第30話 強き者との死闘
「シャウゼさん! 今すぐ逃げろ、頭二つを生やした大きな犬型モンスターが出た! しかもウルフ型のモンスターを一杯連れているぞ」
集結地点へ駆け込んだおれはすぐに警告を発した。
「そんなモンスター見たこともない! ……いや待て、伝承で聞いたことある……」
シャウゼさんは何かを思い出し、小声でブツブツと自分に言い聞かしているようだ。その後に驚愕した表情を作ってからパクパクと口を開いては閉じるの動作を繰り返す。
「アキラさん、イ・コルゼー神官が収蔵している本で双頭の獣について見た記憶がありますけど、そのモンスター左首の耳は一つだけですか!」
エイジェがおれの言葉に反応してなにかに恐れたような表情で質問を投げかけてきた。
「ああ、そうだがなぜ知っている?」
種族名も名があることも言えないが、エイジェが聞いてきたように一つ耳であることはしっかりと瞼に焼き付いてる。
「……あれは犬神のヴァルフォッグスです、幾度も人族領に襲来しているとアルス神教の魔獣伝承にその記述があるんです……」
エイジェはそれだけを言い終えると沈黙の彫刻になってしまった。
「そんなの勝ってるわけないじゃない! みんなと一緒に今から逃げようよ」
クレスは誰もが言葉を発さない中、切羽の詰まった言葉を発したがそれに同意することはできない。やつはおれの匂いを覚えたので必ずおれを追ってくる。それこそ地獄の果てまでついてきそうな予感がするので、おれが集落へ戻ることは危険過ぎて同行できない。
「ごめん、それは無理。やつの標的はおれだ。君たちが集落へ戻って応戦体制が整えるまでおれが時間を稼ぐ」
クレスはいやいやと首を左右に振るが今は彼女に構う時間すら惜しい。
「シャウゼさん! しっかりしろ! おれが生きるかどうかがあんたにかかっているんだ。早く撤退して対策立てろ、野営の道具は回収しておれも後を追うから!」
こうしている間にもやつは迫って来るだろう。後片付けはおれがすることを告げ、シャウゼさんたちに一刻も早く離脱することを催促する。
「……ああ、うん。アキラは大丈夫か? 伝説の化け物とどう戦う? ぼくも残るよ」
「シャウゼさん、こういう時こそ判断を誤ってはダメだ。子供を集落に連れて帰る、集落で応戦の準備を行う、身重の妊婦さんたちを安全な場所へ連れて行く。いくらでもすべきことがあるからすぐに退却してくれ、あんただけが頼りだ!」
おれの心の叫びにシャウゼさんは意を決して、肩を手のひらで強く掴んでくる。
「……わかった、いまから集落へ戻る。アキラも無理しないですぐに逃げろ」
「ああ、そうする。おれもすぐにみんなに追いつくから」
シャウゼさんが頷くと直ちに帰還するように子供たちへ命令した。クレスは動こうともしないでおれをただ見続けているが、このままでは埒が明かないから気持ちを体で彼女に伝えよう。
できるだけ優しく彼女の両腕も抱き合わせるように抱擁した。
「クレス、いい子だからちゃんと生き延びろ。君に夢があるなら命がある限り叶えて見せてくれ、おれもそうするつもりだから無駄死にする気はないよ」
「……うん、きっと約束よ」
エイジェとルロは動揺しているがシャウゼさんに促されておれへ一礼してからその後について行く。遠ざかる一行の中で、何度も振り返って来るクレスへ早く行くように手を振って急かせた。人影が見えなくなるまでおれは全員を見送った。
誰もいない集結拠点で黒竜の鎧に着替える、サバイバルハチェットとサバイバルナイフとともに斬鬼の野太刀と妖精殺しも腰に装着した。新たにアイテムボックスから使えそうな武器を選別する。
破滅の斧(アダマンタイト製戦斧・攻撃力+1800・打撃ダメージ付与)
人狼殺し(アダマンタイト製戦鎚・攻撃力+800・ウェアウルフ族攻撃時倍増・魔法攻撃抵抗)
豚頭殺し(ミスリル製両手斧・攻撃力+600・オーク族攻撃時倍増)
火炎の交差(ミスリル製双剣・攻撃力+250×2・火属性範囲魔法発動)
かがやく栄光(ミスリル製杖・光魔法使用魔力半減及び射程延長)
