番外編 第8話 白豹が変な男と出会う・下
「あれはただの俗物だけかもしれないわね」
「...あのファージンの集落のイヤらしい男?...」
「そう、あの視線の汚らわしさだけならゼノス騎士団の副団長さんに匹敵するかもよ?」
「...レイ、そういうの嫌い...」
「そうね、レイっちはああいうのは苦手だもんね」
「...うん...」
ちょっとアキラと言う男を買い過ぎたかもしれないとセイは思い直す。その男は商人ギルトへ二度足を運んで、一度目は全員で、二度目は一人で訪れた。商人ギルトを一人で出た男はなぜか嬉しそうに宿へ早足で駆け戻る。セイとレイはその後ろをつけ、宿の外で男の動静を待つことにした。
しばらくすると6人の子供が宿を出て、嬉々と町の中へ消えていく。その後ろを風体の怪しい男がついて行くのも確認した。やはりセイが想定した通り、盗賊団はファージンの集落の一行を標的としている。
男が老人を連れて宿から出てきたので、その行く先へ尾行するとセイはレイに目配りで教え、距離を置いてから歩き出した。ニモテアウズという老人のほうはセイとレイに気付いていることを、最初に商人ギルトを一行が出てきた時にセイとレイは思い知らされた。
完璧に隠れているはずなのにセイとレイのほうへ老人から鋭い視線で睨め付けてきた。まるでお前たちが見ているのは知っているぞと知らせているように感覚で感知した。
「...セイちゃんとならあの歴寄り負けない。でも勝てない...」
「そうね。あたいもそう思うわ」
その時の体験から男を老人から引き離すことが必要とセイは考えている。だけどそれは難しいことと思われ、老人がいる限り、アキラという男と話すことはできない。
二人が道外れの酒場に入った。ここはセイも知っている店で騒々しさはなく落ち着いてゆっくりと酒を愉しめ、仕事でテンクスの町へ来るときは時々ここへレイと飲みにきている。
老人がなぜか一人で店を出たが、その老人が一瞬に横へ首を向けたことをセイは見逃さなかった。その方向には盗賊団と思しきの観察者が二人いて、察知したということはニモテアウズご老人のほうも自分たちが目星にされていることを知っている。
老いても前ゼノス騎士団副団長で当時最強の剣豪は昔と変わらずかとセイはニモテアウズという老人に感心した。
「今からあの男に会って話してみるわ。レイっち、嫌なことがあってもちょっとは我慢してよ」
「...うん。レイ、セイちゃん言うこと聞く...」
「レイっちはいい子ね、行くわよ」
今ならあのアキラと言う男は一人、これなら邪魔されないで色々と聞き込みができそうとセイはレイの手を引いて店の扉をあけた。素早く店の中を見まわすと他の客はいなく、男だけが一人で店の隅で酒を飲んでいた。
「あら、お兄さんはお一人かい?」
結果だけ言うとアキラという男はセイにとって、必要以上に危険視することはないと見做すことにした。セイとレイを性的対象として邪な思いをぶつけることにやめようとはしないが、セイが見るには直接的な行動に移すことはないと看破した。
女の魅力で挑発してみてもセイたちが迫らない限り、この男のほうから手を出してくることはないとセイの鋭利な女の感がそう告げている。
酒場での対談でセイはその男について結論を下した。男からたまに理解の言葉を発しているが、対話してみると確かに俗物であってもその男は凡庸ではないことがわかる。
セイの見せかけの殺気にも惚けられるだけの知能があると見受けられるし、別れの際に披露した盗賊のことに対しても特に動揺することがなかった。
この男が盗賊団の一味ではないという確信は得ることはできなかったが、高い確率で盗賊団の獲物として狙われる見込みをつかむことはできた。ファージン集落一行を餌として泳がせ、その後を追うことで本命の盗賊団に辿り着くことを選ぶことに決めた。
「レイっち、この男の一行を追うわよ」
「...レイ、セイちゃん言うこと聞く...」
セイの目論んだ通り、盗賊団は町に出入りする商人や都市ゼノスへ往来する人たちには目もくれないでファージン集落の一行を付け狙っている。集落の一行は無防備で色んな店を出入りし、食料品から衣服に日用品などと大量に買い物しているようだ。
セイとレイによる観察の結論、盗賊団の見張りはひたすらファージン集落の一行の後を付け狙っていることが明白であった。
ファージンの集落の一行の気楽さにセイは不審さを感じ、アキラという男はともかくニモテアウズという老人が尾行されていることに気付かないはずがない。その割には注意しているようには見えなく、一行はのほほんと陰の日の町で観光を楽しんでいる様子だ。
もうすぐ夜明けが来て陽の日となる。宿で一行の話を覗き聞きしていると陽の日の朝一番に集落へ戻る計画をセイとレイはもちろん、盗賊団にも知られているはず。
「ファージンの集落の一行が狙われているようですわ」
「了解した、その後を叩け。全員を始末しろ」
セイにゼノス騎士団が町に派遣した連絡員はにべもなく決断を下した。早い話、集落の一行を餌として盗賊団を釣り出し、彼らが襲われたあとでセイとレイは血に酔って緩む可能性が大きい盗賊団を撃滅しろと連絡員は指令した。
アキラという男とは酒を交わしたが互いに親しい交流もなく、セイとレイとして彼らを助けるいう選択肢は元からない。
それにしてもセイはいつも思ってしまう、人族は自己中心で欲望に忠実で醜くておぞましい種族だ。今回もそう、弱い人族の集落一行を強い盗賊団が襲撃する。その上に事情を把握している強い騎士団が弱い集落一行を盗賊団の餌食にさせた上で生き残りを殺せと言ってきた。
