スピィア星
僕があの夢を見る時は、大体金縛に
なるんだ。それから、
『ブーン』
って、耳鳴りがしてきて体が震え
だす。
正確に言うと、僕の肉体じゃなくて、
中身の部分。たぶん霊体とか幽体とか
言われてる部分だと思う。
初めてあの夢を見たときは、地震かと
思ってビックリしたんだ。
震度七か八くらいはあると思った。
僕は驚いて、金縛だから目だけ動かし
て、部屋の中を見回したけど、揺れて
る様子が全然なかった。
電灯のスイッチの紐もカーテンも、
全く揺れてる感じがなかったんだ。
それで揺れてるのは、自分の体の中身
だって、やっと気がついたんだ。
[ど、どうなってるんだコレ?]
って、僕は物凄く不安になった。
すると、そのうちに僕の体から、
スルッと僕の中に入っていたもう
一つの体が、抜け出したんだ。
その体はフワフワ宙に浮いて天井の方
まで上昇して行った。
僕の意識はそっちの方にある。
僕の肉体の方は間抜けな顔をして、
ベッドの上でガーガー鼾をかいて
寝てた。
僕は天井のところで立ち往生してどう
することも出来なかった。
僕はしばらく天井のところでもがいて
たんだ。
困って周りを見回すと、左手に部屋の
窓が見えた。
真夜中だから、カーテンを通して、
薄っすらと外の街灯の光が差し込ん
でた。
自分の体をコントロールするのが難し
いから、僕は諦めてしばらく体の力を
抜いてじっとしてた。
[あっちの方に行きたいなあ]
って思いながらずっと窓を見てた
んだ。
そしたら、スーツって僕の体が窓に向
かって移動して行き、勢いよく窓にぶ
つかった。
衝撃はあったけど、痛みはほとんど無
かった。
僕はまた窓のところに漂ってじっとし
てた。
[この窓を抜けて、外の大空を自由に
飛び回れたら素敵だろうな]
って思った。
すると、僕の体がスルッとカーテンと
窓を通りぬけ、建物の外に出たんだ。
僕はビックリして、しばらく四階の
自分の部屋の窓の外にフワフワ浮い
てた。
町の街灯がやけに明るく見えた。
街並みも、真夜中とは思えない程、
細部までクッキリと鮮明に見える
んだ。
[あれは透視能力かも知れない]
って、僕はずいぶん後になってから
気がついたんだ。
でも、その時の僕は、好奇心の方が
先に立って、
[空を飛んでどこかに行きたい]
って、思ったんだ。
夜空を見上げると、満月に近い月と
星が見えた。
僕はとりあえず、最初に目についた
団地の建物の屋上まで行ってみるこ
とにしたんだ。
意識を集中し、
[あそこまで行きたい]
って強く思ったら、スーツっと体
が上昇し、あっという間に屋上に
着いた。
着いたと思った途端、スッと体が落
ちて、僕は屋上のコンクリートの床
の上に立ってた。
接地してる感覚はあるけど、
重力はほとんど感じなかった。
屋上で辺りを見回してる時、僕は自分
がジーンズとヤンキースのスタジャン
を着てることに気がついた。
[さっきまで、パジャマを着て寝て
たのに]
って僕は思っだけど、その時は初めて
の体験に無我夢中で、あまり気になら
なかった。
後で分かったことだけど、僕が体外離
脱する時は、その時々の季節によって
自分が一番お気に入りの服装をしてる
んだ。
団地の建物は二十階建てだから、
そこからはかなり遠くまで見渡せた。
屋上からは新宿の夜景が見えた。
近くには僕が通ってた小学校の校舎が
見えた。
僕はとりあえず、小学校まで行って
みようと思ったんだ。
屋上から小学校までは、直線で、
五百メートルくらい距離があった。
[小学校に行きたい]
って僕は強く念じて、屋上で思いっ切
りジャンプした。
そしたら、物凄い勢いで僕の体が
グングン上昇し、あっという間に
高度千メートルくらいまで上がっ
て行ったんだ。
東京中の夜景が見渡せた。
富士山もはっきり見えた。
でも僕は怖くなって、
「うわあーっ!」
って大声を出したんだ。
すると今度は、物凄い勢いで、
体が地面に向かって急降下し
始めた。
完全にパワーのスイッチが切れた感じ
だった。
僕は何とかしようと、必死に空中で
もがいたけど、どうすることも出来
なかった。
[このままじゃ、地面にぶつかって
死んでしまう]
って思った。
僕は物凄い恐怖に襲われ、肝が縮み
上がった。
団地の建物の屋上がみるみる近づい
て来る。
だから僕は、ありったけの思いを込
めて、
[頼むから、さっきみたいに浮いて
くれー!]