ボス戦は決め手を持つことが肝要、オルトロスのステータスが読めない以上、できるだけ傷害を与える手段を準備する。魔法防御が3桁であるなら、光魔法による投射は目晦まし程度と割り切って、かがやく栄光の杖で攻撃回数を手数を増やす。
テントや食料は片っ端からアイテムボックスに放り込む。この場所で最終決戦する計画を立て、まずは前方で迎え撃ち、今のうちにこれから始まる戦いの仕込みしておく。
考えてみると気が滅入った。女神教の伝承に書き残されているほどのモンスターってどうよ? なんでこんなところに現れる? ゲームスタートでボス級と対決って詰みゲーじゃないか。
もういいや、ここまで来たら覚悟を決めるしかないか。
敵わないのなら集落から引き剥がしてから一番近いダンジョンに逃亡し、そこのボスも巻き添えを食らわせてやる。マップでチェックしたけど一番近いダンジョンはここからかなりの距離、体力とユニークスキルに任せて走り続けねばならない。現実的な策ではないが考えだけは持っておこう。
バキバキと木が倒される音が聞こえてきて、それは段々と近付いてくる。オルトロスを先頭に樹木を薙ぎ倒しながら緩やかな歩調でこちらへ向かって来ていた。同行しているレッサーウルフは先ほどの数よりも少なく、まだ気を失っているレッサーウルフがいるのだろう。
突然オルトロスが足を停止させ、双頭はおれのいる方向に向き、気怠そうに左右へ動かしている。
「グルルル……グオッ!」
オルトロスの声にレッサーウルフたちが反応しておれ俺のほうへ向かって走り出し、やはりオルトロスは指揮能力を持っていたのだ。この一帯の地形は拠点を設置する前に調査済みなので、木々が密集するここでは不利になるそう。そのためにレッサーウルフどもを迎撃しつつ、後退して樹木が少なく岩があるところで駆逐してやる。
「これいいぞ!」
左手で持つかがやく栄光の杖を媒介に右手の人差し指で初級光魔法のアイコンを連続で押す。攻撃の光の距離が今までよりも2倍に伸び、魔法は連射するのではなく、魔力を節約するために確実に仕留めるように行使する。黒竜のシールドはオルトロス戦のときに装備する予定だから、今はアイテムボックスに収納している。レッサーウルフはその尖った牙を立て、足ごと鋭い爪を突き出してくるが黒竜の鎧の堅固な防御には通用しない。
撃ちもらしたレッサーウルフ突進してくるが、光魔法の乱射でその勢いを削いでから妖精殺しで切り殺す。少しでもやつらに包囲されそうになれば岩を背に後方からの攻撃を遮断し、レッサーウルフの攻撃が怯んだらまだ光魔法による精密射撃を再開して、とにかくレッサーウルフの数を減らすことが今の局面では重要だ。
オルトロスは後ろ足で座り込んで動かない、おれとレッサーウルフの戦いを見ているだけ。
正確に言うとやつは戦闘を観察していて、おれの技を見極めようとしているがそれはおれが想定していた行動だ。オルトロスは犬神とよばれるほどの強者、おれはやつにとって直接手を下す資格があるかどうかを定めようとおれは思っている。
同胞が激減する中、レッサーウルフの攻撃が途切れるようになってきた。よく見るとやつらは身を震わせながら怯えて、威嚇するような吠え声を上げるようになった。おかげでおれは岩にもたれて一息をいれる。
「グオオオォ!」
オルトロスがけしかけるように残りのレッサーウルフに吠えた。それに奮起したようにレッサーウルフからの攻撃が先よりも激しくなっているが、その数も数十頭しかいない。後ろにある大きなの岩へ向かって走り、レッサーウルフどもがおれの後ろに付いてくる。
岩にたどり着くと、妖精殺しとかがやく栄光の杖を放り投げて、先に隠していた両手斧の豚頭殺しを両手で握りしめてから水平方向へ殴りつけるように叩き切る。咄嗟の変化で躱しきれない数頭のレッサーウルフが脳漿や血液を撒き散らしながら吹っ飛ばされてそこで絶命した。
「来いや!」
ファージンさんに感謝せねばならないね。あいつと荒業のような修行でおれはアックスが使えるようになり、あの嘔吐と冷や汗と涙の日々は無駄じゃなかった。さて、残り少ないレッサーウルフどもの殲滅と行こうか。
