第84話 夜闇の炎に包まれて
目の前の村は静かだ。この一帯の獣人たちが陰の日は特産品を作ったり、家族で休息を取ったりして、村から出ることは少ないという獣人族の習性は、ラクータ騎士団の副団長であるカンバルチストはよく知っている。
「変わらないんですね……」
カンバルチストは子供のときにラクータの巡察官であった父と獣人の村を回っていた。記憶の中で獣人の子供とよく色んなことして遊び、獣人のおばさんからのおやつで子供たちが汚れた格好でお菓子を分け合っていた。
過ぎ去った日々だが獣人たちに良くしてもらった記憶は今でもよく心地よく思い出される。
「副団長、この村はおかしいですぜ。静かすぎやせんか?」
「獣人は陰の日は活動しません、こんなものでしょう」
ネッテブッカという男はスカウトとして優秀だ。ダンジョンやエルフが仕掛ける罠の解除、いつ出るかわからない神の祝福であるモンスター化の初手の対応、ネッテブッカはいつも冷静に自分の役割をそつなくこなして、仲間を救ってきた。そのために騎士団の団員達からの信頼が絶大である。
この男に欠点があるとすれば、それは殺しが過ぎている。生物を殺すという行為に嬉々としてためらいを見せたことがなく、その相手が獣人族のときはさらに顕著的であった。
奴に言わせば言葉を話せて、泣き叫んでしまうケモノは殺し甲斐があると、以前に食堂で自慢げにほかの騎士団員に話していたことを聞いたことがあった。そのときはこみ上げてくる怒りを押さえつけるのは苦労したが、こんなやつでも騎士団の団員でカンバルチストからすれば部下の一人でもある。
なんと言っても団長からの信頼度が高い。ほかの騎士団員とも固く友誼を結んでいるネッテブッカをうまく操れと、敬愛している団長から何度も強く念を押されている。
「この村にこれ以上偵察する価値を認めません。次の村へ移動します」
カンバルチストの命令にネッテブッカは横にいる騎士団員に目配りしてからうっすらと笑っている。夜の闇のためか、副団長のカンバルチストにはそれが見えない。
「へいへい。おーい、副団長様のご命令だ、みんなもご拝命しろよ」
ネッテブッカの声には冷笑している成分が混じっているが、カンバルチストはいつものようにそれを無視することにしている。そのためにネッテブッカが今回はよからぬことを策略していることを見抜くことはできなかった。
スカウトのネッテブッカが先行するより早く、一人の騎士団員がモビスを繋いでいる場所へ戻ろうと歩き出したが、横へ逸れるようにしてその騎士団員は何かを踏んだ。
「いってぇー!」
カンバルチストが急いでその騎士団員の場所に行くとその足が鋭い枝で貫かれている。これは獣人たちがよく使う罠で、村を動物から襲撃されないように仕掛けられているものだ。
「癒しますからそのままで」
魔法陣がカンバルチストの目の前に現れて、魔法が起動して足に傷を負った騎士団に回復魔法がかけられる。カンバルチストは騎士団でも有数な回復魔法の使い手である。
しかし、罠はスカウトのネッテブッカが全部はずしたのはず。なぜここにまだ罠が残っているのだろうか。不審に思ったカンバルチストがネッテブッカに聞くより先、ネッテブッカのほうが先に声を上げている。
「襲撃っ! 俺たちに村の連中から襲撃だ!」
その号令にカンバルチスト以外の騎士団員が一斉に動き出し、魔法術師は魔法陣を起動させ、剣士は剣の柄に手をかけていて、静かに眠っている村へ走り出した。
「なっ! やめなさい!」
村を襲いかかろうとしている部下たちを止めようとしたカンバルチストに、数人の騎士団員がその体を押さえつけてくる。
「ほらほら、まだ治療は済んでないですぜ」
「あー、痛いよ」
治療は済んでいるはずなのに、足をケガした騎士団員が白々しくニヤニヤしながらカンバルチストの足を固く掴んで放そうとしない。
「副団長様はおとなしくここで部下の戦果をご覧になるんだよ」
「部下の功績を奪うなんて、副団長ならしちゃいけねえことなんだぜ」
部下から羽交い締めにされたカンバルチストへ、ネッテブッカが冷笑する表情を見せ、右手の手のひらで軽くカンバルチストの頬を叩いた。
