第9話 幼女が元気で微笑ましい
エンシェントドラゴンはおれが持つ知識の中で特にラノベのことに非常に興味を示しており、それはこの世界の在り方との共通事項が多かったからである。魔族はこの世界にもいる。アルス連山によって他の種族と生存領域を分かたれている。
爺さんいわく、遠い昔に種族は山を越えて稀に交流があったそうだ。それが人族に勇者という存在の概念が発現して魔族の最強の長を魔王と呼ぶようになり、いつしか人族に正義ありという題目を唱えるようになってから、ほかの人型種族を半ば強引に糾合した形でアルス連山を越えて魔族側へ侵攻を始めたそうだ。
もちろん魔族のほうも座して侵略を待つ弱者ではなく、それまで種族ごとに村単位で生活していたが、この際に結集してから魔族という集団を当時の最強のデーモン族の長であった者が周囲の協力で統合し、魔族側の強者たちが出撃して双方で争うようになった。
その戦いは激しく、人族を中心に据えた人型多種族とすでに種族が融合を果たした魔族のいずれにも目に覆うような犠牲を出すようになった頃、魔素の流れがこれまでにない激流へと変化し始めて、世界が魔素によって荒らされるような兆しを見せ始めたという。
森は枯れ始め、すべての川が汚れ濁り、海は津波が押し寄せるように荒くれ、砂漠がその範囲を急速に広げていく。
それに憂えた主様という神様が神龍と精霊王に命じて、ドラゴンと精霊の軍勢が双方を圧倒的な力で退けて、それぞれの生存領域へ追い返したという。その時にアルス連山はドラゴン族が守る絶対不可侵の神域として崇められたという神話が出来上がったらしい。
神の住まう山に足を踏み入れてはならないと認識されて以来、人型多種族と魔族の交流も途絶えてしまい、それぞれの特徴を生かした文明が発展するようになった。
人族をはじめ人型多種族はこの時に魔族が使っている魔法を習得して、魔術技術を手に入れた。魔族のほうでは戦場に残された武具や工具から道具の概念を入手して、独自の工学技術を作り上げていた。
その後、神龍と精霊王は双方で再び世界を乱すような争いが起こらないよう事前に探知するため、魔族のほうへはドラゴニュートが竜の使いとして、人型多種族のほうは精霊が天使という形で、神龍と精霊王によって配下が時折り双方の領域に遣わされるようになり、それは魔族と人型多種族によって宗教として祭り上げられた。
魔族は天龍様や神龍様と爺さんを崇拝する。その呼び名は地方によっては相違があるらしい。人型多種族のほうではなぜか精霊王を女神として賛美し、女神アルスの名で言い伝えられ、いまでは多種族の間で唯一の神として褒め称えられている。
主様という存在によって神龍は精霊王とともに創造されてから、神龍と精霊王は幾多の種族を生み出し、衰退していくのを見守ってきた。これからもそうであると爺さんは笑っている。
両方の領域のこと、種族のことや使われている言葉などの社会知識については爺さんは教えてくれなかった。それは自分で見て知るべき。この世界で生きることがあればそれのほうが楽しみができるものだという。おれもそれに同意した。帰還するのであれば知ったところでそれはただの物語。もしもこの世界で生活するならば、自分で必要なことを学べばいい。
「爺さん、もう行くよ」
『そうがのぅ。わしから祝福授けようぞ。この世に散らばる我が族におぬしを示してくれようぞ。ほれっ』
精霊王の時みたいに温かい力が身体に染み渡る。あとでステータスをチェックしてみよう、不老みたいユニークスキルが付くのかな。
『うむ、我が祝福によっておぬしには健やかに生きる力が付与されようぞ。病気を生じることがなく、呪いや毒に麻痺など身を蝕むものはおぬしに効かなくなるものぞよ。わが眷属もむやみにおぬしを攻撃しなくなるぞい』
「なんですかそのチート、最高じゃないか」
『ほっほ、チートに違いないぞ。おぬしから色々と知識や楽しいことを教わったでのぅ、その程度のことはさせてもらうぞよ』
「ありがたく頂戴するよ。あ、そうだ!」
こういうときは形式って重要なことだよね。爺さんのほうに跪いてから頭を地面につけて、深々と身を屈める
「神龍様、色々とありがとうございました。お祈りを捧げさせて戴きます」
『ほっほ、面白いやつよのぅ。どれ、わしも神龍らしく振舞うとしようがのぅ……迷いし異界人よ、おぬしにこの世で光明ある未来あらんことを! では、精霊王のもとへ旅立つが良い』
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
名前:カミムラ アキラ
種族:人族
レベル:1
職業:精霊魔術師
体力:30/30
魔力:135/135
筋力:10
知力:25
精神:20
機敏:15
幸運:30
攻撃力:?/(10+?)