レッサーウルフが寄り集まる集団へ飛び掛かって、豚頭殺しを横方向に振り払い、その成果が十数頭のレッサーウルフの撃滅だ。後ろに回り込んで襲い掛かる群れに対しておれはは身体を回転させるとともに両手斧を振りぬき、断末魔の叫びをあげたレッサーウルフどもは血を流す肉塊へ化した。
たまらず後退して立て直そうとするレッサーウルフどもに、豚頭殺しを左手で持ち替えてすかさず光魔法をぶち込む。次々と撃ち減らされたレッサーウルフどもは後方へ散開して生き残りを賭けて戦法に切り替え、一頭ずつによる連続攻撃だ。
豚頭殺しは地面へ投げ捨て、最初に来たレッサーウルフを居合抜きのように抜刀一斬して両断。覚悟を決めたかのように仲間の死にも目をくれず、レッサーウルフは絶え間なく捨て身の攻撃を仕掛けてくる。
斬り上げしてすぐに袈裟斬り、水平斬りで仕留めて返し刀は面打ちのようにレッサーウルフの脳天を叩き付ける。ニモテアウズのじっちゃんから叩き込まれたのは手を止めちゃダメだということ、大きな動作よりも次に繋がる攻撃がおれに合うらしい。
敵の技を予測するとか、返し技で逆襲するなど剣の達人が成す技はいまの俺ではできないため、隙を小さく途切れない剣をじっちゃんが伝授してくれた。じっちゃんの教えでどうにか無傷で済みそうで、生き残りのレッサーウルフは3頭だ。
待ち構えていたが3頭のレッサーウルフに動きはなく、ただこっちを黙視するだけ。なにを考えているのかはわからないが、観念したのなら情け無用で終わらせてやる。3筋の光魔法がレッサーウルフの眉間に吸い込まれてやつらは即死した。
オルトロスはまるで劇を観賞していたかのように、レッサーウルフの血で染まっている一面に目を遣るだけ。息絶えた元配下の屍骸や重傷を負い死にかけで必死で息を吸い込もうとしているレッサーウルフたちもやつは全く興味を示さなかった。おれが地べたに座り込んで回復に努めていてもオルトロスは動く素振りすらみせない。
呼吸を整えたおれは豚頭殺しの柄を地面に突き刺し、黒竜のシールドを取り出してこれまで経験したことのない激戦に備える。だがその前にちょっとしたインターバルと行こうか。
新たに用意した数十枚牛肉をオルトロスのほうへ投げると、やつは首を伸ばしてからそれらを舐め取って残さずに平らげてしまう。
「グルルルルルゥ」
低音で唸るオルトロスの声、おれに礼でも言ってるのかな? 異世界の肉も中々うまいだろう。
「グアアアアアァァァァァァっ!!」
不意に森林を轟かすような遠吠えをオルトロスは夜空へ向かって大声量をあげた。身震いするような殺気がやつの全身から溢れ出し、爛々と光る双頭にある四つの瞳がおれを食い入るように敵意を込めて直視してくる。右手に妖精殺しで左手は黒竜のシールドを持ち、オルトロスのスキルを知らないおれは身構えることを選択した。初見で知らない大技を食らうつもりはない。
オルトロスとの間合いはまだ遠く、おれとやつは睨み合いを続けている。王者が動かないなら挑戦者のおれから出撃しかない、一歩ずつすり足でやつの一挙手一投足に気を配りつつ接近を試みる。オルトロスの左側の口から炎が扇形に広がるように吐き出された。
「あっつぅ!」
黒竜の鎧の装着効果により、オルトロスの火炎攻撃は無効化されてダメージを負うことはなかったが、高熱の温度は体感した。火は近くの木にも燃え移り、地面にあるレッサーウルフのが焼かれて肉の焦げ臭さが立ちこもる。おれがまだ動くと見たオルトロス、今度右側の口から白く冷たいブレスがおれを中心に周りのものを凍らせた。
「冷たい!」
この炎と氷のブレスは出来るだけ直撃を回避したほうがいい、ダメージがなくとも身体的に竦み上がるから結果的に隙ができてしまいそうだ。足の動きは止めてはいけないと思った時にオルトロスの大きくて鋭利な爪がいきなり視野に飛び込んで来る。
すぐに黒竜のシールドを掲げて防御したがものすごい衝撃がシールドから伝わってきて、両足の踏ん張りが利かなくなり、後ろへ滞空時間のある浮遊を体験してから地面に叩きつけらた。体は天地が分からないほど何回転も転がりまわって、木に身体ごと打ち付けられてからようやく止まった。
「ガハッ、ブォッ!」
