第1話 平々凡々の毎日とは思っている
拙い文章で気の向くままに書いてものです。特に主人公になにかさせたいわけではないのですが、タイトルにある聖人は主人公がグズなのでなれるのはまだ先です。気長に読んでもらえればとても嬉しいです。
久しぶりの連休をどうやって過ごそうかと悩んで、ゲームやラノベでだらだらといつものように時間をつぶすのも悪くはないのだが、せっかくの休み、たまには普段と違うことをしてもいいと思った。
「よし、峠を越えてみよう!」
昔はインドアの趣味以外に、運動はサイクリングだけが好きだった。ペダルを踏みしめ、迎い風を切り、肉体の限界を感じいるという感覚に夢中だった。特に坂道を力いっぱい上り詰め、見知らぬ峠を越えて広がる未知の風景を楽しむのが学生時代のサイクリングへ行く主な目的であった。
社会人になって初めてのボーナスでわりといい値段したマウンテンバイクを買ったが、結局ほぼ壁の飾りものとなってしまい、すっかりインドア派となった自分。そういえば入社当初は合コンとかよく行ったな。
「アキラはわたしといる時って、退屈そうにしているわね」
昔は彼女もいたが、なぜかそういうことはよく言われていた。
結局どの付き合いも長続きしたことがなく、いつのまにが連絡が途切れてしまい、異性との付き合いは別れたかな? と思うようなぼやけた終わり方がほとんど。
人並には性欲はあるのだが、結局両性間はそれだけでは成り立たないもので、気付けば自分自身はいつも自分の趣味だけに嵌まり込んでいた。
そういえば大学時代の彼女が本棚いっぱい集めたコミックを古本屋へすべて売り払い、愕然としたおれの前へ万札3枚を突き付けて、おかしな要求をされたことがあったな。
「これでちゃんと遊びに連れて行って!」
待て、ちょっと待て。理解できてないがなぜおれの1000冊はあるマンガが3万円に化けたんだ。お前には水を被ったら可愛い女の子に変身する武闘家の奇跡がわからないだと? まぁ、熱湯で男に戻るけどね。
よしっ、ここはいくら彼女とは言え、おれの怒りを知ってしかるべきだな。
「マンガ買いにいく?」
そのあと散々叩かれた上に3万円が安っぽいネックレスに変わってしまった。人生っては理不尽だらけだね。グスン
そんなこんなで周りの知り合いが結婚して、子供に恵まれるという幸せに包まれる中、親からも見合いを言われなくなり、独身貴族という領地や年金もない称号を頂くおれは、なぜかたまにはやつらにたかられていた。
「子供を育てるってのはな、金がかかるんだぞ! そんで将来お前の年金は俺のこどもが税金で払うんだ。不公平じゃないか?今日の飲み会はお前が持って!」
当時の酔っ払い同僚がわけのわからないことを吠え出した。
しらんがな。おれが決めたことじゃないんだし。そういうのなら選挙のときに年金改革で立候補してみろ、いまの制度を変えてみろ、おれの一票はお前にくれてやるよ。あんたらの子供だって好きなことして産んだのだから、それはおれのせいじゃないよな。
結局このときも過半数を超えるイカれた酔っ払いどものせいで、飲み代の半分をおれが持つこととなった。こんなの民主主義なんかとは言わない。和風改憲を強く要求する。この国は和をもって尊しとなすべし!
とは言え、そのために選挙のときに立候補なんてしないけど。人生っては理不尽だらけだね。グスン
仕事を大過もなくこなしていく中で、同期の同僚と同じのようにそれなり責任のあるポストに就き、デスクワークが多くなっていた頃、上司からデスクへ呼ばれた。
「地方でね、大きなプロジェクトがあってね、まさに社運を賭けているといっても過言じゃないよ。君は非常に優秀で、みんなもこの仕事は上村君じゃないとだめだと思っているね」
サッと後ろを振り向くと同期の同僚どもは一斉におれから目を逸らせた。あいつらぁ……人身御供におれを突き出したな!