物理防御:?/(?+?+?+?+?)
魔法防御:?/(?+?+?+?+?)
武器:異世界の手斧(測定不能・不壊)
頭部:異界のヘルメット(測定不能・不壊)
身体:異界の服(測定不能・不壊)
異界のTシャツ(測定不能・不壊)
腕部:異界のグローブ(測定不能・不壊)
脚部:異界のズボン(測定不能・不壊)
異界のトランクス(測定不能・不壊)
足部:異界の靴(測定不能・不壊)
異界の靴下(測定不能・不壊)
スキル:精霊魔術Lv1・夜目LvMax
ユニークスキル:住めば都・不壊・不老・健康
称号:迷い込んだ異界人・世界を探求する者
精霊王の祝福・神龍の祝福
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
爺さんに別れを告げて神殿を出た後でステータスをチェックするとユニークスキルと称号が増えている。精霊王のときみたいに新しいスキルを得ることはなかったが、状態異常を防ぐ健康というユニークスキルはそれに勝るとも劣らないものがある。
今の状況でもあまり意味がないが現実の世界で行くならこれはチート級のものだ。神龍の爺様ありがとう。
山を下る前に神殿の外でオブジェの鑑賞に洒落こんでいた。火竜などのドラゴンもいいけど、いまはドラゴニュートのほうに興味がいっぱいだ。なんたって竜の使いだから、かっこいいよな。数あるドラゴニュートの中で黒い鎧を纏うある個体がひと際異彩を放つ。ほかのドラゴニュートと違って、明らかに特徴となるものがおれの両目に飛び込んでくる。
ファンタスティックな巨乳だ!ドラゴニュートでも性別があるのか、ファンタジーだ。
そのドラゴニュートに近づくとじっくりゆっくりまったりと考察することにした。顔は整っていて、赤く光る瞳がとても印象的で、人族と比べても負けることのない絶世の美女だ。2メートルに届く身長に光沢のある黒い竜の鱗が身体中に生えている。手と足の指先に鋭利な爪を生やしており、これで切り裂かれたらただじゃ済まなさそうだな。
武具は装備していないがびっしりと生えている頑強そうな鱗は全身を防御しているようで、並み大抵の武器は通りそうにない。胸にも鱗が満遍なく覆いつくしていて、まさしく胸装甲そのもので先っちょの膨らみが見当たらない。
股間のほうも同じく鱗で防御されていて、股間装甲といったところか。どちらも中身が見えなさそうでおれには語り尽くせないほど痛烈に残念に思う。返す返すも無念である、悲しさで涙が溢れそうだ。ドラゴニュートの生殖行為はどうやってヤるのだろう。とっても気になる。
『どこを覗いてやがんよ、このスケベ変態クソ野郎!』
あっ、やばっ! こいつは罵声を浴びせてきたぞ。時間停止に干渉できるほどの強者にカテゴライズされているということだな。逃げるか!