「てめえがなっちゃいねえから俺たちが教育ってもんを教えてやるってんだ。ここでケモノが人族に逆らっちゃどうなるかを黙って見てろや」
吐き捨てるように言い終えるとネッテブッカはカンバルチストを見ようとしないで、村のほうへ先行した騎士団員を追いかけるようにこの場から走り去る。カンバルチストは拘束を抜け出そうともがいてるが、抵抗する力に比例するかのように身体を締め付ける部下の力が強くなってくる。
「けっ、無駄なあがきはやめろよ、副団長。あとでお前にもいい目を合わせてやるから」
「ひゃははは、ケモノは臭くて汚いけどよ、女の具合はとてもいいぜ!」
「逃げなさい!」
カンバルチストは村人が逃げられるように夜空に大声を叫んだが、それは眠りふけている村の人々に届くことはない。
『アキラ、お前はこのアラリアの森に住め。もうどこにも行くな!』
今回は牛肉だけでここにいるエルフ一人様に精霊が一匹、あとは竜二匹の食欲を同時に満たした。牛肉は無限食材であるため、地竜の巨大な胃袋でも切らすことはなかったが、肉を焼き続けることにおれはしばらく牛肉を見たくもないと心に決めている。
「バカ言え! こいつの見守り役は俺だ、こんな辺境の森に置いて行くわけがねえ」
ペシティくんのわがままにニールは本気で怒りだしそうなので、おれは仕方なく疲れた体にムチを入れて、食後のデザートである焼き菓子とアラクネからもらったお茶をニールとネシアの分を用意する。
『え? われの分は?』
ないよ! あんたの胃袋を満たすほどの菓子は持っていないし、その前に地竜用のコップなんてどこにも売っていない。
「はーははは! 人化できない身を呪うがいいわ!」
『そんなー……』
うん。メリジーに嘲笑されてしょんぼりする地竜はどことなく可愛く見える。今度、菓子を買い溜めしたらおすそ分けするから泣くな、ペシティくん。
しょげた顔で寂しい後ろ姿の森のヌシ様は、何度も振り返りながら住処である洞窟へ帰って行った。開墾する場所はおれたちで勝手に決めていいということで、できればなるべく森の伐採してほしくないとヌシ様はご意向を示し、それにはおれも両手を上げて賛成している。
「これからどうすんだ?」
すでに陰の日になっていて、夜空に輝く月の光の中で飲むお茶は気分的に美味しく感じさせてくれる。机みたいな小さ目の岩の上から木製のコップを取り、お茶を啜ってから焼き菓子をついばむニールの質問に、おれは考えていたスケジュールを彼女に伝えることにした。
「ニールにお願いがあるんだけど、みんなをエルフの集落に連れて帰ってほしい」
「お前はどうすんだ? ほかに用があんか?」
「ああ、テンクスの町で食糧とか開墾の道具を買い集めるつもりだ」
「...なにかアキラにあたしが役立つことはないの?...」
ネシアの気遣いには感謝するけど、エルフ以外のことで彼女に手伝ってもらうと思えることが思いつかない。
「ネシアは集落のみんなで移住するかどうかの話を長老さんたちに確認してもらいたい。元々エルフはアラリアの森に住んでいたので無理に移住を勧めるつもりはないから」
「...わかったわ。...」
ニールのコップが空になったのでお代わりの熱いお茶を注いで、新しい焼き菓子をアイテムボックスから出して、やはり空になっている木の皿に乗せた。
「モリビトとケモノビトを連れて帰るのは俺がやんよ。お前はしたいことをやっとけや」
「ああ、手数をかけるが頼みます。ニールが護衛するならなんの心配もないし、おれも用事を済ませたらエルフの集落へ行くので、そこで落ち合おう」
ネシアはおれの言葉を聞き、同意してるかのように何度も激しく頭を縦に振っていた。なんせ護衛役は神話級のドラゴンだからね、気持ちはわかるがそんなにしなくてもちゃんと伝わっている。
「さてと、おれは先に行くからお後よろしくな」
「おう、グズグズすんなよ? 用事が済んだら早く戻ってこい」
きっと、ニールが伝えたかったのは早く帰還して食事を作れってことだろうね、そうに違いない。そう思うとおれに餌付けされた彼女のことが微笑ましく思えてくる。
アイテムボックスに仕舞ってあるローインの魔晶に思いを込めると祭壇の岩に夜風が俺の周りに集まり、いつものように大きな猛禽へ形を成していく。
さあ、ゴザル鷹ローイン氏のご登場だ。
