シンキング・ウィズ・スウィート・シング
乾いた銃声が一発。
倒れてもなお銃を取ろうとする警備の頭を撃ち抜いた。
終わってしまえば、あっけないものだった。
賢い警備兵は尻尾を巻いて逃げ出し、あくまで抵抗したものは哀れな子羊よろしく飢えた獣に仕留められた。
パンクし停止したトラックには瞬時に群衆が群がり、まるでアリに運ばれる虫の死骸だ。
「バークレイに…シャーリーちゃんか。こいつはまたド派手にやらかしたな?道路どころか壁まで真っ赤だぞ」
トラックの荷台から話しかける男はピアース。バークレイの旧友で、今はトレイターズの武器の整備や調整、カスタムを行う部署の責任者だ。私自身義肢の改装は彼に依頼しているのだが、彼の勢いについていけないことがあり、あまり得意ではない。
「今日はあるかな…よォし、あった…」
積まれた段ボールを漁り、ピアースはクッキーの入った小さな缶を取り出しバークレイに一つ投げ渡す。
「お前のお気に入りか…」
バークレイがどちらに向けて言うでもなくつぶやくと、缶を開け中身を一枚私にくれた。
こういうものは嫌いではない。しかし、この街では金塊にも相当せんばかりの価値があることも知っている。社長令嬢ならまだしも、運動組織の下っ端の身分で毎日金塊を食いつぶすようなマネをすれば高いツケを払うことになるだろう。
「残りは段ボールごともらっちゃうからな」
「好きにしろ…どっちにしろ俺は食わん」
「おまえがメシ食ってるの見たことないんだよな…昔からそのマスクしてるじゃん?外すと死ぬのか?」
バークレイの素顔は、私も見たことがない。むしろ、見た人はこの街にいるのだろうかとすら思える。
「死ぬかもな」
「おぉ、そいつは恐ろしいことで」
バークレイの声はいつも通り感情がいまいち感じられないものの、ピアースと交わす会話は親友同士のそれだった。
「シャーリーちゃんクッキー食べねぇの?甘いのキライだった?なんなら俺が…」
荷台から飛び降りて半分ほど近寄ったところでバークレイに腕を掴まれ引き戻される。
「あまりシャーロットをからかうなよ?」
「ういうい、承知してますよォ」
額がくっつかんばかりの近さで凄まれたピアースはわざとらしく笑い、段ボールを持ち上げてその場を離れた。
物思いに耽りすぎていたらしい、彼がくれたクッキーはまだ右手にあった。
「…そろそろ戻るぞ」
小さくうなずき、クッキーを口に放り込む。彼は裏路地に停めていた車を道に出してきて、乗るようにうながした。
助手席に乗り込みドアを閉めてすぐ、雨が降り出した。
「雨が血の匂いを洗い流してくれればいいが」
窓を打つ水滴の音を聴きながら、グローブボックスにしまわれた小さな缶を見つめる。
─孤児に生まれなければ、こんなもので喜ばない人生を送れたのだろうか。
─孤児に生まれなければ、声を失う前に病を治療できたのだろうか。
─孤児に生まれなければ…
私を現実に引き戻すように、激しさを増した雨が車のあちこちを叩いて大きな音を立て始めた。
忘れてしまおう。今は今だ。
もうひとつクッキーを取り出し、戯言と一緒に噛み砕いた。