って心の中で絶叫したんだ。
すると、屋上スレスレのところまで
来て、僕の体がピタリと止まった。
そしてまた、緩やかに上昇し始めた
んだ。
僕はホッとして、冷や汗をダラダラ
流した。
心臓もバクバクして息が苦しかった。
僕は気をとり直し、今度は上昇し過ぎ
ないように注意しながら小学校を目指
して飛んだんだ。
体が右に行ったり、左に行ったりし
て、なかなか真っ直ぐ飛べなかった。
途中、下降し過ぎて、電線に当たり
そうになった。
電線をなんとか避けて、道路スレスレ
まで来た時、警邏中の警官二人に出く
わした。
不審尋問されるかと思って、僕は身構
えたけど、彼等は全く僕に気付かずに
談笑しながら、僕の前を通り過ぎて行
った。
僕はホッとして、
[彼等には僕が見えないんだ!]
って思った。
それから僕は、なんとか自分の体を
コントロールして、小学校の屋上に
着いたんだ。
屋上からは、僕が住んでる団地が見
えた。
同じような建物が十棟くらい並ん
でて、各階の廊下に白熱灯がたく
さん点ってた。
やけに整然として、無機質な感じ
がした。
すると、右手の方に何か光が見え
たんだ。
その光は最初は小さかったんだけど、
北西の空の方から彗星みたいに飛んで
来て、徐々に大きくなって輝きが増し
たんだ。
僕が呆気にとられて見てたら、その光
がみるみるうちに僕に近づいて来て、
最後には直径十メートルを超える白銀
の球体になった。
眩しい光の塊が、
「ゴオオオー!」
って、大きな音を立て、僕に向かって
飛んで来るんだ。
僕は逃げる間も無かった。
「うわああー!」
って、僕は悲鳴を上げたけど、その眩
い光に飲み込まれた瞬間、僕の意識は
吹っ飛んだ。
※※※※※※※
気がつくと、僕は草原の上に寝てた。
芝生がチクチクするから、目が覚めた
んだ。
目を開けると日差しが眩しかった。
ポカポカして暖かい。
目が慣れるまでしばらく時間が
かかった。
僕が寝てた場所は広大な草原で、
緑の芝生が見渡す限り果てしなく
続いてた。
遠くの方に十字架の様なものが建って
いるのが見えた。
[ここはどこだ? そう言えば、
僕はあの変な光に飲み込まれて
ここに来たんだ。もしかして、
ここは天国かな?]
って、僕は思ったんだ。
試しに頬っぺをツネってみたけど
痛かった。
十字架までは何キロも距離がありそう
だったけど、とりあえず僕はそこまで
行ってみることにしたんだ。
最初は歩いてたけど、面倒臭くなって
飛べるかどうか試してみた。
僕は目を閉じて体の力を抜き、
[飛べ!]
って、心の中で強く念じた。
すると、僕の体がフワリと宙に浮いた
んだ。
僕は嬉しくてたまらなかった。
僕は空中で意識を集中し、今度は、
[十字架の方に行きたい]
って、強く思った。
そしたら、僕の体がスーツって、
十字架に向かって空中を移動し
始めたんだ。
僕はその時、飛び方がだいぶ分かって
きてて、右に行ったり左に行ったり、
上昇したり下降したり、スピードを出
したり緩めたりしながら、十字架の所
まで飛んだんだ。
風を受けて自由に飛ぶのは爽快な気分
だった。
その十字架は緑の芝生が段々畑みたい
になってる丘のてっぺんに建ってた。
物凄く巨大で、スカイツリーくらい
あるんじゃないかと思った。
御影石みたいな白っぽいグレーの石で
出来てて、表面には彫刻みたいな模様
が施されてた。
絵の様な、文字の様な、複雑で不思議
な模様だった。
[誰か人が居るかな?]
って期待してたけど、そこには全く
人影が無かった。
十字架の上から目を凝らして、辺りを
よく見回してみたけど、人が居る気配
が全然しないんだ。
僕は十字架の横棒のところに座って、
[ここは公園かな? だけど一体、
ここはどこなんだ? ヨーロッパ
かな? それとも、アメリカかな?
だけど、こんなデカい十字架なん
て見たことも聞いたこともないぞ、
こんなの地球の文明じゃ考えられ
ない]
って、僕は思った。
目を凝らして遠くの方を眺めたら、
街並みのようなものがかすかに見
えた。
この公園の芝生が途切れた辺りは森林
になってて、その先は丘陵地帯みたい
に緑の野山がうねうねと地平線の彼方
まで続いてたんだ。
地平線と空の青が交わる辺りは、少し
白っぽく見えるんだけど、その辺りを
見てたら高い塔が何本か見えたんだ。
目を凝らしてよく見ると、塔の下の
方にたくさん建物が並んでるのが見
えた。
[あれは街だな、あそこまで行けば、
誰か人に会えるかもしれない]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
かなり距離があったから、僕は
どれくらいスピードが出せるか
試してみた。
僕は飛びながら、
[もっと速く、もっと速く!]