スタコラと走り去っていく姑息なおれの背中へさらに言葉が叩き付けられる。
『あっ、逃げんなてめぇ! 卑怯者、穢らわしいやつめ!』
はい、散々のいわれようだが、否定はできません。なのでここは全力で逃走します。またなにか叫んでいるようでそんなの無視だ。それにしても連呼しているあたり、あのドラゴニュートはかなり強いということなんだな。
とんでもないやつに目を付けられた。君子危うきに近寄らずと古人が言うのでそいつには近づかないようにしよう。覗きをしたおれは君子とは言い難いが。
さて、アルス連山の反対側は魔族領なので見てみたい気持ちはあるのだが、先に麗しい精霊王様に逢いにいきたいので魔族領を探検するのはそれからの目標だ。
いやあ、アルス連山を降りてから世界を回ったね。
もうね、マップを埋めるだけが楽しみぐらいにこの多種族側の世界を回った。いろんな種族の集落に町村や都市、ダンジョン、幅の広い大河、海のような湖、連なる山々、森林や平野へと回れどアルスの森が見つからない。
地形の最高点からエンシェントドラゴンの爺さんが教えてくれた空を突き抜ける世界樹という目印を探しているが現れる気配がない。この世界の広さからすると想定範囲だから気にしないけどね。ともかく世界樹探し、今はそれのみ。
世界は広いなぁ、山あり谷ありだ。
テクテクテクテク
遠くのほうでそれらしきものが出現した。禿山と言っても過言ではない大きな一枚岩の天辺に立っていると、空に浮かぶ雲に突き刺さるような形で、今まで見てきた風景からすれば異常のように見えるぐらいその巨樹がそこにある。世界樹なのだろうか? 確かめるためそこへ行ってみよう。
世界は広いなぁ、渓流あり湖ありだ。
テクテクテクテク
世界樹は近づくほどに驚異的といっていいほど大樹であることがわかる。その麓の古代森林に群れる巨木が根に貼る苔にしか見えない。ファンタジーだ。
古代森林に入るとそこは幻想的な世界。絨毯のようなびっしりと生えている苔の群生の上を歩く。時間が停止していなければさぞかし柔軟な踏みごたえなんだろうな。ここには魔素の塊もなく、日差しが木々に茂るわずかな葉の間を陽射しは差し込んでくる。
人型種族やモンスターも姿がなく、人工的なものはここにはなにもない。動物たちが楽しげに走ったり、陽射しを身体で受け止めるように佇んでいたりして、ここはまさに楽園そのものだ。
森林の奥、世界樹の根元を目指して歩くと動物のオブジェが徐々に消えていき、代わりに姿を現し始めたのが中性的な麗しい人型や様々な動物を模ったなにかかだ。それらは身体から微かな光を放ちながらそこら中に浮かんでいる。それは今まで見たことのないもので、雰囲気が生き物のそれとは違う。
精霊なのだろうか?
ついに見つけたか。教会で出会った神々しい女神像に似た一体の精霊が変わらない慈しむような表情で、ウサギを抱えて撫でているままのオブジェが目の前にある。両手には武具がない。この人が精霊王様だろうか。いつものような跪いた態勢を取る。
「精霊王様、お会いできて嬉しく思います。約束通りお祈りを捧げさせて戴きます」
あれ? しばらく時が立ったけど精霊王からの返事がないぞ? エンシェントドラゴンがいうにはこの世界の一柱たる存在だが、爺さんと同じなら会話できるだけの力ははずだ。おれの信心が足りないのか?
よし、必殺の五体投地だ。
「精霊王様、どうかお応えください。私やこの世界のことをお聞きしたいのです」
『精霊王様はこの奥の世界樹にいるわ』
えっ? どういうこと? 今まで見てきた教会の女神像はどれもこの女性ですが目の前の女性は精霊王じゃないってことなの? あるぇ? おっかしいなぁ。
しばらく待ってみたがそれ以上のお告げがなかったので、声に言われた通り奥へ目指すことにした。教会でのお祈りがもう習慣化しているものだから、もう一度女神像に似た女性に身を屈めてお祈りしてから立ち去る。
大きな根が地面を突き破るように伸びているので、それを伝ってさらに歩みを速めていく。ついに目の前に立ち塞がる壁のような大樹が現れた。これが世界樹か。大きいという形容詞では伝えきれないくらい、その樹幹の果てがまるで見えて来ない。
「えっと、精霊王様はいずこにいらっしゃるのですか?」
少しだけ声のトーンを高くして尋ねてみる。
『ここよ、ここ』
あ、返事があった。声のした方向へ足を運んであたりを見回すが、何も見当たらない。
『ここよ、バカ。早く来なさいよ!』
ん? いきなりバカ呼ばわりされたぞ。あたりをキョロキョロと探して見るがやはりだれもいない。
『目の前にいるでしょう! どこに目が着いてんのよ。バカ!』
うむむ、どうでもいいが口の悪い精霊王だな。ちょっとムッとしてきたぞ。視線をしたのほうへ下げてみるとそいつはいた。鮮やかな赤色と青色の滑稽なピエロのような服を着た5才くらい女の子がそこに居た。まさかこいつが精霊王というわけじゃないだろうな。
『えっへん、あたしが精霊王さまだわ、恐れ敬うがいいよ』
無理。こんなのが世界の二柱の一柱たる精霊王なんて、納得いかーーん!
