第91話 夜間の闘い
都市ゼノスからアラリアのエルフの集落へ高速で飛び続けている風鷹の精霊、いくつものイベントをクリアしたというのに今は陰の日のままだ。これもひとえにローインの移動によるお陰で、眠り込んでいる虎人クップッケとおれを包み込み、夜空を切り裂くかのように精霊は飛行し続ける。
「ありがとうな、ローインがいるから色々と助かっているよ」
『気にすることはないでござる、契約したからには履行するのが筋でござるよ』
「嬉しいことを言ってくれるね」
『それは良いでござるが、こうも飛び回ると霊力のほうが減っていくでござるから……』
「はいはい、着いたらネシアのときの分もちゃんと渡すでござるから」
あ、いけね、ゴザル鷹がゴザルばかり言うから口癖が移っちゃったよ。
『そうでござるか! ムフゥー』
今宵も三つの月が空から大地に月明りを降り注いでいる。空から眺める月明りに照らされた夜の大地、その神秘的な美しくさに魅入られて、時折通り過ぎる川の川面に煌めく月光がこの世界のすばらしさを物語っている。
エルフの集落に着くまでの間、おれは目を覚ましそうにない虎人に時々回復魔法をかけて、ローインが案内する夜の飛行に心から楽しんでいた。
もう見慣れてしまった情景なのだが、いまでも拝められる違和感に身体が慣れることはない。エルフたちが拝跪している前におれがクップッケを抱きかかえて立っている。
頼むから寝ている子供を起こしてまで跪くなよ、まだ眠そうな目を擦りながらキョロキョロしているだけじゃないか。
『うむ。、大儀であったでござる』
大量のチョコレートをもらった精霊さんはそわそわして、エルフたちの礼拝にも誤魔化すように適当に返事するとそそくさとアルスの森の方向へ飛び去っていた。残されたおれと虎人にエルフの長老が這い寄って来ている。
立ち上がりなさい。あんたたちが敬愛している森の神はもう、お菓子をもらって待ちきれずにここから離れたから。
「アキラ殿、一人でお帰りになったのか?」
「ああ。ちょっと用事があって、ニールやネシアらとは別行動だ」
「そのケモノビトはどうされたのかな?」
一人のエルフの長老さんがおれの手の中で昏睡している虎人のクップッケに気が付いて、おれに問いかけてくる。
「ゼノスでちょっとしたことがあってね、救出してきた。衰弱しているからあんたらでなにか助ける手立てはないのかな」
おれの返事に一人のエルフの長老さんが目を覚まさないクップッケを、ジッと両目で覗き込んでからおれに深刻そうな顔を向けてくる。
「かなり痩せこけてますなあ」
見たままじゃん。ほかに何か感想はないのか、エルフならでの助け方とかさ。
「いやいや、それは言わなくてもおれにもわかるよ。あんたらの秘伝薬でどうにかなるとかはないのかとおれは聞いているんだ」
「わしらは確かに秘伝の薬はあるが、それはいらないと思うぞ。このケモノビトは重体だったけど、なぜか傷だけは綺麗に治っている。あとは養分のものを食べて、十分に休息を取れば近いうちに完治するでしょうな」
風体がいかにも長老さんという老いたエルフがクップッケの身体に手のひらで強弱をつけて触診してからおれに返事している。それはおれが無駄でもいいからと思って、時々クップッケに回復魔法をしたのが効いていたということか。やっておいてよかったよ。
「この虎人のクップッケの看病はお願いできるかな」
「お任せ下され。われら森人は長命、傷を負うことも多い。ゆえに傷を癒す術にも長けているからこのケモノビトのクップッケはわれらが預かろう」
プルプルと震えている最高齢者の長老さんが力強そうに言ってくれている。長老さんの定まらずに常に左右に小刻みに揺れ動いている頭を止めたい欲望に駆られた右手を左手で抑え込み、どうにかいうことを聞かない右手を制止することができた。
「どうされたか、アキラ殿」
「右手が疼いちゃって、言うことを聞かないんだ」
「うむ?」
どこのイタい病気を患った妄想者だよおれは。自分でツッコミをいれたおれに高齢長老者が訝しんだ目で見てくるから、慌てて愛想笑いして誤魔化すことにした。
