第2話 異世界転移ってなにかな
気が付いた時には砂漠の真っただ中。
「え? え? 砂漠? なぜ?」
え? 先まで坂道をすべり降りていたよな? 横をみると愛車は横たわっている。しかも砂漠のなかで。どういうこと? 混乱が止まらない。そうだ! 上司に連絡入れよう。なんだか遭難したみたいで、休み明けに出社できないかもしれない。
だからおれはサイドバッグからスマホを取り出した。
「あれ? なぜ電源が切れている? 壊れたのか?」
飲み物を飲んでまずは落ち着いてみよう。サイドバッグに入れた朝に買った飲料水を取り出して、ペットボトルキャップを回して開けようとしたがまったく動かない。いくら力を入れてもペットボトル動きそうになかった。
どういうこと? そんなことより、中の液体が固定したままだ。そんなことってあるだろうか。
「よし! こういう時はまず深呼吸してからだな……って!」
ちょっと待て、なんということだ。おれ、呼吸していないぞ! 心臓も止まっているし、脈拍がないぞ。なんで? 死んでるのかおれ? ゾンビになったのか? ちょっと待てよ! なんで? だれか教えて……
あれからどのくらい時間が過ぎたのだろうか。
ひたすらわめきき散らしたり、サイドバッグから取り出したものをそこら中まき散らしたりしたが、状況はなにひとつかわらない。リュックから時計を取り出そうとしたが、リュックの中が闇の空間と化していて、怖くて手を入れられなかった。
落ち着くきっかけとなったのはまったく発汗していないと気付いたからだ。砂漠の太陽が燦々と照りついているというのに、暑さを感じることもなく、砂丘が作る日陰が先から変わっていないし、そもそも、風がまったくといっていいほど吹いていない。それはおかしすぎるだろう。
「えっとぉ、ここってどこ? 外国の砂漠?」
見回しても、見たことのない風景。一面が砂漠、砂漠、砂漠、砂漠だけ。飲み込めない状況で非現実のことを考えてみた。
「それともおれ、異世界転移でもしたのか?」
あれか? あの坂道に現れたに捻じれ曲がった空間が移転のきっかけか? でもおかしいだろう? ラノベの鉄板テンプレでいくと、ここはまず色気たっぷりの王女さんがいきなり出てくるはずだ。
「ようこそお出でなさりました勇者様。どうかこの国をおびやかす魔王をお倒しくださいまし」
それらしきのことを言うべきだろう。こんな砂漠の真っただ中に呼んでおいていったいどんな国だという。召喚が失敗したってか? とんだ未熟者がいるもんだ。
そういうくだらないこと考えていると、いつの間にか冷静になっていた。
「よしっ、冴えてきたぞ。状況を整理してみよう」
その1、捻じれた空間に突っ込んだら砂漠に飛ばされた。
その2、思考することは可能で今朝までのことはしっかりと覚えている。
その3、今は呼吸をしない・排泄する気配がない・生体としての生命活動が見当たらない。
その4、砂漠にいるのだが砂に沈むことはない。まるで固めた地面のように硬いままだ。
その5、持ってきたものはサイドバッグから取り出せたが単体の形態のままで固まっている。例えばククリナイフは鞘から取り出すことができないし、LEDランタンのスイッチをつけることができない。おにぎりはフィルムから取り出すことができない。
そういうわけでないない尽くしですることがまったくない。
「世界が止まっているというのか?」
気が滅入ってしまい、なんとなく仰向けになってみて空を見上げた。
「あっ、これは異世界確定だな」
だって、太陽系に二つの太陽なんかないもんね。
これが死後の世界でなかったら、すくなくても元にいる世界ではないはず。そのうちに考えるのも億劫になったから、目をつむって寝てみたが眠気がない。この異世界はやっぱり本当にないない尽くしだよ。こまったものだ。
寝転んでもなにも起きそうにないから、色々と検証することにした。
まずはラノベのテンプレでいこう。
「ステータスオープン!」
うん、なにも起こらないね。恥ずかしい。どうせだれもいないからいいけど、ならば次は魔法を試してみるのだな。
「ファイアーっ!」
炎は現れない。
「ブリザードっ!」
氷も現れない。
ええい、こうなったら国民的RPGでいくわ!
