第3話 知識は無駄じゃない
フラグというものがある。
初日に抱いた軽い感想は現実になりつつで、歩いても歩いても砂漠の景色は一向変わることはなかった。いったい何日は歩いたのだろう。最初の月は数えていたが、3ヶ月も過ぎればそういうことをしなくなったな。記録できないし。
幸いというか、疲労しない今の身体は食事を必要とせず、排泄することもない。ただただひたすらに歩いているだけ。心が折れそうというか、もうすでに折れまくっているけどね。
そういえば一日中に食えやしないおにぎりやチョコレートなどを眺めていた日もあった。
初めのごろは普通の食事をとりたいと思っていた、空腹じゃなくてあくまで気分的な問題だ。その次に欲しがったのがカレーやラーメンなど、濃い味の食べ物を食べたいと思っていた。しかし、それすら思わなくなった今は、食欲が湧かなくなっている。
性欲もそうだ。
いかがわしい想像してても生理的にまったくといっていいほど反応しない。要するに役に立たない。うん、立たないのだグスン
40前といってもおれは現役だ。月一回は風俗へ行ってたぞ。それが今じゃ、せっかくの不壊スキルもあっちは用なしだぜ! 言ってて空しくなるからやめよう。
今日も心が空っぽのままひたすら歩いているだけ。方向転換したい時はサバイバルハチェットを放り投げて、斧の指した方向へ歩いていく。
テクテクテクテク……
フっと思ったがこの惑星はどんだけ大きいんだよ。これだけ歩いているのに、マップでチェックしても全然明確な線にすらなっていない。
マッピングした範囲はすべて黄色、砂漠ということか? 最初こそマップ出したまま歩行していたが、今じゃ目障りなので時折りチェックする程度に止まっている。
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
「あーあ、なんのファンタジーだよこんなの……」
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
「あっ、オアシス発見!」
ようやくこれまでと違う景色をみることができた。たとえそれがたかが十数本のヤシの木みたいな植物を生やしていたとしても、その下にはきっと水があるんだ。そう信じて疑わないおれは走り出して、まだ見ぬ池へと足を急いだ。
予想と違わず、太陽の光りを受けた輝く水面が目に飛び込んでくる。足を速めて、迷わずに池へと飛び込む。
「いったーーいっ!」
もちろん肉体に痛みなんか感じはしないが、こういうのは気分的に叫ぶべきだ。やはり池も砂漠と同じのようにまるで固めた地面のように硬い。いくつかの魚影は見えたが、拒まれたままで水をすくうこともできず、ただ太陽の光りを反射して眩しい池を見続けるだけ。
なんとなくそうじゃないかなぁ、とは知っていたけど。はぁー、へっこむな。
よくみると反対側の水辺に数匹の野鳥ようなものが水を飲むようなオブジェと化している。近づいてみるとおれぐらいの身長はある。女性の上半身で両手の代わりに鮮やかな色した翼、鋭いナイフみたいな巨大な爪。
うん、これは地球にある鳥類なんかじゃないね、ゲームの中ならこれはハーピーというモンスター。
トップレスなのでしばし鑑賞させてもらったが膨らみは小さく先端がない。鳥は卵生動物なので哺乳する必要もないからいらないのかな? はっきり言って性的な興奮がまったく起きないね。そっと黒い足に触れてみると温かみはないし、予想通りに硬い。
表情を見るとそれぞれの表情していてまるで生きているようだ、抱え上げようとしたが、地面に固定されているようでまったく動かなかった。リュックを開けて試しに収納してみようと思ったがなにも起こらない。
われながら収納とか強盗みたいな行動に苦笑してしまった。寂しかったのかな?