『キーーー! あたしが精霊王さまだぞ。偉いのだぞ。ちゃんと敬わないと呪うぞ!』
ええー、言う通りにしないと呪うって、あなたはどこの邪神ですか。
『キーーー! あたしは邪神じゃないよ。せっかく祝福してあげたのになんてこというのよ。バカーーー!』
キーキーって、どこのサルだよお前は。気に入らないとすぐに拗ねる。子供だなこいつ。あっ、祝福あげたって言ったな。
やっぱりこいつが精霊王か。
『だから先から言ってるでしょ、あたしが精霊王さまって。それと! 子供じゃないんだからね。祝福取り上げるぞ!』
「じゃあいいよ、そこまで言うならお前の祝福はもういらないや」
『しゅーん。あげた祝福はもう消せないの、グスン』
しゅーんとか口で言ったぞこいつ。ははは、なんか面白れえぞ。
「あめちゃんあげよう。おれの国のものだ。甘くておいしいぞ」
アイテムボックスから飴の詰め合わせを取り出して、精霊王なる女の子の目の前にチラつかせて見せる。
『あめちゃんちょーだい。あたし甘いものだーい好きなの』
心なしか精霊王は興奮しているようで本当にこの状態が心より悔やまれる。これで動けるならピョンピョン飛び跳ねて、袋を取ろうとするだろうな。
「あ、ごめーん。時間が停止いているから食べられないなぁ。ざんねーんだね」
『ガーーーーン!』
あはははは。飴の詰め合わせをアイテムボックスに直すと精霊王は無口になったまま、辺りが無音の状況となった。楽しいなおい。イジリ甲斐ありまくりだな。
「替わりにチョコレートという甘くて美味しいものをあげよう。おれの世界では大人気だぞ」
『ちょーだいちょーだい。甘いものはなんでも好きなの。美味しいも大好きよ!』
おっ、元気になったぞ? 子供は切り替えが早いよな。うん。
「あ、ごめんね。時間が停止いているからやっぱりこれも食べられないなぁ。残念だよね」
『ガーーーーン!』
あはははは、こいつはあれだな。アホの子決定だね。あー、楽しいです。
『あたしは楽しくないの! もう嫌い! 帰って、早く帰ってよ!』
これ以上イジると友好関係に悪い影響を及ぼしそうだな。やめておこうか。
「すみませんでした! 悪乗りし過ぎました。お許しください!」
精霊王の前に特技の五体投地を繰り出す、こういう時の出し惜しみは身を滅ぼすものなんだ。
『あたしは心が海のように広―いから、嫌だけど許してあげる』
これで時間停止していなければムカつくほどのドヤ顔で言われるだろうが、表情が固定のままだからどうということはない。
「ありがたき幸せ。ではお礼も兼ねて。精霊王様、本当にお会いできて嬉しく思います。約束通りお祈りを捧げさせて戴き、感謝を申し上げます」
異世界に来て初めて変化をくれたお人だから、ずっと逢ってお礼を伝えておきたかった。この気持ちに微塵の偽りはない。
『えっ? そんなに畏まると照れちゃうよ。いいよいいよ気にしないで。なんせ、あたしは偉いんだからね。ほほほほ』
やっぱりムカつく。色々と台無しだよ。これが精霊王じゃなくて女神なら、駄女神の称号をくれてやるのに、チクショーめが!
『キーーーー! あたしは駄女神じゃない! やっぱあんたなんか大嫌い!』
そういえば多種族の領域ではこいつは女神扱いだったな。よしっ今日から駄女神決定だ。変更はわたしが許しません。
『キーーーー! だから駄女神じゃないよ!』
ありがとうございました。