第6話 地下に白亜の城
夜の森は闇そのもの、月明りは樹木の阻まれて森の中に降り注ぐことはほとんどない。だから遠くのほうで浮かび上がる数個の小さな明かりに向かって足を速める。
この森には獣がたくさんいた。鹿や熊などの動物、よく見るとフクロウやリスみたいな小動物もいた。それとともにゴブリンやオーク、屈強そうで凶暴な大型人型モンスター、多分それはオーガだが森の中に佇んでいた。
森の中では黒い霧の集まりはとくに多く散らばっていて、今までは不気味なので避けて進んできたが、夜目があってもそれらは目視できないため、踏んでしまったときに少しだけ引っ掛かったような感覚が足元に残る。
明かりの正体は二つの集団が戦闘していたから。無骨そうなプレートアーマーを着用していて、手に握るハンマーをまさにゴブリンに叩き込もうとしている髭面のおっさんはたぶんドワーフだろう。その後ろで身長が約30㎝ぐらいの数人の小人で、その姿は空中に浮かんでおり、かざした手の先には打ち出された大きな火の玉が豚頭している全体的が丸々しているモンスターオークへ向かっている。
よくみると小人は女性のようで、可愛いらしい顔立ちしていて、体はチェーンメイルで防御されて、背中には二枚の羽が付いている、ピクシーなのだろうか。
構図的には妖精対モンスターの戦いのようで、全体的に見ればモンスターのほうが分が悪いように見える。というのはすでに数十体のゴブリンと十数体のオークが倒れていて、戦闘中のモンスターの集団の後ろではゴブリン達が逃げ去ろうとしている。
ドワーフのほうでも被害が出ており、戦闘集団の後ろで十数体がピクシー達から手当を受けてるようで身体が微かに光っている。回復魔法があるということなのか、ぜひ習得したいスキルだな。
ドワーフはこの世界では妖精扱いか、それならエルフもそうかもしれない。この森は妖精の森ということなのだろうか。ドワーフが使っているハンマーの出来はかなりいい、どっしりしていて殺傷力がありそうだ。それでいて意匠を凝らしていて、戦闘用だけではなんだかもったいないぐらいの仕上がりなのだ。
対するゴブリンやオークが使っている武器は粗悪品みたい。手入れしていないのためか錆っているものが多い。皮革の鎧もサイズが合わなさそうで取って付けたように着込んでいる。人間の冒険者から奪ったものなのかな。
なぜこんな時間で、このような森の中で戦闘が起きているのかが気になったから、付近を見てみることにした。戦闘集団を中心に螺旋状で森を探索していると幻想的な風景を見た。妖精たちが舞う泉だ。
光る泉の上空を無数のピクシーが楽し気に舞い踊っている。泉のほとりにはシカやウサギなどの草食動物が水を飲む仕草している。周りを身長約120㎝の小人が走り回っていて、ノームなのだろうか。その光景を眺めているときに、少し離れたところに巨樹が夜にもかかわらず目に飛び込んできた。
近くまで行くと根元に入り口のようなぽっかりと空いた穴があって、そこに数十人の武装したドワーフたちがハンマー持ったまま立っている。中を覗き込むと階段を発見した。
ダンジョンだ。
地下1層はただただ広がっている空間であった。壁や天井全体が光りを放っていて、ドワーフとピクシーの武装集団がまるで軍団のように鶴翼のような陣を組んでいる。ここは迎撃するためのエリアなのだろうか。
特に中心後方の集団はほかのと明らかに違い、ガッチリとした勇猛そうなフルプレートアーマーを着込むドワーフを鋭い目をした雰囲気のあるピクシーが後ろで控えており、それらを甲冑を着る大型のトカゲに乗るプレートアーマーに長い槍と大きな金属盾を持ち、ドワーフ集団が守っているような形で固められている。多分これは騎馬兵だと思う。中々見応えがある。
その後ろに衛兵に守備された下への階段があったが、この階にはどこも宝箱は存在しなかった。
