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番外編 第9話 小さなウサギは頑張り屋さん・上

 父様(ちちさま)が亡くなった、もうこれであたいは親族以外に家族と呼べるものはいない。


 エッシーおじさまから都市ラクータから大量の小麦粉の買付けを請け負ったので共同でやってほしいと頼まれ、昔から付き合いのあるエッシーおじさまの頼みごとに父様はすぐに承諾した。小麦粉を都市ゼノスから商人ギルドを通して大量に買い、エッシーおじさまに引き渡してエッシーピ商会から納品したが、検収のときに小麦粉の入った袋からは虫が湧き出すものに変わっていた。



「そんなはずがない、ちゃんと渡すときは確認を済ませている! そもそもこれはうちの商会じゃなくてエッシーピ商会が請け負っているものだ!」


「見てみろ、契約書にはトストロイ商会で署名してあるぞ。納期内に納品できなかったものとして罰則を執行させてもらうぞ」


 今回の取引の契約人はいつのまにかあたいん家の商会に変更されていたので、父様が持っているもの、店も商品もお金も全て、納品できなかったために差し押さえられたような形で都市ラクータに奪われた。納得のできない父様は異論を申し出たが、都市ラクータの都市院に受理してもらえることはなかった。



「待って、父様。エッシーおじさまにこっちに来て説明をしてもらうもん!」


「あいつが手違いがあったので謝ると言ってるんだ、援助もしてもらえることだし、わしから出向かう」


 次々とあたいん家の商会だった建物から運び出される商品や金品、呆然とそれを眺めるだけの父様にエッシーおじさまからお詫びと再起のための資金援助の話があるからと言って、夕食会に出てほしいとの知らせが届いた。怪しんだあたいが止めるも聞く耳を持たず、父様はエッシーおじさまに会いに行った。




 悄然と帰ってきた父様はエッシーおじさまからなんの援助も受けられなかったことを聞かされて、あたいが憤慨としているときに顔色の悪い父様は口から血を吐いてしまい、そのまま倒れてしまう。ベッドの上で虫の息の父様から出された魚料理の味がおかしかったと聞いて、あたいはエッシーおじさまがこの一連の話に一枚噛んでいると直感的に悟った。



「父様、エッシーおじさまが父様を嵌めたもん。絶対にそうだもん!」


「……あいつがな。まさか幼い頃から付き合いのあるあいつがわしを陥れるのか……」


 父様は目を閉じると二筋の涙が流されて枕を湿らせた。それは母様が亡くなった時に拳を握って耐えていても涙を見せなかったのに、産まれて初めてあたいが見た父様の泣き顔だった。それから三日も立たないうちに父様は静かに息を引き取り、エッシーおじさまを含めてだれも亡くなった父様を弔うことがなかった。



 あたいが訴訟を訴え出ても都市ラクータの都市院にいる係員たちは冷笑し、訴状はつき返されてだれもまともに取り付いてくれない。ほとんど無一文になったあたいはエッシーピ商会へエッシーおじさまに抗議しに行ったが、出て来たのは怖い人族の護衛だけ。



「おい! エッシーピ会長はいないんだよ」


「うそだもん! ちゃんと入ったのは目で見ただもん」


「ごちゃごちゃとうるせえケモノだな、これ以上ここで喚くと殺すぞ!」


 人族の護衛は腰から片手剣を抜くとあたいのほうに向ける。それは脅すのじゃなくて本気であることを感じ取ったあたいは周りを見てみるが、だれもにやにやと笑っているだけで味方になってくれそうにない。なにもできなくてどうしょうもないあたいはこの場を離れることしかない。


 都市ラクータから逃げ出すようにあたいは村へ帰ることにした。



「負けないもん、父様の名誉のためのも絶対にあたいは再起してみせるもん」


 兎人族のエティリアは走車の上で泣きながら生まれ育ったマッシャーリア村への帰路を、独りで父の亡骸とともに揺らされて城塞都市ラクータから遠ざかっていく。






 トストロイの葬式にマッシャーリア村で村人たちの全員が参加した。城塞都市ラクータから圧政を受けてきた村の苦しい生活に、長い間トストロイがなにかと援助してきたことを村人たちはずっと感謝していた。



「トストロイさんが村で眠れて、エティっちも無事に村へ戻れたことにアルス様に感謝しよう」


「うん、ピッキっち、色々ちありがとう。父様もこれでゆっくり母様(ははさま)と眠られるもん」


 子供の頃から一緒に遊んで育ってきたマッシャーリア村の長ピキシーは幼馴染を労わるように、彼女が自宅の庭にある木の根元に遺灰が撒かれたことを見届けてから言葉をかけた。



