第12話 謎解きの時間
『まずはあなたがなぜこの世界へ迷い込んでしまったかを説明したいと思います。よろしいですか?』
「ああ、頼むよ」
これこそが長い間におれを苦しめた謎だ。魔王を倒すとか、異世界を発展させるとかのために召喚や死亡による転移でもないのに、なぜおれがここへ来たのかをずっとずっと知りたかった。
『最初にこの星、アルスは元々魔素という一種のエネルギーに厚く覆われていた星です。それこそ大陸と海洋はもう、魔素に魔素と、魔素ぐらいしかこの星に存在しないのです』
マソマソだけかよ、寂しい星だな。
『そうですよ。ですからこの星を管理しようとする時にどうしようかと思っていました。思い悩んだ結果、ここをどうにか生き物が住める星にしたいと思いました』
それは大変だね、生物の進化というのはすごく長い間を掛けるもんだ。それに天体の条件に弱肉強食や自然の淘汰などの条件が加わると、どのような生物が誕生するかはそれこそ天のみぞ知るってもんだよ。あっ、この人は神様だっけ。
『そこでわたしは考えました。どうやってアルスを暗黒の星から変えることができるかと。その時に地球のことが思い浮かんできたのです。美しい水の惑星、素晴らしい文明と個性豊かな種族、どれもアルスにないもので、この二つの星を対の星としてつなぎ合わせることにしました。幸い、アルスの魔素が地球の環境では散ってしまうため、魔素は地球で定着することがないのです。それで地球へはアルスの魔素を流して、魔素の量を減らしましました。また、アルスへは地球の思念を流し込んで、地球の思念を減少させるとともにアルスの生態の発展に役立つようにしました』
え? ちょっと待って? 地球の思念を減少させるってどういうこと?
『ははは、やっぱり地球のことが気になりますか。いいですよ、説明しましょう。地球における人類は文明としての発展がとても素晴らしく、ほかの生き物では到底追いつけません。その中でも想像するものを具体化させる力、文化を次世代へ受け継がせる思想、これはアルスで利用してもいいではないのかと。ただ人間は欲深い生き物です。その欲望は時として争いの元となったり、ほかの種族を滅ぼしたりの源ともなります。そのため、欲望という思念は人間によって生み出されて、アルスでいうと魔素みたいなものですが、形としては見えないもののそれは確かに存在しているのです。それをアルスへ流し込むことにより、地球での増え過ぎた思念の減軽を図ってみたのです』
「へぇー、そんなこともできるんだ、なんでもありだな」
思いが形として成すのは知っている、思っていることを物理的な物事として作り上げればいい。でも思っていることそのものが思念としての形になるのは初耳だ。
『ええ、それによってわたしは一つの反則技を思い付きました』
おっとぉ、神様は反則ご使用だぞ。チートってのは神様が授ける側のもんじゃなかったっけ?
『話は変わりますが、わたしは日本の娯楽サブカルチャーをとても楽しんでています。素晴らしい文化ですね。世界の構成に多種族の解釈や魔法などの異能構築、どれも世界の歴史から見てわずか年月で知識として成しえたとは思えないぐらいの出来です。わたしはそれをヒントに、主にそれらの思念をこちらの世界へ流入させました。するとどうでしょう。見事に魔素と結びついて肉体を持つモンスターとして模り、他の生き物との生存闘争に勝ち抜いたものが、思念から概念を取り込んことで個体としての知識が身に付き、さらには同種と群れることで種族へと成しました。アルス星で生態系の形成がこれで成し遂げられ、あとはそれぞれの種族がこの星で好きに生きれば、文明が発展して歴史が引き継がれていくものです。これこそがわたしの使用した創世ですよ』
神様もサブカルをご愛用ってことか。それと幼女よ、お前の疑問が解けたぞ。犯人はここにいました、こいつがそうですよ。
『ははは、ティちゃんに教えてあげてくださいよ。わたしは多忙なので、解説してあげることができませんでしたから』
こっちに飛び火したよ?まあ、別に構わないけど。
『アルスの各種族は独自の文化や言語を持つようになってからはさらなる繁栄していくでしょうと睨んでいましたので、地球からの思念は種族の断絶が起こらない限り、なるべく魔素のない地域に放流するようにしました。それがアルス砂漠です』