下の層へ降りるとそこは広大な平原であり、所々に小さな森があり畑がそこら中に点在している。牛や豚みたいな動物も放し飼いしていて、牧歌的な農村の風景。小川やため池などの水場もあって、ダンジョン住民のための生産地区かもれない。階段近くの護衛部隊以外はノームしかおらず、この階にも宝箱はない。
地下3層は一転して建築物が林立している、住居地区なのだろうね。ここの建物は大体石造様式で、中にはコンクリートのようなものを使用した5階建てのものもあったので、今までみてきた一番進んでいる建築技術だ。そこを見ると構造に係わる柱や梁もしっかり意識されて建設されているから、さすがはドワーフ。侮りがたし。
町を散歩するような気分で色んな所へ行く。酒場は勿論、食品や装飾品を売る商店、武器屋や防具屋もあった。こんな森の中じゃ交易も難しいだろうに、誰を相手に販売しているだろうとの疑問を持ったまま鍛冶場に入っていく。
鉱石からインゴットを錬金。インゴットから武器や防具を作成。出来上がったものに装飾を施すなどとグループごとに、魔力で鍛冶を行うドワーフがいっぱいだ。その中に交えて少数のピクシーとノームも可愛らしく鍛冶仕事に勤しんでいる。
ここはとても活気に溢れている。町の中にほかの町とちがって、スラムのような暗いところはない。それにしてもなぜ地下1層と違って、地下2層とここはこんなに明るいのだろう。地上は夜でここは光苔みたいのを見かけない。そういう風に光をとりこんでいるのだろうか。世界の七不思議その二だな。結局この階にも宝箱は存在していない。
衛兵の詰め所みたいな施設の中に下へ下る階段はあったが、ここは中々物々しかった。衛兵ではなく兵士のような出で立ち、衛兵というより騎士みたいなドワーフたち。ここは重要な防衛拠点だろうか。下へ降りるとすぐに答えがあった。地下4層は白亜の城そのものが聳え立っているのだ。
城を取り囲んでいる幅の大きな水堀。20メートルはあるコンクリート製の城壁。一面の城壁の長さは約2キロメートル。等間隔に設置された防衛塔。城壁の上で張り出された巨大な弓投射器バリスター。城門は金属製でその前の橋は可動式で構築されている。さらに城正面の前の地形が平野で、ここで交戦することが可能のようだ。
これはもう通常のダンジョンの攻略じゃない。ここを攻めようと思ったら戦争する前提で準備しなければならない。
「このダンジョンの討伐は無理だろう」
思わずそう呟いてしまった。
それにしてもこの世界のダンジョンは個性的だ、今までダンジョンを回ってきた感想がある。
その一、ほとんどのダンジョンが種族ごとに分かれている。
その二、ダンジョンはマッピングすることが可能であり、マップは固定式のようだ。
その三、ダンジョンの宝箱には貨幣を入手することができない。
その四、ダンジョンにも黒い霧の集まりが発生している。
その五、最下層にはその種族の最終進化系のボスが待ち構えている。
その六、最下層の宝箱はその種族を特定とした武器が手に入る。
その七、最終進化系のボスからは物理的ではない囁きが聞こえることがある。
今のところはざっとこんなものか。思考がまとまったので、城の内部を見回そうと兵士の横を通って城門を括った。城の中は豪華絢爛で通路にはすべて赤い絨毯が敷いていて、中々豪華な作りである。甲冑騎士の飾りや上品な骨董品がふんだんに飾られており、今まで見てきたどの王宮よりも勝るとも劣ることはない。
それに城内ではこれまで見たことのない妖精を見かける。女官のようなドレスで身を纏い、エルフと同様その美しい顔は心を惹かれます。問いかけることも調べることもできないが予想ではヴィルデ・フラウだと思う。是非お知り合いになりたいものだ。彼女らと会うためにここへまた来たいと思います。