絞り出されたように血の塊を口から吐き出す。身体強化をかけているのにこの威力か、はらわたがミキサーでかき回されたようで痛みと吐き気が止まらない。超再生と健康のユニークスキルによるダメージ回復が急速に開始しており、なんとか立ち上がって体勢を立て直した。
「ちっくしょうが……」
追撃がないことに不審に思ったが、オルトロスのほうを見たらなんとなく理解できた。やつも二つの首を傾げて、なぜおれが死亡していないことに疑問を感じているだろう。確かにやつの攻撃力なら大抵の生き物なら一撃で葬り去られる。でもおれにはこの世界で管理神の賜物に爺さんと幼女の祝福があるんだし、黒竜の鎧の効果で物理による攻撃はだいぶ減軽され、シールドの物理反射でやつも少しはダメージを食らっているはずだ。
そう簡単には死んでたまるかってんだ。
オルトロスへ向かって走り、落ちている妖精殺しを拾うと右足に全力を込めて大地を蹴るようにやつの近くまで飛び付く。
「食らえ!」
オルトロスは反応できていないようでその場で直立不動の立ち姿、妖精殺しに渾身の力を込めて振りぬいて斬撃を加える。
「んなっ!」
刃身はオルトロスの身体で滑るように流れてしまった。オルトロスの体毛は思った以上に硬質でしかも表面を油のような保護層が備わっているようだ。崩されてしまったおれはその勢いで地面に倒れ込んで、自らできるだけ遠くへ逃げれるように身体を転がした。素早く立つとやつの左前脚がおれの居たところを踏んでいる。
「つえぇなヴァル、っパねぇよ。伝説は伊達じゃねぇってことか」
勝手に愛称をつけて呼んだが、おれの称賛を聞いたやつは傲然とさも当たり前のように首をグイっと仰向くように受け止めている。オルトロスの技はどれも一撃必殺級だと覚悟した方がいい、できる限り直接攻撃は当たらないようにしないといけない。
ダメージが溜まってしまうとそのうちに体力は消耗されて、その先は死を待つビジョンしか予測できなくなる。やつはシールドへの攻撃が自分の身に跳ね返されると知ってか、おれの側面か背後への攻撃が増している。試しに豚頭殺しで反撃してみたがやはり被毛で防がれて効かないので放棄した。
とにかく今はやつを円心にして円を描くように駆け回る。理攻撃を反射しても衝撃を打ち消すことはできないし、しかもやつがおれより早く動けてシールドへの攻撃をやめている以上、少しでも身の重さを減軽させるべきと考え、黒竜のシールドは地面に投げ捨てた。
妖精殺しが通用しないならそれより強い武器を使用しないといけないが、それは今じゃない。もっとやつへのダメージが蓄積されてからでないと、奥の手は使えないから今は我慢あるのみ。それでは反撃のために布石を始めますか。
初級の光魔法ではやつの魔法防御に通らないのはすでに判明しているが、最初の一撃のために撃ち続けることが必要。光魔法はやつの被毛を通ることなく、弾かれているだけだが、それでも光の矢を1発ずつ撃っていく。
忌々しそうにオルトロスは炎と氷のブレスを吐き続けているが、止まらないおれには当たらない。ダメージはないけどしつこい魔法の攻撃にとうとうやつの堪忍袋が切れたようで、おれの進路を予想して直線的に突進を掛けてきた。
すぐさま火魔法に切り替えてやつの頭部へ向かって連発で放ち、オルトロスは四脚を止めずに炎の玉に突っ込んでくる。火の玉がやつの頭部に直撃したけど大した効果もなく四散し、疾走しながらやつは二つの首をうるさそうに軽く振った。
今だ! おれは円を描くような走行から一気にやつへ向かって飛び付くように地面を蹴りつけた、急速に短縮された両者の距離、おれの狙いであるやつの首はもう目の前だ。逃げていたばかりだったおれの反撃にオルトロスはわずかに反応しきれなかった。
口を一杯広げて臭い息がおれの鼻に染み込むことも、剣のような牙が目に映りこむことも、おれは認識しようとしない。左手の妖精殺しを狙いである目標へ突き刺すことだけに意識を集中させている。
お前の右首の目をひとつおれにくれ!
戦闘シーンの描写はとっても難しい、うまく書けている人はすごいと思います。
ありがとうございました。