なるほど、それで最初に砂漠で目を覚ましたのか。それにあの何もない砂漠にもちゃんとした名前はあったのか。
『ええ、そうです。名付けが面倒なものでしたので、一番大きい地形の前にアルスを付けるようにしました。エンちゃんがいるアルス連山、ティちゃんが住むアルスの森、ほかにアルスの湖やアルス川とかですね』
そのまんまじゃないか? 手抜きしまくりの名付け仕方だよ。でも、確かに名前を考えるのってだるいよな。多分おれがしろと言われたら似たようなことになっているだろうね。
『ご理解して頂けて恐れ入ります。それで砂漠は魔素の地脈が地中深くにあって、地面に湧き出すことはたまにオアシスで現れるくらいで、それ以外の場所ではほぼありません。そのために地球からの思念は時間を経ると薄れて消えるものなのです。また、今では各種族による魔素の利用は増えつつある状況で、地球へ魔素を流すこともかなり減りましたので、空間ゲートを使用する機会は限られるようになりました』
「とほほ、ということは少ない機会の中でおれは大当たりしたのか?」
『そうですね、良し悪しは別として、引きの強い人だと思いました』
そんな引きはいらねぇよ、景品のあるものにしてくれ。宝くじを買ってもかすりもしなかったのに、とほほ。
「でもおかしいよ? ラノベは現代の文化産物で、先の説明によると、この世界の種族ができたのはそれよりもかなり以前のこと。どう考えても年代という時間軸が合わないじゃないか」
『そこは某国民的ネコ型ロボットのマンガから参考して、時間ホールの概念で時代の差異を解消してから、ワームホールで地球とアルスの空間を繋げることにしましたよ。そうすることによって、アルスの古代の魔素に現代地球の思念を融合させることができました。本当に日本のアニメや漫画に小説というサブカルチャーは便利ですよ、ヒントとなる概念がたくさんありますね』
お助け衛門がでてきたぞ、時間も空間もお構いなしか。知識だけで現実を作ってしまうんだから、神様こそが一番のチートだな。
『それでお話を戻しますが、あなたがこちらに迷い込んだのはあくまで偶然です。思念と魔素を互いに流し合うのは空間ゲートを使用するのですが、影響を最小限に抑えるため、町なら深夜、それ以外は人気が無い所で本当に一瞬だけ開くことにしています。ただ、いくら万善を尽くしても事故は起こるものです。不運にもあなたはその場所にいて、さらにわたしはそれを見つけることができず、あなたに迷惑をかけてしまい、今日までに至りました。本当に申し訳ありませんでした』
「いえ、事故ということが分かればいいです。異世界移転したからなんらかの呼び出しがあったのかなとずっと思っていて、魔王を倒すとか」
『魔王を倒したいのですか?』
「しないから! そんな無理ゲーとかありえないから!」
『こちらの世界の魔王と言ってもただの王様だけですからね、倒さないでくださいよ』
「だからしないって。それでなぜ時間が停止したままなのか?」
おれがこの世界をくまなく歩いて、いろんなものを見れたのはそのおかげ。だけど、それによって世界からも見放されたように孤独を強いられた。そのわけを知りたい。
『先ほども言ったように、地球に魔素はなく、当初はアルスに思念が存在しませんでした。迷い込んだ生き物を保護するため、その影響を受けないようにと時空間及び生体活動の停止を施しました。アルスにとっては異界のものは異物です。その異物を認識できないよう、隔離対策を打たせてもらったみたいなものです。でないと、こちらに入り込んだ瞬間にもともと所有する膨大な思念で脳が耐え切れずに破裂するものでしょうし、魔素を取り込んだ身体は細胞単位で崩れ去ってしまうのです。エンちゃんからある程度教わったと聞きましたが?』
「ああ、爺さんから身体が崩壊するって聞いたよ。でもやはり神様のあんたからちゃんと聞きたかったから」