「辞退させていただきます!」
なんて口から言えればリーマンなんかやっていないぞ。
世の中の仕組みは悲しい。ホウレンソウとはよく言うものの、こういうのは事前からの協議じゃなくて、内定しているみたいなもので、辞令というより通告だと思う。仕方ないから上司と打ち合わせを進めていく。後ろからのホッとした空気にはムカつくが、気にしないことにした。
しかし我が愛する会社はいつからド田舎にある、学校の体育館一棟の建設に社運を賭けるようになったのか? 知らぬ間に会社がだいぶ傾いてきたのかな? まあ、給料をもらえるのなら気にしない気にしない。この上司の口軽さは今に始まったことじゃない。
それにしても……
「あの……この県って、支社ありましたっけ?」
「ああ? ああ、社宅はちゃんーと用意するよ? 心配しなくともそこら辺はしっかり用意しておくね。君はどーんと構えて仕事をすればいいからね」
ああああとかって、おれはどこかの勇者ですかあんた? いや、そうじゃなくて。
「事務所とか事務員とかどうするんですか?」
「工事が始まったら現場事務所もできる計画でね。事務員はその時に予算は組んでおくから雇えばいいよ。できれば現地の子がいいね。地元との兼ね合いもあるからね」
談合とかそんな政治みたいなことをおれに振らないでください。入社して以来取得したスキルには入ってございません。
「じゃあ、まだ先ですね。具体的な時期が決まったら教えてください」
「いやね、地元業者との兼ね合いとかあるからね、来月には行ってもらうよ? とりあえず社宅は用意したからね、現場事務所ができるまで兼事務所で使ってね」
うん、渡された一枚のプリントには年季のあるな立派な農家が写っていた。ん? 築100年だって? うん、ほのぼのスローライフが送れそうだね。田植えとか畑仕事とかはできないけど。
「……わかりました。辞令はお受けいたします」
「頼むね、わが社の社運は君に託すよ。上坂君」
嘘つけ、会社に都合いい単身赴任者を手に入れただけだろう。人生っては理不尽だらけだね。グスン
まさかそれがきっかけとは思いたくないが、なぜかか会社で地方のちょっとした介護施設とか、図書館とかといったこじんまりした仕事が増え、そのほとんどを経験豊富と思われているおれが担当することとなっていた。
「生きていてくれればそれでいいのよ、ちゃんとご飯とか食べるんだよ」
そんなおれを親は憐みからか、諦観したようなことをとうさんが言ってくれていた。すでにおれが嫁をもらって、孫が産まれてくることは夢見ていないらしい。
なるべく心配させずに生きることがおれの親孝行かなと、東南アジアの海外旅行をプレゼントした。
「次はヨーロッパがいい。おとうさんね、神道なのに教会建築とか好きなのよ」
おふくろが恐ろしい人形の手土産を渡すついでに、次のおねだりをぬかしやがった。そんなのはおれが見てみたい! ってか、海外旅行へ行きたい。
海外じゃなくていい、せめて国内旅行を……
「君はなにをいってるんだね? いろんな県へ行ってるんよね」
上司がまたぬけぬけと言いだした。否定はしないがそれ、仕事での赴任だよな? おれは旅行でゆるりと温泉にでも浸かり、あわよくば湯煙の中で現れるかもしれない美女と混浴がしたいと思っている。けして酒を喰らいながら、ジジィどもやムサい野郎どもとともにのぼせたいとは思っていないぞ。
それはそれで楽しくはあるけどね。
ど田舎で金を使うことも少なく、会社からいろんな手当をも頂戴するありがたい身分としては、親に年一回は海外へ送り出し、施主や地方のお偉い方からたまに的外れの小言を言われるぐらいで、上司からは仕事さえ順調に進めれば、なにも言われることがなかった。
金にも困らない、仕事はのびにび。いつの間にか結構マイペースに生きているような気がする。遠出はできないけど、仕事の後や休みはゲームとネット小説をメインに嗜む。そんなちょっとしたスローライフみたいな日々を過ごしてきた。
最初に赴任した築100年の農家はすごくよかった。近所のじいさんやばあさんからもらった新鮮な野菜。その瑞々しさや自然の甘さは今でも忘れられない。小川のせせらぎ、夜空に浮かぶ鮮明な星々、自然とともに生きるって感じかな。
そこで得た「住めば都」というその後の転勤生活に不可欠なスキルは、違う土地に移り住むおれの人生を楽しませてくれている。
