第19話 集落人のくだらない日常
たまに行商人が集落を訪れる。
取引されるのは主食となる穀物・塩・砂糖に燻製魚肉などの食品だ。集落からの品目としては皮革・シカの角・干し果物・薬草などが行商人に好まれ、ほとんど物々交換で商売が行われている。貨幣は集落の中で使うことはない。集落の人たちは収穫したものを交換しあって、ファージンさんが穀物などの食糧を管理し、集落の各家族の必要に応じて拠出している。
集落の生活はけして豊かではない、むしろ貧しさが際立っている。その分だけみんなで分かち合うから大きな不平不満は聞いたことがない。
こいつら以外は。そう、ガキどもがうるさいんだよ。
「ねぇ、飴ちょうだいよ」
目の前のこいつはマリエール、クレスの親友で集落にいる二人目の女の子。見た目は綺麗というより可愛らしいの表現がよく似合う顔で、愛嬌もあって集落のみんなから可愛がられている。なにより、こいつは色気たっぷりの膨よかな体をお持ちで、胸装甲がはち切れんばかり。もうね、いつ飛び出してくるのか、おじさんは心配で心配で今宵もお宝動画の観賞会だよ。
「毎回毎回はないよ、この前はチョコレートをあげたでしょう」
陰の日は狩りに出ないで、教えてもらった植物を使った鞣しの技で自分が取ってきた獲物の皮をなめす。そこにガキどもがやたらと邪魔しに来る。
この集落の親の世代はファージンさんが冒険者をしていたときの仲間、ガキどもからすればおじさんやおばさんばかりでいつもなにかの小言を言われたりしているものだから、退屈もしていたのだろう。そこへ出身不明のおじさんが現れて、クレスと仲よさそうにしているし、おれもついつい甘やかして飴をあげたり、くだらない話を聞いたりするものだから懐いてしまったのでしょうな。
それがいけなかった。
近頃なんて時間なんてお構いなしに突入してくるものだから、慌ててこれからが刺激的な場面であろう動画を消した。
「アキラ、なにしてんの?」
マリエールは面白そうに聞いてくるし、クレスは不機嫌そうに小さい小屋の中を目で探し回っている。
「自己満足してんだよ。こんな時間になにしてる? はやく帰りなさい」
こっちはちょうどいいところで寸止めされて機嫌が悪い。ガキどもは早く帰って夢を見ていろってんだ。
「なんか苦しそうな女の声が聞こえちゃってさ、アキラは一人だから心配で見に来てあげたのよ?」
てめぇはわかってて言ってんだろマリエール。苦しそうじゃなくてあれは喜んでんの、動画を撮るための演技だけどさ。
「女なんていねぇよ、お前らが一番知ってんだろう。この村には未婚の女性はいないの」
おれの答えにマリエールはすぐに自分の胸を両手で寄せ上げてから揺らして見せた。うわっ! たわわにたわわに揺れに揺れているよ、おっさんの目がそこへ釘付けになって動けなくなった。そんなおれに気付いたクレスの目がさらに険しくなっているね。
「ここにいるじゃない、魅力いっぱいの若い女の子よ?」
両手を解いたマリエールはクレスの腕を掴むとこっちに向かってウインクしてきて、それを見たおれは笑いそうになってしまった。こいつらは暇を持て余し、時間のつぶし方を自分ではわからないから丁度いいお遊び相手にからかい甲斐を感じているだけ。
若いんだね、君たちは。
「言ってろよ。それよりそろそろ来るぞ?」
遠くのほうで野太い声が聞こえてきたのでマリエールに注意を促した。
「あら、お父さんが来ちゃったわ。クレス、帰ろ」
マリエールにもファージンさんの声が聞こえたようで、またここにいるつもりのクレスを引っ張っておれの小屋から出る。
「また来るわね? アキラ。次はチョコレートちょうだいね」
「おれがそっちへ行くから、若い女の子はここにくるんじゃない」
「こらー、アキラ! てめぇはマリエールを誑かしてねぇだろうな!」
毎回毎回懲りないムサ苦しいおっさんだなこいつは。同じことを何度やれば気が済むんだ? お前も胸がはち切れんばかりだが、筋肉隆々はいらんやつ。本当に見たくもない悪夢だよな。
あーもう、このあとはこのおっさんにエールを持って合流してくるシャウゼさんの三人で飲み会に付き合わないといけないのか。
マジで楽しい悪夢だよな。
「集落を大きくすることは考えないのか?」
「いきなりなんだ? さてはお前、女が欲しくなったのか」
温いエールをあおりながらおれが以前から聞いてみたかったことを、ファージンさんは違った方向の答えで返しやがった。
「違うよ。そうじゃなくて、集落の生活は厳しいだろう? クレスやマリエールらより小さい子供もいないしさ。集落の長としてどうするのかなと思っただけ」
「おう。子供を作る余裕は集落にない! 産んでも生きていけるかどうかわからんからな。ガハハ!」
「いや、笑い話じゃないよな」
「そうは言ってもここに水源は泉だけだから売るほどの農作はできないし、狩りができるのはシャウゼだけ、今のみんなが食っていくのが精いっぱいだ! 考えたことはあるけどわからん! ガハハ!」
強面のおっさんは一気にエールを飲み切る。お気楽というか、集落長がそんなでいいのか?