「こんにちは、カミムラアキラと申します。初めまして、どちらから来られたのですか?」
間抜けたおれの問いになんの返事もなかった。そもそもハーピーに言葉が通じるかどうかが問題だ。返事の代わりにあのナイフのような爪が飛んでくるのが関の山だろう。
こいつらはモンスターだろうか? どんな生態しているのだろうか? 興味が湧いてきたがこのハーピーたちはここがねぐらじゃなくて、ただ水分補給しにここへ来たかもしれない。
ただまぁ、せっかく異世界で初めて出会った生き物。もう少しだけ時間をこのオアシスでつぶしてから行こう。この砂漠の果てがどこかは知らないし、ハーピーたちなら飛べるから知っているかもしれないけど、聞けないしね。
「それじゃご機嫌よう、さようならー」
元気いっぱい両手をハーピーたちに向けて大きく振り、勿論返事などあるはずもないがこんなの気分だ気分。サバイバルハチェットを放り投げて、その指し先で今日の行く先を決めてからオアシスを離れた。
しっかりとマッピングはしたので、来る手段さえあればまたここへ来れるのだろう。
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
広大な砂漠に散らばるいくつものオアシスを通り抜け、ハーピーとは違うモンスターも見てきたが、人が住まう痕跡はまったくなかった。
ひょっとして、この惑星の生態には人間がいないかもしれないと思うようになった。地球における自然環境や生物が進化する過程を、この星でほぼ同じくように辿るとは考えにくい。
ハーピーがいるからエルフとかドワーフとかはありのような気がするが獣人ならなおいい。ケモミミモフモフ大賛成。というか正義だ、うん。もう人間なんかがいなくてもいいや。おれはエロフやケモミミとともにこの星で新たな種族繁栄をするんだ!
今日も寂しく砂漠を独り旅だい、わーい。グスン
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
テクテクテクテク……
この惑星は間違いなく地球型巨大惑星。
今日まで歩いてきた距離は軽くユーラシア大陸を横断できるとは思うが、マップで見てみるとうっすら一本の線ができた程度で、まだまだ球体は黒く塗りつぶされている。そんなことを考えていたら風景の異変に気が付いた。灌木みたいな植物が遠くのほうでちらほらと現れていた。
興奮して走って近づくとサソリみたいな小動物がその灌木の日陰に隠れている。まぁ動かないけどね。どうせ疲れないからこの先は走り抜けてみよう。もう砂漠の風景は飽きたからな。
灌木などの植物が密集するところに石室みたいなのがぽつりと佇んでいる。どう見たって自然な岩ではなく、まるで組み上げたようなものだった。
近くまで行くと入口みたいのがあった。中へ入ってよく見ると下へ行けるような階段があったので、ここは降りてみることにした。
降り切るとそこは幅10メートル、高さ5メートルのような通路となっていて、壁や天井一面にうっすらと光る苔みたいな植物が生えている。
これは異世界名高いダンジョンだろうか? 心が高まるのを感じたからここを探索することにした。
地下1層から始めた迷宮探検は新発見が多かった。たとえば壁の不自然な窪みや通路の曲がり角に狼型モンスターや人型モンスターがこちらを伺うように身を潜めてい。、さしずめウルフとゴブリンといったところか。
一部のゴブリンが手にしているのは縄や網。さては絡めてから攻撃する気か? 頭いいな。よくスライムやゴブリンはやられキャラというが見た限りこいつらはそんな生易しいタマじゃないぞ。知らなければこれで初見殺しだって十分にありそうだな。うん、勉強になった、気を付けよう。
モンスターのオブジェを通り過ぎていくと地下1層の最深部へ到達する。鉄扉みたいのが開いていて、中をよく見ると鎧を着た体格のいいゴブリンが大きな両手剣を右手で持ち、左手には頑丈そうな鉄製盾を構えている。
ゴブリンリーダーかな? それならここがボス部屋ということか。一回り見てみると、左右に10匹ずつのゴブリンが地面の穴の中で、手に網を持ちながら身を潜めている。
「うわー、えげつねぇー!こんなのわからんよ」
さらに奥へ行くと部屋がある。その中は下へ降りれそうな階段と蓋のない宝箱を見つけた。宝箱を覗いてみるとその中はリュックとよく似た闇の空間が漂っている。
「これは……もしや!」
手を入れるとやはり肘以上はは入れなかったが、なにも入っていない。試しに物を掴むようなイメージしていると、手に瓶みたいなものを感じることができたから、それを引っ張り出すと、青い水が入った、ペットボトルぐらいの大きさのガラス瓶が現れた。