って念じたんだ。
そしたら風圧が強くなり過ぎて、
目が開けてられなくなった。
頬っぺたもブルブル震えてる。
[鳥にでもぶつかったら危ないな]
って思った瞬間、僕は急に怖くなって
パワーが無くなったんだ。
僕は眼下の森に向かって落下し始
めた。
みるみるうちに、森林が目の前に
迫って来る。
僕は体の力を抜き、
[お願いだから、さっきみたいに
飛んでくれ!]
って、心の中で叫んだ。
すると、僕の体は森林スレスレの所
でUターンして、再上昇し始めた。
僕は冷や汗タラタラ。
団地の屋上での経験が役に立った。
恐怖を感じると、パワーが無くなる
みたい。
[飛ぶ時は体の力を抜いて、もっと
冷静にならなきゃ]
って、僕は思った。
◇◇
僕がシールドを張るのを思いついた
のは、実はこの時なんだ。
僕は休憩のために、適当な場所を探
して丘陵地帯の森の中に降りた。
喉が渇いてたから、丘陵地帯を流れる
川の近くに着陸したんだ。
そこは渓流みたいになってて、川原に
は大きな岩や小石がゴロゴロしてた。
川の水は澄んでてとても綺麗だった。
時々魚が跳ねてた。
僕は岸辺まで歩いて行って、川の水を
手ですくってガブガブ飲んだ。
「うんめー!」
って、僕は声を上げたんだ。
大きな岩の上に座って、しばらく休憩
してたら、突然アイデアが閃いた。
[自分の体を、あれだけ速く飛ばせる
んだから、物だって動かせるかもしれ
ない]
って、僕は思ったんだ。
試しに川原の小さな石を動かして
みた。
僕は近くにあった小石を見つめて、
[浮け!]
って念じた。
そしたら、小石が簡単に浮き上がっ
たんだ。
僕は面白くなってきて、他にも小石
を十個くらい空中に浮かしてみた。
小石を整列させて、あっちに動かし
たり、こっちに動かしたりしてみた
んだ。
小石は思い通りに整然と動いた。
僕は嬉しくなって、声を上げて笑っ
たんだ。
「アハハ、マジか、すげーや!」
最後は、小石を一列に整列させた
まま、ヒュンヒュン回転させて川
の中に投げ込んでやった。
小石は物凄い勢いで、
「バシャバシャバシャバシャ!」
って大きな音を立てて、川の中に
飛び込んで行った。
もっと大きな物を動かしてみよう
と思って、僕は自分が座っている
大岩を自分の体ごと、
[浮き上がれ!]
って強く念じた。
すると、大岩が僕の体ごと軽々と
宙に浮いたんだ。
「ゴッゴゴゴゴゴ!」
浮き上がる時、大きな音がした。
下を見ると、地中に埋まってる部分が
かなり大きかったからビックりした。
僕は自分の力の大きさに驚いた。
だって、その岩は大きくて、十トン
くらいはありそうだったから。
僕は岩ごと上昇して、しばらく森の上
を飛び回ってみたけど、バランスをと
るのに少し苦労するくらいで、重い感
じはしなかった。
一人で飛ぶ時と操作性はほとんど変わ
らない。
僕はまた川原に降りて、大岩を元の
場所に戻した。
[これって念動力って言うんだよな?
工夫すれば、もっと色々な使い方がで
きるかも知れない]
って僕は思った。
陽の光がポカポカと暖かくて、森から
は鳥のさえずりが聞こえて来た。
時々、そよ風が吹いてきて気持ちよか
った。
[この風を遮れないかなあ]
って僕は思ったんだ。
僕は岩の上に立ち、岩を動かした時
みたいに、自分の念動力が届く範囲
を拡大して宙に浮いてみた。
今回は岩を対象外にして、自分の体の
周りに直径二メートルくらいの球体を
イメージしたんだ。
そうすれば、手足を自由に動かせると
思ったから。
[見えない球体よ! 空気ごと、
浮き上がれ!]