まぁ、自分が思い望んだ道のりではないのだけど、人生っては理不尽だらけだからね。えへへ。
ちょうど新しい仕事との合間になんと連休が珍しく取れるという今ごろ。押し入れから箱入りしたサイドバッグや一人用テントを取り出してから日干しして、マウンテンバイクの整備も兼ねて今日は初夏の町のへ買い出し。
■スポーツドリング1Lとスポーツドリングパウダー
■ミネラルウオーター2L
■チョコレート1袋
■飴の詰め合わせ1袋
■ビーフジャーキー1袋
■レトルトカレーとライスパック3食分
■冷凍牛肉ステーキ500グラム真空パック入り1枚
■調味料(スティックタイプの砂糖・塩と醤油の小瓶入り)やインスタントコーヒー
どこかで宿を予約してもよかったが、せっかくだから久しぶりに野宿をしてみよう。それと久々に調理もしてみようか? 野外で食べるのって、いつもと違う美味しさを感じる。それにこういう風に装備を見て想像するだけでも旅の前夜は楽しくなる。
■ククリナイフ
■サバイバルハチェット
■サバイバルハナイフ
■LEDランタン
■レインジャケット
■ウインドブレーカー
■コンパクトバーナー
■アウトドアクッカー
■寝袋
■スマホ用ソーラーチャージャー
■筆記用具や身分証明、財布と2日分の着替えを入れたリュック
山へこもるわけじゃないが、ククリナイフは学生時代に友人とサバゲで遊んだときのアクセサリー。どうやら獰猛なグルカ兵士が使用するナイフとして名高い。
おれは友人から勧められてそれを買ったがその湾曲した刀身を気に入って、サバゲしなくなってからエアガンは売り払ったが、これはアウトドアグッズとともに箱入りしたままだ。今回は久しぶりに旅の供に携えることにした。
装備を一通りチェックしてからベランダへ出る。今宵はスーパームーンで、月の明りは大地へ降り注いで近くの貯水池の水面を輝かせていた。
早朝に上司に3日ほど旅へ出る旨を伝えてからフル装備の愛車を跨って、最初に目指す峠へと漕ぎ出した。その峠は仲良くなった近所のじいさんから聞いたもので、なんでも昔は隣村への連絡道らしくて、戦後に県道ができてから、今ではほとんど使われることがないという。
じいさんが言うにはその峠からは谷間の村を見下ろすことができ、なかなかの絶景だそうだ。それを聞いて以来、いつかは行ってみたいとずっと思っていたが今日がその日。うん、間違いない。
コンビニで間食用のおにぎり二つとペットボトル炭酸飲料を買ってから県道を進んでいく。
県道脇でじいさんから聞いた寂れた祠が目印の山道へ愛車とともに入る。よく見るとこれは山道というよりむしろ今は獣道と言ったほうが適切だろう。
鬱蒼とした山林の中、だんだんと登りは険しくなり、最初は愛車を漕いだのだが、途中から足が悲鳴を上げて押すようなった。日頃から運動の習慣などなく、肉体の綻びは自分が思っている以上に進んでいる。
「ひぃー、ふぅー……し、しんどいよ……」
休み休みで峠へ目指して、心ではかなり後悔していた。思い付きで物事はするものじゃいないと。このまま引き返そうとも思ったが、それもなんとなく悔しいなとも思ったのでとにかく峠に着いてから決めようと考えた。
「あ、あれ?」
やっとの思いで着いたのに、周りの樹木を呆然と眺めていた。
すでに林業が廃れたこの一帯は育ち過ぎた木が視野を遮り、谷間の村を見晴らすことはできない。峠を越えても目に映るはただの山林だけで峠越えの感動もないまま、じいさんとの会話を思い出していた。
なんでも隣村へ行くにはさらにもう一つの峠を越えること必要だそうで、それを考えると心が折れそうになる。いやっ、むしろ折れたね。
「戻ろうか……」
足がつりそうになっている。とりあえずなんとかふもとにあるばあさんが営むコーヒーショップで昼飯をとろうと思った。大してうまくもないコーヒーとランチだが、今日なら美味しく感じることができる……のかな? ひどい傾斜の獣道を両足でバランスをとりながら滑り落ちていくような感じで下る。
雑草に足を取られないようにしながら下っていく途中でフっと前をみる。
道が、山林が、いや、目の前の空間が渦巻いていて歪んでいた。こんなの、来たときにあったっけ?
「え? なんだ?」
重い装備を背負ったままで、ブレーキを掛ける間もなくそこへ突っ込んでいく。
ありがとうございました。