中身はやはり固定したままで液体ではあるのだが、眺めてもそれがなにかはわからないので、リュックにいれてからメニューを開き、アイテムボックスでチェックすることにした。
ダンジョンハイポーション×1(体力の1/2を回復させる)
「ファンタジーキタコレーー!」
久々にテンションが上がってきたので、探索を継続することにする。敵とのエンカウントもないから、この世界へ来て初めて、チートみたいな出来事なんじゃないかな。
下へ行けばほどゴブリンの種類が増えていく。
槍を持つゴブリン、弓を持つゴブリン、特にロープを着て杖を持つゴブリンを見かけたときは、この世界は魔法が存在すると、確信を持つことができた。
「ゴブリンソーサラーだなこれ。いやー、ファンタジーだよな」
攻撃される心配がまったくないので各種のオブジェを細かく観察することができた。
ただ、ときおり通路の壁や天井、地面にもやっとした黒い霧の集まりを見かけるけど、それがなにかは理解できない。時空間が停止しているので、害にならなそうにないからどんどん下へ降りてみようか。
マップを開いてダンジョンのマッピングはどうかなと考えたけど、これがものの見事に当たっていた。マッピングしたダンジョンマップはちゃんと記録されている。ただ、残念なことにゲームみたいにモンスターは表示されない、表示ができれば奇襲とかは避けられたのに残念。
でもよく考えたらそれはチートだよね。もしも本当にダンジョンの攻略をするとなれば楽しみが減るのだから、なくてもいいよな。うそ、本当は欲しいからこのままでいい。
地下11層階からはボス部屋でなくても通路の脇や小部屋に時々宝箱が置いたりしている。
ダンジョンポーション×1(体力の1/4を回復させる)
ゴブリンソード(攻撃力+30・無属性)
ゴブリンランス(攻撃力+35・無属性)
ゴブリンアックス(攻撃力+50・行動-5・無属性)
ゴブリンシールド(物理防御+35・魔法防御-5・無特性)
ダンジョン毒消し(毒を瞬時に消す・猛毒減軽)
「豊作だ!これで初期装備や金策は安心だな、冒険者ギルドへ行ってみよう!」
その前にこの世界で人族が居て、冒険者ギルドが存在していればいいのですが、まだ確認しておりませんから、これからの楽しみに致します。
このダンジョンは主にゴブリンが出没していて、どうもモンスターのウルフは役使されているみたいで、地下5層のボスはウルフに乗ったゴブリンライダーの集団だった。地下10層のボスはゴブリン、ゴブリンソーサラーの集団で階段の小部屋にはゴブリンリーダーが潜伏している。
地下15層ではゴブリンライダーの集団でその数は地下5階より少し多いくらい。ただ、奥の階段の小部屋に入ると同数のゴブリンライダーが待ち構えていた。
地下20層に地下1層で見かけた鎧を着たゴブリンリーダーが50体ほど姿を見せて、この階にあるボス部屋は半端なく広く、そこら中にゴブリン集団が潜んでいたな。
地下25層のボスは地下30階で見かけたジェネラルゴブリンが3体で、ほかにゴブリンリーダーやゴブリンライダーはそれぞれゴブリン、ゴブリンソーサラーの集団を率いていて、もう軍団と言っても過言ではないじゃないかな。
地下5層ボス部屋お宝:小鬼の籠手(物理防御+60・魔法防御-5・無特性)
地下10層ボス部屋お宝:小鬼の臑当(物理防御+55・魔法防御-5・無特性)
地下15層ボス部屋お宝:ダンジョンハイグレートポーション×1(体力のを全回復させる)
地下20層ボス部屋お宝:小鬼の鎧(物理防御+150・魔法防御-15・無特性)
地下25層ボス部屋お宝:小鬼の兜(物理防御+85・魔法防御-10・無特性)
いつの間にか地下30層まで降りってくると周りの空気が一変する。
煌びやかな扉をくくり抜けるとそこはまるで中世のような宮殿作りであり、正面の奥に玉座が二つ、それぞれ頭上に王冠とティアラを被った巨体のゴブリンが二体座っている。
さてはゴブリンキングとゴブリンクィーンだな。
ゴブリンキングは輝かんばかりの鎧を纏っており、玉座の横には巨大なハンマーを据えている。ゴブリンクィーンは真っ白なロープを羽織っており、手には宝石を散りばめたメイズを握っている。
玉座までの通路には立派な体格した鎧姿のジェネラルゴブリンが剣やら槍やら斧やら手に握ったままきれいに整列していて、その数は100体を下らないだろう。
「え?なにこれ、こえぇよ」
この体制ならラノベのAランクパーティーでもかなり手こずるだろうな、あくまで個人の偏見と判断によるだけど。まぁ、Aランクパーティーの強さなんてどんなかは知らないけどね。
動かないのは知っていても、ジェネラルゴブリンの身を刺すような視線にビクビクしながら玉座の裏へ回ったが、予測通り宝箱がそこにあった。RPGゲームで培った叡智、サブカルが盛んな我が故郷よ、もう最高!