『そうですか。基本的にどちらも移転してすぐは失神してしまい、しばらくの間なにも覚えていないので、こっそりと元の世界へ帰還させるがほとんどです。だが以前にも同じように迷い込んだ地球側の人がいました。あなたほどじゃないが少しばかりの間とどまっていたのですが、その人はアルスでチート無双すると在留を猛烈に希望してまして、僕にお詫びしたかったらチートよこせと言って話を聞かないのです。危険性についてはかなり細かく申し上げましたが、俺は異世界に呼ばれているから平気だと言い張って譲らなくて困ってしまいました。最後は本当に仕方がないので、なにが起こっても自己責任ですよと何度も確認してからご希望通りにしました。非はこちらにありますからね』
「そりゃイタいやつもいるんだな。で、そいつはどうなった?」
『ええ、時空間停止が解けた瞬間に頭がバーンッで肉体がグシャッとなって、お亡くなりになりましたよ』
「怖いなおい、もしおれが残るって言ったら死ぬのか?」
なにその即死フラグは? 想像もしたくない未来図だよ。
『あなたは大丈夫ですね。迷い過ぎたためにあなたが持つ思念は薄れて、身体がこちら寄りになっていますから、この世界に適応できるようになってますよ。少しばかりの手助けは必要ですけどね』
こちら寄りってどういうことだよ。知らぬ間に肉体が変化したのか? そんなわけがない。こっちに来てからは一瞬たりとも意識は切れたことがないぞ。
『いいえ、さすらい過ぎたあなたの身体は魔素を受けいれようと自ら変化したではないのでしょうか?中々興味深い話ですよ、ある種の進化ですね。前例がないから調べられるなら詳しく調査してみたいのですが』
「お断りするよ、実験体になる気はない!」
それからは管理神は沈黙した。おれが聞いた情報を消化するために時間を割いてくれていると思う。望郷の念というには元の世界がもう遠すぎる。働いていた頃のこと、両親のことなどはまるで濃い霧を覗くかのように、思い出そうとしてもなにもハッキリと見えて来ない。それでもいきなり切断された日々の続きに未練を捨てきれずにいる。
こちらの世界の色んな所をおれは見てきているし、爺さんと幼女という友人もできた。だが静止した無音の世界では、まるで写真を見ているようにしっかりと刻み込んだ記憶が残らない。だから、どうしてもなにかをやり残している思いを感じずにはいられなかった。
これから生きていくためにも、この進まない状況に終止点を入れるためにも、ここで踏ん切りをつける必要がある。管理神はおれに謎を解き明かしてくれた上に、これから生きるための決断するきっかけをくれた。その問いかけに、真摯な気持ちで返答することが礼儀に沿うものと信じている。
まぁ、気を荒くして怒鳴ってしまったが、すでに答えは決まってる。今のおれはこの世界に執着している。ひょっとしていつかは選んだことに対して、思い悩んでしまう時が来るかもしれない。だけど今までは選択肢を手にすることも、思い悩むこともできなかったんだ。
これまで考えてきた自分に応えるためにも、いまのおれは生きていたい世界を決意する。
『晴れやかな顔になりましたね』
「そうか」
『この世界はあなたが知っているほど優しくないし、物の見方も根本からの違いはありますよ?』
「それも知っている……つもりだ』
『人型のケモミミにモフモフ。人族の女性なら大和撫子の黒髪清楚委員長系、パフパフ巨乳の白人系、お肌が褐色で蠱惑的なアラビアン系美女とお好みに合わせて色々と取り揃えています。それにツンデレエロフやヤンデレダークエロフなどもいますよ』
「属性だらけで最高じゃないかおい、何さりげなく誘惑してんだよ!」
夢が一杯詰まっている異世界ライフじゃないか。しかもおれはそれが全ていることをオブジェで見てきている。追加でドラゴニュートもいるが、あれは怖いからいらない。
『あなたの世界で言う人権はこちらではさほど重視されていませんし、自分の身は自分が守らねば誰も助けてくれません。権力や暴力でものを言わせて物を奪われるとかは日常茶飯事ですし、騙されたほうが悪いということも多々ありますよ?』
「方法は違うけど、それは元の世界でもそうだ」
『それではいま一度問いましょう、この世界で生きていくつもりはありますか?』
「はい。このアルスで生きていきます」
今度こそ迷ったりはしない。ここがおれの選んだ生きてみたい世界だ。
ありがとうございました。