第10話 幼女に見えても中身は精霊王
精霊王からはエンシェントドラゴン以上の話を聞くことはできなかった。元々そういう期待はしていなかったし、幼女は駄女神だしね。教会での女神像について教えてくれた。どうも精霊王はエンシェントドラゴンと同じようにダンジョンの守りを固めねばならないから、世界樹から離れることができない。
その代わりに風の精霊が使いとして多種族の間を巡っていたが、いつの間にかそれが女神として敬仰されたため、風の精霊を模った造形が女神として各種族に普及されていたという。
『いいのよ。魔族との戦いの時にあたしが出てもなんか変な顔されてたし。バカにはあたしの偉さがわからないから、そのままにしたほうが都合いいよ』
へぇー、自分でも自覚はあるんだ、偉いね。よしよし、お兄さんが優しく頭を撫でてあげようじゃないか。ウリウリ。
『ねぇ、バカにしてるの? ねぇ?』
「とんでもございませんよ、誤解です誤解。こんなにも可愛らしい駄女神様なのにね、みな様は分かってらっしゃらないのがとても無念ですよ」
『キーーーー! やっぱりバカにしてるでしょう』
いえいえ、滅相もない。バカだなんて思ってませんよ。アホの子とは思っているけどね。
『なにがお兄さんだ。おじいさんのくせに、バカおっさんだバーカ!』
「なんだとこの駄女神! おまえこそおツムが足りないチビッ子だろうが!」
とまぁ、こんな風に精霊王と駄洒落を熱く交し合いながら日々を過ごしている。
世界樹はこの世界で最初に出現した樹木の一本で、精霊王はその謎を解き明かすためにこの地に住み着いた。そのうちにこの樹木だけが魔素を吸収し続けて成長が止まることなく育ち続けた。樹冠部分はまるでほかの植物に妨げないように雲の上で広がるようになっており、そのためか、正確な大きさについては精霊王すら知らない。
その葉っぱ・枝・木の実や樹液は濃度な魔素を豊かに含んでいて、どの種族においても高く取引されている品目であり、世界樹の本体にあたる樹幹と根は精霊王以外での切り取るは不可能なため、貴重な素材として扱われている。多種族は教会でのお祈りを通して、精霊王が必要と判断したときのみ、教会の巫女に与えられる。
その昔はアルスの森は出入りが自由で、アルス・マーゼ大陸に住まうすべての種族に開放していた。それがいつしか、世界樹の素材と精霊を手に入れようとする不届き者どもが現れるようになった。
勿論、精霊王とその眷属の精霊たちは多種族や魔族に比べて遥かに強く、悪意のある企みが成功することはなかったが悪意そのものは森に住んで妖精たちに向けられた。ここに住んでいたヴィルデ・フラウ族が狙われたのである。
城塞都市の主導で行われたヴィルデ・フラウ攫いは残忍かつ冷酷であった。種族そのものを丸ごと森から消されてしまってしまい、反抗するものは惨殺された上で証拠隠滅のために地中深く埋められた。
事態が発覚したのは精霊王の管轄下で発生するはずのない魔素の塊が湧き出すようになったからである。訝しんだ精霊王は土の精霊に解明するために派遣したが、出てきたのは腐り果ててバラバラにされた肉塊であった。
精霊王は森での惨事に深く伏し沈んだ。精霊たちは悲嘆する精霊王を見て、アルスの森での暴行に怒り狂った。すぐに各地を調べまわって消え去ったヴィルデ・フラウを見つけることができたが、すでに売り払われて惨たらしい境遇に落とされていたという。
そこから精霊の狂宴が始まった。兵士を盗賊に偽装させ、ことを起こした城塞都市は精霊王が止める間もなく精霊たちの猛攻を受けて、抵抗らしい抵抗もできないままで都市の崩壊寸前まで追い詰められたという。ヴィルデ・フラウを買った者たちは精霊たちによってアルス連山の麓まで連れ去られ、荒野の中に着の身着のまま置いて行かれた。
精霊王により風の精霊が各地の精霊たちに攻撃をやめさせるとともに、教会の巫女たちにも顕現してことの次第を伝えさせた。
復讐劇はそこで止まったが精霊への恐怖と精霊王から巫女へお告げが届いたことから、女神崇拝はさらに多くの種族に浸透していき、このときの風の精霊の姿が女神として定着したのである。
『主様から種族同士の競争は進化を促す必要悪だから、時としてそれが種族の滅亡となっても世界の崩壊にならない限り、あたしと神龍が手を出すことは控えるようにと諭されているわ。だけどね、あの子たちはこの森での凶行にあたしが泣いたことを許せなかったみたい。だから、あの子たちとここでひっそり暮らすことにしたの』