「いやいや、若い時分に患った病気が治らなくてね」
「それは気の毒のことだ、お体は大事になされよう」
悪いがそいつはできない、この病気は草津の湯でも治らない病気と同じのように厄介だ。あ、今のおれは両方ともかかっているよ。
クップッケを集落の客間に寝かせてもらったあとで、おれは長老さんたちと集落の広場でお茶を飲んでいた。ネシアのことが気になっていた長老さんたちに、今はニールといることを伝えると長老たちも安心するように強ばっていた顔を和らげた。
「アキラ殿はこれからどうされるつもりなのか?」
「そうだな、とりあえずニールたちと合流してここに戻るつもり」
「戻るつもりとは……まさか、ヌシ様とはお話はつけられたと?」
高齢長老者さんがおれに問いかけた言葉に静かであるけど、この場にいるエルフ全員が驚いた顔でおれが返事するのを待っている。ここは立証するためにも証拠をしっかりと見せた方がいい。
「ああ。納得してもらうのは手間をかけたが、一応はあんたらも含めて森のヌシ様は守り神になってくれたよ」
アイテムボックスのメニューを操作して、地竜ペシティグムスがくれた大きな御神体(予定)である角を取り出した。大きな角がエルフたちの目の前に現れたとき、彼と彼女たちは一斉に奇声を上げる。
「おおおおー、この感じる波動はまさしくヌシ様のものだ……」
「はいどこまで、驚かない拝まない崇めないように。あんたらと獣人たちの里を作ってからこれが御神体として祭られるからその時にね」
すでにパターン化になりつつあるのか、今にも膝が折れそうなエルフたちをおれはすぐに止めて見せた。
「し、しかし……」
「じゃあ、時間も惜しいことだし、クップッケくんのことはよろしく頼むね」
「あ、ああ。それはいいがヌシ様のこと……いや、われらの里って……」
「それはネシアが説明してくれるからお楽しみに。じゃあ、ローイン!」
アルスの森に帰ったばかりで悪いとは思っているけど、長老さんたちの追求から逃れる手段はこれが一番早い。俺の呼びかけに応じて風が集落の広場に集まり、すぐに精霊が姿を現す。
『へい、毎度ありでござる』
「調子がいいなおい」
『拙者に言えと言ったではないかでござるよ』
ああ、そう言ってみろって冗談を言ったような気がする。ちゃんと守っているとは律儀なやつめ。
「あ、あああ……」
ウロウロしているエルフの様子がおかしいからちょっと観察してみた。どうやらローインか地竜ペシティグムスの角かのいずれに伏し拝めばいいか迷っているらしい。
普通のエルフなら間違いなくローインを選ぶのだが、この森に住んでいるエルフにとっては森のヌシ様も畏怖する対象であるからな。気持ちはわからないでもないけど、おれにとってここは無視する場合であるので、ローインに頼んでさっさとニールたちに会いに行こう。その前にさっさと御神体をアイテムボックスになおしますか。
「ローイン、メリジーのいる所はわかるか?」
『問題ないでござる。やつの気配ならいつでも嗅ぎつけることができるでござるよ』
便利なカーナビゲーションシステムをお持ちでローインタクシーはおれのご愛用になりつつあり、お代は無限供給のチョコレートで済むからお手頃で使いやすい。ひょっとして異世界移転してこの精霊が一番の大当たりかもと思うようになってきたため、暇があるときに仲介してくれた精霊王を訪ねて服と菓子類を奉納しに行こうか。
「では、目的地はニールまで」
『へい、毎度ありでござる』
風に包まれたおれは呆然としているエルフたちをよそに、夜空へと高く舞い上がってから自動移動でニールたちのいる場所へ移動した。
風鷹の精霊にアラリアの森のどこかに降ろしてもらい、お代を渡して、ローインはその場から飛び去っていく。
ローインタクシーのカーナビによるとこの辺りにニールがいるということだが、夜のアラリアの森には知らない動物の鳴き声や風の音だけが静寂な森の中を鳴り響いているだけ。おかしい、この辺りが静かすぎて普段は感じるはずの夜行動物の気配が全くといっていいほどしてこない。