斬鬼の野太刀(ミスリル製太刀・攻撃力+450・ゴブリン族攻撃時倍増・雷属性魔法発動)
やったね! お宝発見だよ。
これはゴブリン族の攻撃に特化した武器。でもちょっと待って、これって野太刀だよな。長い刀身が約150cmで艶のない黒い鞘に納刀されている。鍔は複雑な紋様を刻み込んでおり、ゲームでいうと魔法陣のようなものに見えなくもない。
雷属性魔法が発動するって表示されているから、そこに魔力でも流すものなのかな。もっとも今のおれには検証はできませんので、アイテムボックスへお宝の収蔵になるだけ。
さて、このダンジョンはここまでなので、トレンジャーハンターは退散すると致しましょう。
『汝、必ず再びここへ来い、待ってるぞ』
なにか聞こえるような気がしたので、振り返るとゴブリンたちは不動したままだが、ゴブリンキングから殺気を帯びた目線に思わず身震いした。
そんなわけがない。この世界は停止したままだ、きっと気のせいだよ。とても不気味になってきたなので、さっさとこのダンジョンから出ます。
帰路で地下25層を通るとき、降りた時に漁った宝箱をもう一度探ってみたが、今度はなにも出てきませんでした。もしかするとお宝は1人様1個と限定なのかな? 今後違うダンジョンと出会うことあれば、そこでも検討してみますか。
キングゴブリン含めて、このダンジョンでのモンスターの配置は異常のように思える。難易度が高過ぎるのだ。もっともそれはゴブリンのモンスターの位置づけが底辺であるという前提だが、どうもこのダンジョンは攻略させる気がまるでないようにみえる。
ダンジョンの地面にもやっとした黒い霧の集まりは深くなるほどその密度が高まり、地下29層ではゴブリンより黒い霧の集まりのほうが沢山いると思えるぐらいだ。あれは本当になんなんだろうな。
結局本日の宝はゴブリンシリーズだが、ゴブリンの装備は魔法防御にすべてマイナス値が掛かっており、いまいち使い勝手はよくなさそう。しかも、見た目は平安時代和風でできており、これはこれですごく気に入ったが、なぜ日本の鎧兜が異世界にあるのかという疑問はかなり残ってしまった。
異世界七不思議の一つか? その不思議もいまおれが作ったものでほかの六つはまだ思い付きません。
ダンジョンを出たところで、マップを開いて見たらダンジョンのところに丸い紫色の印がついている、その横で小さな見知らない文字が表示されているが、あいにくとおれは異世界の言語がわからないから、なにを書いているかは読めない。
石室の周りを見てみるとやはり誰か訪れた痕跡はない。このダンジョンの走破はおれが初めてかもしれないね。まぁ、ダンジョンの討伐は残しておいたので良しとしよう。
そういえばダンジョンコアってのは見当たらなかったなあ。もう一度潜るのもかなり面倒くさいなので気にしないことにした。
次にダンジョンがあればそこで探ってみようじゃないか。今日は異世界転移らしいことができたので気分がいい。どうもこの頃はきた当初より心の起伏が少ないので、やはり人間はらしく喜怒哀楽があってしかるべきなのだ。
「次へ行ってみよう!」
ありがとうございました。