番外編 第7話 白豹が変な男と出会う・中
「セイ君。恥を忍んで君たちに調査を依頼したいのだ」
「いやですわ、リゲードドさま。騎士団の団長さまですからこうしてほしいと言ってくださいな」
ゼノス騎士団の団長リゲードドは初老の大男、セイのことを娘のようにかわいがっており、色々と方便も図ってくれたりしているからセイにとっては数少ない信頼ができる人族である。
「すまん、前の陰の日に出した盗賊団の討伐が失敗したのだ。やつらはテンクスのほうへ逃げ出したのである」
「あらやだ。ですから偵察をと建言したのですよ? 聞いてくれませんでしたのね」
「言うな、ユイジーヌのやつはまだ若いのだ。やつもいい経験を積んだことだろう」
ゼノス騎士団の副団長ユイジーヌ、気障で大袈裟な振舞いをするいけ好かない男。セイとレイによくねちっこいで全身を舐め回すような色欲の邪念を視線とともにそそり込んでくる。
ユイジーヌの父親が都市ゼノスの財務の長官であるため、父親の七光りで彼の意見や行動に表向きの反論を唱える者は少ない。セイにとっても都市ゼノスから仕事を引き受けている以上、反感を露わにすることは控えるべきと考えている。
「わかりました。それであたいらはなにをすればいいですか?」
「テンクスの町で盗賊団の足取りを掴むのだ、そしてやつらを討伐してほしい」
「それで功績はユイジーヌさまですのね」
「……言うな。報酬は弾む、金貨20枚だ」
「あら、とってもいい報酬ですわ、はぐれオーガが討伐できそうよ」
「このことは君らの胸に秘めてほしい」
「うふふ。口止め料込ということですのね。いいわ、リゲードドさまのお願いですもの、引き受けしましょう。期限はどのくらいですの?」
「陰の日と陽の日がそれぞれ1日、陽の日のうちに終えれば町に人を遣わしているからそいつに伝達したら依頼は終わるのだ」
「わかりました、報酬の支払いを教えてほしいわ」
「前金が金貨5枚がリクエスト完了で金貨15枚、詳細を記した記述書を渡す。見終えたら燃やしてくれ」
ほんと、人族ってどうにかしてるわとセイは思わずにはいられない。幹部の父親が息子の不始末をどうにかするために都市の財政からとんでもない金を出しているのに、自分たちの村でははした金も手にすることができない。
この場の誰にも向けられない耐えがたい怒りを感じて、セイは住居へ帰ることを欲した。数少ない仲間に会って、他愛のない話しながらご飯を食べれば心の平穏が取り戻せるはず。
テンクスの町に入ったのは期限の前の陽の日。セイはレイを連れてテンクス衛兵団の団長であるスーウシェがいる詰め所を訪れた。リゲードドからはこのことをスーウシェの耳に入れるようにと言付けられている。
万が一テンクスの町が盗賊団に襲撃され、それが都市ゼノスが撃ち漏らした盗賊団であることと知られれば、相互関係に亀裂が入ると考慮しているからだ。
「生き残りの盗賊はどのくらいの数だ」
「知りません。あたいらが引き受けたのは盗賊団の調査と討伐だけですわ」
「そんなことで町に損害が出ればお前さんたちはどう責任を取るつもりだ」
「そんなの取れませんよ。一介の冒険者に責任を取ってほしいと言われましても、あたいらはあくまで依頼を受けてのことなのよ? ご信用できないというならここで降りますわ」
「……すまん。どうやら気が立ったようだ、許してくれ。調査の結果をこちらにも一報あればありがたい」
「ごめんなさいね、依頼を受けたのは都市ゼノスの騎士団ですの。調査結果はあくまで依頼主に引き渡すものでスーウシェさまには教えることはできませんわ。知りたいのなら都市ゼノスの騎士団の方にお尋ねくださいな」
「そうか、それもそうだな。無理言ってすまなかった」
「いいえ、もっとも先ほど商人ギルトに行った時はすでにことが知れ渡っているようですわ。警戒をしなければなりませんのは盗賊団がこの町へ潜ませている手先と思うの」
「そうだな。お前さんたちに隠すこともないが盗賊団が付近にいることは私も掴んでいる。だがその数がわからないから対応に困っている」
「ええ、そうでしょうね。ところでスーウシェさま、あたいらは調査に入りますがスーウシェさまが人を遣わしてあたいらの後を追うのは拒否ができなくてよ」
「……そうだな。いや、ありがとう」
「それでは確かにお伝えましたので、書類に署名をもらえると嬉しいわ」
「ああ。ここでいいか」
セイはサインをしてもらっているときにスーウシェへ協力してほしいことを願ってみた。