それにしてもここでは黒い霧の集まりの密度が高すぎてせっかく絵になる宮殿が台無しだ。これはいったいなんなのだ? 邪魔だ邪魔。城の中では白銀の鎧騎士に時折出会うことがある。女性のエルフ様だ。
見たところエルフの女騎士の胸装甲は薄くありません。頼めるのならなんとかオークと戦ってくれませんかね? 是非ともくっころのセリフを聞かせてほしいよ。
「お城なんだから、お宝はきっと宝物庫に置いてるんだよ」
扉が閉まっている部屋は多かった。宝箱が見つからないのでそう自分に言い聞かせて諦観を持つことにした。進んで行くうちにエルフ騎士と黒い霧の集まりの密度が上がってきた。玉座が近いのか。
金色の造形扉枠が現れて、堅固そうな金属扉は開いていた。その左右に地下1層で会ったフルプレートアーマーを着込むドワーフが剣を腰に差して、護衛しているかのように立っている。
中に入っていくと、奥のほうで大きな玉座に座っている華奢なドワーフは一人だけが部屋の中にいた。それがドワーフ王なのか。
室内は規則的に丸い柱が配置されており、太くこの大空間の高い天井をしっかりと支えている。壁は白く塗られただけで、装飾一切されていない。床は大理石のような石材が敷かれていて、複雑な模様が編み込まれた赤色の絨毯が入り口から玉座まで伸びている。
絨毯を踏みしめて進みながら、玉座に埋もれているように腰かけているドワーフが見えてきた。玉座の横には台座があって、その上にはなにも材質そのまま仕上げられたような巨大なハンマーが置かれていた。まるで破城槌のような大きいものだ。
玉座に座っているそのドワーフを観察することにした。
「えっ? 王様じゃなくて女王様なのか?」
まるで少女のようなあどけなさが抜けきれない顔立ち、それでいて色気のある清楚さが伴っている。柔らかそうな肌やしなやかな四肢。身体は全体的がまだ育ってきれていないかのように起伏も少ない。
髪の毛はいわゆるポニーテールのように後ろにまとめられていて、少しだけ吊り上がった唇と真っ赤な髪色からこのドワーフが苛烈な性格しているのようにも見える。瞳は深い灰色で鋭利な視線が射るように発していた。
服は純白でキトンのような一枚を着ていて武装はしていない。両腕には煌びやかな金色のアームレストを巻いており、そこからは得体のしれない圧力を放っている。
いつものように玉座の後ろに回ると宝箱が置いてあったので安心した。今日のトレジャーハンター稼業はなんとか成果ありで済みそう。取り出したのは一本の片手剣。いまは煌びやかで細やかな彫刻が表面に施された鞘に納められている。さっそくアイテムボックスに入れてその性能をチェックする。
妖精殺し(アダマンタイト製片手剣・攻撃力+600・妖精族攻撃時倍増・光属性魔法発動)
よし! やっぱりダンジョンの最下層からもらえる武器はチート級のものだね。でもよく考えるとこれはあんまり使いたくないな。もしエルフが妖精ならおれにエルフは殺せないよ。闇に染まるダークエルフはいるのかな? やはり敵対してくる設定かな?
そんな意味のないことを妄想するのは置いといて、お宝頂戴したからここは退散しますか? エルフ様の顔は拝んでいくけど。さて、いくか。と思ったその時だった。
『それはあげるからまた来なさいよ。わかった?』
ああ、やっぱりこいつも話しかけてくるのか?
「なんのことだ。お前はドワーフの女王か? また来いってどういうことか」
待てどもその後はなんの返事もありません。どういう理屈なんだ? なぜ揃いも揃ってボス級はこの時間が停止した世界で話し掛けてこれるのか。
うん、わからんから行こう。
ここへはまた来る必要性はおれにはある。未回収の宝のこともさりながら、ヴィルデ・フラウとエルフがおれを待っている。必ず逢いに来るよ。ドワーフの女王? それは危険のにおいがプンプンするので、ご勘弁願いたいってとこだな。
「じゃな、縁があればまた来るよ」
ありがとうございました。