幾人かの持ち主の手を転々としたと聞き及ぶが、現在の行方は、杳として知れない。