決着として精霊王はアルスの森を閉ざすことにした。ことの始まりが世界樹と眷属の精霊であるなら、人の手で触れることのできない存在にしてしまおうと。稀に精霊を通して世界樹の素材が必要とされている人の手に渡っても、市場に財を成しえるだけの品が出ることはなかった。
結界を張る前に、種族がアルスの森で閉ざされてしまうことで緩やかに消えることのないように、在住していたすべての種族は希望した森へ精霊の護衛で移り住むこととなった。それ以来、アルスの森は精霊と昆虫や動物以外を受け入れることはない。幼女によれば、おれが初めてらしい。
おれがなぜこの世界に来たのかや元の世界への帰還する方法について、精霊王は知らないという。ただ、教会にいる思念体がおれを見つけたときはかなり驚いた。こんなに長くこの世界に留まる迷い込んだ異界人をみたことがないから、なんとか一日でも長く生きれるようにと祝福してくれた。
クゥー、目から汗が溢れそうだ。この幼女はなんて優しいのだろう。
『そうでしょーそうでしょー。そう思うなら甘い貢物がほしいな。例えばあめちゃんとか甘ったるいあめとか』
飴ばかりじゃねぇかこの幼女は。
「えー、でもこれは異世界から持ってきた貴重品だよ。おれもこの一袋しかないから取り出せたら一個ぐらいはあげるよ」
『三つくれたら加護してあげるよ?』
安い加護だなおい。三つの飴でご加護くれるならこの世界の人たちは加護持ちだらけじゃねぇか。
『精霊王の加護は精霊にしか持てないよ。あれは魔素をより多く取り込めるように身体を守る、不死みたいなものね。そんなのを人型種族が授かったら精霊になるか、それとも耐え切れずに肉体が崩壊して死ぬかなの』
待て、なにサラッとおれの肉体を改造しやがるつもりか! いや、その前に死ぬってどういうことだよ? そんな危ない加護をくれようとするな! やっぱお前に食わす飴はねぇよ。
『えーーーー。いいじゃんいいじゃん、あんたが死んだらあめちゃんは全―部あたしのものになるんだから』
飴ごときで人生が終わってたまるか! てめぇはどこの危ないアホの子だよ。チクショーめ! あー、なんか楽しい。
精霊王とくだらない言葉の遊びしながら、時にはおれの世界のことを伝えている。やはりというか、ラノベの設定については人型多種族と深く関わっている分爺さん以上に食いついてきた。
『あたしと神龍と主様より命を授かったときに、この世はなにもなかったのよ。それがいつの間にか草木が生えてきたと思ったら、人型などのモンスターが現れたの。それらは受肉して、どこで知恵がついたのか家を建てて、服や道具を作り出して、種族としての生存範囲を拡大させていたのね。しまいには武器を作って戦い始めたりもしたわ。ずっと不思議だったの』
「え? それは進化したんじゃなくて?」
『ええ、そうよ。あんたが教えてくれたような動物からの進化じゃないの。たとえばある日に兎人というモンスターが突然現れて、それが受肉して知恵を持つようになり、文化を作り上げるのよ。それが他の種族に戦いで敗れたとか、侵略されて種族として滅亡するとまたモンスターとして違う地域で出現して、変わらない種族から成り立ってていくのね』
「なんだそれ? それじゃ種族が滅亡することはないじゃないか?」
『そうなのよ、ずっと不自然と思ってたわ。あたしを慕う精霊もそうなのね。思念と魔素が形を成した霊的な結合体が現れたかと思ったら、世界樹がまだちょっとした大きな木の頃から、なぜかあたしに惹かれて集まるようになったのね。懐くものだから可愛がってあげたら、他の種族から精霊と敬われるようになったの。あたしにも精霊王なんてご大層な呼び名が付いちゃったから、主様も面白がってそう呼ぶようになったのよ』
天使とまで呼ばれる精霊が成り行きだけで神の使いになられたのか。そんないい加減なエピソードでいいのかよ。
『いいのよ、案外そんなもんよ。それにね、魔術技術もそうなの。魔族との戦いまでは魔法を人型が使うことはなかったわ。というより使えないの。もともと人型種族が取り込める魔素ってたかが知れているのね。それが人族によって魔法陣を描けるようになり、それによって魔素を地脈から引き寄せることで魔法を行使できるようになったんだわ。問題はなぜ人族は魔法陣を組み立てられたことなの。あれは難しく高等な技術なのよ? 降って湧いてくるものじゃないんだわ』
