エスケープ・プラン
話はまとまった。狙うは階下のトラックだ。
キディが先頭に立ちサエジマ、私と続く。
窓を音を出さないよう慎重に開け、非常階段の踊り場に降り立った。
踊り場は錆び、汚れ、苔で満たされていて、手入れが行き届いていない、つまり使われなくなって久しいことを示している。
足音が消されるかわり、足元には注意が必要だろう。
眼下の道に人はなく、管理区と企業区の住民の差を明確にしているようだ。
一歩ごとに神経を張り詰める。
しかし耳を澄ませようが目を凝らそうが誰も見つけることができない。
サエジマとその成果は相当軽く見られていたようだ。
苔にサエジマが幾度か足をとられかけたものの、大過なく地上階にたどり着くことができた。
降りた先ではすでにピアースが待ち構えていて、何本目かわからない煙草を吸っている。
煙のくすぶる薄暗い路地で作戦の確認に入る。
「えーと、僕とキディが警備の気を引いて、その間に君たちがやっつけてくれるんだよね?」
「そうそう。オレが後ろから回り込んで右のヤツをやっつけるから、シャーリーちゃんが左の歩哨を黙らせる寸法よ」
ピアースが目で同意を求めてきたので、織り込み済だ、という表情でうなずいた。
「だとさ。よしサエジマ、ちょっくら頼んだ」
わかった、と言ってサエジマとキディは路地を抜けトラックに向かう。いかにも急いでいる風だ。
「ねえちょっと、もうトラック出発してるんじゃなかったの?」
想定もしていなかったことを突然詰め寄られた警備は眉を潜める。
「何だって?実地試験は来週だぞ」
「そんなわけないよ、だってここの予定表には…」
サエジマがごそごそと服のポケットを漁っている間にピアースとトラックの後部に近づく。
「ほらあった!…あれ?」
“° °”
キディも一芝居打っているようだ。
「やっぱり来週って書いてあるじゃないか」
「そんなわけ…ああ、予定が…もうっ…」
なおもぶつくさと文句を言うサエジマに警備たちの目は釘付けだ。
ついに兵士の真後ろにたどり着く。
トラックのサイドガラス越しに手でサインを送る。
ピアースが指を三本立てる。スリーカウント。
3。
2。
1。
0、のタイミングで警備に飛びつく。
首に左手を回して右腕を掴み、右手で頭を前に押しやって首を絞める。
スリーパー・ホールドと呼ばれる技で、格闘技でもよく使われている。
私の場合は左手を義肢化しているのでそちらを首に回したほうがうまくいく。
七秒ほどすると、よたよたともがいていた警備はおとなしくなり、同じくピアースのほうも静かになった。
もっとも、彼はフラッシュライトの柄で頭を思い切り殴ったようだが。
「お疲れさん」
ピアースのおかげで気絶した警備兵の処理は素早く終わり、いよいよトラックに乗り込む段階となった。
「僕たちは貨物室に乗るよ。運転は任せる」
「俺様のテクニックを見せてやろう」
「期待してる。あそうだ、これ使ってよ」
ひょっこりコンテナから顔を出したサエジマが差し出してきたのはカラシニコフ小銃のようなものだった。
受け取って外観を眺める。
全体が黄色と黒のツートンに塗装されていて、さながらスズメバチのようだ。
銃身には長方形のアタッチメントが取り付けられていて、本来の銃身を覆い隠すようになっている。
レシーバー上部のカバーや内部は取り去られ、代わりにコイルやコンデンサ類がピストンのあるべき箇所に密集している。
極め付けは弾倉で、円型弾倉に似ているが触れるとほのかに発熱し、振動していた。
「なんだこりゃ?オモチャの銃か?」
運転席から見ていたピアースが口を挟む。
「オモチャとは心外だね。これまでにないほど凶悪な小銃さ。平たく言えばレーザー銃かな」
「ほほォ、ずいぶん物騒だな」
「本来ならドローンに持たせる物だけど、彼女の義肢なら制御できると思う」
「使わずに済むことを祈るか」
エンジンをかけ終えたピアースが顔をひっこめると、サエジマもまた貨物室に戻る。
ライフルを抱えて助手席に飛び乗りドアを閉じると、待ってましたとばかりにアクセルが踏み込まれた。
「楽しいエクソダスの時間だ」