「ここはファージンと冒険者を引退したら住もうと話してた。生活は苦しいけど、生きれるだけでいい」
シャウゼさんが空になったファージンさんの木製の酒杯にエールを注ぎながら集落の由来を話してくれた。おれはもう集落に馴染んでると見てくれているのか、この頃は酒を飲みながらこういう雑談が多くなった。なんとなく嬉しい。
「何かいい案があるのか? あったら教えてくれ!」
「そんなのないよ」
聞いてみただけのファージンさんの問いにおれは素っ気なく答えた。内政チートは期待しないでください、ただのサラリーマンだったおれにそんなご大層な技能はありません。
「そうか! 残念だ。集落大きくすることが出来ればここで住みたい女が来ることもあるだろが、すまんな! ガハハ!」
「御好意をどうも、気持ちだけでもうれしいよ」
「寂しいのだろう? マリエールが言ってたぞ、独りで女の声まで出してなんかしてるって。器用だなお前、ガハハ」
「なっ! し、してねえよ。聞き間違いだよ!」
あのクソガキが! 知らん間にのぞき聞きしてやがる。今度会ったら罰を与えてやる、あげる飴は減量だ。
「そうか! 悪いな、おれのかーちゃんは怖いから貸せないんだ」
「なにサラッと旦那ご要望のNTRルートにするんだ、お前はNTR属性か!」
「ああ? ねとられるーとってなんだ? ねとられぞくせいは聞いたこともないぞ?」
「いやいい。忘れてくれ。おれの里の言葉と思うから」
たぶんこの世界ではNTRプレイはないと思う、あってもその後に起こるであろう殺し合いを思うとぞっとしない。たぶんマジもんの真剣で勝負になるだからな。
「耐えられないなら牝のシカがいる、ぼくの里は根性試しでする」
「獣姦プレイかよ! シャウゼさんはマニアックだなおい」
「ぼくはしない、幼馴染はしたが気持ちいいと言った。アキラが寂しいならするといい。ところで……」
「そういうのしないから、あんたも勧めないの。じゅうかんぷれいとまにあっくってなにも聞くな」
不思議そうな顔して二人はおれのほうを見ている。この世界に一般的な外来語は伝わってきているらしい。集落の人たちとの会話でそれを耳にしたことはあるが、変態的なのは伝来していないみたい。
「そうだ、この前の狩りで魔石がまた取れたんだ。使ってくれ」
「すまんな、いつも助かる」
取り出したのは30個の魔石。ここでの照明は魔道具を使用している、動力は魔石だ。魔道具自体はファージンさんが集落の開墾に必要分を用意したらしいが、魔石は消耗品なのでおれが来る前は節約して使っていた。行商人から購入することもできるが集落に買う金はない。ゴブリンの魔石なら銀貨3枚で売買されているらしい。
「アキラ、危ないことをするな。森の道は教えたはず、そこを歩け」
「ああ、わかってる。でも大丈夫、森で出るモンスターはやれるよ」
眉をしかめるシャウゼさんにおれは微笑んでみせた。森の道というのはシャウゼさんが苦労して探索した魔素の塊が湧かない道。集落の人が出入りすると危険があるということで、その道筋を知っているのはシャウゼさんとクレス、あとおれの狩猟メンバー3人にファージンさんなど集落の主要人物しか知らされていない。
「しかしお前はよくモンスターと出会うなあ。あれは神の試練だ、急にでてくるからいつどこで来るかは誰も知らん」
「ははは、魔力で感じられるからじゃないかな」
この世界のものは魔素の塊が見えないから。モンスターとの遭遇を神の試練と解釈している。否定しきれないところがあるね、管理神の仕業ですから。
「そういうの聞いたことはないがな……いいなぁ、おれも魔法が使えたら今でも冒険者をしているのだろうな」
「魔力を使ったらいいじゃないか?」
「アホ抜かせ、魔法が使えない魔力は何に使うんだ」
「んん? ……武器に通して魔法を使うとか」
「バカ言え、そんな神器があればとっくに有名な冒険者になってら! あれはダンジョンの最下層でしか手にはいらない貴重なものだ。ガハハ!」
「そうなのか……」
確かにそう、種族殺しの武器の多くはなにかしらの魔法を駆動させることができる。そんな神器をおれはアイテムボックスにたくさん集めている。これはむやみに出せないな。
「とにかくだ、魔石はありがたいがアキラは大事な仲間。命を粗末にするなよ。ガハハ!」