って僕は念じた。
そしたら、フワリと僕の体ごと空中に
浮き上がった見えない球体は、風にな
びいて風船みたいにフワフワと、空気
中を漂ったんだ。
僕は嬉しかった。
自分がイメージした球体の中には、
全く風が入って来なかったから。
僕は球体ごと自由に空を飛んでみた。
森の上空をあっちに行ったり、こっち
に行ったりしてみた。
風圧は全然感じない。
息も苦しくないし、手足も自由に動か
せる。
僕は嬉しくなって、しばらくスーパー
マンやウルトラマンみたいなポーズを
して喜んでた。
だけど、そのうちバカバカしくなって
止めたんだ。
両手は自然に体の横に添えてた方が、
疲れなくていいみたい。
時々、球体のシールドを外して風を受
けて飛んだり、またシールドを張った
りして色々試してみた。
[いけるぞ、これ!]
って僕は思ったんだ。
それで僕は森を離れて、またあの街を
目指して飛んだんだ。
今度は全速力を出してみたけど、
風圧も感じないし、快適だった。
僕は見えない大きな力に守られてるよ
うに、安心して空を飛ぶことが出来た
んだ。
シールドの中は無重力で、呼吸も楽に
出来た。
◇◇
僕はジェット機みたいなスピードで
飛んでたみたい。
みるみるうちにあの街が近づいて来
たんだ。
大きな高い塔や、半球体や円錐形、
円筒形や、色んな形をした建物の
ある街並みが見えてきた。
車も空を飛んでるし、僕はビックリ
したんだ。
[何だ? この街は、ここは絶対地球
じゃないな]
って僕は思った。
僕が街の広場にフワフワと舞い降り
ると、その街の人達が驚いて、ワイ
ワイ言いながら、たくさん僕の周り
に集まって来たんだ。
群衆の中から、一人の背の高い白人
の男が僕に話しかけてきた。
「プチュ、パチュ、ピチュ」
みたいな言葉だったから、僕は最初
戸惑ったけど、一瞬後には、相手の
思考が僕の心の中に浮かび上がって
来たんだ。
僕は飛び上がるほど驚いた。
「君、空を飛べるなんて凄いね。
名前何て言うの?」
「僕は翔太、ここはどこですか?」
って、僕はビックリしながら聞いた
んだ。
相手も僕が日本語だったんで、
驚いてるみたいだった。
「ここはスピィア星、君はもしかし
たら、地球から来たの?」
って、その男の人が聞いたんだ。
「うん、僕は地球から・・来たんだと
思う。でも、どうやってここに来たの
か自分でもよく分からない。夢を見て
たら自分の魂が体から離れて行って、
その後大きな光に飲み込まれて、気が
ついたら、十字架のある大きな公園み
たいなところに居たんだ」
って僕が答えたら、群衆がざわめい
てた。
その男の人は腕組みして、右手を顎
の辺りに当てて、少し考えてた。
「地球の人がこの星に来るなんて、
百年ぶりだな。王様に報告しなきゃ
ならない。君たち地球人は、この星
のこと知らないと思うけど、僕等は
結構、地球のこと知ってるんだよ。
スーパーボールやワールドシリーズ
はこの星でも毎年観てる。君が最初
に着いたあの公園もキリストの偉業
を記念して作られた公園なんだ。
キリストも二千年前にこの星に来た
ことあるし釈迦も来た。地球の歴史
に名が残っていない隠れた聖人たち
も時折この星に来てる」
「だけど僕は聖人なんかじゃないよ。
僕はこれからどうなるの? 地球に
帰れるかな? 僕、明日は学校だし、
母さんも家で待ってるから、早く家
に帰りたいんだ」
って、僕は言ったんだ。
「聖人かどうかは君が決めること
じゃない。でも地球に帰る方法は
あるから、安心して。君が自分で
帰れなきゃ、僕たちが円盤で送っ
て行ってあげるよ。とにかく王様
の所に行こう。話はそれからだ」
って、その男の人は言っだんだ。
その男の人が指をパチンと鳴らし
て合図をすると、空から自動車が
スーッと降りて来て僕等の前に止
まった。
黒塗りのフェラーリみたいな
カッコいい車だった。
「さあ、これに乗って王様の所に
行こう。これは王室専用車なんだ。
王様のお城はここから二千キロ離
れた場所にある。僕も付いて行っ
てあげるよ」
って、その男の人が言ったんだ。
「よ、よろしくお願いします!」
って頭を下げて、僕は車に乗り込
んだ。
そしたら母さんの心配そうな顔が
頭に浮かんできて、僕は泣きそう
な気持ちになった。
するとその瞬間、僕の体がフッと
その場から消えたんだ。
その白人の男の人が口を開けて、
驚いたような顔をしてた。
気がつくと、僕は自分の部屋の
ベッドの上で、ハッとして目が
覚めた。
「翔太あー、学校遅れるよー、早く
起きなさーい」
って、台所の方から母さんの声がし
てた。
僕はホッとしてベッドから起き出し
たんだ。