「メラ○ーマっ!」
極大火炎呪文は現れることもなく、声のエコーすらひとつない。超恥ずかしいー。こうして40前となって、しょぼいおっさんに輝かしい黒歴史のページは刻み始めたのであった。
「どうしろってんだ! こういうのはだな、ゲームしているときみたいにだな、こう『メニュー』ってのが開いてだな……あっ、なんか出た!」
昔によく遊んでいたネトゲをイメージしてみたら、急に目の前に空中に浮いたアイコンが詰まったパネルみたいな画面が開いていた。しかも親切にもすべてが日本語表示で、思いやりいっぱいの設定。うん、思いやりって大事よな。
その中からステータスを選んで押してみるとしよう。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
名前:カミムラ アキラ
種族:人族
レベル:1
職業:無し
体力:30/30
魔力:135/135
筋力:10
知力:25
精神:20
機敏:15
幸運:30
攻撃力:10/10+0
物理防御:?/(?+?+?+?+?)
魔法防御:?/(?+?+?+?+?)
武器:
無し
頭部:異界のヘルメット(測定不能・不壊)
身体:異界の服(測定不能・不壊)
異界のTシャツ(測定不能・不壊)
腕部:異界のグローブ(測定不能・不壊)
脚部:異界のズボン(測定不能・不壊)
異界のトランクス(測定不能・不壊)
足部:異界の靴(測定不能・不壊)
異界の靴下(測定不能・不壊)
スキル:なし
ユニークスキル:住めば都・不壊
称号:迷い込んだ異界人
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あー、うん。ゲームだね。異世界転移テンプレキタコレーーーーっ! なんて喜んではいないけど、どうやら本当に移転したことが確定したようだ。でもやっぱりここはレベル制か。というか、ユニークスキルの不壊ってなに? おれは壊れないの? 心がいまにも壊れそうというのに……はぁぁ。
装備一式は自転車用のもので、さすがに箱から取り出した学生時代のものは着れない。ああそうだよ、体型変わったんだよ、特に腰回りがな。そのために昨日一式新調したんだよ。
見た目と吸汗速乾性を重視したジャージと短パンなのだが、これらに防御力が付くだと? どう考えても紙装甲としか見えそうないけど、異世界の判定基準なんていまのおれには到底理解できない。
基礎能力は幸運が一番高かったがなんだか納得できないなぁ。いきなり訳もわからないまま異世界へ飛ばされてしまったのに、今日の運勢は最悪といっても過言ではない。きっとそうだよ。体力はあれか、ゲームでいうHPに相当するものか? これが0とかなれば死ぬのかな?
機敏ってのはなに? 素早さのことかな? 15というのは早いなのかそれとも遅いなのかがわからん。何気に知力が25ってのはどうだろうか? それは頭がいいのかそれとも頭が悪いのか、判断基準がない以上は考えないことにした。筋力10ってなんだ ?どうみても俺TUEEEじゃないよな? 俺TUEEE(笑)ではありそうだ。
せっかく異世界まできたのにおれってやつは。人生ってはやっぱり理不尽だらけだね。グスン
精神については知力と同じく考えないことにする。そんなことより大切なことがある。そう、なんと魔力という基礎能力があるのだ! ということは魔法が使えるということのかな? これは能力かそれともMPなのかな? しかし先は試したがなにも起こらなかったぞ。
よし、これは徹底的にテンプレで検証を徹することを必要とするとみた。まずは魔力の循環ってやつをこの身体でしっかりと感じとろうではないか! 丹田からなのか? 確かラノベで膀胱当たりとかいったな、力を入れてみよう。微かな気配も見逃さずに気を集めるような感覚でやろう。
さぁ、我が魔力よ。集いたまえ!