そう言ってからファージンさんはおれの肩を何度もバンバンと叩いた。その言葉はとてもうれしいけど力は手加減しろ、あんたは強いから非常にいたいんだよ。
「あいよ、気を付ける」
「魔石を簡単に取ってくるのは大したもんだ、お前と手合せしてみたいな。一丁おれとやってみるか?」
口調こそは軽いものだが、目が笑ってませんよファージンさん。それにシャウゼさんも横でウンウンと頷いてやる気を出すんじゃありません。あんたらとの手合せはやると書いて殺るって読む殺し合いになるから遠慮します。
それにファージンさんがシャウゼさんより強いのはスキルの鑑定で知ってるからね。この場合はエールを注いでこの場を誤魔化そう。
「あ、おまえ、何しに来た!」
「こ、こんにちは」
おれは無言で進む。テクテク
「行くな!無視すんな!」
「にいちゃん、目上の人にその口の利き方は母さんに怒られるよ」
なおも無言で進む。テクテク
「停まれ!」
「す、すみません」
アキラの前に子供二人が現れた。アキラは逃げ出した。しかしアキラは回り込まれた。子供たちからは逃げられない。
「なんの用だチョコ兄弟」
「なんだよそのチョコ兄弟ってのは!いつも呼びやがって」
こいつらは名前がチロとルロという双子の兄弟だ。名前を合わせたらよく食べていたお菓子を思い出すのでそう名付けてやった。兄弟の年はクレスと近いけど食わず嫌いなのか、二人揃って背が低い。顔付きも童顔でどう見ても小学生高学年にしか思えない。
弟のルロは礼儀正しいし、オロオロしている姿は可愛らしい。問題はこのチロってやつだ。マリエールがおれにちょっかいをかけるようになってから、急に突っかかって来るようになった。
そこは子供らしくわかりやすくてよろしい。マリエールのことが好きだからお前もおっさんの行動が気になるのだろう。
「どこに行くんだ?」
「にいちゃん、礼儀良くしてって母さんが言ってるでしょう」
「なんでお前に言わなくちゃならんのだ」
「獣の皮をマリエールん家に持って行くんだろう?卑怯者!」
「にいちゃんはもう……」
「なんのこっちゃ」
皮をなめすようになってから、出来上がったものはファージンさんの家へ納品するようにしている。行商人との対応はファージンさんに任せているんだ。ファージンさんはガサツそうに見えて、交渉事については上手にこなすんだ。人は見掛けによらないものだよ。
「貸せ、俺が持って行く」
「にいちゃん、ダメだよ」
こういうときの対処法は簡単、皮をまとめて両手で頭上にあげればいい。
「くそー、渡せ!」
「アキラさん、ごめんなさい! にいちゃん、ダメだよ。母さんに言うよ」
「はっはっはっ。ちゃんと飯を食うんだぞ、このチビが」
「うるさい! 渡せよこのー」
「にいちゃん、本当にダメだってば」
子どもをいじめるいけずなおっさんがここにいました。子どもは涙目となってきましたね。
「わかったよ。じゃ、代わりに持って行ってくれ。ちゃんと渡すんだぞ」
「おう、任せろ」
「アキラさん、すみません」
喜んでいるガキと謝るガキがいました。
「それと前にな、マリエールがガンシャウの実が食べたいって言うから持ってきたが。それはどうしようかな……」
おれのわざとらしい態度にチロがピクンって反応した。
ガンシャウの実というのは果物で、ガンシャウの木の高い所に生えている。味は甘くて人によってはやみつきになるらしいが匂いは悪臭と言っていいほど、とてもクサくてくせのある果実。
「おれが持って行くよ、それも貸せ!」
「マリエールはガンシャウの実が好きだったかなぁ」
ルロよ、小さい声でブツブツ言うんじゃない。きみにはお兄さんの笑顔が見えないのかい? 好きな人に逢える邪魔をしてはいけません。馬に蹴られちゃうよ? ところでこの世界で馬を見たことがありません。
「じゃあ、これな」
リュックからガンシャウの実が一杯入った蔓で編んだ籠を取り出した。
「ク、くせぇーーー!」
「にいちゃん、これくさいよ」
そりゃそうだ。前に食べようと思って採ってきたが、狩りに行ってる間に熟し過ぎてしまったものだ。次の狩りに森で捨てようと思ってアイテムボックスに入れたもんなんだ。
「アホだな、メチャクチャ臭いのは当たり前だ。ガンシャウの実は完熟するほど甘くなるんだぞ?食べてみるか?」
「ダメだ! マリエールが食べたいなら全部持って行く」
「にいちゃん、ガンシャウの実が甘くなる話は聞いたことないよ……」