これはなにかある。
すぐに足を蹴り横へ飛び避けて、立っていた場所に矢が地面に突き刺さっていた。森の中から大きな盾が現れて、おれのほうに突進してくるのが見えた。腰から両手でハチェットとククリナイルを抜いて、刃のほうは自分のほうに向けてから得物を持つ。
襲撃者からは声を発してこない。そうだ、こういうときは無言で襲い掛かるべき。声を出すなんて敵を捕縛するないし敗走させる予定か、仲間で意思疎通するか以外に自分のことを知らせるだけとおれは思っている。ちゃんと言いつけを守ってくれているんだな。
盾がおれの前に停まると左右から大剣持ちと片手剣持ちのアタッカーが攻撃を仕掛けてくる。狙いすました大剣が斬りかかってきて、おれは刀身を狙ってハチェットを叩き込んだ。力負けしてよろめいてしまった大剣持ちのアタッカーが見せた隙を見逃すつもりなどない、すかさずククリナイフをそいつの横っ腹に当てる。これで一人目。
片手剣持ちのアタッカーがバックラーを叩こうとして振り落としたがおれはその腕にケリを入れる。思わずバックラーを落とした片手剣持ちのアタッカーにおれはハチェットでバックラーを無くしたその腕に一当てしてからククリナイフでそいつの首筋に当てる。これで二人目。
盾役が少し下がると数本の矢が飛んでくるが疾走しているおれに当たることはない。森の奥で魔法陣が三つほど起動したのが見えたので、おれもアイコンを操作して風魔法で備える。夜では魔法陣が良く見えるから、それは自分の位置を敵に知らせるようなものだ。
横方向に激走しているおれへ風魔法が次々と飛んでくるが当たることはない。敵は焦って風魔法の数を増やしてきたがおれが走っているものだから、そのすべてが虚しく空を切るだけ。こらこら、ちゃんとおれが接近を狙っての走行していることをチェックしないか。
横の運動から一気に直線的な動きに切り替えたのでやつらは対応しきれなかった。おれは木の上へ飛び掛かるようにして一人目の魔法使いに近接する。
「っな!」
「遅い!」
そいつは腰から武器を抜こうとしたが遅すぎ、すでにおれが持つハチェットは首筋に当てているので、きみはここでご退場。ようし、これで三人目だ。
残りの二人の魔法使いは相変わらず風魔法を撃ちこんでくるけど、おれは風魔法そのものにおれの風魔法で撃ち返した。空中で魔法と魔法が激突して、魔力がその場で爆ぜる。二人の魔法使いがそれによって次の行動が取れずに止まってしまっていた。
ダメだよ、遠距離攻撃は手数だから止まったら反撃されちゃうぜ。本当ならここは投擲で潰せるのだが、より分からせるためにも接近戦で挑もう。
木々の枝を伝って飛んでいたおれはあっという間にそいつらの近くまでたどり着く。斥候役はなにをしているんだ? 遊撃も兼ねているから砲台はちゃんと守ってあげないとだめでしょうに。
木の上での戦闘はすぐに決着がおれによって付けられてしまった。二人の内に一人目のそいつは弓を捨ててナイフを取り出すが、ナイフ使いならおれに敵うわけがない。一人の後ろに回り込んでそいつの後ろから首にククリナイフを当てると同時に味方に撃つことを躊躇ったもう一人の魔法使いの射線を封じ込む。
ククリナイフに軽く力を込めるとそれはおれに捕らえられた魔法使いの死を意味して、そいつをもう一人の魔法使いに向けて投げつけた。驚いた最後の魔法使いは弓を捨てようとしたがもう間に合わない。すでに飛び付いたおれは目の前にいるからだ。
ハチェットの背がそいつの頭に軽く当ててやると、それは遠距離担当の三人とも殺害されたことになった。これで残りの襲撃者はおれに接近戦を仕掛けるしかできないということになり、遠距離攻撃の魔法が敵であるおれに使用されることを意味する。
「はい、そこまでだ!」
ニールの大きな艶のある声が森の中を響き渡り、兎人とエルフの若者たちはおれとの夜間戦闘の模擬戦は終了することを告げられた。
ありがとうございました。