「えっと、精霊王様が教えたじゃないの? 精霊魔術の亜種とか」
『いい? 精霊魔術というのは人が使えるものじゃなくて、使おうとするときに契約された言葉を通して、この森にいる契約した精霊を呼び出して、あくまで精霊自身が持つ属性をその場所の魔素で自然の力を発揮させるの。例えば風の精霊なら風を起こして攻撃する、そよ風で術者の傷を癒したり、身を守ったりするの。精霊魔術師自身は魔法を使うことはないのよ』
「あれ? じゃあ、おれは魔法が使えないんだ」
『魔素のないあんたがなにを望んでるの? まったくもう』
「しかもおれと契約した精霊もいないよ? なんで職業が精霊魔術師なの?」
『あんたを祝福したじゃない。それでとりあえずは精霊魔術がつくのよ』
「使えねぇ! 不老以外は意味ないんじゃん。あっ、それとも精霊王様が来てくれたりするのか?」
『ばかね。あたしが出るわけないでしょう、あんたはこの世界を滅ぼしたいの? 神龍が黙ってないわ』
「はぁー、へっこむわ。異世界の魔法で無双とか思ってたのに」
『本当にしょうがない人ね。精霊魔術で無双なんてできないのよ。そこまでの力はないわ、。あくまで自然の力を不自然のないように起こすくらいで、台風や地震といった自然災害は起こせないわ。人型多種族でもあたしの祝福を受けた精霊魔術師はどの時代でも巫女だけでほんの一握りだけなの』
「無双する気なんざねぇよ、馬鹿じゃないんだしな。一握りに加えて頂けて光栄でございますよだ。って、えー! 巫女だけなの? おれは巫女になんの?」
『ププッ。おじいさんなのに巫女って、クスクス』
このアホな幼女め、嵌めたな。この世界のことなんておれが幼女と爺さん以上に知るわけがなく、考えるだけ無駄骨だから聞いて知るだけに徹することにしている。それにしても真面目に語る幼女も口調が変わって中々素敵なものだな、ピエロ服がとてもシュールなのは変わらないけどね。
『あんたがこの世界で生きるなら、だれか精霊をつけてあげるわ。そのための精霊魔術師なの』
「ありがたいこった。できれば巨乳で美女、優しくていやらしくおれを包み込んでくれるセーレーさまをご希望しまーす」
『ええ、いいわ。イノシシ型の子にするね。乳房もたくさんあるのよ。身体も大きいからあんたが潰れるぐらい圧し掛かってくれるはずよ』
「人型で是非お願いします! それ以外は心が折れそうです精霊王様!」
『馬鹿ね』
精霊王との語らい以外はアルスの森を回ったりして、ときには女神像に似た風の精霊のところへ行って美女を観賞したりしてゆったりと時間をすごした。国や言語などの社会的なことについては精霊王も教えてくれなかった。
おれ自身も聞いてみただけで幼女の答えは爺さんのと同じだ。この世界での価値観は自分で確立させるべきことなんだし、すでに世界を回るためだけの知識は授かった上で祝福までしてくれた。これ以上望むのは罰当たり過ぎだと自分は思っている。
『とっても楽しかったわ、神龍と同じように精霊王ってあだ名をつけてくれて。また来てね。次は加護してあげるから』
「いらねえよ。爆死する気はねぇから。んじゃ、また来るわ」
『主様が来たらちゃんとあんたのこと伝えるからね』
「あんがとよ。おれの悪口は言うなや」
『あんたが幼女好きで、巨乳と美女に目がなく、モンスターと精霊も性別がメスであればなんでもいいって言うから』
「どこのエロ魔獣だよそれ。嘘の告げ口するんじゃねぇよ」
幼女の精霊王は快く送り出してくれた。まぁ、この世界の守護者であるから幼女じゃないけど、そんなの見た目でいいんだよな。
アルスの森を出てからすることがマッピングだけとなった。まだまだ埋まりそうにないマップをやみくもに回るだけでは芸がなさすぎるので、海を目指して行くことにした。
海沿いを歩いていけばいつかはこの大陸の全体的な輪郭も分かるのだろう。大陸の大きさを掴んでからちょっとずつマップが明かされていくと思う。
そのうちに魔族領へも辿り着くことができると思いつつ、一歩目を踏み出した。
「さあて、魔族でも会いに行きますか」
ありがとうございました。