ディナー・アンド・ニュースペーパー
この男の脳みそはピンク色をしているに違いない。バークレイが事の顛末を一通り話している間にも彼の視線は私のジャケットから覗く濡れて透けた箇所に突き刺さっていた。
「…聞いてるのか」
視線の先に気づいたバークレイが言うと、男は慌てて向き直る。
「もちろん聞いていますゥっ」
動転したその声にすこし笑いそうになる。
「リック、次こんなことをしたら女を見ることすら叶わないような部署に送るからな」
「…はいィ」
リチャーズは二十を数える少し前の無精髭が目立つ男だ。ピアースよりは接しやすいほうなのだが、女っ気に飢えているフシがある。
「わかったらおとなしくインタビュー記事だけ書いていろ」
「おっしゃる通りに…」
その後もインタビューはいくらか続けられたが、リチャーズの声からはあからさまに生気が失われていた。
しばらくしてインタビューが終わり、印刷所へ歩いていく彼の姿はいつもより幾分か小さく見えた。
この“正義の報道”を計画したのは他でもないバークレイだ。なんでも、アメリカが独立した際にも新聞が民衆の心をつかんだらしく、それに学んでのことだそうだ。
「人々の心がついてこないなら、それはただのテロにすぎない」とは彼の弁だ。
それ以来、二ヶ月から三ヶ月に一度のペースで発行されるトレイターズの新聞「ヒドゥン・トゥルース」に載るインタビューを受け、それをチリ紙の裏に印刷してバラまくのが恒例になっている。
結果としてはまずまずの成功といったところで、志願者や寄付も少しずつ増えてきている。もう一つ、プロパガンダを拡散することで事態の収拾に企業の人員を割けるという思わぬ副作用もある。おかげでこちらも“狩り”がしやすいというものだ。
廃病院とその地下を改装したここ“ヴァーシ”はトレイターズのいわば拠点で、広報、指揮、兵舎はすべてここに揃っている。管理区でも屈指の入り組んで治安の悪い区域にあるので警備隊とていまだここを発見できていない。
それでも用心のため人員は地上からの出入りを禁止され、地下の下水道や通用口を利用している。
相変わらず弱まらない雨が窓に張り付いてはしたたり、また張り付く。その中をバークレイと食堂に向かう。
彼は人前で食事を摂らないのに、私の食事にはついて来てくれる。前にピアースが、主人の後に続くイヌのようだと笑っていた。主人に従うイヌは、どちらかというと私なのに。
食堂に着くと、彼が私の代わりに注文を言ってくれた。今日のスープには豆と、言われなければ何かはっきりしないような肉が入っている。
しかし時たま別のものも入っていることがある。今日もそうだったようで、黄金色のスープの中にはキラキラと蛍光灯を反射する銀色のものが浮かんでいる。
つまんで捨てようとすると、横から別の手がすっと伸びてきてそれをつまみ上げた。
となりで刷りたての新聞を読んでいたはずのバークレイが銀色のものを見てこう言う。
「調理係に言いつけてやったほうがいいな」
蛍光灯に照らされて輝くそれは調味料の包み紙のようだった。
「今日はコンソメ味か」
少しうなずく。
「…どんな味だったかな」
器を彼のほうに寄せようとすると、
「俺はいい。お前が食べろ」
結局今日も、彼が人に食事を見せることはないのだろう。そして、私にも。
いつか、彼と食卓を共にさせてもらえるだろうか。
バークレイの自室は私の部屋への道中にあるため、帰りも彼と歩く形になる。彼は自室のドアを開け、背中越しに私に話しかけた。
「悪いな、また明日も仕事だ」
「ゆっくり休んでくれ」
閉められたドアの向こうからぱちっと音がすると、隙間から漏れていた光が消えた。
悪いな、なんて、言わないでほしい。
今のままで、充分だから。
部屋までの短いあいだ、一人で歩く通路は、とても暗く、長く思えた。