「これからどうするつもりだ」


「もう一度商会を起こして見せるもん、このまま引き下がれないもん!」


 涙を見せつつも気丈に振舞う幼馴染を見て、ピキシーはこれから彼女がどう立ち直っていくのが心配でならない。



「それはいいが手元はあるのだろうな?」


「それは……これから作るもん……」


 ごにょごにょと呟くように声を出しているエティリアを見て、ピキシーは彼女が無一文で無一物であることを理解した。



「なにも持っていないということか」


「大丈夫だもん! 父様も若い頃はそれで頑張って店を作って、商会まで大きくしたんだもん!」


「それは人族と仲良くしていた時の話だよ? いまはワタシたちが食い物にされていることもエティっちなら知っているでしょう?」


「うう……大丈夫だもん、あたいが頑張ればきっと元に戻れるだもん……」


 城塞都市ラクータの前都市の長が急死し、今の長になってから獣人族に対する扱いが一変した。税が年ごとに凄まじい勢いで上がって行き、獣人族が売り物にしている特産品も原価すら取れないほど下がっている。



 最初こそ味方してくれていた人族の村々もあったが、獣人族を搾取することで暴利をむさぼれることを知ったそれらの村々も獣人族に対する交流を変えていく。変わらないで温かく付き合ってくれる人族の村はあるものの、その数はあまりにも少ない。



 食糧を人族から買い付けてきた獣人族はそれに対抗する手立てを持っていない。


 城塞都市ラクータとの安全保障である相互関係を取りやめ、獣人族の村の長たちはほかの都市と契約しようとかけ合ってみたが、すでにそれらの都市はラクータに言い含められていて、界隈の都市が獣人族と契約を交わすことはなかった。



「森の民から農具の鉄製品を村に残された少ない食糧で交換することができた。それと村の奥さんたちが作った装飾品があるから、エティっちに預けるから食糧を買って来てくれないか? 儲けた分の利益はエティっちの商売の手元にしていい」


 見かねたピキシーはエティリアに提案することにした。どのみち農具の鉄製品は人族によって買い叩かれるので、それなら商人のエティリアに任せた方が活路は見い出せるとピキシーは考えた。トストロイさんには世話になっていたし、この可愛い幼馴染を助けたいと村の長は思っている。



「ピッキっち……ありがとう! 頑張って食糧を一杯買い込んでくるもん!」


「ははは、食糧は村にとって欠かせないから期待しているよ。でも無理してはだめだよ?」


「うん! あたいも商人の端くれ、一杯食糧かってくるもん」


 自分に抱き着いてくるエティをピキシーは愛しいと思っている、だがそれは異性というより血の繋がりがない妹みたいなもの。ピキシーは幼い頃病気がちで大人になっても戦闘に向かない体格。だからか、自分より強い同性や異性に熱い憧憬していることに自覚を持っていて、そのことは村のみんなが周知していることだ。



「とにかくだ、売れる範囲で食糧を仕入してしてくれればいいから、頑張り過ぎるな」


 目の前で両腕を上げて気合を入れている妹のようなエティリアが、思いやりに溢れてみんなの役に立ちたいと無茶しがちなその性格をピキシーが熟知していた。



「大丈夫だもん、行商人のあたいに任せてくれていいもん」


 そして彼女はそういうときに人の話を聞かないこともピキシーは知っていた。




「売れないもん……どうしょう……」


 獣人族付近一帯の人族の村を行商で回ってはみたが、エティリアが商品にしている農具や装飾品を買ってくれるところはなかった。正確に言うとはした金でしか買ってくれようとしない。中には露骨に体の提供を求めてくる村人もいたし、村から出たところをつけられたりして襲われそうになったこともあった。



 幸いと言うべきか、村で可愛がっていたセイという妹みたいな子の父親であるエイさんに、短剣術を仕込まれていたのでどうにか襲撃してくる人族たちを撃退することができたし、商品である農具と装飾品を守ることもできた。それらは村の未来がかかっているので、エティリアは死んでも守り抜く決意で固めている。



「遠いけどゼノスまでいくもん。セイっちたち元気かな……」



 モビスを操縦するエティリアの小さな背中は頼りなさげに屈めてしまっていた。


ありがとうございました。

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