「スーウシェさま。調査するに当たって、もしかしたら住民名簿をお借りするかもしれないの、そのときはお貸しもらえるかしら?」
「住民名簿か。ああ、それなら私に言ってくれ。持ち出しはできないがここで一緒に見るならかまわないぞ」
「わかりました。その時はよろしくお願いしますわ」
セイたちは名が知られ過ぎているために隠密での調査は不可能であったが、それは今回のリクエストで織り込み済みの事項。セイとレイが動いていることは盗賊たちにとって神経を尖らせるため、彼女たちがテンクスの町にいることで盗賊団の行動を封じ込み、襲う対象を絞り込まざるを得ないとなることに期待してのこと。
酒場を重点にセイとレイは噂に耳を立てて、宿では出入りする客に目を光らせる。調査を行っているうちに子供と老人一人を引き連れている怪しいと睨んだ人族に目を付けた。
そいつはお上りさんのように町を珍しそうに視線を行き来させ、獣人を見かけると興味津々に観察するような目でジッと見ているが、その行動にセイは嫌な気分となった。レイを監視役につけてから彼女は町の門にある詰め所へ足を急がせる。
「ファージンの集落からきた者だな、今来たばかりと言ったな」
「ファージンの集落って、あのバジリスクを討伐された烈斬と狂風がいらしたファージン冒険団が開拓した集落ですか?」
「よく知っているな、そうだ。いまはもう冒険者じゃないがテンクスの誇りだ」
「ええ、ゼノスは今でも有名ですわ。ところでその中に男が一人いましたが、その人もファージンさんの冒険者仲間です?」
セイが見た所、男は人族らしくいかにも弱そうだ。ファージン冒険団に猛者が集うと聞いていたので、あの男は強いとは思えなくて、むしろ老人のほうがタダらなぬ雰囲気を匂わせている。
「いや、ニモテアウズ殿から前に集落へやってきた新入りと聞いた。確かアキラとかいう名であったな」
スーウシェはファージンの集落の住民名簿に新しく記入したアキラの名をセイに広げて見せ、その中には子供6人の名もあったので、先に確認した人数と一致した。
「ニモテアウズ殿とは以前にゼノス騎士団副団長を務められたニモテアウズ前副団長のことかい?」
「ああ、私の剣の師匠だ」
誇らしげなスーウシェを見て、セイは故郷の父親を思い出す。セイにとっては父親が父であり剣の師匠でもある。訓練はとてもつらかったが楽しく剣を振るうことができた日々だった。
「ありがとうございます。ファージンの集落から来た者にあたいらは目を張るつもりよ」
「おいおい、ニモテアウズ殿は信頼できるお方だぞ」
「いいえ、そのアキラとかいう男が怪しいと思うだけだですわ。冒険者には見えないし、冴えなさすぎまよ。盗賊が町に潜ませる人材には打って付けね」
「うむ、セイ殿がそう言うならそうするがいいだろう。くれぐれもニモテアウズ殿の気だけは悪くしないでくれ」
「ええ、いいですわ。冒険者には色々と小技があるですもの、心配しないで」
レイと合流を果たしたセイは夜のとばりという宿屋へ足を踏み入れる。ファージンの集落の一行はここに入ったとすでにレイから情報を聞いている。
セイは空腹感を覚えたのでレイと遅めの食事を取ることにして、その間にファージンの集落の一行と宿の女将とのやりとりに耳を立てて気を配っている。セイから見て、ニモテアウズという老人は女将と仲良く話しているので昔馴染みのように感じ取れた。
セイはさり気なく視線を横に向けるとアキラと言う男は子供たちと他愛のない雑談していて、子供たちからなにやらからかわれている。これなら子供たちがアキラの人質という線は低いかもしれない、しかし油断は大敵とセイは考えた。
アキラと言う男は子供に言い負かされたのか、会話を中断して酒場に中を眺めている様子。そしてセイとレイのほうに向けてきた時にその目線が停まった。無形な手のひらが身体を触り尽くすような不快感を感じ、それは胸部の先端に集中してから今度は舐め回すような鳥肌が立つくらいのおぞけがセイの胸全体へ広がっていく。
しばらくその嫌な目線が続き、殴りたい衝動を耐えているとフッとその不快感が消えた。今度はレイのほうが嫌悪する表情を示すようになる。男はレイに多大な性的興奮を抱いているようで、それはレイが人族に対する一番いやな感情であることをセイは知っている。
セイはアキラと言う男がセイとレイに性的興味を持っていることを今回の収穫とした。これ以上はレイが抑えきれずにキレてしまいそうなので、男との初めての接触をセイは言葉によるものと選択する。
「あら、お兄さんはあたいらになんの用かい?」
ありがとうございました。