長らくお待たせいたしました。魔力は集められませんでした。ええ、それどころか血の流れすら感じられません。尿意も催しませんでした。なんでかなぁ、なにを間違えたのかな。そうだ、詠唱か? やはり魔法と言えば詠唱だ、まだこれは試していない。
確かにゲームではファイアって選べば炎の魔法攻撃に移るのだが、ここはなんと言っても異世界なのだ。魔法の行使にはそれなりの手順が必要に間違いありません。うん。ではでは……
「集え炎よ、ファイアっ!」
「我の命に従い集え炎よ、ファイアっ!」
「この世の理に従い集え炎よ、ファイアっ!」
くそっどれもだめか! なら、かなり恥ずかしいが病気に患ってみよう。えっと、どう表現するでしたっけ。
「闇で世を覆いし恐れられその力を、我に立ち塞がるいかなる形あるものを焼き尽くさんと命じ、四属性の一角と成すもの出でよ、ファイアああああっ!」
ああああって……まったくなんの勇者だよ。バカの丸出しを通り過ぎて、本当に生まれてすみませんでしたごめんなさいですだよ。さらなる黒歴史の1ページを開いたどころか、異世界に来てから黒歴史まみれしかないじゃねえかちくしょーーー!
よく考えてみるとおれってなんの魔法のスキルを持っていなかったはずだよな。なぜそこに気が付かなかった。間抜け通り越してただの能無しだよチクショーめ。
八つ当たりで愛車含め、すべての持ち物を投げ捨てては殴ってみたが、どうやらおれと同じのように不壊属性があるようで、飛んではいくけどまったく壊れませんでした。
あとに残るのはただひたすら侘しいという気持ちで、ぼつぼつと散らかった持ち物を片付けていく。
「メニュー……」
荷がまとまったところで気を取り直してから画面を開いて、今にできることを考えてみることにした。
うん? アイコンにアイテムボックスというのがあるぞ? なんだこりゃ。アイテムボックスを押してみると中に収納されているものが表示された。
異界の服×2
異界のパンツ×2
異界のタオル×2
異界のバスタオル×1
異界の靴下×2
異界の筆箱
異界のノート×3
異界のティッシュ
異界の財布
異界の充電器
異世界の菓子パン×2
あれ? これって昨夜リュックに入れたものばかりだよな? ということはこのリュックがアイテムボックスに変化したということか? とりあえずどう使うかを試してみよう。
リュックを逆さにしても闇の空間から物は落ちてこない。それで少々力を入れてみたがこのリュックだけはほかの持ち物と違い、押しつぶされてしまう。そう、形が変わるのだ。
「うーん、わからん。異界の靴下よ、来い!」
手を頭上にかざして叫んでみた。
はい、一度患ってしまった病気は中々治りませんでしたね。もちろんなにも出て来やしませんけど、それがなにか?
それにしてもこの異世界は本当に不親切だよ。説明無しのいきなり放置プレイとかありえないよ。おれにどうしろと? そもそも人を転移させといて無視とかなにがしたいのか。テンプレならステータス欄に文章を表示するとかさ、鑑定スキルで擬人化させてから説明するとかあるんだろう。
この世界の精霊どもはなにをしている、すぐ来て仕事しろや! もうこの際だ、隷属でもかまわないから奴隷の首輪を持った奴隷商人とか騎士とか出て来いよ……
いやまぁ、全力で断るけどね。せめて異世界の進め方取り扱い説明書とかさ、異世界ハッピーライフマニュアルを今すぐよこせよ!