『おお。拙者を呼び出したのは前に渡しそびれたちょこれーとを献上するためでござるか』
「まあ、それもあるけど、今から運んでほしい所がある」
『さようでござるか。いずこへ参りたいのでござるか?』
「テンクスの町だよ」
ローインが成す風におれが包まれて、手を振るニールと跪いて拝んでいるネシアが小さくなりつつおれは夜空へ舞い上がり、テンクスの町を目的地に飛行していく。エティリアたちが獣人族の長たちとなんらかの協定を結ばない限り、おれがこれから買う開墾用の道具は役立たないので、急がずにローインへ低速飛行を頼むことにした。
「ローイン、森を見渡す程度の高さで風景が楽しめそうな速さで飛んでほしい」
『宜しいでござる。ただ、そうなると霊力の消耗が激しくなってござるだな……』
またこのパターンだな。今は風になっているからローインの表情を見ることはできないけど、できれば精霊たちに新しいおねだり文句を考えてきてほしいい。
「チョコ倍増で寄進するから」
『宜しいでござる!』
黒い影になっている木々の高さをすれすれにローインは飛んでくれているからとても刺激的だ。この精霊は中々憎い演出してくれるじゃないか。
夜空に無数に散りばめられている星々を眺めながらおれは夜の飛空を楽しんでいる。こんなパノラマで夜景を漫遊できるなんて、きっと元の世界でもできないとおれは言い切れる。
獣人さんたちは高い税を払うため、生活できる最小限のものだけ残して、そのほかは売れるものは全部売り払っていることを行き先の村々で長から聞かされていた。そのためにアラリアの森から抜け出しても、見える視野にはたまに小さな焚火が目に飛び込んできては通り過ぎていくだけで、照明の魔道具による灯りを見ることはないと言っても過言ではない。
だから、前方で夜を照らすかのように燃え盛っている村その異様さがものすごく目立っていた。
「ローイン! その近くで降ろしてくれ!」
『了解でござる。して、拙者はどうすればよいでござるか?』
「村の上空で待機してくれ。おれが右手を上げたら村を焼かしている炎を空に巻き上げて消火してくれ。左手を上げたら顕現しておれを守ってほしい」
『了承でござる。』
村の間近にローインに降ろしてもらい、地面に足が付いたおれは素早く状況の把握に全神経を両目に集中させる。ここは見覚えのある村で、炎に照らされる中で逃げ惑う虎の頭をした獣人の姿を視覚が捉えている。そうか、ならばここはアルガカンザリスだ。
虎人を追いかけているのは統一した鎧を着る騎士たち。そいつらは虎人たちに容赦なく剣を振るい、火の魔法を家々に撃ち放っている。
我が子を抱え込んで守ろうとしている虎人の背中に食い込まれる無情の刃、着火した家から飛び出した虎人の家族へ狙いを定めた飛び出す冷酷の矢。卑しい笑いを仲間同士で殺した子供の亡骸を見せつけ合っている。
ああ、だめだ。頭がクラクラする、鰻上りする血圧で身体中の血管が破裂しそう。
だが、もうちょっとだけ。そう少しだけ状況を掴み取ろう。
周りを見ながらアイテムボックスから最小限の装備を取り出す、いまは着替える暇がない。
人喰い(ミスリル製片手剣・攻撃力+500・人族攻撃時倍増・風属性範囲魔法起動・機敏+100)
奈落の仮面(物理防御+75・魔法防御+75・威圧効果)
真っ黒の仮面は眼部だけ開いていて、そこからは禍々しく深紅の光を放っている。ダンジョンから入手したときは使うことがないと思っていたが、まさかこのときに役立つとは思わなかった。
おれの素性はラクータの連中に知られるにはまだ早い。城塞都市ラクータへ情報入手するために赴く必要があるからだ。
村の真ん中に普段はのどかでおれも子供たちに野球の講義した広場がある。いま、そこから飛び込んでくる光景におれは息を吸い込んだ。
数人の子供が騎士という盗賊に取り押さえられ、その前にはおれも見慣れた大きな幼気な少女が裸にされ、二人の盗賊に手と足を押さえつけられている。彼女が持っていたはずのシルバードラゴングローブは一人の盗賊に奪われたまま見せびらかされていた。
もう、いいよな? 盗賊は死すべしだ。メッティア、待ってろ。
いまからおっさんが助けに行くからな!
ありがとうございました。