ルロよ、物知りだね、おっさんもそういう話を聞いたことがない。でも世の中で完熟した果実が甘くなるものもあるよ? ガンシャウの実はどうなるかは知らないけどね。
「頼んだぞ。マリエールもきっと大興奮だ」
「お、おう。おっさんは案外いいやつだな。でもマリエールに近付いちゃだめだぞ!」
「にいちゃん……ほんとうに持って行くの?」
うんうん、ルロよ、物事を疑うことは大切だ。そうやっていろんな挫折をしながら成長して大人になってゆくんだ。おっさんは知っているよ? きみはクレスのことがとっても気になっていると。プレゼントするならちゃんと色々と下調べをしておくんだぞ。
おれから奪うようにして籠を取ったチロはファージンさんの家へ疾走していく。ルロはおれに一礼してからあわててチロのあとを追う。
さ、おれも付いて行って喜劇を見よっと。
ファージンさんの家の近くにある木の陰に隠れる。
「こんちは!ファージンさん!」
「こ、こんにちは」
「おう、坊主たちか。何の用だ?マリエールなら呼んでやろうか?」
「はい!……あ、おっさんからこれを預かった」
「にいちゃん、アキラさんだよ」
「なんだ、お使いか? 偉いなお前ら、皮はちゃんと受け取ったとアキラに言え。しかし、お前らくさいぞ」
「そ、それでマリエールを呼んでもらえますか?」
「にいちゃん、やっぱりくさいよ」
「おう。待っててな、いま呼んでやるから」
ふっふっふ、人生のお勉強タイムだチロ。失敗を積み重ねた末で掴む成功もある、それをよく覚えておくようにな。
「なによ……」
不貞腐れたマリエールが出て来ました。感情をうまく扱えないチロはいつもマリエールが嫌がることをしてばかりですっごく嫌われているらしい。それらのグチをマリエールからおれはうざいと思うくらい聞かされている。
マリエールよ、許してやれ? 若い男の子ってそんなもんだ。そういう遠い昔の甘酸っぱい思い出もおっさんには……なにひとつなかった。チキショー!
「こ、これやるよ。食べたいんだろう!」
突き出された籠をマリエールは一瞬で顔を激変させた。
「くさいっ! なにこれくさい!」
「え? これが好きで食べたいなんだろう?」
「にいちゃん、やっぱりくさいって」
「なんなの、あんた。なんでいつもそんな嫌がらせするわけ!」
激怒したマリエールはチロを突き飛ばした。その拍子でガンシャウの実が一杯入った籠が落下して熟し過ぎたガンシャウの実が簡単に砕け散り、割れた果実は地面に散らばっている。
「キャーーーっ! 虫が湧いてる! いやーーー! なんなのあんた!」
マリエールの声はこだまして、慌てたファージンさんが家から出てきた。
「なんだなんだ? マリエールどうした?」
「チロがまたあたしに悪戯をしたのよ!」
「ち、違うんだ! マリエールはガンシャウの実が欲しいって――」
「にいちゃん、アキラさんに騙されたんじゃないかな?」
そうルロ、それ正解ね。でもいまは意味ないよ? チロの普段の行いのせいで、マリエールがそれを信じるわけがないから。
「坊主、悪戯が過ぎると面白くないぞ?もうガキじゃな――」
「お父さんもういい、入ろ」
「ち、違うんだ、おれはおっさんに言われて――」
「人のせいにする気? だからあんたはいつまでも子供なのよ。大嫌いだから顔も合わさないで!」
バンっと閉められたファージンさん家の扉。その前で割れたガンシャウの実の上でorzとなったチロ。その横でオロオロするルロ。
あー、た・の・し・い。
子どもはおちょくりがいがあって面白いです。あはははは!
「あの、野郎……」
チョコ兄弟よ、おっさんは嘘をついてないよ? マリエールは大興奮したでしょう? おっと、メラメラと身体から炎を噴き上げるチロ。事態がややこしくなる前にささっと退散しよう。
子供は絡んでくるとしつこいからね。
ゲームクリアっと、これでこのロープレも100回目だな。レベル持ち越せるとは言え、そんなのはとっくの昔にカンストしているから、ラスボスも雑魚扱いだよ。100回もクリアしているから特典はつかないかな? ラノベなら異世界移転とかができるとかね。でも、すでに転移しているおれはどこに行こうとしているのでしょう。
ドンッドンッドンッ
「こらーっ! 出て来いやおっさん!」
「にいちゃん、やめなよ。みっともないよお」
うるさいのが来た、本当にガキってしつこいよ。
ありがとうございました。