不毛なことをいくら考えても切りがないので、アイテムボックスの扱い方に集中することにした。このリュックだけはほかのアイテムと違うというのなら、違ったアプローチをするという考えが必要。というわけで闇の空間に手を入れることにした。
ここはステータスの不壊というユニークスキルを信じてみましょう、心以外はおれは壊れやしませんぞ! ……のはずだ。
肘まで手を入れることに成功したが、それ以上は入れることはできない。これはテンプレでいうと生き物はアイテムボックスに入らないというやつか? けどね、よく考えたらおれって呼吸してないんだよな? これって生きてるのかそれとも死んでるのか。
まぁいい、これからはわからないことについてなるべく考えないことにしよう。
この先、このようなことは多々あるはずだ。異世界の常識は地球の非常識ってね。科学の知識がどうした、魔法の叡智でことわりをひっくり返せというものさ。どうせ理不尽だらけの人生、慣れればどうということなしだよ。
闇の空間の中は何にもない、なにも掴めない。リュックの縁へ手を動かしたがその先はさらに広がっているような感じだ。
「異世界の財布、っと」
財布を取ろうとイメージして、なにか掴めたのでそのままリュックから取り出してみた。自分へのご褒美と誕生日に買ったブランド品の財布、やはり固まったままで中身を確認できない。どうやらイメージすることが必要のようだ。
しかし一々リュックに手を入れるのは面倒なものだな、ほかにやりようはないのだろうか。今度はメニューのアイテムボックスに表示されている異界の筆箱のアイコンを押してみた。
「あっ、出た」
でもメニューによる取り出しは考えものだな。他人からメニューの画面を見られるかどうかがわからない、見られないとしたら傍から見ればイタい人なんだぜ? これ以上精神をゴリゴリと削られるのは勘弁させて頂きたく存じますってもんだ。
なんせ、おれの精神値は20しかないから、優しく取り扱ってほしいよ。まぁ、そもそもこの世界に人という生物が存在していればの話。
アイテムボックスが使えることがわかれば現況は少々かわる。どのみち愛車が漕げない、おにぎりは食えない、ナイフなどは使わないとか持ち物すべてがアイテム化ともなれば持ち運ぶに便利。だから今は持ち物をアイテムボックスに収納することにした。いつまでもこんななにもない砂漠に居座るつもりはないよ。
これからのことを考えれば移動することが不可欠。まずはこの世界の住民と会うことでも目指すことを目標としよう。この砂漠にオアシスがあれば生き物が存在するかもしれない。元の世界と共通点があればの話だ。その前にメニューから気になるアイコンを選んで押してみたいと思います。
マップだ。
「あれ?グー○ルアースか?」
目の前に現れたのは別画面に収まる球体が一つ。異世界の創造主ってのはグー○ル社か? 多角経営もこれに極まりしだな。ダジャレはは置いておいて、それよりもこの世界は地球と同じのような球体惑星ということ? 今は検証ができないけどね。
真っ黒に染まる球体表示に白い点が一つ。なんとなく拡大と念じたら点滅する白い点を中心にどんどん拡がっていき、最終的に白い点を中心とした丸い範囲が黄色で表示された。
気になったのでちょっと歩いてみたが、黄色の範囲がすこしだけ縦長に拡がっている。ひょっとして白い点がおれで、歩いた分だけマッピングされるということか。楽しくなってきたのでマップを開いたまま全力疾走してみると、どんどん黄色の範囲がマッピングされていく。
記録範囲が縦長になったところでマップを球体範囲に戻してみると、あいかわらず真っ黒に染まるなかで白い点が一つとなった。この惑星って、どのくらいの大きさなのだろうな。
ともかく具体的な目標ができたことは喜ばしい。昔にRPGゲームに嵌っていたごろ、マッピングすることが大好きであった。とにかくすべての大地は踏破する。黒く表示する地図など許すはずもない。この世はアドベンジャー、未知の土地にこそフロンティアあれ。なにもすることができないこの異世界で、初めてできることができた。
リュックからサバイバルハチェットを取り出して腰に括り付ける。別に用は立たないがこんなの気分だ気分。異世界転移といえば冒険者だろう? なんの装備もない今、せめて武器だけは身に着けてみようじゃないか。
球体マップを残したままステータスを見てみる。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
名前:カミムラ アキラ
種族:人族
レベル:1
職業:無し
体力:30/30
魔力:135/135
筋力:10
知力:25
精神:20
機敏:15
幸運:30
攻撃力:?/(10+?)
物理防御:?/(?+?+?+?+?)
魔法防御:?/(?+?+?+?+?)
武器:
異世界の手斧(測定不能・不壊)
頭部:異界のヘルメット(測定不能・不壊)
身体:異界の服(測定不能・不壊)
異界のTシャツ(測定不能・不壊)
腕部:異界のグローブ(測定不能・不壊)
脚部:異界のズボン(測定不能・不壊)
異界のトランクス(測定不能・不壊)
足部:異界の靴(測定不能・不壊)
異界の靴下(測定不能・不壊)
スキル:なし
ユニークスキル:住めば都・不壊
称号:迷い込んだ異界人
世界を探求する者
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「なんか変な称号がついたけど、行こうか」
この世界が停止したまま、日没もないから一日の長さがわからないけど、それでもおれはこう思ったね。異世界での初日が終わって、終わりの見えない旅路が始まるんだと。
ありがとうございました。