スモーク・ゲット・イン・ユア・アイズ
「なにィ、こんな時間に渋滞か?」
せわしなくハンドルを指で叩いているピアースからは焦りや苛立ちが感じられる。
「くそ、あと少しでこっちの庭だってのに」
私たちの脱出計画、もとい亡命は途中まで好調そのものだった。
しかしあと数分で企業の監視が厳しい区域を抜けられる、というところで突然の渋滞に巻き込まれた。
奇妙なことに歩行者までもが立ち止まり、路上を埋め尽くしている。
ピアースの肩を叩き、外を指して少し見てくる、と伝えた。
「くれぐれも警戒しろよ」
立ち往生する車の間を抜けて進行方向へ向かう。
しばらく進むと、原因が見えてきた。
十字路を警備隊が閉鎖し、簡易の検問を築いていたのだ。
車両に歩行者、ありとあらゆる通行人を検査しているらしい。
装甲車まで投入してきている。
この分ではまず突破は不可能だろう。
どうにか撹乱するか、迂回する必要がある。
しかし撹乱してもトラックの前方に海のごとく広がる車両をどかすことはできない。
となれば、迂回路を探すしかない。
トラックまで戻ってきたときには、事態がさらに悪化していた。
偵察に行っている間にも車列が増え、後方までふさがれてしまっていた。
「はあ…厄介だ」
ピアースはお手上げだ、といった様子で手を頭に乗せている。
指示を仰ぐのが最適だろう。
バークレイに無線を繋ぐ。
“問題発生。検問所確認、渋滞を伴う”
「検問所?…発覚したのか?」
「検問?…見られてないよな?」
“迂回路の提示求む”
「了解した、現在地は?」
「東47の北23番通り」
くしゃくしゃと地図を広げる音が無線ごしに聴こえる。
「…よし。近くに下水道のメンテナンスハッチがある。それを通って…」
「待て待て待て、こっちにはロボットが16機とお客様までいるんだぞ?この人混みを見つからず通過できるとでも?」
“煙幕弾を使う”
「絶対目立つったら」
「そうだな…それがよさそうだ。グズグズしていると警備に見つかるかも知れん」
「勘弁してくれ…」
ピアースはついに頭を抱えてしまった。
「それならピアース、代替案はあるのか?」
「…無いよ」
「まだ文句が」
「無いったら」
「…そうか」
ふと覗き窓からコンテナの中を見ると、サエジマはピアースの拗ねっぷりを見て苦笑していた。
ああいう奴なんだ、という意味を込めてうなずく。
「この子たちは水も大丈夫だから、下水道は使えるよ」
作戦はこうだ。
まず目的地までの道筋に複数の煙幕弾を投げ、囮としてすぐ隣の建物の通用口を開けておく。
その建物というのも集合住宅なので、敵はそこでかなりの時間を取られる。
下水道の存在に気づいたころにはこちらは逃げおおせている、という算段だ。
おまけに煙の中を移動すれば市民からの目撃証言も防ぐことができる。
「今だ!」
サエジマの合図で三人が煙幕弾を投げる。
放たれた弾は宙を舞い、幸いにして三発とも狙い通りの場所に転がっていった。
数秒ののち炸裂音がして、行く手に濃い煙がくすぶり始める。
ライフルを担いでトラックから飛び降り、サエジマとキディ、ピアース、それから起動された15機について来るよう指示する。
検問の方向から聞こえる喧騒を気にも留めずまっすぐ歩みを進める。
一歩ごとに心臓が高鳴り、鼓動が早まる。
煙幕で目がかすむ。
まだ見えないのか。
何も見えないなか、進んでいる方角さえ疑う。
どれだけ歩いただろうか、目の前にようやく探し求めた建物とハッチが見えた。
大急ぎでビルの扉を開け放ち、返す足で続々とやってきたドローンの群れに続く。
ハッチの前では二人が錠前に悪戦苦闘していた。
「開きそう?」
「ああこんなモン片手でも…面倒くせぇ」
ピアースの肩に手をかけ下がるよううながす。
最初は怪訝そうだった顔が悪い笑みに変わる。
「ブッ放せ」
言い終わるか言い終わらないかの瞬間ライフルの引鉄を引き絞る。
モーターが空転し、レシーバーが振動する。
瞬間、まばゆい光が目を眩ませる。
長方形の銃身から放たれた光線は錠前を貫き、ドロドロの金属塊に変えてしまった。
「…こいつはスゲェな」
もう一つの錠前にも狙いを定め、引鉄を引く。
また光線が走って、支えをなくしたハッチはがくんと下に倒れた。
「よし行こう、レディーファーストだ」
ポイントマンをしてくれ、という意味だろう。
銃床を肩にしっかりつけたまま飛び降りる。
下水道の薄暗く狭い通路は湿気り、むせ返らんばかりの悪臭が立ちこめている。
生憎下層の人間にはたいしたことはないが、温室育ちのサエジマには堪えたようで、入ってすぐのときから鼻と口を袖で覆っている。
ハッチにゴミ山を乗せて隠蔽工作に勤しんでいたピアースが一仕事終え降りてくると、三人と16機が揃った。
「よし、ヴァーシまで戻るか」
ピアースのペンライトを借り前方を照らしながら進む。
一時間あれば戻れるはずだ。
目もかすむ臭いと水しぶきの中をただ歩く。
サエジマがときたま足を滑らせ、その度にキディやドローンに助けられている。
隠蔽工作が功を奏したか幸いにも追跡されることもなく、水路をほぼまっすぐに進んでいるだけでヴァーシの地下ゲートにたどり着いた。
歩哨はドローンの群れを見ていくぶん警戒していたが、私たちの姿を見るととたんに安堵した。
「なんだ、バレたかと…バークレイは上で待ってる」
「わかった。サエジマ、お前も来いよ」
「もちろん」
歩哨が扉を開け入るよう促し、ようやく拠点に戻ることができた。
あとはサエジマやドローンの処遇を決めるだけだろう。
なんだか酷く疲れた。
今日はもう休みたいが、まだやることが残っている。