人族同士がどう争おうと殺し合おうと、セイには興味もなければ関心もない。所詮、セイは雇われ身の冒険者に過ぎない。それに人族の紛争に獣人が巻き込まれることは仕事でなければ、手を差し伸べる義務と義理もない。
ただ、その醜悪な種族に食い物にされているセイを含む自分たち獣人族はいったい何者なのか、アルス様に問い質したいと思う時が多々とある。
「レイっち、装備してそろそろ行くわよ」
「...ううう、レイ眠たいの...」
まだ眠そうに目を擦っている相棒の乱れた髪をセイは優しい手付きで手ぐしで梳かす。下の酒場で集落の一行はこれから宿を出て、モビスと走車を受け取ってから買い付けた物を積み込みに今から出かけるみたい。陰の日の酒場でアキラという男は、食事中に子供たちにそう伝えていた。
しっかりと食事をとってセイとレイは体力をつけることが必要、睡眠のほうは十分に取っている。ニモテアウズ老人が殺害されたあと、残った盗賊たちを倒さなくてはいけないし、もしその時に子供たちが生きていればそれも殺さないといけない。
元々集落の人たちになんの罪もない、これは都市ゼノス騎士団の不始末の後片付けだけだというのに。
ファージン集落のあの男と盗賊団の戦闘の経過をセイとレイは隠れている木の上で見て、思わず二人で見合ってほど自分たちの目を疑った。
あの冴えなくて淫欲に満ち溢れている弱くて頼りなさそうな男、あのアキラと言う男はわずかの間に四十数人の盗賊をたったの一人で全滅させた。
「レイっち、あれは光魔法よね」
「...セイちゃん言う通り。でも早すぎる。魔法陣ない...」
アキラと言う男は光魔法と異形の剣を駆使した。セイはリクエストで魔法術師の冒険者と組むことはあるし、レイは風魔法の使い手で、その行使速度と魔法威力は人族では到底及ばないもので白魔豹とゼノスでは恐れられている。
しかし、男の魔法の使い方はそれまでセイが見たものとまるで違う。レイの言う通り、魔法の根底となる魔法陣が現れなかった。そして魔法と次の魔法の間がなく、ほとんどが連射で矢より早く速射していた。
それだけ数の魔法を撃ったというのに男は魔法切れする状態は見られない、普通の魔法術師よりも多くの魔法量を持っているとセイは推測した。
剣の使い方についてもセイは訝しんでいる。男が持つ異形の剣はこれまで見てきたどの武器よりも素晴らしい切れ味を見せ、人族を鎧ごとに切り捨てている。セイも人族にしろモンスターにしろ、ひと斬りで両断させる自信はある。だがそれはセイが持つ獣人の天性である腕力と子供の頃から弛まぬ努力で培ってきた剣の技術によってだ。
男の技能はどう見ても手ほどきは受けているようだが、未熟さが抜けきれずで不慣れものであった。生き物を両断させることができる男が持つ武器は、どうやらダンジョンから得た神器とみたほうがいいとセイは考える。
なによりセイが男に驚かせたことはその身の素早さであった。セイが白瞬豹と呼ばれたのは疾風のような速さから来ているが、男はセイのそれと同等であるだろうとセイは推定している。戦闘中でも弓を持つ盗賊を殲滅するときに男が集団へ飛び付くその速度にセイは目を張った。
あれは身体能力の高さが獣人に匹敵しそうなもので、セイが見てきた人族の冒険者や騎士でも中々見当たらない。
考え込んでしまっているセイであったが、男は即死し損ねた盗賊の止めを刺す行動に移るように見えたので、受けている依頼を達成させるためにも残党を確かめるために一人の生き残りを確保することが必要だ。
「レイっち、行くわよ!」
「...うん...」
木から飛び降りるとふたりは全速で走り、男と老人が今にも死にそうな盗賊へとどめを刺さずになにか言葉を交わしているのを確認してから急いでいた足を緩める。
「お兄さん、一人だけ残してくんないかしら?」
草原にある崩れかけの建物が盗賊団の隠れ家。中には5人が留守していたが騎士団からの依頼内容は全滅することであるため、情け無用で全員を斬り殺して確認のために連れてきた生き残りにも容赦なく止めを刺した。
セイは今回の依頼を成功だと判断を下し、なによりもアキラと言う男に知り合えたのが一番の収穫だと思っている。草原での交渉はセイが彼を見直すきっかけとなった。
落としどころをその場で思いつくのは彼がセイたちの都合を理解できているということ、変に欲張らないで引き際を弁えているところもセイは高く評価している。
アキラと言う男はセイとレイのような美女には欲情するが、その本質は臆病で小心者だとセイにはそう思われた。セイとレイが拒む態度を取るかぎり、あの男は劣情の直接行動に走ることないかもしれない。
それならそれで彼と上手に付き合える方法もある。セイは多くの男が権力を持っている都市ゼノスの権力者の間を身の潔白を保ちつつ、うまく欲望の渦を躱しながら捌いてきたからその程度の男なら上手にあしらえるだけの自信は持っている。
もっともセイも今度いつアキラという男に会えるかはわからない。スーウシェ団長の話だとファージンの集落の人が税を納める時期以外にテンクスの町へやってきたのは滅多にないだそうだ。
「...アキラ、面白い人族...」
レイが人族に興味を持つ自体にセイにはかなりの珍事であると思った。
「そうね。また会えると面白いことになるかもよ。それじゃ行くわ、レイっち」
セイの声で二人はテンクスの町へ向かって駆け出す。町へ戻ってからゼノス騎士団の連絡員に依頼が完了したことを報告して、盗賊たちの死体は彼らが後始末をしてくれる手筈になっているから。
第3章の幕開けは番外編からでした。
ありがとうございました。




